ポケモンになっちゃった!? 緊急事態の九人
サトシは目を開けた。
青空が広がり、いくつかの雲が流れている。
視界のはずれには木がある。
恐らくここは、森のすこし開いたところだろう。
サトシは起き上がろうとしたが、全身に痛みが走った。高いところから落ちたらしい。
サトシはあることに気付いた。ピカチュウが見当たらない。
「ピカチュウ?いるのか―?」
どこからか、ガサガサと草の動く音がした。
「?」
サトシの視界に出てきたのは、ピカチュウではなく、テールナーだった。サトシから見ては、だが。
「なんだ、ピカチュウじゃなかった…。」
「え…?」
不意にテールナーが喋った。
「ピカチュウ…?」
サトシははっと目を覚ました。
「今、俺のこと、ピカチュウって…いったか?」
「え、え…?まあ、どこからどうみても…。そもそもなんでピカチュウが喋ってるのかしら?私ポケモンの言葉が…?」
「おかしいのはテールナーのほうだ。なんで喋ってるんだ…?」
お互い疑問だ。
サトシは痛みも忘れて起き上がった。
そのとき、サトシはテールナーの発している声がセレナの声と同じだということに気付いたのだ。
「あれ、セレナの…声…。セレナなのか?」
「ピカチュウ…もしかして、サトシなの?」
タケシは、雲の上のようなところにいた。
周りを確認しようとするが、霧がかかっていてよく見えない。
しばらくキョロキョロしていると、後ろから声が聞こえてきた。
「タケシさーーん」
タケシが振り向くと、少し離れたところに三人の女性がいて、タケシに向かって手を振っていた。
「タケシさ――ん」
「うわぁ…。」
タケシは女性がいるほうに走り出した。
しかし…。
「え!?」
空から無数の火の玉が降ってきた。
「そんな!?」
火の玉はタケシに向かって近づいてくる。
「僕の邪魔をさせようなんて、無駄だよっ!」
タケシは体中から水を放射した。
水はとがっていき、火の玉を切り裂いた。
「タケシさーん」
タケシはまた走り出した。
しかし…。
「えっ!?」
今度は草が四方八方から高速で寄って来て、タケシの体に巻き付いた。
「くそっ!?しかもこれ、毒針…?」
草についている毒針がタケシの体力を蝕んでいく。この毒針を食らえば人間ならば即死したはずだが、タケシは簡単には力尽きなかった。
しかし、そこに…。
「ええっ!?」
更に、上空から巨大なエレキボールが降ってくる。
あんなエレキボールは耐えられない。
エレキボールは高速でタケシにぶつかってきた。
「ああああああ…。」
「ハッ!?」
タケシは目が覚め、身体を起こした。
「はぁぁ〜…。…ん?」
「あ、起きた!」
タケシのそばにいたのは、エネコだった。
「大丈夫!?」
「大丈夫…って、ええ!?」
「な、な、なんでエネコがしゃっべってるんだ!?」
「そっちだって、カブトプスが喋るなんて普通…え?」
タケシとハルカは、互いにポケモンになっていることに気付いたようだ。
「わぁっ、すごーい!」
アイリスは言った。
「私キバゴと合体しちゃったのかな?」
「それは無いと思うんだけど…。」
ヒカリは言った。
アイリスはキバゴ、ヒカリはポッタイシになっている。二人はすぐに自分がポケモンになっていることを理解し、そこまで動揺もしていない。
「キバゴは、転送中に強制的に戻されちゃったと思うな。」
「えっなんで?」
「なんでって言われてもな…。」
「というか、みんなをさがさないと。どこにいるんだろう?」
アイリスとヒカリは歩きだした。
「んーっよく寝た…。」
シトロンは言った。
いつの間にか寝てしまっていたようだ。ここは森の中だ。
しかし、なぜ森の中にいるのかが分からない。
―――にしてもなんで寝ちゃったんだろう?
みんなを探さないとな…。
シトロンは歩き出す。しかし、どうもおかしい。
こんな小股な歩き方だったっけ…?
ん?あそこにいるのは…デデンネ?
話しかけてみよう…。
「どうしたんだい?」
「え、エレザード!?」
「え…?」
今、デデンネが…喋った?
