ギルドメンバーと掃除
「はい、わかりました。ハハッ……」
アドルフは少しばかり苦笑いしていた。それも無理はなく、いきなり何をやらせるのかと思いきや掃除である。大事な事ではあるが、正直拍子抜けでもあった。
だが、いきなりの飛び入り参加でも中を早いうちに見回れる上に、先輩となるポケモン達と話すいい機会でもある。アドルフには断る理由が無く、軽く了承する。
アドルフの返事を聞いてアーロンはにこやかな笑顔で、近くにある梯子に歩いていった。ギルドの施設が便利なのに対していきなり、階段ではなく梯子となりここから見るものは違うものだとアドルフは確信する。その梯子は下に下ろされており、地下へと続いていた。
「ついてくるのじゃ、まずはどこを掃除してもらうのか言っておかねばのぉ」
アーロンが梯子を降りた後にアドルフにはっきりと聞こえるほど大きな声で呼びかける。今のところ元気なお爺さんと言った彼にアドルフは何とも思わず、梯子に向かう。
アドルフが梯子を見て、うぉっと思わず声を上げる。梯子から下はでかなり深くまで掘られていた。よく倒れないものだと感心しながらもゆっくりと降りていく。
梯子はガブリアスのアーロンが軽々と降りられるだけあって、丈夫でいきなり壊れそうなこともなかった。どこかの部分が壊れそう等ということは無かった。段々アドルフが降りるスピードも早くなっていく。慣れたころには地面に足がついていた。
「ここが、あのウォーベックギルドの中か……」
アドルフが見た光景は凄まじかった。せわしなく動く少数のポケモン達がせっせと掃除しているのだ。中々、忙しそうである。
ある者はマスクをして箒を丁寧に掃き、またある者は集められたごみを分別しゴミ袋に種類を分けて入れていたりしていた。他には家具類などを軽々と運び、今まで押しつぶしてきたところを掃除させるものがいて、役割分担がなされていた。
ギルドのポケモン達が手際よく作業しているのを見て、アドルフは呆気にとられる。どの流れも無駄が少なく、掃除の進みは早い。これでも人手が足りないのだろうか、とアドルフはゾッとするかのような感覚に襲われる。
「さぁ、今から君には雑巾がけをして欲しい。うちには水タイプがいなくてのお……、炎タイプの子にやらせてはいたが君が入門するつもりならこれをやってはくれまいか?」
「勿論です、どこからどこまでやればよろしいですか?」
「このフロア全部、3周じゃ」
「ぜ、全部!? や……、やります!」
アーロンは気楽に話しながらアドルフにやってもらいたいことを淡々と述べる。それを初めは即答で答えたアドルフはどこまでやるのかを尋ねる。ここまでは軽い気持ちである。
しかし、アーロンはその即答に切り返すかの様にこのフロア全部と答える。それを聞いてアドルフは驚愕を顔に表すが、焦りながらも承諾する。
引き受けることになったが、その広さを見てげんなりする。あまりそういう表情は見せたくないのだが、今回は流石にどうしようもない。それも3周である。
「お〜い、カイルや。今回の雑巾はやらなくていいぞ……、新入りが入ることになった」
アドルフが気圧されるのに対して、アーロンはお構いなしに話を進めていく。カイルと呼ばれたポケモンはアーロンの台詞を聞いてからせっせとこちらに向かってきた。先程ゴミの分別をしていたポケモンである。
呼ばれてきたポケモンはチラチラとアドルフを見ながらアーロンの次の言葉を待っていた。こんな時に新人が来るのがびっくりだったのだろう。
「長老! ケロマツの彼がやるのですか?」
「そうじゃ」
「休んでいいとも?」
「いいとも! ……10分間じゃ」
「やったー!」
ガイルと呼ばれたポケモンはアドルフの種族名を出して、再度アーロンに確認する。アドルフはうんうんと頷くように首を縦に振りながら暫定する。
ダメ押しと言わんばかりに、今度はダイレクトな表現で休みを再確認する。それを何とも思わず、アーロンは頷く。一拍子置いて時間制限を設けるが、それでも嬉しそうにガイルははしゃぐ。
「と言うわけで10分後に戻ってくるよ。キチンと手伝うからそれまで頑張って! 自己紹介はその時にしよう!」
