幽霊の正体見たり枯れ尾花
「ああ、古の骨導のこったか?」
数日前。リールの怖い話に怯え逃げ出したフリストを探し回り、謎の古びた建物にたどり着いたハルモニア。屋根はヒビだらけで、埃だらけの壁に錆び付いた扉。その扉に立ち入り禁止と書かれており、逆に好奇心をくすぐられて開けてみると、この世の淵よりも黒そうな暗闇が広がっていた。そのことを帰ってからノーテルに話し、そのことに対する答えが上記のものである。
「そんな名前なんですか?」
「おう。村の外れにあるきったねぇボロ屋んだろ? なんでもこの村のお墓だそうんだなぁ。ずーっと昔はこの辺でとれたモンさしまっとく倉庫だったらしいんだども、知らんね間にお墓になってしまったらしいんだ」
当初はこの付近で採掘された宝石や鉄鋼をしまっておく場所だったらしい。ただ、炭鉱などで死亡したポケモンを供養していくうちに倉庫としての機能を失い、いつしか穏和村では遺骨を埋める場所になっていた。交通の便が悪いこの村では東のメトロポリスに鉄類を運ぶことに便が不足していたという背景もある。
その話を聞いて、ハルモニアはこの場所に無闇矢鱈と近づかぬと決めた。
しかし、そう上手くことは運ばないのである。一週間もしないうちに、彼女の心の近いはあっさり破られてしまった。
そのことに軽くため息をつきながら、フリストとともに仲間たちの到着を待つ。デネブ、アルタイル、ベガ。夏の大三角が頭上にくると同時に、悪友救出隊御一行様が集結した。
「犯人がみつかったわ」
夜。意志あるもの全て眠りについた闇夜の中。古の骨導の前に、ハルモニアは全員を呼び出した。全員、というのはもちろんリールとシンを除いたクラスメイト全員だ。
「見つかった……ひょっとして、古の骨導の中にその犯人がいる、とでも言うつもりなの?」とクラリス。
「ええ、そうよ」自信満々にハルモニア。マイルは震えながら首を横に振った
「お母さんはここ、入っちゃだめって言ってたけど……ここって、確かお墓なんでしょ? だめだよ、呪われちゃうよ!」
「わ、私もこんなところ行きたくないな……」フリストも同じように反駁した。誰もがハルモニアの言葉に首を傾げる中、彼女だけが有無を言わさないとドアをぎいと開け、古の骨導に押し入っていく。
「ちょっと、ハル!?」
思わずその手を掴むフリスト。進んで行こうとするその躰が引き戻された。
「いいでしょう、別に。元々肝試しが発端になって始まったものなんだから、そのファイナルステージに相応しいこの場所で決着もつけるべきじゃないかしら?」
クラリスもサイコパワーで、ハルモニアを引き戻した。
「そんなドラマチックなこと言ってないで、ここにリールとシンがいるって根拠は?」
「行きながら話すわ。もし違ったら皆にチーゴのシェイクを奢ってあげる。もちろんLサイズでね。ついてきて」
しかしハルモニアは、二人を振り切った。あくまで自信を崩さないその態度にレイラとマイルも戸惑いを見せた。彼女は十万ボルトで指の先に火花を起こし、それを明かりとして歩き出した。
「炎色反応って知ってるかしら」
暗闇を照らし歩きながらハルモニアが口を開いた。
「ひっ……と、突然喋らないでよぉ……」「あら、ごめんなさい」「いいけど……それで、なに?」
「炎色反応よ」指に灯した火花の明かりで四人の顔を覗き込むハルモニア。
「知らないって顔ね……まぁいいわ。アルカリ金属やアルカリ土類金属の水溶液は、炎の中に入れるとその金属特有の色の炎を出すの。知ってる? 銅ってエメラルドの色の炎を出して燃えるのよ」
「それは、なんだろう……すごいと思うけど、それが何か関係あるの?」とレイラ。
「いいから聞いて。ねぇ、学校に幽霊が出たときのことをもう一回思い出してみてほしいの」
「学校に幽霊? 確か……そっか、あのとき、赤とか黄色とか、たくさんの炎があったけど、あれはその炎色反応だったのね。古の骨導はお墓になる前は村の近くから出土した貴金属が保管される場所だったそうだし、そこから炎色反応に必要な金属類を持ち出したのね」