「おかしいな、こんなところにエレザードがいるなんて。」
そもそも、僕は人間だぞ。エレザードなわけがない。
「いや、あの…エレザードって、僕のことを言ってるのかな?」
「うん、そうだけど。そういえばエレザード、お兄ちゃんみたいな声してるね!」
そういえば、このデデンネも、ユリーカのような声だ。
「私、ポケモンと喋れるようになったんだ!」
いや、ポケモンが、ポケモンと喋れるようになったとか、なんかおかしくない?
「いやあのね、僕、そもそもポケモンじゃないから…。」
「え、なんで??」
「なんでって言われても…。」
「それよりさ、背中に乗せてよ!一度エレザードの背中に乗ってみたかったんだ!」
背中に乗ってみたいっても、ユリーカぐらいなら肩車できるかもしれないけど、さすがにデデンネはね…。
「あの、背中って、肩と勘違いしてるんじゃ…。」
「うそ、エレザードは肩が狭くてのせられないよ!」
一体なんで僕のことをエレザードって呼ぶんだ…。しかも、肩が狭いだって?そんなこと、在りえないはずだ。
「エレザードはいつになったら自分がエレザードだって言ってくれるの?」
「へ…?」
さすがにおかしいと思ったシトロンは、後ろを見てみた。
そこには、自分の尾と、首周りの…。
「え!?」
僕が、エレザード?
シトロンは、そのまま気を失ってしまった。
「あっ、エレザード!」
サトシとセレナは、森で倒れているラルトスを見つけた。
「セレナ、あんなところにラルトスが倒れてるぞ!」
「どうしたのかしら…?」
「ラルトス!大丈夫か!?」
この一言で、マサトの意識が戻った。
はじめは、マサト自信ではなく、近くで倒れているラルトスに声をかけていると思っていたので、マサトは目を開けようとはしなかった。
しかし、
「ラルトス!」
と呼びながら自分の身体を揺すってくるので、ようやく目を開ける気になった。
マサトの視界には、身体を揺すっているピカチュウと、心配そうに自分を眺めるテールナーがいた。
「あ、大丈夫!?」
テールナーが呼びかける。
「あ、ありがと…?」
だんだん意識がはっきりしてくる。
このときマサトには、二つの疑問があった。一つは、なぜ自分がラルトス、と呼ばれているのか。もう一つは、なぜポケモンであるはずのピカチュウとテールナーがしゃべっているのかということだ。
「うーん、ま、まあ…。」
マサトは起き上がって辺りを見回した。ここはおそらく森だろう。
「ん、ありがとう…。」
マサトは一旦、二つの疑問を吹き飛ばすことにした。ここでなにか言っても元からポケモンであろうピカチュウとテールナーには分からないだろうから。
「お前、なんでここで倒れてたんだ?」
ピカチュウが聞いてきた。
「それは…。分からない…。僕もなんでこんなところに来たんだか…。」
「それより前の記憶ってある?」
今度はテールナーが聞いてくる。
マサトはでたらめを言うことにした。本当のことを言うと元人間だと思われてしまうかもしれない。
「…なんか…街を歩いていた気がします…。…でも、気付いたら、ここに……。」
「そうか…。」
ピカチュウは急に言った。
「俺、サトシ!よろしくな。」
サトシ…?まさか、このピカチュウって…
「私はセレナ。」
やっぱりだ。サトシとセレナ。間違いない。
僕も含め、みんなポケモンになっているんだ…。
マサトは本当のことを言うことにした。
「あ、今の嘘。サトシとセレナと分かって安心したよ。」
「ってことは…マサトか?」
「うん!」
タケシとハルカは、森の出口を目指して歩いていた。もちろん、仲間を探す目的もあるのだが。
「もう、迷っちゃった気がする…もといた場所がどこかも分からないし、帰る当てもない…。ただ単に、歩き続けるしかないのね…。」
「そうだな…」
そのとき、右のほうから草が動く音が聞こえた。
「誰だっ!?」
音はどんどん近づいてくる。
「な、なに…?」
「分からない…。」
声が聞こえた。
「そこに…誰かいるの?」
「え?」
草の音は止んだ。
「誰って、言われてもね…相手が確認できない以上…。」
「じゃあ出てくるね。」
草の中からキバゴが姿を現した。
「き、キバゴ?」
続いてポッタイシが出てきた。
「アイリスのキバゴにそっくり!」
ハルカが言った。
「そうだよ、私がアイリスだもん。ポッタイシはヒカリ。」
