宴会と初仕事
アドルフとガイルがカフェで軽くくつろいだ後、二人はギルドに戻っていた。それを境にアドルフが入ったことによるパーティーが始まった。全員がグラスを持って、乾杯する。ここまでは普通の宴会であった。
しかし、ある2匹に酒が入った途端アドルフは困った状況に置かれることになる。その2匹とはルチャブルのヘンリーとエレブーのサンダリオであった。
「オメエさん……、本当に筋がいいねぇ。ウィックッ!」
「ホント、最近の新入りってなんれぇ、さいじょからうめぇんだりょうな〜」
「わかる、ウィックッ! ……ガイルの時も俺らびっくり、ウィック! ……しちまったなぁ」
「あ、ありがとうございます……。大丈夫ですか?」
アドルフの事が二人ともかなり気になっていたのか酒を飲んで酔いが回り始めるとアドルフに絡みつくように話しかける。一度相手すると嫌なイメージがつくような光景である。二人は別段悪気が無い分質が悪い。
ヘンリーはしゃっくりを時々するだけであった。それに対してサンダリオは段々呂律が自然に回らなくなっていた。どちらもかなり酒に弱そうなことがアドルフでも理解できた。不思議な事にアドルフに酒はいけるかと聞いてきた二人である。アドルフに酒を進めるようなアルハラは奇跡的に起こっていない。
アドルフはここまでくると二人の酔っ払い珍獣の事が心配になるほどであった。酒臭いのを我慢しながら接待のように丁寧に振る舞っていた。
「何よアイツら、私の事は何にも言わないの!? ガイルなんかよりいけるのに~!」
「まぁまぁ、落ち着こうよ。ヘンリーさんとサンダリオさんはアドルフ君が気になっていたようだしさ」
ローナが酔っ払い珍獣2匹の発言を聞いてイライラしていた。理由は話に自分の名前が挙がっていないからだ。ローナはガイルと近い時期にギルドに入門したため新入り同然だったのにだ。ガイルだけ持ち上げられてイライラしていた。因みに口元からは酒の匂いがプンプンしていた。
そうとも知らずにガイルはローナを宥めようとする。火に油を注ぐだけなのかローナの怒りの火花が混じった視線を浴びせられる。カフェでアドルフと話していた時の様な威圧感は初めから存在しないかのように消え失せていた。
そして残ったアーロン、ジェニー、セリーナはたしなむ程度にお酒を楽しんでいた。その中で、酔っ払い珍獣をそろそろ止めようとジェニーがゆっくりと歩を進める。ローナはガイルに任せてアドルフを困らせている問題児を仕留めにかかった。
アーロンはそれを見て笑いながら他の料理に手を出す。手先が汚くなっているのをセリーナはムッとして見ていた。少し不快感を覚えているかのような、そんな感覚であった。思わずアーロンは手を止める。それからキチンと手拭きで洗ったりしながら清潔を保つように注意する。
「ほら、ローナ。ジェニーさんが動いたよ。またやられたくないなら大人しくしときなよ。もぉ〜……、やめてくれないかな」
「触らせろ―! その愛くるしさが羨ましいんじゃー! モッフモフ!」
ジェニーが動いたのを見てローナを必死に止め始めるガイルであった。既にローナはさっきの怒りとは違い、ガイルに抱き着いていた。顔を横に振りながらガイルの毛を堪能していた。
ガイルは当然嫌がり、必死に引きはがそうとする。こうなるとテコでも動かないのか、ローナは一向に手を離さない。それどころか力がどんどん入れられていく。いろんな意味でガイルにローナが嫉妬していることの表れであった。
そんなローナは相手にせず、アドルフに絡んでいるヘンリーとサンダリオだけを見据えていた。お灸をすえるのは決まっているのか腕の動きが妙に忙しなかった。それを見るだけでガイルは恐ろしい気持ちになり、ローナを引きはがそうと苦戦する。
ヘンリーとサンダリオは気づかない。二人に気づかれないようにと気配を殺してジェニーはついにすぐ近くにまで来ていた。それにアドルフが気づいたが、もう既にジェニーの腕は動いていた。