「大当たり。流石クラリスね。じゃあそれで思い当たることはない?」
「思い当たることって……逆に聞きたいわよ。今ので分かったのは、あの巨大な霊が出る前の現象がなんだったのか、それだけじゃない」
「色よ」
と言い返すクラリスにカウンターをとるように畳みかけるハルモニア。
「あの怪異で重要なことは、最終的に“気絶させる”若しくは“攫われる”ことで穏和村の住民が“恐れる”ことだと考えたの。
教頭先生もマサムネ先生も学校で気を失っていたでしょう。教頭先生の場合は最初の被害者。つまり、事の発端ね。だから大騒ぎさせる必要はない。ただ、今回の事件、犯人は幽霊事件を起こして楽しんでいる愉快犯。次も気を失って終わりではつまらないしそのうち村の住民も飽きてしまう。だからマサムネ先生にはしばらく身を隠してもらったということかしら。
それで次に消えたのはリールとシン。二人は幽霊を見て気を失うということはなかったけど、やっぱりしばらく身を隠してもらう必要があったのよ。それも、マサムネ先生よりも長い期間。私たちにはもうちょっと大きく騒いでほしかったかもしれないけどね。みんなが夜の学校に忍び込んだことを話さなかったから筋書が狂ってしまったかもしれないけど、それはたいして大きな問題じゃない。今回は子供が被害に遭ったんだから。
そうしてもっともっと多きな騒ぎを起こす」
暗闇にハルモニアが語り掛けると、その声は骨導の壁に当たってこだまする。歩きながら、四人は彼女の語りにじっと耳を傾けていたが、フリストが話を遮った。
「……ハルは何が言いたいの?」怯えているフリストは、今にも泣きだしそうなか細い声で、しかししっかりと疑問を呈していた。
「そうね、少しお話が長くなってしまったかしら。まとめると、犯人の目的は村人を怯えさせること。炎の色なんて多少の演出程度。わざわざそんなことする必要あるかしら」
「……」
自分の話にちゃんとついていけているかどうか。ハルモニアは沈黙の匂いを気にしつつ、話を進めていく。
「私は、あの炎は村の住民を怯えさせる手段ではないと考えたの。そして、ある答えに行きついた。そもそも今回の犯人は“幽霊騒ぎ”であることが最大のヒントになっているの」
「……幽霊騒ぎ? 確かに、最初は学校にお化けが出るとか、そんな話だったはずだけど……」いぶかるような表情を崩そうとしないレイラ。しかしハルモニアはその表情の陥落を一切諦めようとはしない。
「そうよ。そして、今回の事件の容疑者は三グループ。リザードン三兄弟と、ヒトモシ一座とポニータの旅人。これは炎色反応に必要な炎を出せることとも合致する。この中で幽霊と密接に関わっているのがいるわよね?」
「――――ヒトモシ一座!!」誰ともなく誰かが答えを放つ。
「正解よ。今回の黒幕は、村に来て、この古の骨導に居座っているヒトモシ一座。巨大な竜のような霊はナイトヘッドか何かで見せたとして、これだと」
「でもさ、ハル」
しかし、彼女の一番の相棒はまたしても食い下がる。
「別にゴーストタイプのポケモンじゃなくっても……幽霊みたいなことはやれるよね?」
今のハルモニアの推論にぶつけるにはささやかすぎる反論だ。だが、皆目を見開いてフリストを見つめる。
「前も言ったよね。100パーセントと99パーセントは全然違うんだ。その残りの1パーセントは私は絶対に無視できないんだと思う」
「……そうね、私の推理ではまだ不十分。まだポニータやリザードン三兄弟が犯人である可能性だってある」「じゃあ……」「だから“色”が重要なファクターになるのよ」
そこで一旦言葉を切るハルモニア。誰か何か言いたいことはあるだろうか。顔を見る限りはない。じゃあ、続けようか口を開きかけたところ、レイラが思い出したと言わんばかりに声をあげる。
「そうだわ、確かあのとき……最初に見えたのは青い炎だったはずよ!」
それに対して釈然としかけたような反応を返す他三人。
「うーん、そうだっけ? 僕、怖かったからあまり覚えてないんだよね」「私も……」とフリストとマイル。そこに、クラリスが割って入る。
