NEAR◆◇MISS















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第七章
-5- 激突
 何しに来た、と言われたら。
 キズミは睨みを利かせた。警部補とウルスラを見失ったこの忙しい時に、甘えるな。
 まいた種を自分で刈り取れなかったミナトから、助けは借りないと拒まれる筋合いはない。
「自分、なめとんのか。無断欠勤、三日目やぞ」
 体感時間に比べて、たった三日か。ミナトは鼻で笑った。憎まれ口を利き返す。
「逆ギレかよ。ウルスラはどうした? どうせ、はぐれたんだろ。まあいい。手を貸せ」
 利用できるものはなんでも利用する麹塵(きくじん)の狡猾さも、たまには役に立つ。脱走の片棒に担がせるのに良い人選だ。
 吐き気のするような屈辱がつまった場所に、土足で踏み込みやがって。腹いせに、あごで使ってやる。キズミは勘違いしているようだが、ここは地下牢ではなく“子ども部屋”だ。戒律にとらわれたレストロイ一族とその頂点に君臨する実父の陰謀で、宗教じみた洗脳教育を受けるための幽閉生活に使われた。昔を思い出すのはもういい、切り換えよう。壁に磔にされているのは、現当主の『金縛り』で両腕と頸をつなぎ止められているからだ。異能除けは厳重だが、幻術を知覚できないキズミのような非霊能者への対策には穴がある。
 
 術は破れたが、ずいぶん骨の折れる作業となった。
 息も絶え絶えに、うずくまっているミナト。ろくな食事を摂っていないふらつきに加え、弱り目に祟り目だ。
 キズミも、ウルスラとのシンクロの副作用による気絶から回復してまもない身体を酷使し、へたり込んでいた。
(はいはい、休憩おわり! 湊さま、おみやげ!)
 羽裏に隠し持っていた『泥棒』による調達物資、持ち運び用に収縮したゴージャスボールを投げよこすネイティ。
 拘束を解かれていた腕が、上がる。受け止めると同時に、開閉スイッチを押しこんだ。
 キルリア=クラウは目を疑う。皆に行き先を隠して失踪したかと思えば、生家に監禁されていた男の異常行動に血の気が引いた。
 閃光とともに現れた抜き身の剣を突きつけ、脅したのだ。あのミナトが。無二の親友を。
「悪いな、自由にしてもらって。おかげでクソジジイに借りを返せる」
 今度こそハイフェン・レストロイを討つ。邪魔をする者は誰であれ、容赦しない――たとえ、相棒だろうと。
 以心伝心。
 たとえ相棒だろうと、か。キズミは特殊警棒を伸長させた。剣先に、国際警察の象徴を対立させる。
 詳しい動機は知らないが、肉親への殺意を聞かされて黙っていられるほど友情に盲目していない。職務を果たす。
 ミナトから仕掛けた。
 激突。
 憎悪に満ちた剣圧に、キズミが押し負けた。金髪を振って吹き飛び、背中から壁面に叩きつけられる。追撃がくる。七時方向からの斬り上げで、特殊警棒をはじき飛ばされそうになった。ミナトの太刀筋に躊躇がない。斬り下げを防ぐ。危なかった。右薙ぎ、なんとか払いのける。刺突、打ち返す。防戦一方だ。袈裟斬り、受け流す。左切り上げ、かわす。反撃の隙を見いだせない。最中、背後から『影打ち』に肩を貫かれて命綱を取り落としそうになった。人体への影響はこけおどしだが、感じる痛みは本物だ。眉間をめがけた一撃をバッティングではじき、受け身をとって壁際から転がり出た。キズミの劣勢はつづく。ミナトは強烈な『峰打ち』で失神させる気だ。早業で斬りつけられ、ガードの隙をついて胸を足蹴にされた。