アドルフがそれに気づいた瞬間、ジェニーの腕は視界から消えていた――。
「あだっ!?」
「イテエッ!」
「え?」
アドルフは何がどういうことなのかわからず硬直する。ジェニーは酔っ払いに攻撃しようとする瞬間はアドルフも辛うじて見ていた。だが、いざ攻撃に移った瞬間アドルフの視界を置き去りにするかのようにジェニーの腕が消えていたのだ。
消えていた、それはアドルフにはそう見えただけで実際にはキチンとした攻撃である。その証拠にジェニーの腕が消えたのを認識した瞬間に、二人は軽く吹っ飛んでいた。
「お前らな、ほどほどにしておけ。ここから先は全部水だ」
「「はい……」」
吹き飛ばされた二人は酔いが冴えてきたのか素直に従う。その後、アドルフにお詫びを入れてグラスに水を灌ぐ。しかし、その様子すら危なっかしい為アドルフが逐一面倒を見ることになった。
アーロンはその様子を見て微笑む。早くもアドルフが慣れてきそうだと感じらような気がしたからだ。悪い意味でも、良い意味でも。
「お尋ね者の依頼ってある程度してから受けられるんですか?」
「そりゃそうよ。未熟な子にやらせる訳ないじゃない」
「ふ〜、しばらくは楽しめそうじゃな。“神器”の手がかりはまだまだ見つからぬがのう」
アーロンは一人そう呟いてこの光景を見ていた。気がつけば皆アドルフに集まっていろいろ話し始めていた。主にアドルフが探検隊としての質問をみんなで答えるという形になっていた。
先程まで文句垂れていたローナでさえしっかりとアドルフを見て対応している。根は優しく全員がアドルフを歓迎していた。これから深く関わりを持つ仲間として受け入れる準備はすでに整い始めた。
「さて、明日にはいきなり軽い依頼をやらせるかのう。座学より実戦でいかせたいものじゃ。丁度いい感じの依頼が届いておるわい」
アーロンはそう言ってみんなが話しているのを他所にアドルフにやらせる依頼書をじっくりと眺めていた。指定ダンジョンの奥底ではあるが、難しすぎない為に一人でダンジョンを越えてきたアドルフには大した問題ではない。
実際にどうなるかを改めて確認する意味でもこの依頼は丁度いい、そんな風に考えながらアーロンは依頼書を受付カウンターに戻す。
セリーナは既に理解しているのか何も言わずにパーティーを楽しもうとアドルフ達の輪に入っていった。
そして、パーティーが終わった次の日。アドルフの探検隊としての生活が幕を開けた。皆が寝て起きて、朝に掃除した広場に集められる。人数が少ない為、一列に並んでアーロンがメンバーの前に立つ。
今から行われるのはいわば朝礼のようなものであった。ギルドによって異なるもので厳格なところもあれば緩いところ、手短に終わらせるところなどさまざまである。このウォーベックギルドでは手短に終わらせる所である。
「皆、おはよう」
「「「「「「「おはようございます」」」」」」」
アーロンが挨拶をして、全員が頭を下げて挨拶をする。アドルフは昨日の時点で聞かされており、サラリとその場に馴染んでいった。とはいえ、まだ挨拶だけである。
数秒して全員が頭を上げてアーロンを見つめる。今日の指示や注意事をいつもこの時に伝えて解散するのがこのギルドではルールとなっていた。
「今日はジェニーが高難易度の依頼を受けることになっている。ガイルはアドルフ君に依頼の受ける流れを実際にやらせるのじゃ。他の者はいつも通りに依頼を受けるように、では解散」
アーロンは今日の状況を説明して、皆の頭に叩き込む。キリキザンのジェニーは高難易度依頼、ガイルはアドルフに指導、これぐらいが今日の変わった点である。
こんな風に挨拶とアーロンからの短い話でウォーベックギルドの朝は始まる。そこからは各自、目的のために行動あるのみである。比較的自由なギルドであった。
