書類、収穫祭のお手伝いさん
書類が多い……、なんとかならないか。ジェニーはそんな風に思いながらため息をつく。
収穫祭の大まかな役割を発表した翌日、それぞれの生活を再開する。それはアドルフも同様で、掲示板を見ながらどれにしようか考えていた。お尋ね者は許されてない上に、E.Dぐらいのランクしか受けれない為、実際の選択肢は3択である。
アドルフはどうしたものかと考えながら依頼書を見つめる。3件中落し物が2件、残り1件は救助である。救助の方は初依頼と同じダンジョンであるため攻略しやすく、内容の緊急性を考えるとこちらを優先した方がよさげであった。
「今日はこの救助依頼に向かいます。セリーナさんよろしくお願いします」
「ふむ、同じダンジョンね。ちょうどよく別種の依頼か。……無茶はしないようにね」
アドルフが提出した依頼書にセリーナが目を通して黙読する。落し物を拾うのではなく救助と言う大切な依頼を任せるのに個人的には気が引けていても申し分ないと思い、ハンコを押す。出来るだけ多くの経験を積ませる方針で切り盛りされるギルドではこのような事は不思議ではない。
アドルフが大怪我もなく突破できた事から、実力は十分だと判断したがそれでもセリーナは心配であった。他の先輩は既に出来るだろうと思っているのか気前よく行ってらっしゃいと言っており、温度差は激しい。
「セリーナさん、アドルフなら大丈夫ですよ。アーロンさんがいきなり大役をやらせるほどなんだからさ」
「あ、ジェニーさん。そんなものでしょうか? お父さんの見る目は良いかもしれないけど確実ではないわ」
心配性なセリーナに対して、昨日まで心配していたジェニーが大丈夫だと言い切る。ジェニーのその様子を見ても納得がいってないようだった。父がいきなりこのギルドの大役を任せるのも、セリーナは不安でしかない。
父の見る目を信用していても、昨日今日入ったばかりの子をもう自分で選ばせるなんて流石に無理があるのだ。アドルフが才能のあるものだとしても、早い事この上ない。
「心配するのもわかるが、今から行く程度の物なら何も考えなくてもいい。俺は寧ろ案内のスティービーって奴が気になるぐらいだ」
ジェニーはアドルフの心配はいらぬと再三告げた後、スティービーの名前を出す。スティービーはアドルフが出会ったリオルである事をジェニーはまだ知らない。気になる理由はダンジョンへの案内を任されるほどだという事である。
近場の大したことのないダンジョンであれば大人が頑張ればなんとかなるものだ。しかし、収穫祭で出向くダンジョンは元々アーロンのギルドが全てを引き受けなければならないほどの危険度なのだ。期待の新人アドルフはまだしも地元のリオルを同伴させるなど普通はおかしな話である。
「まぁ、そこまで言うのならこれ以上は言いません。でも、私やっぱり思うんです。収穫祭の時のあのダンジョンはちょっと……、あの子はまだ幼いケロマツでまだまだどころか始まったばかりの卵じゃないですか。それも一度依頼を成功させたからとすぐに任せるなんてお父さんもどうかしてるし、ジェニーさんも甘すぎです。だいたい、貴方が行けばいいじゃないですか。一番やってないんだし、一番腕はいいんだからさ。それも……」
「あのな……、流石に過保護だぞ。久しぶりに子供が入ってきたからって気にしすぎだよ。ガイルがヒノアラシだったころじゃあるまいしさ。それに話聞いてたか? スティービーっていうリオルが気になるって話」
セリーナはジェニーの言い分にしぶしぶと納得するが、今度は収穫祭の大役を任せるのは早すぎだとグチグチ文句を垂れ流す。マシンガンのように放たれる言葉の数々は止まることを知らず、まだぶっ放されそうであったため、呆れながら止める。
そして、ジェニーは話題をスティービーへと戻す。彼は知らない為、どういうことか聞きたいところであった。今、目の前に長老の娘がいるので何か知っていることはないか確認するのである。正直、彼は期待していない。
「うーん……、そう言えば聞いたことありますね」
「お、珍しい。知ってたか」
「まるで知らないだろうと思ってたみたいな口ぶりですね。ちょっと待ってくださいねー」
しかし、セリーナが何か意味ありげに頭を使いだす。覚えがありそうな口ぶりであった。それにジェニーは軽く驚く。聞いては見るものだと思わされる。
セリーナはジェニーが明らかにバカにしているのに気づいてふくれっ面で反論する。そして、いったん整理するために考えをまとめる。どうも覚えがあるとセリーナは感じているため必死になって思い出そうとする。その為、一言入れて待ってもらう事にした。
ジェニーは考えだすセリーナを見て期待できそうだったので待つことにし、自分の仕事をこなすことを考え出す。その仕事は山積みとなった書類である。探検隊の協会、依頼人からのお礼の手紙、これから掲示する依頼、お尋ね者の手配書更新等様々である。大半はセリーナの仕事であるが、一部彼が受け持っている。何故ならばこのギルドは地域と密接すること多く、収穫祭の鐘を鳴らすだけでなく上の広間を一般に公開していたりと、入門者以外と接する仕事がどうしても必要であるため、セリーナにその役が任されている。その為副リーダーであるジェニーには書類仕事が回ってくるのである。
