新米調査団
次の日。ハルモニアとフリストは学校が終わるなり教室を飛び出して、広場へと向かった。広場の池のほとりのベンチに、オオホリは座っていた。
「おや、きたようですね。それでは調査団見習いのレクチャーを始めましょうか」
オオホリは二人を見て伸びをしながら立ち上がった。
「そのまえに、君たちダンジョンにいく準備はしてますか?」
「ダンジョン?」
「ええ。調査団見習いの仕事は大体ダンジョンで遭難したポケモンを救助しにいくことです。いわば二十年くらい前の救助隊の代わりみたいなもんですねぇ。他にも宝物を取りにいってほしいとか、ダンジョンに住んでいるポケモンに会ってみたいなんて依頼もありますが、まぁ命最優先ってことで。とりあえず、昨日お渡ししたガジェットを出してくださいな」
ハルモニアは言われたものを鞄から取り出した。画面の中にたくさんのポケモンのアイコンが浮かび上がる。赤青黄緑、十人十色。その中にいくつか、エクスクラメーションマークを付けたものがあった。
「調査団ガジェットは、調査団本部にあるガショエタワー……昨日言ったあれです。あれに接続できるんですよ。で、つながりオーブがそれぞれのポケモンたちの関係しか見られなかったのに対して、こっちはその時々の様子まで見られるんです。このびっくりマークがついているポケモンは調査団や調査団見習いの助けを必要としているんです」
「じゃあ、このポケモンを私たちが助けるってこと?」
「ご名答。というわけでハルモニアさん、まずはええとですねぇ……これなんかいいんじゃあないでしょうか。ハルモニアさん、このポケモンをタップしてみてください」
「これ?」言われるままに、ハルモニアは一人のニンフィアのアイコンをタップした。すると、彼女の名前と種族名が表示される。
『迷ってしまいました。場所:恐怖の森』
「救助要請ですね。ではここに登録して……そうです、救助を行う登録です。ここにチェックをつけて……登録したら速やかに行かねばなりません。自分たちが調査団としてこのポケモンを助けに行く、ということですから」
「? じゃあ、私たち今から恐怖の森に行かなきゃだめってこと?」
「そうなりますね。では頑張ってください」とオオホリは手を振った。
「これだけ!?」
「ええ。調査団ガジェットの使い方は一通りご教授いたしましたので、それではー」
そう言ってこの場をあとにするオオホリ。残された二人は途方に暮れて見つめ合う。とりもなおさず、目的地は恐怖の森。数十分で、二人は苔生した森の目の前にたどり着いた。
「とりあえずは来てみたけど、どうしよう……?」「どうしよう、も何も行かなきゃだめ、よね……」「じゃあ、ぱぱっといって帰ってこようか」と歩き出す二人。「前にマイルを助けに行ったところだったかしら」「そうだね……懐かしいなー、もう一か月も前になるんだよね」
恐怖の森。奇しくも二人の最初の冒険と同じ場所だった。
「へへへ、アスタリスクの最初の冒険もここになるんだね」
「そうみたいね……全く、何の因果かしら」
二人は日の届かない暗い森の中を進む。あのときから、ちょっとは強くなっているはず。実践で何回も戦ってきたし、技も使えるようになった。何より、もう独りよがりで戦ってはいない。途中途中に現れる野生化したポケモンたちを倒しながら進んでいく。ムクバードが現れた。フリストがグラスミキサーで迎撃し、ハルモニアのエレキボールが引導を渡す。
「フリスト、先に行くわよっ」
「うんっ……ん?」
道半ば、ハルモニアが駆け出そうとしたところでフリストが呼び止めた。
「ハルーっ、こっち、ちょっとこっちきて」
「何? あんまり時間もないんだから手短にね」
とハルモニアが戻ると、フリストは彼女から見て右方向を指した。
「向うからさ……なんか聞こえない?」
「え? ……」
言われて耳を澄ませるハルモニア。確かに、カサカサ、という音が聞こえてくる気がする。風も吹かない森の中。木々のざわめきということはないだろう。
「……行ってみる?」
「うん、行こうっ」駆け出す二人。狭い道を突き抜けると、少し開けたところに出た。
その真ん中で、困ったようにうろついている一匹のポケモン。ピンク色の耳をしきりに動かしている。白い体は紛れもなく、ガジェットで見たニンフィアというポケモンだった。
アスタリスクの二人は顔を見合わせ、おもむろに近づいていく。ニンフィアは最初は威嚇してきたが、二人が鞄を背負っていることに気付いて表情を変えた。
「あっ……もしかして、調査団の方ですか?」
「ええ。救助要請しているのは貴方で間違いないわね?」