 城で暮らした幼少期に、ミナトはドブに捨てたようなものと烙印を押している。
 一夜にして海底に沈んだ、伝説上の先史文明。王は人間の女を伴侶とせず、王の子は現代の言葉で形容するならば『ポケモンの子』であった。おりしも国を追われているあいだに滅亡をまぬがれた先祖は血族の端くれであり、王の直系になり替わり婚姻の儀を引き継いだという。門外不出の言い伝えによる、霊能力にひいでたレストロイ家の興りである。
 しかし若きハイフェンは出奔し、当主にあるまじき逃亡生活に明け暮れた。追っ手が見つけて連れ戻すまで数年を要したらしい。すでに生まれていた一族待望の世継ぎ――ミナトは隔離と引き換えに助命されたが、掟を破り外界でめとった人間の妻、金城雨音(あまね)は総意で処刑されたそうだ。
 母上様が、殺された?
 麹塵(きくじん)が言い漏らした秘密は、まだ年端のいかなかったミナトに復讐心を植えつけた。
 父親の風上にもおけない。狂っている。よくも真実を隠してくれたな。何が、崇拝対象。無関係の女性をたぶらかしておきながら見殺しにし、忘れ形見を愛さなかった外道め。従順な性格から気性荒く一変し、一族の者を誰も寄せつけなくなった。だから十年も前に突如、国際警察の施設へ麹塵(きくじん)ともども厄介払いされたに違いない。監視の届かないところで殺しの腕を磨くには都合がいいと思っていた。ところが学校生活に癒されて、自分でも怖いくらいに灰汁が抜けてしまった。
 過去を忘れて、未来に生きよう。
 甘かった。卒業後レストロイが動き出し、後継者問題からは逃れられないと思い知らされた。家督相続を放棄すればキズミらに危害を加えるとほのめかされ、ついに我慢の限界を迎えた。今こそ過去を清算するときだ。できることなら穏便に、話し合いで決着をつけたい――予期せぬ帰郷が待ち受けていた。レストロイの縁者たちが一人残らず葬られ、孤独な生き残りを自称するハイフェンは殺戮への関与を匂わせた。絶望とはこのことだった。やはり頭の腐った当主にとって身内の命など、気に入らなければ消せばよいだけのこと。もはや一線を越えるしかない。やられる前にやってやる――
 十月十日の『変身』を保った母体は役目を終えると、力尽きる。生まれつき倫理もへったくれもない穢れた半獣と、その血を分けた四半獣の殺し合いに人道的精神は必要ない。罪もない異種族を奴隷にしつづけた家系の、滅びの報いを受けるべき因果のめぐりが遅すぎたくらいだ。
 
 麹塵(きくじん)の、悪意のある手助けが入る。『泥棒』。しぶとい粘りをみせていた特殊警棒が、消えた。
 間一髪。クラウ特製の『マジカルリーフ』の鞭がミナトの振り下ろそうとした凶刃に巻きつき、食い止めた。
(ヒトツキさん! 僕はキルリア、心を感じます。迷いがあるなら加勢しないで!)
迷い? ミナトの気がそれた一瞬、キズミに懐にもぐり込まれた。堂々の一本背負い投げ。ヒトツキの柄を、回転のピークで取り落とした。偶然かさなったネイティのひと睨みで、草技が打ち消される。制御不能となって宙を舞う、愛剣。背中から床に叩きつけられたミナトの仰望。空間転移の窓こと――大がかりな壁面鏡に突き刺さる。硬質な亀裂音。きらびやかな狂騒を奏でながら、散乱する。敷きつめられた残骸は、まるで打ち寄せた銀波の跡。足の踏み場を半域埋めるほどの照り返しに、目がくらんだ。
(あー、帰り道が! 誰が後始末すると思ってんのさ!)
 頭にきて叫んだ麹塵(きくじん)が、足元にすさまじい牽引力を感じる。
 踏みつけている警棒を、クラウが『サイコキネシス』で取り戻そうとしていた。
(そんな“アシスト”、認めません! お二人にかまわないで下さい!)
(なあに? 楽しませてくれるの? ぼきゅの邪魔しないで!)
 アシスタントの対決が勃発した。
 根っから裸足のミナトが、破片を縫って急接近する。スピードに乗って頬を殴りとばし、腹に膝蹴りを叩き込んだ。背負い投げの仕返しを耐えたキズミの靴底が鋭い音を立て、散らばった流血の罠を踏み砕く。武器を持たない、素手と素手でぶつかり合った。隙あらば重い一撃を見舞おうと集中する。駆け引きで優位な位置を取り合う。殴る、蹴るの応酬を重ねた。拮抗する両者は山の斜面を転がり落ちた姿のように、着衣がよれて打撲まみれとなってゆく。
「どうした、イチル!」
 ミナトにその名を呼ばれ、沈黙する壁の像の単眼が見開いた。
 活性化する鉄分子。白刃を鍛錬し直す灼熱。まばゆい剣光が戦場を照らした。
 成長の烈火が均等に分かれ、双剣へ。闇の石に呼応する余力を残した第二形態の名称を、ニダンギル。
 赤紫の飾り布を腕のように使って壁を突き、自力で抜け飛んだ。一方は迷わず古い主人をめざした。しかし、他方は。
「こっち側ついて、後悔すんなや」
 意外な助太刀を念押しして受け入れる、西部のイントネーション。
 得物が引き立つ精悍な構えで、生命力を吸い取る飾り布を腕に巻きつけたキズミが立ちふさがった。
 敵味方に別れた兄弟剣が演じる、鍔競り合い。額同士のぶつかりそうな間近で、ミナトは声を荒げて裏切りを責める。
「何の真似だ!」
 幼少の折にハイフェンに命じられるがまま、携帯獣のタマゴを叩き割る儀式に手を染めた。魂を祭具の剣に吸わせて、守護霊ヒトツキ=イチルを作り出したのだ。麹塵(きくじん)の入れ知恵でくすねたタマゴをじかに孵化させるまで、無益な殺生を犯した過ちに気づいていなかった。
 進化したイチルの片割れが、なぜキズミに味方する。ふたたびハイフェンを討ち損じれば次こそ、生ぬるい投獄では済まないかもしれない。霊剣にとっては生みの親だと慕うミナトに命を賭けさせたくないという、鋼の体が二つに引き裂かれるほどの情緒不安定――これがクラウの言った、ヒトツキの迷い。
 激しく、斬り結ぶ。ニダンギルはテレパシーでつながっている。動きを読める片剣のリードにキズミが呼吸を合わせる。ひっきりなしに鳴り響く、金属音。和洋の型を自在にくり出すミナトの剣さばきに、どこまでも食い下がる。飛び散る火花が間近で他人の容貌を強調しなければ、一糸乱れぬ鏡像を相手取っているかのような錯乱に飲みこまれそうだった。