「えっ、ちょっ!」
ガイルはアドルフを見て大きな声で元気よく話を進める。アドルフが話しかける隙など与えず、マシンガントークで打ち抜いていき、どこかへと走り去る。アドルフは呆れた表情でそれを見ることになる。
そんなアドルフを後にして梯子を登っていく。それも慣れた手つきで恐ろしく速いものだった。かなり鍛えられている、今日出会ったリオルのスティービーと同じくかなり強いことはうかがえる。口調は優しそうではある。
「じゃあ、始めますか……」
アドルフは先輩を一人見た後に雑巾を手にして、自身の技で濡らす。近くにバケツがあった為、そこで雑巾を絞り余計な水分を切る。雑巾の用意はすぐに出来上がる。
そして、このフロアの端っこに立つ。端から端へと順に雑巾がけを地道にやっていくつもりでいた。雑巾を床につけて足をクラウチングスタートでもするかのようにして力をためる。
そのまま、ペース配分を考えてそれなりの速度で雑巾がけを始める。遅すぎず早すぎず、3周もするように言われたのでペース配分を考えなくてはすぐにばててしまう。それでは話にならないのでキチンと考えて雑巾がけをする。ただ機械的にこなすだけではない。
「頑張るんじゃぞ〜」
アーロンは間の抜けた声でアドルフを応援する。自分はゆっくりと座りその様子を見ていた。眠そうな目つきをしているが、しっかりとアドルフを見ており目を離さなかった。
アドルフはそれを見た後は雑巾がけに集中して、アーロンを見ないようにする。チラチラと見ていてもダラダラと雑巾がけするだけである。
雑巾がけをしていくので、自然と腰辺りが痛くなるが態々やらせたのも色々と見るためなのかもしれないと考えていた。実際にアーロンはアドルフを吟味するかのように見ていた。見ないようにしているが、気になるものはやはり気になる。
「10分間で何周できるか……」
アドルフは時間を確認せずにそう呟く。しかし、10分間でどこまで雑巾がけを終わらせられるかなんて、悠長な話ではない。10分間などたかが知れており、1周すら困難である。
その上、アドルフはペース配分を考えて全力の速度ではない。それが作業の遅さに拍車をかけることになる。
そして、10分後———。
アドルフはペースを変えずに雑巾がけを続けているが、1周にすらたどり着けずにいた。正確にはあと少しであるが、目標の3周には程遠い。それでもアドルフはペースを乱さずに冷静にしていた。
そして、梯子の辺りから音が聞こえてきた。アーロンの様にデカいポケモンではなく、それなりのサイズのポケモンが来たものであった。
「いや〜、ごめんね。僕達が手伝うよ。あと少しで1周だし、キリのいいところまでやって止めて」
呑気そうな声が聞こえて、アドルフはその方向を見る。やはり梯子の方から聞こえてきて、先程のガイル以外にも4匹そこにいた。掃き掃除や、もの運びをしていたポケモンもいた。
一目でそれがこのギルドにいるポケモン達であると理解する。思ったより数が少なすぎるが、あれほどの施設を維持できているのでさぞ優秀なメンバーであるだろうと思った。
「僕はマグマラシのガイル・カーティス。この中だと一番の新入り、よろしくね!」
まずは先程呼ばれたガイルが名乗る。種族はマグマラシで、先程アーロンが言った雑巾がけをやらされていた炎タイプのポケモンであると察した。彼と特定できたのは他のメンバーには炎タイプがいないと分かったからだ。
そして、メンバー紹介は続いていく。ガイルが他のメンバーの後ろに回り、残りから一人前に出る。次に紹介するのはそのポケモンであった。
「私はミミロルのローナ・ハート。この中だと唯一の雌ね。みんなむさ苦しいわよ」
そのポケモンはミミロルのローナ・ハートと名乗る。自分が唯一の雌だと言い張り、残りのオスのポケモン達に毒づくように一言加える。途端にブーイングが起こり、ローナはそれをシレっと無視する。
彼女の性格は少し、強情というか我が強いとかそう言う類であるとアドルフは考え、気をつけようと密かに心に誓う。
「このアマァッ……! 後で覚悟しやがれッ! 俺はルチャブルのヘンリー・バーカーだ。さっき荷物運んでいたから肩こるなぁ……」