リーナ=サザンクロスというニンフィアの少女は御年十六歳で、ハルモニアたちの学校の卒業生だった。とりあえず彼女を穏和村まで連れていく二人。東の門の前で少し談笑していた。
「びっくりしたぁ、最初は子供が調査団やってるのかと思っちゃった」
「いいえっ、私たちこれでもれっきとした調査団の一員なんですよ」
柔らかに笑うリーナに胸を張って答えるフリスト。それに対し苦笑いのハルモニア。
「(今日が初めての活動だけどね……)」
「すごいなっ。二人ともしっかりしてそうだし調査団ぴったりだね」
なるほど、こうやって二人を誉めるあたりが先輩っぽい。
「えへへ……まだ見習いなんですけどね」
「見習いでやるにしても今日が初めてよね」
「そっかぁ、でも大丈夫、二人なら絶対調査団になれると思うよっ」
と、リーナは満面の笑み。いや、少しぎこちない。「それじゃあ、頑張ってね」そのまま後ろを向いて立ち去っていく。
「あ、あのっ」それを呼び止めたハルモニア。
「なぁに?」
「いえ、なんでも……」
「ん?」「?」
鞄の中から取り出そうとしたものを押し戻して、ハルモニアはフリストの手を引いた。
「さ、行くわよ」「あ、う、うん」リーナが帰っていくのを見ながら、ハルモニアに視線を戻す。「……ハル、そっちは家じゃないよ」
そのハルモニアは、家路をはみ出して道をずっと歩いていた。その足取りは迷いがなく、あの丘の上に向かっている。フリストが声をかけた瞬間、その足がはたと止まった。
「そ、そうね……」
「あははは。ハル、ひょっとしてリーナさんを誘おうとしてた?」
「うっさい」
ハルモニアはフリストの冗談をまともに受けながら振り向く。
「ちょっとは考えたわよ。探検隊のチームは三人一組でしょ」
「なんでやめちゃったのさー。誘ったら絶対来てくれるよ」
と茶化すフリストに、ハルモニアは少し紅潮する顔を背けながら答える。
「別に……迷惑かと思っただけよ。それだけ。ね、もう帰りましょ。そろそろ陽が暮れちゃうわ」
「そんなことないって。私たちのやってることは誰が見たって楽しいはずだもん。誘われて迷惑だ、なんて言うやつは絶対いない。私は断言できるよ。
……まぁ、そんなことどうでもよくってさ、友だちになりたいんだ。私が助けたポケモンと」
「友だちって……」
「ハルが友だちになってくれたとき、すごく嬉しかったの。私、みんなとの繋がりを増やしたいし大事にしていきたい。ハルが渡さないなら、私がリーナさんに調査団バッジを渡してくる」
「フリスト……」言った瞬間、駆け出すツタージャの少女「待って」
ハルモニアは彼女を呼び止め、二、三回深呼吸。
「これ……受け取ってくれないかしら」
次の日の正午だった。リーナを探し出したハルモニアは彼女に調査団バッジを渡した。
「え、えっ?」
勿論、リーナは戸惑っていた。
フリストは置いてきた。宿題を忘れたということで、家に取りに帰らされていたのを上手く利用したのだ。
「お願い」
「う、うーん……昨日の子、だよね? 私、調査団とかそういうのはちょっと……嫌じゃないんだけど、弱いし……」
「大丈夫です。私だって弱いしフリストも雑魚よ」
そういう問題じゃないんだけどな……。リーナが逡巡していると、ハルモニアはバッジを勝手に押し付けてきた。
「別に毎日ダンジョンに来いだなんて言わない。フリストは真剣にやってるけど、私はほんの遊び感覚だから、来たいときに来てくれればいいの。私は単純に友だちが欲しいの」
「えっ……友だち?」
「そう。じゃあね」
と言って、ハルモニアは背を向け立ち去ろうとした。
「ま、待ってよ。いきなりそんなこと言われても困るっていうか」リーナは一旦ハルモニアを呼び止める。そして頭の中を整理した。「友だちになりたいんだったら、そんな無理矢理押し付けるようなことやっちゃダメよ」
「そ、それは分かってるけど……」
「ふふっ、こういう楽しそうなことができるのって羨ましいな。私、そういうことができる友だちってあまりいないからさ……」
「っ、だ、だから私たちがその友だちになるって」
「……ありがと、いきなり色々言われちゃってびっくりしたよ。調査団チームに入れてくれるんだ?」
こくり、と頷き返すハルモニア。
「じゃあ、これからよろしくね。あと、友だちを作りたいならいきなり押し付けるようなことしてちゃダメだよ?」
リーナはちょっと意地悪な笑みを浮かべる。それに呼応するかのように、ハルモニアの頬が染まった。
「うるさいわね。アンタだってさっき友だちいないって」
「あ、ふくれっ面がかわいい」
「はぁ?」
さらに詰め寄るリーナに、ハルモニアはたじたじになるばかりだった。