「アドルフ君、昨日言った通り説明するからね」
「はい! 今行きます」
解散してからガイルはアドルフを呼んで昨日の続きを始める。実際に依頼を承諾して、外の施設で準備をして探検に向かう。この流れを実際に体感させるためである。アドルフはハッキリと大きな声で返事してガイルについていく。
行く先は勿論セリーナが待つ依頼受付カウンターである。そこでは既にセリーナが準備して待っていた。他の先輩たちは既に依頼を見てどれにしようかと吟味しているところである。
「アドルフ君、君は今から依頼を受ける流れを実際に通してやってもらいます。良いですね?」
「はい」
ガイルは昨日のパーティーのオフモードとは違い、昨日見せたようにきっちりと切り替えてアドルフに説明をしようとする。アドルフはそれを見てすっかり理解したのか、特に滞りなく聞く姿勢を見せる。
ガイルはそれを見て一言、よろしい、と言って掲示板の前に行った。それにアドルフもついていく。掲示板には依頼書がびっしりと乗せられており、ギルドのポケモン以外にもそれを眺めるものがいた。
「今の君のランクではEとDを受けるのが限界です。初めてだし、Eランクで様子見させてもらおうと思う。そこの依頼書を取ってね」
ガイルはアドルフに受けられる依頼の難易度に念押ししながら、ある依頼書を指さす。それからアドルフは指示に従って指定の依頼書を取り出す。上にEという文字が掛かれていて、最低ランクのEランクという証拠が乗っていた。
アドルフはそれをガイルに渡す。その後、ガイルは依頼書に目を通して良しと呟くとセリーナの受付に戻る。行ったり来たりと忙しいがアドルフは文句を垂れずに黙ってついて行った。
セリーナはガイルが持っている依頼書を見てサッとひったくる。それから数秒して尻尾でハンコを持ってガンッと大きな音を立てて押す。しばらく押さえつけられた後、ハンコは依頼書から離されて赤いインクがしっかりと付いていた。
「はい、私がこんな風にハンコを押すからそれで依頼の受付は完了になるわ。ね、簡単でしょ? という訳で道具の準備に行ってらっしゃい」
セリーナがハンコを押した後にアドルフはガイルとは一緒にならずに一人で買い物に向かおうとする。既に案内は済んでいるので一人で行けるのもあって、道具は一人で選ぶのみである。依頼書をバッグにしまってさっさと走り出した。
ガイルはそんなアドルフを見て、心配になり後からこっそりついていこうと歩きながらそれを追う。実力を実際に見たわけではないのでそのような判断は至極当然である。なまじ中途半端な知識が一番危険なのだ。下手な先入観にとらわれがちになる。それがアドルフにはないかと心配なのだ。
実際にガイルはアドルフにばれないようについていくと、カクレオン商店で品物を吟味するように見つめるアドルフがすでにいた。足は速い方なのか、早く辿り着いており、早くも爆裂の種や睡眠の枝、縛り玉などを買っていた。どれも便利な道具である。道具に関する知識はキチンと持っているのをガイルは認識しホッとする。最も、ホッとするぐらいなら初めからついていくべきであるが。
そして、アドルフは木の枝とオレンの実を複数個買ったことで買い物を終了し依頼の為に指定のダンジョンに向かう支度をする。そこでもう一度依頼書を取り出して詳しく読み始める。事前に書いてある情報を叩きこもうとする勤勉さがうかがえる行動であった。
ガイルはその行動の節々に感心しながらアドルフを遠目から見つめる。頑張る後輩が出来たものだと嬉しく思いながらも、期待と対抗心が湧くように大きくなる。これから不定期に行われる遠征なんかで一緒に探検することになったら楽しみである。
「そう言えば、アドルフ君の受けた依頼は”じめじめ岩場”の奥で落とし物探しだったな。依頼者はメラルバの……、え〜と」
