反省
結論から言うと、マイルは見つかった。ハルモニアたちが来た道からだいぶ離れた繁みの中で震えていた。泣きじゃくる彼を、レイラがあやしながら教室へ戻っていく。ハルモニアとフリストはその後ろを、冴えない表情で歩いていく。マイル探しに手間取ったせいで、帰るのが遅くなってしまい、当然ながらマサムネに咎められた。二番の旗を持って帰ったリールたちよりなぜ遅く帰ってきたのか、なぜ別チームのレイラが一緒に行動しているのか、など。
ハルモニアはごまかすこともできずに、事の顛末を説明した。
「それで、マイルをほっぽって先に行った、というわけか……」
「はい」
マサムネは手に持っている茎を傾けた。そしてため息をついた。
「……お前たちのチームが早くクリアした、というのは良いことだが……。
最初に申したであろう。これはレースではないと。チームの仲間を置いてきてまで勝ち取った勝利になど意味はない」
「はい……」ここから先はお説教タイムだった。
「冒険というものはチームで協力し、互いに気遣い安全を確保しながら同じ目的に向かうことを言う。誰かを犠牲に成功を勝ち取るなどといった精神論、私が言うのもなんだが古臭すぎる。よいか、ダンジョンをクリアすることより大切なものもあるのだ……これ、リール、シン、人の失敗を笑ってはいかんぞ」
マサムネの説教は長くは続かなかった。二度と同じことをしないように、と釘を刺され帰されることになった。
「あー、失敗しちゃったなぁ」
家路に着くフリストはうなだれていた。
ハルモニアは、また内心で呆れかえっていた。なんでさも当然のようにコイツは着いてくるのかしら……。確かに家は近いけど、ここ一か月ずっとコイツと一緒に行き帰りしているのが気に食わない。朝は毎日頼んでもないのに迎えに来るし、帰りも決まって着いてくる。
特に今のハルモニアはマサムネから怒られたこともあって機嫌が芳しくない。
「早くクリアしたいって思ってて、大事なことに気付けなかった……んだよね。
ねぇ、ハルモニア」
急に呼びかけられた。話はしたくないけど、ここで無視してへこませても面倒だしとりあえず聞いてやろう。
「何よ」
「私のこと、ウザいとかうっとうしいとかって思ったりする?」
「……?」
即答しようとして、質問の意図が分からなかった。
「あの、私……リールたちにはウザいって言われるし……今日みたいなこと、何回かやってるからマイルたちにも嫌がられてないかなって心配になるんだよね……だからハルモニアはどうかな、って。ねえ、私のことウザいって思ったり」
「当たり前じゃない」
なるほどそういうことか。申し訳ない気もするけど、正直に言わせてもらおう。
と、口を動かす。すると、フリストの顔が少し引き攣った。
「アンタは周りのこと、少し気にした方がいいわよ。っていうか、初日から頼んでもないのに村案内したり勝手にダンジョンに引き込んだり闇雲に先に行ったり、しなくていい戦いを挑んだり、それで私が何も思わないわけないでしょ。ちゃんと周りを見て行動してもらえないかしら」
つっけんどんに言い返し、ハルモニアは彼女を置いて歩いていく。フリストが追いかけてくる気配はない。流石にああまで言われると動けなくなるのだろうか。少し罪悪感が疼いたが、今まで言われずに過ごしてきて、今日初めて言われたってところだろうか。明日には元通りだろうし、気にすることでもあるまい。
ハルモニアは村の広場に出た。午後はいつも暇だ。村の外を散策したり、池を眺めたりしている。たまにフリストに連れられてダンジョンに行ったりもするが、今日はまず誘われないだろう。カクレオン商店でリンゴでも買って、どこかの池のほとりで食べるとするか。
そう思いながら、彼女は店にいく。そこそこ立派な建物。カウンターで接客をするカクレオン。実は戦いに秀でているという噂もまことしやかに流れているが、今スボミーの少女に笑顔でリンゴとオレンの実を渡している彼を見ていると信じがたいものがある。
そのスボミーの少女は、頭の上の蕾でリンゴとオレンの実を抱えて持って行こうとしている。しかし、彼女はハルモニアの半分くらいの身長しかなく、体重も軽そうで、今にもリンゴの下敷きになりそうになっていた。
「う、うわああ……」
赤い塊の下で足をばたばたさせているスボミー。ハルモニアがリンゴをどけてやると、立ち上がった。
「イタタタ……あ、ありがとう」
「あ、う、うん……途中まで私が持って行ってあげようか」
幼女の扱い方は正直分からない。下手をすればロリコンなどと後ろ指をさされないだろうかと不安に思ったハルモニアだった。
「うん」とうなずいて、満面の笑みで見つめてくるスボミーの視線をかわそうと前を向いた。
「ふーん、お母さんが病気だからお使いに行ってるの。えらいわね」
