第15話 掛け合い、悩み、また掛け合い
「ひゃぁ〜ビリビリする。静電気が酷い……」
「水タイプのお前には厳しいもんな」
アドルフ達はダンジョン入り口でぼやいていた。回復道具をみっちり仕込み準備を整えても、いざ入るときはどうしても億劫になる。タイプ相性を考えたら仕方ないのだが、鐘を壊した責任は自分達で取るしかない。
ギルドに入る前は草タイプ中心のダンジョンを単独で突破したが、あれはレベル差があるからこそ出来る荒技である。今のアドルフとスティービーはルーキーとしては強い。ただそれだけである。
「まあ、いつまでも嫌がっても仕方ない。なるべく戦闘を避けていこう。……毛があったら逆立ちそうだ」
「冗談言えるくらい余裕があるなら大丈夫だな」
アドルフが仕切り直ししようと声をだすが、やっぱり静電気が嫌なのは隠せなかった。スティービーの体表にある微細な毛がチリチリしているのが気になって仕方ない。
そんなアドルフの気もしらずスティービーは平気そうであった。気づいていても彼ならば気にしない。わかりきっていたことだとアドルフは割り切るしかないのだ。
そして、雑談を終えた後2匹はダンジョンへ侵入する。入った先で目にしたのは電磁波の影響か浮遊する岩のような物体、ところどころ小さな放電が起こる壁など水タイプが入っていい場所ではなかった。アドルフは死んだ魚のような目でそれを見つめていた。
対してスティービーは興味深そうにそれらを見つめる。正式にチームを君での探検としては初なので、最初から見てて面白いダンジョンにいけて嬉しそうだった。あまりにもアドルフとの落差がひどいのはご愛敬である。
ビリビリ……。
「むっ!?右に飛べスティービー!!」
だが、まったりする間は一瞬で終わりを告げる。アドルフは明らかに大きな放電音を聞いて敵を察知する。すぐにスティービーに知らせ回避行動を取り始める。
アドルフの声を聞いてすぐに緊急回避で右側に前のめりで飛んだスティービーは、地面に手をついて前転し体制を立て直してから辺りを見渡す。攻撃が飛んできた方向を見る余裕がなかったのでキョロキョロと周りをみるしかない。
「くそっ!上手いこと逃げられたな」
しかし、時すでに遅し。敵は本能的に反撃を恐れたのかすぐに姿を隠す。追撃を行わずにヒット&アウェイする辺り慎重な性格が窺える。ダンジョンポケモンといえども当然ながら性格は存在する。
アドルフは敵が逃げたのを見て、まずはスティービーと合流しようと動き出す。彼から見て今の状況は非常にまずい。
「ビビビビ!」
「合流はさせないってか?だったらこれでも食らえ!」
その合流を遮ろうと電気を纏って野生のポケモンが突撃してくる。両端に磁石が腕のようについているポケモン、コイルが“スパーク”によるタックルだった。磁気の強いダンジョンでは多く見られるポケモンである。
アドルフはすぐさま合流を諦め、バックステップしながら“水の波動”を放つ。スティービーは一歩下がって力を溜め始める。ひるんだ隙に倒そうという算段である。
コイルに水球がぶつかり、自身の電気と大量の水で感電した水に飲まれる。これにはたまらず突撃を中止せざるを得なかった。周りに感電した水が飛び散り、スティービーは冷静に水滴を避けながらチャンスを窺う。
「ビビ……、ガガ……」
「お疲れさん」
もがいて疲れ果てたコイルがその場で滞空するだけとなり、スティービーはすさまじい運動量を掌に込めて強く揺さぶる。冗談交じりに労いの言葉をかけられながらコイルは地に落下する。
まず一体を倒したところで2匹は合流し、背中合わせになって現状を確認する。アドルフはあまりに光景に冷や汗をかいていた。スティービーは余裕綽々としており、寧ろ今の惨状を楽しんですらいた。
「おいおいおい!いきなりこれはやばいって!」
「そうか?電気タイプが多いな。どれどれ、ひーふーみー……3匹以上だからたくさんだな!」
「こんな時にボケるな!7匹だ!全部お前に押しつけるぞ!!」
一瞬の間で電気タイプ7匹に囲まれ、アドルフは焦りを見せる。おちゃらけるスティービーに檄を飛ばしながらも道具箱に手をかける。決して相手から目をそらすことなく片腕でバッグを漁り、いいアイテムがないか考え始める。
