メガ進化
屋根づたいにリリーたちに追いついたグリック=ランドルトは驚愕しか感じられなかった。
謎の集団に追いかけられている少女たちを探して、目映い閃光と轟音を頼りに向かった先でのことだった。
件の謎の集団はバンギラス以外のポケモンが皆倒れ、周囲の家屋が破壊されるとは及ばないまでも、その外壁や屋根が吹き飛ばされていた。
バンギラスは“守る”という技で体の周囲に緑に輝くオーラを貼っていた。そして、彼に対峙するのは――――。
路地の行き止まり。リリー、ハイネス、シャルルが追い詰められていたところに佇んでいたのは、群青の巨体に青いラインと鋼の爪を持つドラゴンだった。その足元にはひっそりとハイネスが、彼女がこの使い主であるかのように立っている。
「おい、なんだあれ。どっから出てきたんだよ」
彼に追いついたヴェルダンがその巨体を見て目を見開く。
「……うーん、何かの本であんな感じのポケモンを見た記憶はあるんだよな。詳細は忘れちまったけど」
そう言ったグリックの眼下で、バンギラスは守るを解いて青い巨体の元へ、正確にはハイネスの元へ歩き出した。
「状況を見るに、あの青いやつがシャルルちゃんたちを助けるために現れた、と見るべきかな」
バンギラスは数歩歩いて立ち止まると、地面に拳を打ち付けた。バンギラスの体内のエネルギーが地面を伝わり、“大地の力”となって、青い巨体を打ちぬいた。ハイネスが余波で飛ばされ、青い巨体は大地の力によって小さくなってハイネスの中へと吸収されていった。
「なんだアイツ、でかいだけで何もしねえじゃんか。おい待て!」
「おっおい、ランドルト……」
救世主となると思っていた例の青い巨体がバンギラスにやられたのを見て、グリックは思わず飛び出してバンギラスの目の前、少女たちを守るように降り立った。
「なんだ、逃げたんじゃねえのかよおめえ」
バンギラスの低い声が響く。グリックはそれには答えず、ヴェルダンに目くばせすると親指でリリーたちを指さした。ヴェルダンは数秒経って、その意味が分かったようでコクリとうなづいた。
バンギラスがその行動に眉を顰める。グリックは手首から炎を吹き出して言った。
「悪いね、俺は手段は選ばないタイプなんだ」
その瞬間、グリックは目にも留まらぬ速さで一歩踏み出した。ブレイズキックが地面を這い、砂埃と火花と火の粉が大量に宙を舞う。
「なっ!」
バンギラスは間一髪で後ろに飛んでかわした。地面から足を引っこ抜いたグリックに殴りかかろうとすると、グリックは彼の拳を掴んで後ろを向いて投げ飛ばした!
投げ飛ばされたバンギラスは民家の塀にぶつかり、塀は無残に砕かれた。グリックは追い打ちをかけるように真空波を打った。だが、すんでのところでバンギラスはストーンエッジを出してそれを防いだ。
「てめぇ……」
バンギラスはよろよろと起き上がった。硬い体のあちこちに傷があり、肩で息をしている。それでもなお、拳を構える彼にグリックはしかし、手首の炎を消した。
「もういい。用は済んだ」
「何?」
バンギラスはそう言って気付いた。彼は今、当初の位置で当初の向きで立っている。すなわち、先ほど追い詰めた少女たちを眺めるようになっているはずなのだが、その少女たちが消えているのだ。
「なっ……ど、どこへやった!」
「別に、俺は何もしてねえよ。ただ、ちょっと考えてみればいい。俺があのとき、なんであの子たちを見捨ててどこかへいったのか。増援を求めただけさ」
グリックはそう言いながら、自分がバンギラスの気を引いている間にリリーたちを救い出して飛び立ったヴェルダンを思って少し視線を上げた。すると、そのヴェルダンが民家の屋根にまだ突っ立っているのが見えた。足元には、リリーたちが横たわっている。