ガイルはそこで今回のアドルフの初仕事がどんなものかを思い出そうと口にして振り返る。依頼を選ぶときにちらりと見てある程度は把握していた。ダンジョンと内容、依頼者の種族までと一瞬でそれらをあっさりと覚えていた。
だが、種族までは出ても名前までは出てこなかった。流石に把握しきれなかったものでう〜んと頭を捻る。しかし覚えていないものは覚えていない。テストで肝心な時に度忘れをしてしまうようなあれにも近い。こうなると思い出せない人は思い出せないものだ。ガイルは思い出せない部類である。
そして、アドルフがある程度依頼書を読み終えてダンジョンに向かい始める。ここまで来れば一々見張ることはあるまいとガイルは判断してゆっくりと自分の仕事をしようと戻る。
ここでアドルフは地図を広げてダンジョンに真っ直ぐ向かう途中、白い毛玉の塊のようなものを見つける。それはかなりの大きさでアドルフと同じかそれ以上の大きさであった。赤い枝のようなものも伸びており、さながら太陽のようであった。
だが、アドルフが近づくとその毛玉はくるっと振り返る。その拍子にアドルフと毛玉がぶつかり、暖かくふわっとした感覚がした。それに気づいた毛玉があ、と声を上げてアドルフを見る。
「ご、ごめんなさい! ぼ、僕、依頼を出してまちて、どんな人が来るかなあって気になっちゃって。その、それで……もちかしてお兄さんが?」
その毛玉は幼げな声でアドルフに謝罪しながらオドオドし始める。臆病なのか内気なのか、所々に緊張が現れており言葉がカミカミだった。アドルフはその毛玉をメラルバという種族であると認識して、どういう状況下を察することが出来た。
依頼を出したメラルバ、これだけであるが目の前にいる子がアドルフの依頼主であることはほぼ間違いないであろうことだった。そして、依頼内容と合わせてアドルフは笑顔で対応する。
「うん、そうだよ。お母さんが作ったスカーフがあそこにあるんだね。いくら友達との遊びとはいえダンジョンに踏み込んじゃだめだよ。怪我はしてないようでよかった」
アドルフはそのメラルバに優しく注意して言い聞かせる。その内容は奇しくも自分が過去にやったことと同じである。ブーメランみたいに跳ね返ってきそうな痛い話である。
簡単に言えば、このメラルバは友達と”じめじめ岩場”に遊びに行ってそこの奥地でスカーフをなくしてしまったがためにこの依頼を出したということである。それも母親が作ったスカーフとこの子にとって大切であろうものである。アドルフは下積みのものにしては初めから重要度の高い依頼となった。
「うん、だからお母さんのスカーフを取って来て下さい! 僕はポール・ドクリルです。あれがないと僕……、僕……」
ポールと名乗ったメラルバは泣きそうな顔をしながらアドルフに必死に頼み込み始める。それを見てアドルフは焦りだして、ポールの頭の上に手を乗せる。毛玉の上であるが、その上で優しく手を動かす。そして、大丈夫と一言言ってポールが落ち着くように宥める。
それでポールは少しずつだが落ち着いてきており、それを見たアドルフが安心したような顔つきになる。温かい毛玉を撫でたおかげかアドルフの掌は水タイプにしてはあったかい。いや、熱かった。
また、アドルフはバッグからこっそりとチーゴの実を取り出して撫でた手に塗りたくる。ポールは全く気付いておらずただただありがとうと告げていた。
「……行ってらっしゃい」
ポールはそうボソリと呟いて町の方へ向かう。それをアドルフは微笑みながら見つめて、チーゴの実を塗りたくる。ある程度塗るのを終えるとポールを撫でた手をちらりと見つめる。小さなもので済んでおり、アドルフはホッとする。そして、一言呟くのであった。
「“炎の身体”か……、道具だけでなく特性についても考えなきゃいけないな」
何とも締まらない形で初依頼は幕を開けたのであった―――。