「あのさ、ハルモニア。私発見された直後のマサムネ先生の言葉を思い出したんだけど……」
「奇遇ね。私も昼間同じことを思い出したのよ」
「マサムネ先生の言葉……どういうこと?」
いち早く察したクラリスが、ハルモニアの目を数秒見たあと、口を開いた。
「最初に青い炎が見えた。そのあとに色とりどりの炎が見えた……だったかしら。あまりよくは覚えていないんだけども」
「そうよ。私たちは最初に青い炎を見た。マサムネ先生も。多分教頭先生もそうなんじゃないかしら。
卵を割らなければオムレツは作れないっていうでしょう。あの夜、学校で誰かが炎色反応を起こしたとして、その犯人は最初に自分の姿を現さなければならなかった。それが青い炎。それで、容疑者の中で炎の色が青いポケモンは――――」ハルモニアは言葉を切った。重要な部分は貴女にあげる、と言外にクラリスをちらりと見る。
「ヒトモシってわけね。それで、ここが分かったのはどうしてなの? 古の骨導に貴金属が大量に眠っているというだけでは弱いと思うのだけど」
「それは簡単よ。さっき、足が汚れてたって皆でぎゃあぎゃあ言ってたでしょ。ねえ、レイラ?」
「へっ?」
「ほら、足が黒くなったとかって騒いでたじゃない」
「そ、そうだけど……」にやにやとレイラをからかうハルモニアと、それに気づいて唇を尖らせるレイラ。「何がおかしいのよっ」
「ごめんね、実はあの黒いのって、ここに落ちてる鉄粉なのよ。帰ったら足を洗ってちょうだい」
「う、嘘……わっ、汚い」
「言うのが遅かったかしら。ただ、これがきっかけだったのよ」そして――――ハルモニアの語りは佳境を過ぎていく。
「ヒトモシ一座は自分たちが犯人であるとバレないようにたくさんの色の炎を出した。それに使う炎色反応のために、ここに貯蔵されている貴金属を使った。ただ、そのせいで彼らの足に金属粉がたくさんついてしまったのね。そんな足で私たちを付け回してしまったからすぐに見つかってしまった。私はそう考えているの」
「……ずいぶん間抜けな犯人ね」クラリスが骨導突入時に続き、またも反駁した。「化学ギミックまで使っておいて、足の汚れなんかで見つかるだなんて……詰めが甘すぎるんじゃないかしら」
「私も最初はそう考えたわ。ただ、これは落とし穴でもあると思うの」「……どういうこと?」「アイツらはやろうと思えば完全犯罪だってできた。でも、それをしなかった。私だってすぐに気づいたんだもの。足を洗うくらいはするわ。
ただ、私が犯人の立場だったらどうするか……相手は子ども。気づけば当然追ってくる。そこに、さっきよりも恐ろしいものをナイトヘッドで見せられれば更に騒ぎは大きくなる」
この場にいる全員が唾を飲んだ。
「ひょっとしたら私たち、深追いしすぎてたのかもしれないわね。着いたわ。ここが骨導の最深部みたい」
緊張が最高潮に達したまま、ハルモニアは指先の火花を消した。しかし、周囲が暗くなることはない。
「……ねぇ、何か聞こえない?」とレイラ。クラリスがそれに返した。
「ええ、聞こえるわね。信じたくはないけど、リールの声が」
「――――え」
その瞬間、リールとシンが横たわった状態で彼らの目の前に現れた。
「お前たち、き、来てくれたのか……」
「ありがとう……い、いや、だめだやばい……逃げろ……」
安心するも束の間、彼らの声はとてもか細く、二人はすぐにその瞼を落としてしまった。かすかに逃げようとする意思があるのか、リールは手を前に出し、這いずるような恰好をしていた。ハルモニアたちの背筋を寒気が走る。しかし、それを悟られてはならない。ハルモニアは自分を騙すように唇の端を持ち上げる。
「逃げられないわ。もう囲まれているもの」
「ハル……?」
フリストはその言葉の真意が分かりかねた。今いるのは古の骨導の最深部。面積は穏和村の広場と同じぐらい。床は思った以上にすべすべしていて、周囲に岩などはなく、これといって罠のようなものも――――と周囲を見渡し、絶句する。ハルモニアの言葉通り、ヒトモシに周囲を囲まれていた。八人。パーティのタイプ相性を考えてもこちらが不利である。