――――なんだ、俺がやられたときのためにまだ待機してんのか。心配性め。どうせ俺はこのあとこいつから逃げ――――
「……手出ししなけりゃあ、サルジャーニーの娘だけでよかったのによぉ……こういうのは、なんて言うんだっけな……ああ、そうだ。プライドが許さねえっつうんだ。理解できるだろ? 炎のお前さんよ。今、俺のこめかみに極太の青筋がはってんのがわかるだろ? 覚悟しろよ。てめえだけはぶっ殺す」
殺意に満ちた言葉。グリックは驚きのあまり自信を少しばかり飲み込んだ。
グリックがジャンプしようと足に力をこめようとしたそのとき、バンギラスが低い声とともに、いつの間にか、どこからか取り出した石を右手に突き出した。
「え?」
その石は強い光を発したかと思うと、その光でバンギラスを包み込んだ。光は数秒で消え、そこにはバンギラスがやはり、立っていた。
とはいえ、このバンギラスは、元の彼と少し違うすがたである。胸に進化前のサナギラスのような形の鎧を付け、背中から巨大な棘を生やしている。
「おいおい、メガ進化なんて卑怯すぎんだろ……うわっ!」
グリックは言いながら横に飛んだ。彼がいた場所から大地の力が噴き出た。
「手段を選ばねえっつったのはてめぇだろ?」
バンギラスはそう言ってストーンエッジを放った。グリックはまたも横に避けて、真空波で対抗しようとしたが、そのときにはバンギラスは穴を掘るで地下に潜っていた。
「チッ、地面に消えやがった……」
穴を掘るを使ってる相手がどこにいるか、どのタイミングで攻撃を仕掛けるか、は地面から伝わってくる振動で判断するしかないのだが、彼は相手がメガ進化したことで焦っていた。それを図るのに少し、難がある。
だが策はあった。穴を掘るを使っている間、地中に埋まっていなければならないため相手は少しずつ酸素を消費していく。だから相手は一定時間内に地中から攻撃を仕掛けなければならない。
だから、その一定時間以上自分が空中に浮いていればいい。
バンギラスは地上にいる相手の気配が消え、戸惑った。どこかに動いたのだろうか。強い衝撃があってから、何も音沙汰がない。二秒、三秒、とてもとても長い時間に感じられる。肺の中の酸素は底をつきかけていた。
何秒経ったかも分からず、脈が激しくなっていく。ぼやけて、安定を失った視界に自分の限界を感じた。
「ッ!」
切羽詰まったバンギラスは、地上に穴を掘るの攻撃を仕掛けた。当然のようにそれは空を切り、肩で息をするバンギラスの姿がすぐに現れた。
――――ちきしょう! どこにいった!? まさか、逃げやがったか――――
彼はすぐにあたりを見渡して、グリックの姿を探した。怨敵が見えた瞬間、すぐに振るうために拳を握りしめる。その相手はすぐに見つかった。二秒後に地面に降りてきた。だが――――。
「はあああああああああああっ!」
渾身、大地の力が彼を襲う。だが、グリックはブレイズキックでいともたやすくそれを弾き飛ばした。
「何……!?」
「……そうだな、確かに手段を選ばないと言ったのは俺だ」
さっきよりも、格段にパワーが上がっている。バンギラスはそれを肌で感じ取った。
「その言葉の責任をとるのも、俺だ」
逆立った鶏冠に、より一層激しさを増す炎。使う力は、恐らく同じものだ。
メガ進化したグリックを見て、バンギラスは舌打ちをした。
「ふん、まぁ面白いからいい。絶対にぶっとば」
ストーンエッジを打とうと拳を握りしめたバンギラスに、目にも留まらぬ速さのブレイズキックが撃ち込まれる。言葉が出なくなった彼にグリックは真空波を打ち込んだ。
メガ進化が解け、緑色の巨体が宙を舞う。決着は、誰の目にも明らかである。