第14話 家族の問題
「いや〜、ウォーベックさん!!今年の収穫祭のご協力感謝します!農園長に変わってお礼を申し上げます!!」
「いいんじゃ、こっちも鐘をぶっ壊してしもうたからのう。来年が心配なくらいじゃ」
「「申し訳ありません」」
収穫祭が終わった翌日、農園長の代理であると言ってご挨拶に来たポケモンとウォーベックとの会話にチーム“プロテイン”は立ち会っていた。そのポケモンは四足歩行で耳と尻尾が葉のようになっており基本的な体色はクリーム色であった。種族はリーフィア、収穫祭では何かと頑張っていたようである。
なお、“プロテイン”の2匹は申し訳なさそうに萎縮していた。あれからスティービーも加入しチームを結成したのだが、初陣はまさかの謝罪である。因みにチーム名に関して言うとアドルフは血涙を流した。
「お兄ちゃん……、もう親方が呼んでるよ」
「ん? もうそんなに経ったのか。わかった、すぐに行く。では、というわけでして失礼させていただきます」
「うむ、ご苦労さま。アイビー君、弟さんと仲良くな」
「ハハッ、問題ありませんよ。こんなにもかわいい弟なんですから」
「ちょっ……、むぅ……。バイバイ……」
そんな異様な雰囲気を醸し出す会話に割って入ったのは発言からして彼の弟と思われる茶色い毛並みを基調としたイーブイだった。幼いイーブイはアドルフ達よりも体型が小さく上目遣いで兄のリーフィアを見つめていた。
兄は途端に柔和な表情になり会話を切り上げる。アドルフには上司に呼ばれたからというより弟に呼ばれたから帰ろうとしているかのように見えていた。最後に言った台詞の最中も頭を擦り付けながら優しく撫でながらである。溺愛という表現が近いほどだ。幼いイーブイはちょっぴり嫌そうにしていた。
「兄弟か……、いいなぁ」
「ん?急にどうした?」
「……ランドルフか」
アドルフはそんな兄弟の風景に憧れを抱いた眼差しを向ける。その表情はとても儚げで、いつもの慇懃な少年ではなく年相応の顔つきをしていた。スティービーはつい何事かと尋ねる。
その様子をウォーベックは悲しそうに見つめていた。心情を察しているのについ彼の父の名前を呟いてしまっていた。
「父さんは顔さえわからない。俺が最初に生まれてその次の弟や妹が生まれる前にいなくなっちまった」
「……すまん。嫌な事を思い出させたな」
「いいんだよ、俺が勝手に思っちまったことだしな。辛気くさいのは無しで、仕事にしようぜ。自分たちの尻拭いをしなきゃいけないだろ?」
「……そうじゃな。お前達は依頼もこなしつつダンジョンを越えた奥地の鉱石を取ってくるのじゃ。その鉱石が新しい鐘の材料となる」
非常に気まずい雰囲気になりながらもすぐに仕事に戻ろうと3匹はしゃべり出す。内容は壊してしまった鐘の材料厚めを兼ねた依頼の説明である。2匹は真剣に聞いていた。
依頼の内容を書面で確認し、自分たちのバックをチェックする。前は爆裂の種を大量に消費してしまったので買い足すかどうかを検討しなければならないからだ。
バックの中身は前回の爆裂の種以外はそこまで消費してなかったのかギッシリしていて重い。これなら買い足す必要性は薄いと判断し、アドルフは依頼へ直行しようとする。
「おーい、置いていくなよ。今回の依頼で向かうダンジョンは鉱石が取れるって言っても越えた先の奥地だけだ。敵は電気タイプが多い。準備は丁寧にすべきだ」
「……すまない。すっかり失念していた。俺からすれば苦手もいいところだ」
スティービーは焦るようにダンジョンへ向かうアドルフを宥めるように止める。2匹とも冷静に考えられるためか、どちらかが崩れだしていたら止められる。そんな関係性を徐々に築きあげていた。
アドルフもスティービーの指摘を聞いて落ち着いたのか足取りは軽い。考えを改めて商店へと向かう。それを言われずともスティービーは買い物のつもりでついていった。
長いはしごを登り、地下から地上へと出る。そのまま門をくぐって外へ出る。
ギルドから出て、商店街へと向かう方へ視線を向ける。その先には、先ほど見かけたイーブイがちょこんと寂しそうに居座っていた。
「ん?あの子はさっきの……」
「アイビーの弟さんだな」