 雲渦のような凍気がグローブのように覆い、青白い光でキルリアの両拳から発散される雪結晶が輝いた。
(うえー、留紺直伝の『冷凍パンチ』……完成してたんだ)
 ネイティは笑う。草や飛行の弱点、氷。苦手意識をそそる技だ。虫も殺せない顔して、攻め方を分かってるじゃないか。
(でも、もう勝負あったよ)
 
 床に刃先を突き立てると、腕に巻いた布がほどけた。吸い取られた体力は残り少なく、キズミは膝をつく。
 養父はいても、実の父はいない。最初から存在しないのだ。一番近い遺伝子のコピー基は、物心つく前に死んでいる。その人に会ってみたかったとか、生きていてほしかったとか、そういう意味ではなくて。ありふれた親子連れを指をくわえて見ていた、遠い日の飢えのきざし。喉から手が出るほど欲しくとも、手に入らない。別の人生をゼロからやり直しでもしない限り、親父なんてものは絶対に。ミナトを怒り狂わせると分かりきっていようが、ぶちまけてやりたい。贅沢な悩みだ。憎める相手がいるだけ、ありがたいと思え……やはり、口が裂けても言えないか。
 とどめの一太刀を浴びせ、意識を奪うつもりだろう。敗者は何もあらがえない。一線を越えて戻れなくなった連中を、仕事柄ごまんと見てきた。なし遂げればミナトもきっと、何かが変わる。城をさまよっている警部補の安全確保を、復讐に取り憑かれて後回しにして良いはずがない。
 オリジナルの享年と、同じ歳。先に逝って待つ、大恩ある育ての親はこれも天命だと諦めてほしい。
「この一回でええ。恨みを身代わりさせてくれ。すまんけど後、頼むわ」
 拾いあげた鏡の破片に、所詮は複製品の名残惜しくもない己の面差しが一瞬、映る。
「よせ!」
 首筋をみずから掻っ切ろうとするキズミの腕をつかみ、ミナトが引きはがそうとした。びくともしない。
(キズミさん!)
 止めに入ろうとしたクラウの体が浮きあがり、宙を掻く。
(二人にかまうなって、さっき言ったよね?)
 麹塵(きくじん)の、『テレキネシス』による妨害だ。
 
 徐々に頸動脈に近づいていく、鏡の破片。相手の馬鹿力を上回れないミナトに猶予は残されていない。
 仇はハイフェン・レストロイ一人だ。こんな犠牲、出たところで何の意味もない。やけを起こして死なれて、たまるか。
 凶器は奪い合いの末に、取り返しのつかない痕跡を残していく。
 キズミの右頬が、深々と切り裂けた。
 鮮血が汚していく。肌を、衣服を。悲痛なまでの切迫感が、ミナトの底力を引き出した。
 体に染みついた逮捕術のフォームで、逆転する。
「畜生、命を粗末にするな!」
 必死の怒鳴り声が届くと、組み伏せられたキズミの抵抗がおさまった。
 どの口が言うかと切り捨てたくなる今の悪態は、ミナトが復讐を諦めた約束と同義だ。決して聞き誤りなどしない。
 半身を起こして向かいに座り、唇をきつく結んだまま睨み合う。
 警戒心の塊を先に崩したのは、痛々しい流血を見かねたミナトのほうだった。
「傷跡になるぞ、それ」
「なんやねん。気にすな。この顔は元々……」
 発作的にうずき出し、キズミは赤く塗りつぶされた右顔を押さえこむ。
 止血に使える物はないかと、苦労して地に足を付けたクラウがあたふた見回した。

レイコ ( 2016/08/14(日) 16:51 )