スティービーはアドルフがアイテムを探っているのを確認すると囲んでいる電気タイプに視線を配る。アドルフは一撃でも致命的になる以上、スティービーが近接だけでも受け持ってあげなくてはきびしい。
電気タイプはラクライが3匹、ルクシオが1匹、コイルが2匹、レアコイルが1匹であった。前者2種がアドルフに狙いを定めており、コイル族は揃ってスティービーを恨めしそうに睨んでいた。相手は自分の獲物を明確にさせており、チャンスを今か今かと待ち構えていた。
「……来ないならこっちから行かせてもらう!」
火蓋を切ったのはアドルフだった。手始めに技のエネルギー節約を兼ねて“いしのつぶて”をルクシオめがけて投げ込んだ。サイドスローで投げられ低空飛行な軌道で足を狙っていた。四つ足走行の脚力から削ごうという狙いで投げられ焦っていてもしっかりと戦略が考え込まれていた。
対して、いしのつぶてを投げかけられたルクシオは一直線に駆け出し、口を大きく開けタイミングよく顔を上から振り下ろし足に当たりそうになっていた石ころをキャッチする。直後に適当な場所へ吐き出し、先ほどのコイル同様“スパーク”で突撃していった。それにラクライ達も続いてバラバラにスパークで迫っていった。
「マジか!?ヒットアンドアウェイ戦法といい、賢いなこいつら!」
「かなりまずいな……1匹でも多く止め、うおぉっ!?」
アドルフはまさかの方法で対処されたのを見て右側にダッシュし、逃げ込む。しかし4匹は当然ながらカーブしてアドルフを追いかける。完全にアドルフにのみ狙いを定めておりスティービーはコイル達に任せているようである。
スティービーはアドルフを追う4匹を足止めしようとするが、それをさせまいとコイル達から電撃が放たれる。それにより再び分断されることになる。タイプ相性では不利でも遠距離でスティービーには何もさせないような立ち回りだった。近距離主体のスティービーにとって非常に苦しい展開であった。
「いい感じの戦力配分してるぜこいつら……。なんとかなりそうか!?」
「なんとかしてみせるさ。お前こそ深追いするなよ!!」
スティービーは遠く離れていくアドルフに聞こえるように大声で安否を問う。自分が多く相手すべきだと思った矢先に、アドルフが真っ先にピンチでは立つ瀬がない。そんな心配をよそにアドルフは余裕こそないが冷静であり勝利を見据えていた。
自身の心配が杞憂だったとわかったスティービーは自分の敵であるコイル達を睨み付ける。単眼ながらも怒りはハッキリしているらしく、あからさまにスティービーは恨まれていた。最初のコイルにとどめをさしたのはスティービーなので目をつけられたのである。
2匹のコイルが10万ボルトを放ち、スティービーに牽制をかける。レアコイルは様子見で動かず、スティービーの一挙一足を見逃すまいと息巻いていた。
しかし、スティービーは前に走り出す。牽制に付き合ってダラダラと戦ってしまうと追われ続けるアドルフが不利になっていくだけである。ならば前進して短期決着こそがベストと判断する。
スティービーが前進して2匹の電撃をくぐり抜けるのを見てレアコイルは様子見をやめて自身の前に銀色のエネルギーを形成していく。鋼タイプの特殊技では高水準の威力を誇る“ラスターカノン”であった。
「打たせるわけねえだろ!同士討ちだオラァッ!」
大技が放たれるモーションを見てスティービーが取った行動は思い切りの良さが出ていた。近づいたことで手の届く距離にいる1匹のコイルの磁石をつかんで自身を中心に回り始め、砲丸投げの要領でレアコイルにぶつける。技のチャージで回避行動が出来なかったレアコイルは半端なエネルギーの塊を味方の衝突により目の前で暴発させ、一緒にダメージを負う。
しかし、残りの1匹は一連の隙にスティービーの後ろへ回り込む。すでに10万ボルトを放っており、回避は困難である。技を打たせる前に攻めきろうと動いても、数が多いと隙を見せてしまう。同士討ちで2匹対処できても3匹目はどうしてもフリーになってしまうのだ。