アドルフ達はその様子を見て、少し気になっていた。あまり刺激しないように自然体を心がけて彼に接近する。
イーブイの彼は足音でアドルフ達に気づいたのか、キョトンとした顔で見ている。
「あ、えーと“プロテイン”の……」
「プ……、あぁ……。アドルフだ」
「プロテインのスティービーだ。君は?」
「僕はサルビア……よろしくね。探検家のお兄ちゃん」
イーブイは気まずそうにチーム名を絞り出すが、名前が浮かばず黙りこんでしまう。アドルフはチーム名に釣られて一瞬、嫌そうな顔を浮かべてしまうが我慢して名乗った。その後に誰よりも冷静にスティービーが話すというなんとも言えない状況へとはまり込んでいった。
イーブイ、もといサルビアはやはりどこか物憂げで寂しそうにしていた。今度はつい先ほどまでいたリーフィアのアイビーがいない。
「……そういえばお兄ちゃん達はおかいものなの? こっちにいったら商店があるよね?」
「あぁ、俺たちは今から足りないものを購入して探検に望むつもりだよ」
「だったらこれあげる……いらないから」
サルビアはアドルフ達が買い物をしようとしているのに気づいたのか、やや喰い気味に訪ねる。アドルフはそれを肯定し、サルビアに目線を合わせるようにしゃがみ込む。
それを聞いてサルビアは自分が持つカバンから数個ほど木の実を差し出す。内容はオレンの実が3つ、クラボの実が2つであった。
そのラインナップを見て2匹は驚いたと言わんばかりであった。偶々なのだが今から挑むのは電気タイプの多いダンジョン。相性不利なアドルフにとってオレンの実を大量に入手できるのは嬉しいし、麻痺対策は非常に大事である。
「ありがとう。すごく助かるよ」
「う、うん……どういたしまして」
アドルフはそんなサルビアの厚意を真っ直ぐ受け止め、木の実を受け取りつつ幼子の頭を撫でる。純粋な感謝の気持ちの表れはサルビアの心を溶かしかけていた。ついさっきはしょぼくれた男の子が褒められて嬉しそうにしていた。
スティービーはその光景をニマニマしながら見ていた。その内心はアドルフの方も機嫌が良さそうに見えたのでホッとしていた。
「あ、サルビアくん!探したわよ!」
ここで不意に声がかけられる。女性の声で、優しそうな声色だった。タタッと足音が迫ってきており、その女性がすぐにここに来るだろう事はわかった。
アドルフ達は保護者が来たのかと安堵し、サルビアによかったねと声をかけようとするが肝心の彼は様子がおかしかった。毛を逆立て、しょぼくれたり可愛らしく喜んでいた男の子はどこかに消えてしまったかのような状態だった。
(……怯え? いや、それにしては攻撃的だ。嫌っている?)
アドルフはその様子を見てキッとした表情でその女性へ向ける。もしかしたら、大変な事になってしまっているのかもしれないのだ。スティービーもそれに続く。
「カーネさん……、僕はすぐ帰るから先にいけよ」
「い、一緒にかえ……」
「あっちいけ!!」
サルビアは怒りをあらわにし、カーネと呼ばれるエーフィに一方的に怒鳴りつける。その様子にアドルフ達も思わず畏怖の念を抱く。それはもう恐ろしい剣幕だった。
カーネは出会ってそうそう強烈な拒否を浴びせられて、相当傷ついたのかトボトボと下を向いて別の方向へ向かう。その後ろ姿は先ほどの懸念など無駄だと心に刻むには十分なほど痛々しく見ていられなかった。
「家族の問題だからお兄ちゃん達は何も言わないで……。じゃあね」
サルビアはアドルフ達が感じたであろう気持ちを察したのか、釘を刺すように言葉を発する。その表情はとても冷ややかで可愛らしい少年の姿などみじんも感じられなかった。
家族の問題、などという言葉が出たからには迂闊に手出しするのははばかられいつもは行動的な2匹も気後れする。サルビアが足早に去って行くのを止められなかった。
「なんか今日は湿っぽい話が多いな。アドルフ、大丈夫か?」
「問題ない。俺たちはあまりしゃしゃり出ちゃいけない。探検家の修行の身なんだ。それに……、ああいった問題に対して俺は何もわからないよ……」
プロテインの2匹は少なからず、あの光景を見た以上黙ってはいられないが完全な部外者に出来ることなどない。ただそれを悔しく思うほかなかった―――。