些細な出会いとウォーベックギルド
ダンジョンを抜けて、アドルフは道を歩む。その道は先程のダンジョンとは違って厳しくなく、軽やかにステップまで出来そうな勢いで駆ける。生い茂ていた林とは違い、のどかな道のりは先程の気苦労を少し忘れさせる。
これはいわゆる達成感だろうか、アドルフはそう思いながら目的地に向かう。ダンジョンから出て見えるぐらいの距離なだけでまだ遠いが確実に迫っているのを実感できていた。
ジョギング程度の速さで進んでいき、少しずつ視界の目的地は大きくなっていく。アドルフが走る道は整備されているのか草が生えておらず平坦な土の表面であった。その道は曲がったりしていながらも目的地へと伸びていた。
アドルフが向かう所は"デルトタウン"という町である。そこにある"ウォーベックギルド"に入門するつもりでいた。その理由は如何にも単純な理由であった。
「父さんが入ったギルド……、長年続く歴史のあるギルド……か」
アドルフが言った様に父も入門したギルドであるからだ。そのギルドは今でも続いておりその勢力を拡大している。彼にとってそのギルドは自分が知らぬ父親と同じ目線で立てるかもしれない場所なのだ。おまけに一番近いギルドでもある。
そんな彼にとって意味深いギルドはデルトタウンの中心にあるという。彼はひとまずデルトタウンに入るところから目指していた。中にはある程度のお金も入っており、暮らしやすくなっており口座を作る予定などたくさんあるのだ。
そして、デルトタウンに近づく途中で重量感のある音がアドルフの耳に届く。ドスッドスッと少し柔らかい物を叩きつけているような音も続けて聞こえてきた。
アドルフは気になって周りをキョロキョロと見渡す。周りには木々が生え、整備された普通の道がある。だが、斜め右前に古びた建物が目に映る。明らかにあれだけ浮いた存在となっている。
近くなので小走り気味に近づいていき、その建物の前に立つ。ギルドの前に変わった建物があるということをアドルフは知らなかった。昔からある好奇心がちょっとばかし出てきて、アドルフは窓がないかを確認する。
「なんかの道場か……?」
アドルフはその建物が道場だと思い、窓を探す。その考えは間違ってないのか、先程の音は大きくなり、誰かの声も聞こえる。知る人ぞ知る道場という可能性もアドルフの頭の中で浮上する。
色々回ってみて、一つ窓を見つけたので息を潜める。そろりとなるべく顔の面積を小さく片目にはっきり映る様にくっつく。覗きという悪趣味な行動であるが、彼は気にも留めずにその行動を行っていた。
「すげ……、あれはかなり鍛えられてんな」
アドルフはそこで見た光景に感心する。自分が思っていたよりも凄い、アドルフの顔はそう書かれているようにマヌケ面を晒していた。
見た光景とは青と黒の色のポケモンが耳の近くにある黒い4本の房を立てて、集中していた。近くには柔道着を着て完全に体色が青く老いているポケモンだった。
アドルフが感心したのはこれだけを見ただけでは無く、そのポケモンの次の行動に驚いたからだ。
「ハァッ!」
道場の中にいたポケモンは集中していた時から一転して、激しく揺れる波のように豪快に動き出す。そのポケモンはまずサンドバックに向かい、かなりの速度で連続のパンチを繰り出す。ボクシングのジャブのように早く鋭いパンチは先程の重量感ある音と似ていた。
続いて蹴りは凄まじくサンドバックが大きくへこんでいた。かなり鍛えられている格闘タイプのポケモンだとアドルフは感じ取る。戦ってみたらとんでもない事になりそうだと不図思う。
アドルフは面白いものが見られたと満足げに思ってデルトタウンへの道に戻る。今回はデルトタウンに辿り着くのが先で、今の行動は完全に余所見そのものである。無い遅れを取り戻そうと再びジョギング気味に走り出す。
「では、師匠。俺はこれで」
「うむ、お疲れ」
不意に例の道場から声が聞こえてきた。それにアドルフは気づき、チラリと後ろを見る。既にある程度道場からアドルフは距離を離しており、そのポケモンを遠目で見てよく見えずにいた。