「えへへー、そうでしょ! 私ね、かふぇにも行けるようになったんだよ」
カフェ、というとガルーラカフェか。村の広場に立っている。
「お母さんは何の病気なの?」
「んー、よくわかんない。いつも咳してて、なんかふらふらしてるの」
「そう……早く治るといいわね」
「だから私、お母さんに美味しいものや栄養があるものいっぱい食べさせたいんだー」
子どもの身で言うことでもないが、子どもの扱いってなんだか苦手だ。恐らく記憶がどうこう、ではなく、彼女が無意識にそう感じているのだ。まず目を十秒も合わせられない。なんだか気恥ずかしい。
……恥ずかしい、なんて言っていると本当にロリコンになりかねないからいやだ。考えないようにしよう。
「あ、もうすぐおうちー」
と、スボミーの少女が言って駆け出した。その先には木でできた、他と何ら変わらないような家が一軒建っていた。ハルモニアが彼女に追いつくと、スボミーの少女は家のドアをこんこんと叩いた。
「おかーさーん、ただいまー!」
すると、中からがさごそと音がして、ドアがキィと音を立てて開いた。
「……マリアちゃん? お帰りなさい。ごほっ、頼んだものは買ってきてくれた?」
「うん! これー」
中から出てきたのはロゼリアの女性だった。娘同様端正な顔立ちだが、顔の色はよくない。目に疲労の色も見えている。
「あら、リンゴがないわね……」
「あ、あの、すいません……」
不思議がるロゼリア。リンゴを抱えているハルモニアはドアの影に隠れていて見えなかったのだ。
ハルモニアは恐る恐る、ドアの後ろから出てリンゴを手渡した。
「えっ、あら、マリアちゃん手伝ってもらったの? じゃあ、ちゃんとお礼しないとね」
「はーい、ありがとうございますぅ」
ロゼリアに急かされたスボミー――――マリアは腰を折って、舌足らずの声で礼を述べた。
可愛い、と思いかけたハルモニアだが、煩悩は追い払う。
「折角なのでお茶でも……」
とよろよろと出てきたマリアの母親の誘いを断り、そそくさと背中を向けた。
マリアの家からノーテルの家までは遠くはなく、十分と経たないうちにハルモニアは家に帰ってきた。
やることがないので歴史の本を読む。
ずっと気になっているんだ。人間が滅亡したこと。
滅亡したはずの人間が、なぜ今ここにいるのか。なんでポケモンの身になっているのか。
そう言えば、変な民間伝承を聞いた。広場の近くの蓮池に住むハスブレロが言っていたことだ。
一般的には、年ごとに十二の干支があるらしい。そして、干支の周期は五つある。つまり、60年で干支が一周する。干支一周六十年を二十一回繰り返す。つまり、1260年。これを区切りとした場合、1258年目は辛酉の年と呼ばれ、世界に大災厄が降るらしい。そして前回の辛酉の年は今から1258年前――――すなわち二年後には世界に大災厄が訪れる、ということだった。
そんなおとぎ話、信じられるかと思ったハルモニアだが、引っかかることがあった。この世界の暦は、人間が滅亡した年を紀元としている。今は8818年。辛酉の年である二年後年は8820年で、8820÷1260=7で、ぴったり割り切れる。
イコール、人間が絶滅した年は辛酉の年ということになり、そう考えるとおとぎ話に真実味が増してきてしまう。教科書を読み返すまでもない、人間は文明を築きあげ、全ての生物の頂点に立っていた種族だ。それが滅亡するだなんて、まさに大災厄じゃないか。
本当に辛酉の年に何かが起こったら――――それはそれでいいかもしれない。なんで自分が今ここにいるのか。それも分からないし、このまま消え去るのも悪くないかもしれない。
ハルモニアは、過去六回あった辛酉の年に何が起こったのかざっと目を通してみた。人間滅亡の次は、暦は1260年……時間の神パルキアと空間の神ディアルガの激突。
「あら、間違ってるじゃない」
学校の教科書なので間違ってるはずもないと思っていたが、別の資料集を見ても、時間の神がパルキア、空間の神がディアルガという説明がなされていた。
彼女のポケモンについての膨大な知識が正しいならば、確か時間がディアルガ、空間がパルキアだったはずだ。そういえばなぜこの知識があるのかも分からない。
次はギラティナの暴走。キュレムによる世界凍結。三聖獣の消失。グラードンとカイオーガによる異常気象。ダークマターの侵略事件――――。
「ダークマター……って何かしら」
この一単語に一切見覚えがなく、困ったハルモニアだった。教科書を見てもこの星に攻撃を仕掛けてきた謎の暗黒球体であるとしか書かれていなかった。
夜になってもノーテルが帰ってこない。そういえば、葬式で明日か明後日までいないんだった。
彼に言われた食糧庫から干し肉を一つ取り出し、かじった。味を感じなかったので塩をかけ、数分かけて食べ終え、彼女はそのまま眠ることにした。