「ハルモニア、マイル……」クラリスの声色が珍しく変化する。「ごめん、二人に任せるかも」
「無理よ、もう一匹、大きいのがくる」
「どういうこと?」
マイルがそう言ってハルモニアを見ると、その向こうに絶望が映っていた。金色の巨躯が黒い翼を広げ立っている。学校の肝試しで見たあの影とそっくり同じ形だ。
「なんなの、こいつ……? こんなでっかいポケモンがいるわけ? こんなのどうせ、ヒトモシに見せられてるナイトヘッドでしょッ!」
恐怖に打ち勝とうとしているフリストの語気が荒くなる。すると、その大きな影は彼女の言葉を否定するかのように黒い翼を爪のような形に変化させて地面を薙いだ。風がハルモニアたちの顔に打ち付け、薙がれた地面がえぐられる。
「ついてないわね、ギラティナに出くわすだなんて……」と歯噛みするハルモニア。クラリスがその名前に反応した。「ギラティナ? っていうと、あの伝説の……」「そうよ、あの伝説のポケモン、ギラティナ。こんなの相手にできるわけないわ」
ハルモニアたちの絶望をあざ笑うかのように、ギラティナの声が響き渡る。
「よく私の名を知っているな。そうだ、私がギラティナ。魔の国の王だ」
しかし、ハルモニアはそれに負けぬと口を真一文字に結び。二度大きく深呼吸をした。が、ギラティナはその姿勢すら叩き潰してゆく。
「私に戦いを挑むのはやめておきなさい……。今日は取引をしにきたのだ」
「取引、ですって?」
「ここは死霊が集う場所だ。祟りが起こるから軽率に訪れてはならない……しかしお前たちは、骨導に入るどころか最も霊力が強いこの場所まで来てしまった」
「それは貴方たちに会って、リールとシンを返してもらうためよ」とクラリス。ハルモニア以外では、彼女のみが呼吸を整えられている。
「理由にならない……リールとシン、とやらはこの二人のことだな? こいつらは骨導のタブーを破ったために罰として黄泉の国送りとなる……お前たちも同罪である、と言いたいところだがな、ここで取引だ」
ギラティナはここで言葉を切った。
ハルモニアはその隙に、フリストに耳打ちをする。
「……いい? フリスト、私は戦う準備はできてるから」
「うっ……うんっ」そして、ギラティナが言葉を再開する。
「この二人の命か、お前たちの命。どちらかを差し出しなさい。片方は見逃してやる。もう片方は殺す。等価交換だ。決めなさい」
沈黙が訪れた。ハルモニアはみんなの顔を順番に見ていく。マイルは俯いていて表情が分からない。クラリスとレイラはそれぞれ互いの表情を窺っている。自分の命と級友の命、それからヒーローになれるチャンス。全てを天秤にかけている。フリストは――――。
フリストは、最初こそがたがたと震えていたものの、やがて首を振って深呼吸を三回。そして答えた。
「どっちも断る。私は誰も死なせない……皆で、生きて帰るッ!」
「……ほう?」ギラティナの低い声が一層おぞましく響く。
「皆で生きて、それで帰るんだ。リールもシンも渡さない。二人とも私の友だちなんだ……あいつらは友だちだと思ってないかもしれない……私に友だちなんてできないと思ってるかもしれない……ただ、私は変わったんだ。ハルと出会ったことが全ての始まりで、私は、変わった! だから……だからッ!」
その瞬間に、ヒトモシたちの炎が強くなる。フリストは首の付け根から蔓の鞭を出してこう言った。
「……ごめんなさい、私が勝手にこんなこと言って」
「いいえ、ベストアンサーよ。ねぇ、クラリス?」「うん。フリストが言ってなくたって、多分私が言ってた。それかレイラ」とハルモニアとクラリス。
「マイル、ごめんね? こんなことに巻き込んじゃって……怖くない?」「うん、大丈夫……ぼく、頑張る……頑張る!」レイラとマイルも臨戦態勢に入る。
リールとシンはそれを止めようとした。
「ば、バカッ……逃げろっつったのに、は、早く」しかし、それを言い切る前に彼らの姿は消えてしまう。それが戦いの火蓋だった。