例のポケモンはアドルフと同じようにジョギング気味に走り出す。スタートダッシュも勢いよく、アドルフとの距離を少しだけ縮める。先程激しそうなトレーニングしていたとは思えないほどの身のこなしであった。
「ちょっと、そこの青いポケモン!待ってくれ!」
例のポケモンは走りながらアドルフに聞こえるように呼び止める。アドルフは覗き見がばれたかと焦ったが、怒っている様子はなくジョギングを止める。
アドルフが止まったのを見て例のポケモンはアドルフの元に走る。喋りながら走っていたのに息は全く切れておらず、余裕の表情だった。かなりのスタミナを持ち合わせているようであった。
「俺に何か?」
「いや、君はさっき俺のトレーニングを見ていたよね」
アドルフは白を切る様に剽軽な受け答えで応じる。それに対して彼はバッサリと覗き見の事を話し出す。
完全にばれていたのがわかってアドルフはどうしたものかと考えながら、彼を見る。目を合わせづらく、ここから逃げ出したくなるような感じだった。
「よく見つけられたね、道場は結構見つかりにくい筈なんだ」
だが、彼は別に攻めることなく捉えようによっては褒めているようにも取れる発言をかます。内容は些か不思議な話ではあるが、アドルフは取り敢えずホッと胸をなでおろす。
アドルフは取り敢えず、自己紹介からしようと一瞬言うことを考える。何故ならば、彼が向かう先は方向的にデルトタウン、つまり目的地は同じになるので互いにお世話になるかもしれない。軽く印象よく持たれるぐらいなものはないかと思案する。
「俺はケロマツのアドルフ・エース、"木の実の林"の先にあるウォーラルタウンから来たんだ」
「ウォーラルタウン……、それに"木の実林"か。つまり一人でダンジョンを越えてきたのか?相性不利で?」
「そうだよ」
アドルフは相手に自分の種族と名前を紹介する。どこから来たのかをキチンと答え、彼は気になったようで頷いていた。
その為か、彼は話を聞いていてアドルフが一人でダンジョンを越えてきたということを理解する。意外に思ったのか興味津々であった。アドルフは淡泊に相槌をうつ。
「じゃあ、君はウォーベックギルドへ入門しに来たの? ポーチや何やらがダンジョン攻略向けだし……、大分戦えるんだな。そうだ、俺も名乗らないと……」
彼は質問した後に、アドルフの事情を察したのか尋ねるように言葉に出す。アドルフが身に着けているものからキチンと判断しているところからそれなりの観察力があるなとアドルフは思った。
「俺はリオルのスティービー・クーガン。さっきの道場で鍛錬を積んでいる。デルトタウンで色々とバイトしながらの生活さ」
彼、リオルのスティービーは漸く自身の名を名乗る。それに続いて自身の今の状況を軽く伝える。妙に生々しい内容であるが、軽い自己紹介程度ならこんなものかと割り切る。
アドルフはスティービーの名前を聞いて、すてぃーびー、すてぃーびーと小さく口にして反芻する。相手の名前を覚えるのが苦手なのかこのような事をアドルフは反射的に行う。
「……スティービー・クーガンだな。俺はお前の予想通りウォーベックギルドに入門するためにダンジョンを一人で越えてきた。スティービーはデルトタウンで暮らしているのか? だったら途中まで一緒に行こうぜ」
「じゃあ、お言葉に甘えさせてもらうよ。まだ時間はあるしな」
アドルフは軽く誘って、スティービーはそれを了承する。ギルド入門の事も踏まえながら、アドルフなりにコミュニケーションを図る。
気のせいかスティービーの言葉遣いに段々素が出てきたのか丁寧さは薄く感じられた。これからよく出会いそう、アドルフは彼にそんな感じがしていたのである。
アドルフとスティービーが一緒にデルトタウンに向かうとなると、自然とスティービーが前に立つ。彼は元から住んでいるので当然の事である。