「ビッ!?」
しかし、スティービーは投げ終わってすぐに左側へステップしており電撃はむなしくも空を切ってしまう。この行動をするにしても先読みが必要不可欠。咄嗟にしては早すぎるものである。
着地したスティービーは顔をチラリと後ろに向けて、ギラリとした視線で残りの獲物を見据える。思わず鋼の身体のコイルに冷や汗が流れる。
「“発勁”」
クルリと身体の向きを変え、距離を詰めていく。射程距離に達すると掌底を顔面に当てられ、凄まじい運動量がコイルを伝っていった。身体全体に染み渡るように広がり、ゆっくりとダメージを負うような感覚を負わされる。
しかし、実際は掌底がヒットした瞬間に勢いよく吹っ飛び、洞窟の壁に激突していた。激突前に気絶していたようで呻き声すらスティービーには聞こえなかった。
「さてと……」
1匹を確実に仕留めたのを確認すると先ほど同士討ちさせたレアコイル達へと視線を移す。深く考えるまでもなく距離を詰め、流れ作業をしているかのように同じ事を繰り返す。
終わってみればタイプ相性が味方して一撃で沈めてしまうあっけない幕引きとなった。後はアドルフに合流し残りを蹴散らしていくだけである。完全に読み勝ったことで余裕も充分だ。
早速アドルフを助けに向かおうとするが、その行く先が土煙にまみれていた。アイテムを積極的に使おうとしていた彼が何をしたのかおおよその見当がつき、苦笑いを浮かべるしかなかった。
走って行ってみればラクライ達がポツポツとばらけて倒れているのが見られ、アドルフが順調に倒しているのは明らかだった。タイプ相性が不利でも効率よく対処出来ているのを見て、思わず感心するほどである。
「……家族か」
進んでいけば、倒れたルクシオの近くでポツンとアドルフが座っていた。戦いの後の余韻で、ダンジョンに行く前の出来事について思いを巡らせており、スッとしない気分なのは容易に読み取れた。
出かける前に一悶着あったサルビアとカーネの事を思い出さずにはいられなかったようである。貰ったクラボの実をかじって回復も同時に行っていた。
「……大丈夫か?」
「あっ、スティービー……。変だよな。辛気くさいのは無しだって言っておいて、どうしてもあの子がチラついちゃうんだ」
「確かにあんなに揉めてるとな……」
スティービーがアドルフの危うげな様子を見て心配になって声をかける。アドルフは少し乾いた笑みで大丈夫と言うがどこか上の空である。今日あったばかりでもあんなに悲しそうにしていたらいい気分ではない。
しかし、サルビアが言うように家族の問題だから下手に手を出すのはよくないことである。出来ることがあるとすればまた会えたときに優しく、分け隔てなく接してあげることぐらいであろう。
「とはいえあまり気にしすぎても仕方ないぜ。他の家庭の事情だ。俺達に出来るのは日々修行に励むことだ」
「それもそうだな。俺達は頑張って精進あるのみだ!」
スティービーはその事をちゃんと理解して、アドルフを諭す。ここはダンジョン、余計な不安で手痛い目に遭うのだ。チームを組むのであればそういったものを取り除くのも相方の役目である。
アドルフもその一言で気持ちを切り替え、今すべきことを見据える。そもそも自分達が公共の鐘をぶち壊してここにいるのだから他人の心配をしている場合ではない。
「……とか言っていたら次のお客さんだ。スティービー、いけるか?」
「フッ、ぬかせ。お前はビビって隠れてもいいのだぞ」
「捻くれたこといえるぐらい余裕なら1匹で蹴散らしてくれ。ほらこれ使え」
「おうとも」
2匹が意気込んだところにダンジョンの潜むポケモンがすでにロックオンしており、今にも襲いかかりそうになっていた。真っ先に気づいたアドルフはスティービーに声をかけ、バッグに手をかける。
スティービーは大したダメージを負ってないからか余裕が有り余っている。挑発して焚きつけるようなことを言うが、アドルフは軽く流して雑にアイテムを投げ渡す。
「さっさと終わらせてしまうぞ!」
「お前が壊した鐘の修理のために〜」
「それを言うな!!」