ポッタイシがうなずく。
「そっか。ならよかった…。」
ヒカリが、ちょっとした推理を二人に投げかける。
「たぶん…カブトプスがタケシで、エネコはハルカ…違う?」
もっとも、その通りだった。
「その通り!」
しばらく沈黙が続いたが、タケシが切り出した。
「まだ、五人と会ってないな。早めに探したほうがいい。」
「そうだね!またはぐれないように一緒に歩こう!」
四人は歩き出していった。
自分がエレザードだということを未だに信じていないシトロンの背中には、ユリーカが乗っていた。
「エレザードの背中に乗ってみたかったんだ!」
「もうエレザードって言わないでくれよ…。僕はシトロンだからさ…そんな無邪気ってことはユリーカに決まってるはず…。」
「そうだけど、あれ、お兄ちゃんなの!?」
「そうだよ…気付かなかったのかい?っていうか僕はエレザードじゃないって言ってるだろ?重いんだよ、背中に乗らないでくれ…。」
「背中に乗らないでってことは、お兄ちゃんやっぱり自分がエレザードだってこと分かってるんじゃないの??」
「なんでそうなるんだよ…。いい、何度も言うけど、僕は絶対にエレザードじゃないからね?きっと、本当の自分はどこかにいて、エレザードの意識を乗っ取っているだけ…。」
「え?お兄ちゃんってそういう科学では理屈のつかないことが嫌なんじゃなかったっけ?」
「そ、それは…。うわっ!」
会話をしているうちに、サトシとぶつかってしまった。
「ああごめんなさい…って、えぇ!?」
「エレザード・・・?デデンネ…?」
「ああああ!!ピカチュウが喋ったぁぁ!!ってことは そ こ の テ ー ル ナ ー と ラ ル ト ス も … 。」
「なに驚いてんだよ…?」
森を出たところに、アイリス、ハルカ、タケシ、ヒカリがいた。
「みんな、ここにいたのか!」
「サトシ!」
ヒカリが呼ぶ。
「なんだ?」
ここは山の上みたいだよ。ほら、あれを見て!
ヒカリが指さすほうを見ると、村が遠くに見えた。
「おお、村だ!みんな、あそこに行ってみようぜ!」
「その前に…。」
「シトロン?」
「誰が誰だかをしっかり分かっておかなくちゃいけませんね。」
「あ、それもそうね…。この姿じゃ混乱しそうだし…。」
「じゃあ、誰が誰だかをまとめてみましょう!」
サトシ ピカチュウ
ハルカ エネコ
タケシ カブトプス
マサト ラルトス
ヒカリ ポッタイシ
アイリス キバゴ
シトロン エレザード
じゃないって、もう…。ユリーカ デデンネ
セレナ テールナー
土には、木の枝でそう書かれている。
「シトロン、いつになったら自分がエレザードだって認めるんだよ…。いい加減諦めたらどうだ?」
「でも、僕は僕ですよ。姿はエレザードだったとしてもエレザードではないですよ、きっと…。」
「ま、とりあえずこれで誰か分かったな!村を目指して歩こうぜ!」
「おー!」
サトシたち九人は、遠くにある村を目指して歩いていくのだった。
ロケット団の基地では、ムサシ、コジロウ、ニャースの三人がサカキに呼び出され、サカキの前に立っていた。
「いいか?我々は何人もの研究科を呼んで研究を進め、ついに、ポケモン〈だけ〉が存在する世界への移動を可能とした。」
大きなソファに座るサカキの膝もとには、喉を鳴らしながら奇怪なまなざしでニャースを見つめるペルシアンがいる。
ニャースも、そのペルシアンを見つめ返していた。
(いつかペルシアンとニャーの立場を入れ替えてやるのニャ…。)
しばらく黙っていたサカキが再び口を開く。
「そこで、お前たちには、その世界の調査をしてもらいたい。詳しい名目は言わないでおくが、そこでなにか優秀なポケモンがいたのなら、ぜひともつかまえて持ってきてくれ。」
「ただ…。お前らがここに帰ってこれる保証は、ない。」
どこかでつばを飲み込む音が聞こえた。
「我々と通信をとることも、不可能だ。」
「私は不安だ。お前らに強制的に行ってもらう必要はない。これはとても危険を伴う調査なのだから。」
「それでも、調査に行きたいというのであれば、そこから一歩も動くな…。」
三人は、足を震わせることすらすることはなかった。
「よし…。では、こちらについてこい。」
ペルシアンをソファーにやさしく置くと、三人の後ろの方へ歩き出した。
三人はサカキについていった。