近くの台と椅子を取り寄せ、ペンと眼鏡など道具をまとめる。そして、眼鏡をかけて書類に目を通す。協会からのお知らせは真っ先に把握しておきたい物であった。他の書類は纏めて作業する算段である。お知らせに対して粗方把握した後、何も書いていない紙にメモを書いていく。内容は最近現れている盗賊が強敵だと言ったことぐらいで、注意喚起であった。見たところ手配書にはまだ乗せれないぐらい情報がないらしい。
うーんと頭の中の情報をひねり出そうとするセリーナに対してジェニーは黙々と書類作業を続ける。本来の役目はセリーナがやるのであろうが、ジェニーがそつなくこなしてしまうので楽ではある。セリーナが考え込む間に協会の知らせはある程度終わらせてしまい、手配書の更新へとジェニーは取り掛かっていた。
「スティービー・クーガン……。覚えがあるのですが中々思い出せません。過去にスカウトでもしたのでしょうか? お父さんの知り合いからかな……え、でもルカリオの知り合いなんていたかしら? うーん……」
考え込むと中々止まらずこうである。こうなるとほぼ仕事はジェニーにまかせっきりである。本当は考え込むよりも仕事をするのが普通だが、ジェニーは長くなりそうだと考えさせるだけさせて仕事を終わらせようと勝手に始めてしまっている。いつもの光景みたいに慣れきった光景なのである。いつか仕事をジェニーが取ってしまいそうな勢いになりつつあり、ギルドはこれを危惧しているとか。
もう粗方皆が出かけた後、ギルドはセリーナ、ジェニーとアーロンのみとなった。静かな空間の中ジェニーのペンを走らせる音だけがむなしく響く。アーロンはジェニーが整理した書類に目を通してハンコを押している。仕事してないのはセリーナだけである。
「あ! スティービーってあのダゲキの道場のところのお弟子さんだ! 中々強いからスカウトしたことある子だ!」
「なんじゃ、忘れとったのか。わしに聞けば教えてやったのに」
「あ……」
セリーナは突然、スティービーの事を思い出して大きな声でジェニーに教える。ギルドに一度スカウトしたことがあるというものだ。スカウトするほどの優秀なリオルであったが、現在このギルドに所属していないことからそれには失敗している。そのリオルが今回アドルフと収穫祭の為にダンジョンに向かうことになっているのだ。益々奇怪である。
しかし、アーロンは飄々としておりスティービーの事を把握していた。初めからアーロンに聞いていればよかったとジェニーが思ったのは言うまでもない。。
「そのリオルはジェイクというダゲキに師事しちょる筋のいい奴での。前にヘッドハンティングしようとしたが、ジェイクに止められたわい。 腕っぷしは間違いなくこのギルドでもトップを狙えるじゃろうなぁ。むぅ……」
「でも、今回は向こうからアプローチがあったというわけですか」
「そうじゃ」
アーロンがスティービーのスカウトを行い、それを師匠に止められたということを簡潔に言った。それも腕っぷしだとトップを狙える逸材だと言い切っていた。その様子は惜しい事をしたと言いたげで、その後もぶつぶつと何か言っていた。
それを聞いたジェニーは今回の経緯の推測を二人に言った。それを聞いてアーロンも軽い返事で頷く。そして、こうなると気になることはもう一つジェニーには浮上していた。
今になってギルド入門を拒否したリオルが、歳が近いであろうアドルフと組んでギルドの業務を果たすというのはちょっと出来すぎな気がするからだ。こう考えると向こう側がアドルフを知ってアプローチをかけた可能性があるのだ。悪い事ではないが。
「あとのぉ、向こうからアドルフ君を指名したから今回の収穫祭の役目が回ったんじゃ。いや〜今年は誰にするか迷ってたから丁度良かったわい」
「お父さん……」
あっさりとアーロンはジェニーが考えていたことをそっくりそのまま言い放つ。そして、言いぐさからお気楽に了承したと容易に推測できた。セリーナはこれが悪い癖だと心の中で呟き、呆れた顔で父を見つめる。その視線は少し冷ややかだった。
ジェニーはセリーナとは違い、多くの事を経験させることに賛成であるため、セリーナほど今回の選定に不満はない。寧ろ、優良なポケモンから誘いが来るとなれば儲けものである。あわよくばその優秀なリオルをこのギルドに引き入れるキッカケになったらいいのだから。
「セリーナ、今回はわしの方針に従ってほしい。実際に実力を推しはかるためにも必要なんじゃ」
「むぅ……、わかったわよ」
アドルフがセリーナを一言で説得し、セリーナがむくれながら引き下がる形となった。そして、二人はお互いの仕事に戻る。書類仕事が下手な二人が戻っても仕事は進まないので、結局はジェニーのお仕事に回される。
再び、ジェニーはため息をつき、仕事に集中するのであった。