アドルフはスティービーの後ろ姿を見て、彼の鍛錬の跡を悟る。彼はチラリと傷があり、目立つものではないがこんなものがつくのは相当キツイ修行をしている証拠である。それだけに先程アドルフが見た修行姿には納得がいった。
次第と進んでいるうちに、デルトタウンへと近づききっており、ついには目の前に到着する。門のようにそびえる入口は、扉があるわけではないが特別何か境目がある様に感じられる。極度の緊張だろうか、ここに来てアドルフの心臓の脈動は激しかった。
「ギルドはここから真っ直ぐ突っ切ったところにある。俺は用があるからここでお別れだ。アドルフ、お前の健闘を祈る」
そんなアドルフをよそに、いやわかったからこそであるのか淡々とギルドの場所を告げる。スティービーの声はアドルフをハッとさせ、自然と顔をスティービーに向ける。
スティービーは微笑んで手を差し出す。健闘を祈ると言った彼の口からそれが何をしようとしているのかを理解し、手を差し出す。
「……、ありがとう。俺はギルドを出て立派な探検隊になってやるさ。それと、聞いてみたいことがあるんだ」
ギュッと二人の手は握り合う。互いに健闘を祈っての握手である。短い時間だが、スティービーもそれなりにアドルフが気に入った証拠でもある。
アドルフはお礼を述べて、彼に宣言するように言いのける。その後、彼は本題にと言わんばかりに質問をしようと最後の言葉を彼に放つ。
その言葉が気になってか、スティービーは先に向かう足を止めて話を聞きいる。何かあるのか聞くだけ聞くつもりでいた。
「スティービー・クーガン、お前俺と一緒に探検隊にならねえか?」
アドルフが聞くことは至極単純であった。それは勧誘、つまりアドルフも彼に期待を寄せていたのである。トレーニングを見ただけで彼の実力が高いものだと思ったのである。
一方、スティービーは面食らったような顔をしてアドルフを見る。町の案内をいつか頼むとか家を教えてとか、そのような物かと思っていたのである。不思議と仲良くなれたが、これは流石に引いてしまうスティービーであった。
「悪い、せっかくの誘いだけど断らせていただく。ありがとう誘ってくれて」
「そっかー……、いきなり頼んでごめんな」
アドルフの勧誘もスティービーはあっさりと断る。流石に出会ったばかりではダメだとアドルフは思い、素直に引き下がる。
アドルフは惜しく思いながらも手を振ってその場でサヨナラと言ってギルドへ急ぐ。スティービーもサヨナラと言って自分の用事を済ませに走る。
二人は互いに違う道を行くが、どこかでその道が交わるかもしれない。それが遅いのか、思ったより早くなるのかは別の話である。
アドルフは慣れないデルトタウンをキョロキョロと見渡しながらギルドへ向かう。あまり大きな建物ではないが、ギルドは真っ直ぐ一直線上の視界に入っていた。周りには店が多く、ギルドの近くに建っているあたりギルドの規模の大きさを感じられた。
飲食店、探検道具売りでお馴染のカクレオン商店、銀行などもこの一帯に揃っており、一般の方も多く賑わっていた。このデルトタウンの中心にギルドが位置するのもうなずける光景であった。
「今後はここらの店を利用することになるから、覚えとかないと」
アドルフはギルド入門後にはここにお世話になることを感じてか、そんなことを言う。特にカクレオン商店に目を向ける。アドルフは"木の実林"でやったように道具の使用が多く、最も重要な店になるのは間違いなさそうだ。
そして、ある程度進んでいくとギルドが目の前というほどまでに歩みを進めていた。目的のギルドが目の前となり、アドルフは自然と汗を流して少し緊張する。
先程はスティービーによってほぐされたが、実際に目の前にしてしまうと彼がいても緊張しそうだと感じる。だが、アドルフは緊張より興奮というか好奇心が強いのかがちがちな動きにはならずギルドの門をくぐる。
ギルドの敷地に入るととても静かで人気がない。近くに時計があるので見てみると11時とギルドにいる探検隊は殆ど出ている時間であった。今入ると静かにギルドの中を見学できそうだし、手続きもスマートに行われそうである。