「ブハッ……! 肩がこるとかボケ爺かよ。俺はこいつと違ってエリートだからな!」
「エリートって……、ププッ! エリート(笑)だろ」
「なんだとぉ!? このサンダリオ・カストロ様に向かって! あぁんっ!?」
ローナの毒吐きに切れたのはルチャブルのヘンリーというポケモンである。それに突っかかる様にサンダリオと名乗るポケモンが馬鹿にするように笑う。実際に馬鹿にしているのか言葉も荒い。
そして、自身の事をエリートと自称するがお返しの様にヘンリーに馬鹿にされる。勿論キレてガンを飛ばす。先程僅かに感じたような気がする気品はいずこへと消える。
「……、サンダリオの種族はエレブーだ。俺はキリキザンのジェミー・アントニオ。」
その様子をサラリと流すようにジェミーと名乗るキリキザンが補足する。彼がサンダリオの種族を言った後、二人は臨戦ポーズを取ってせっかく掃除した場所で乱闘しそうな雰囲気となっていた。
これはいいのだろうか、とアドルフは呆れる様にそれを見るがジェミーを含め他のポケモンは一切彼らを気にしない。日常光景であるようだ。
「揃ったし、全員で雑巾がけやって早く終わらせるかのお。ほれ、お前さんも自己紹介しなさい」
アーロンは全員が自己紹介を済ませたところで、雑巾を5つ持つ。丁度全員分あり、作業の効率がよくなりそうである。
そして、最後にこれから入る新人であるアドルフの自己紹介の番が回ってくる。雑巾を畳んで並んでいる先輩たちに視線を向ける。
「俺はアドルフ・エースです。ウォーラルタウンから来ました、これからよろしくお願いします!」
アドルフは名前、出身を述べて一礼する。とても簡素だが、一番分かり易い自己紹介ともいえる。これから嫌でも付き合う相手である。
そして、先輩たちは驚いたかのような表情でアドルフを見る。理由としてはアドルフのいうウォーラルタウンだと”木の実林”を越えなくてはいけない。一人ならかなり大変ではないかと思っているのである。
「まさか一人なのか? 親や知り合いとかの手伝いはなしか?」
「はい」
そして、さっきまで喧騒気味だったサンダリオが驚きを露わにした表情で尋ねる。ダンジョンをどうやって突破したのかを確認したのである。
アドルフは特に気にもせず一人で来たことを暫定する。そこまで驚くことなのかとアドルフは思っていたが、素人と思われる新入りが一人でダンジョンを突破してきたのである。しかも、苦手な草タイプが多いので難易度は高いのだ。そう考えると少しぐらいは驚く理由になっていた。
「しかし、はやいな〜。10分で1周したのか……。僕も負けてられないね!」
ガイルはいつの間にか雑巾を濡らして絞っており、アドルフの隣で雑巾がけの用意をする。彼がこの5人の中で一番の新参で、一番雰囲気が快いものだった。
ガイルがそうしているのを見ると、他の皆も雑巾を手に取り、列に並ぶ。腕にとげがつくポケモンは距離を離しておき、怪我がないようにする。
そして、ガイルに続くようになった結果全員の準備が出来上がる。ギルドメンバーの行動は小さな心から繋がっているようで、まとまるとかなり大きな力である。
「よし! 自己紹介は済んだ! 全員いるし雑巾レースじゃ! 一番には今日のおかわりを限界までやらせよう!」
そして、アーロンはそれを見て皆に火をつけるためにか大声張り上げて食べ物で釣ろうとする。やることは雑巾レース、ノリが学校のそれと同じである。
これを聞いてみんなの目つきが変わる。自己紹介時にはまだクールなジェミーも静かに燃えていた。サンダリオとヘンリーはうおぉっ!と声を上げて意気込んでいた。
「おか……わりッ!」
「限界まで自由!」
目を光らせる様に良い表情をしていたのは残りのローナとガイルである。他の3人とは違って明らかにキャラが変わっている。
そして、アドルフはそうこう考えているうちにある事を思うようになる。とても無粋な気もするのに声に出していた。
「……俺も10分待ってそれからやってもよかったんじゃあ……」
アドルフの思った通り、待った方が楽である。結局そのまま、無駄に思いながら雑巾レースは始まるのであった。