アドルフはいよいよ意を決してギルドの中へ入っていく。ドアはスライド式でゆっくりと開いていく。開いてみると中はある程度整理されていて綺麗であり、清潔感漂う空間であった。流石大手といったところであろう。
一度戸を開くといよいよ好奇心が爆発したのか歩きが早くなり、どんどん奥へ進んでいく。見た限りでは食堂、図書館など一般の方も利用しそうな施設があった。
「思ったより内装は綺麗で普通だな……。後はどうやって入門の話をつけるかだけど」
アドルフは率直に感想を述べる。思ったより、は失礼な発言かもしれないがアドルフはギルドの内装には今のところ満足げにしていた。
そして、ここから入門するためにはどうしたものかと考える。その場で立ち止まりうんうんと捻っても仕方ないのだが、誰も今のところ見ないのでどうしようもない。今日はそもそも休みだったりするのだろうか、と疑問に思うが自分が入れているためその線はないと考える。
「まぁ、ここらは一般にも開放しているからのお。綺麗にしとかねばな。入門はあそこから地下に入れるぞい」
「そうなんですか。初めてきたので知りませんでした。地下室があるんですね」
「ガハハハハハッ!汚いがのお!」
「へぇ〜、……」
突然誰かがアドルフの言ったことに応えるように言葉を発し、アドルフもそれに反応する。素直に入門の為に必要な事を教えてもらい、お礼も述べてアドルフは地下についても触れる。謎の声は豪快に笑い、地価の様子をさりげなく答える。
そして、アドルフは聞いて反応を示した後に沈黙する。自分は何と話をしているのか、不意にそんなことを思い浮かべる。さり気なく入ってきているが、いきなり会話が始まっているのだ。
「貴方は……?」
アドルフはその謎の声の主の目を見て質問する。そのポケモンはとても背が高く、アドルフが見上げなくては顔が見えないほど大きかった。
青い肌に所々小さなとげがきらりと光っていた。他には腹の辺りは赤く、腕についているブレードがついており、手に当たる場所に爪があった。傷だらけで歴戦の戦士かと思わせるような風貌であった。
「わしはこのギルドのマスターをしておるガブリアスのアーロン・ウォーベックじゃ。見ての通りバリバリの爺じゃ!」
「うぇっ!?」
「おおそうじゃ、これに名前と実家の住所に年齢とかいっぱい書いてくれい」
そのポケモンはアドルフが入ろうとしているギルドのマスター、アーロン・ウォーベックでありアドルフは度肝を抜かれる。不意な登場にびっくりして緊張がマックスに急激に上昇する。
あともう少しで白目をむきそうになるアドルフをよそに、呑気に書類をアドルフの手元に置く。アドルフが緊張している様子を楽しんでいるかのようであったが、そんなことなどアドルフには一切情報として入ってこなかった。
「それを書いたら早速やってもらいたいことがある……。重要なミッションじゃ」
「わわっ!ち、ちょっ……、ミ、ミッション?」
完全にアドルフを放置気味にして話をアーロンは進めていく。今度は慌てふためくアドルフがミッションという言葉に着目する。
一体全体何があるのか、そんなことを思いながらアドルフはペンを取り書類が書きやすいところへ移動する。食堂の机がスッカラカンなのでそこを使い、丁寧に足形文字を書いていく。ミッションというものが気になってこそいるが、それは書いてからやるように言われたため一先ずスルーすることにした。
「そんなものポッポと書けるじゃろう。だから書きながら聞いてほしい。やることはじゃな……」
アドルフが書き始めたのを見て、アーロンは話をどんどん進めていく。アドルフはスラスラと書類を書き進めながら、それを聞き逃さないようにさりげなくメモを取り出す。聞き逃したら大変なことになりそうだからだ。
そして、次の言葉は例の重要なミッションであり、アドルフは驚愕することになる。あまりにも予想外で予想通りだったのだ。
「ちょっと、地下の掃除を手伝ってくれないかのお」
ミッションというには大袈裟なのであった―――。