数年経て、旅立ち、リベンジ
ここはデルトタウン。アドルフが住まう水タイプの集落のような場所。様々な水タイプがここで生活し、互いに助け合う。ここは本当の意味で水タイプの天国。水も綺麗で汚染されることはなく、豊富に存在する。
そんな集落にアドルフの家が存在する。他の家と何ら変わらない構造をしており、一見普通の一家が住む。実際、アドルフと母の二人で苦労はあっても暮らしていけていた。
アドルフが木の実を取りにダンジョンに行って、助けられてから数年、彼は勉学に戦闘術共にメキメキと力をつけていた。今はあの時のように阿呆な行動は殆どない。探検隊になるうえでの心構えはしっかりと身についていた。
そして、家のドアがゆっくりと開きケロマツが外に姿を現す。午前5時の事である。姿を現したのは勿論アドルフである。それに続いてアドルフの母も外に出る。
アドルフは家から少し出て、母がいる方向へ振り向く。荷物を置いて、周りに誰もいないことを確認する。
「母さん、行ってきます。俺は探検隊になるために"あのダンジョン"を越えて、ギルドに入門します」
アドルフは母に対して、別れを告げる。晴れやかな姿であるが、どこか寂しげな表情であり、ほんの少し揺らぎがあった。
母はそんなアドルフを見ながらクスクスと笑い、アドルフの元へ寄っていく。柔和な表情でアドルフの頭を撫でる。
「緊張してて銅像みたいに固いわよ。貴方はもっと肩の力を抜いて。ギルドだと緊張して岩石みたいになるじゃない」
母はアドルフの頭を撫でながら緊張を彼女なりにほぐそうとしていた。優しく母ならではの包容力がアドルフを包み込む。
実際にアドルフは緊張等と言った状態や感情からやんわりとほぐされていく。これが彼らなりのスキンシップ、親子の形である。
「今まで……、ありがとうございました」
「いってらっしゃい」
アドルフは改めてお別れを告げる。それに母は笑顔で見送り、手を振る。よく見るようなお別れ、それでも彼らにとって大切な時間。
ポーチをアドルフは背負って、振り向く。そのまま、目的のギルドに辿り着くために"あるダンジョン"へ向かう。彼の記憶には強くにじんでいるダンジョンである。
「"木の実林"……、あの時のダンジョンを越えることになるとはな」
ダンジョンの名前をポツリと呟き、歩を進める。堂々とした佇まいでそのダンジョンに近づいていく。その様はこれから戦いに行く、そんな風にも感じられた。
そして、"木の実林"と言うダンジョンはアドルフが木の実を取るために入ったダンジョンと同じである。あの時はラフレシアを刺激し起こしてしまい、痛い目を見たのだである。今はそんなことを起こさない、そうアドルフは誓っていた。
確実に進んでいき、なるべく大事は起こさない。そんなスタイルで石橋をたたいて綿うようにダンジョンを突破するつもりである。
「丁度、あの時のリベンジになるな……。こりゃあ」
アドルフは一人、リベンジを誓う。まだ探検隊になっていない自分にとってこの道はある意味試練だと考えていた。
探検隊になる前の登竜門は"木の実林"。小さかった自分からどう変わったのか如実に結果が現れそうだからだ。
そして、アドルフは"木の実林"の前に立つ。前と変わらず、緑豊かで木の実がよく生えていた。以前はその環境故に木の実を取っていた。
改めてポーチの中身を確認して、準備を整える。これから挑むのは不思議のダンジョン、難易度が低かろうが立ちふさがる壁である。
アドルフは過度に緊張せずに、ダンジョンへと歩みを進める。前のように軽はずみではなく、探検隊を目指す者として歩いていく。それは適度な緊張感を持つことでなせるようになっていた。
ダンジョンでは様々なポケモンが歩いていた。ナゾノクサ、クサイハナ、パラス、チェリンボなどの草タイプ中心のポケモンたちである。アドルフは水タイプのケロマツ、相性が不利なので可能な限り戦闘を避けるのがベターである。
今回は戦うにしても遠距離からの攻撃で相手に攻撃させないようなスタンスを取る。アドルフは前回は遠距離攻撃するだけであり、その先を全く考えていなかった。
「敵……、ナゾノクサか。戦うのもいいけど相手は草タイプか」
アドルフはダンジョンを進んでいき、敵を見つける。既にわかっている通り草タイプが多いダンジョンでアドルフが戦い抜くのは簡単な話ではない。"冷凍ビーム"を覚えているなら話は別だが、そんな高級品をバジルは持ってなどいない。
ナゾノクサはテクテクと歩いていき、アドルフの視界から去っていく。その後、背後から敵が来てないことを確認してアドルフは進む。このように地道に敵との戦闘を避けていき、無駄な消費を抑える。
「消費するときは出し惜しみなく……か。……うわっ」
アドルフは一人それを呟いて銀の針を取り出す。ジャララッとたくさんの銀の針がバックの中で転がる。水タイプの技だけの遠距離攻撃では効果は薄い。相当レベルが高いのなら相性を無視でごり押しできるがアドルフはそこまで高くはない。
アドルフは視線の先にいるポケモンに目をやる。目の前にいるのは茶色く四つのつぼみに赤い葉と涎を垂らしていた。そのポケモンは"クサイハナ"である。その種族名通り、臭いだけでアドルフは存在に気づいた。
アドルフはクサイハナがいる道を見てみると先に進むのはそこしかなく、戦うしかなかった。銀の針はその為に取り出したものである。
「他には……」
アドルフはダンジョンの部屋を見て他に何かないか探す。出来れば1対1の状況で切り抜けたい。相性不利で2対1ではたまったものではないのは言うまでもない。
見渡すと冷や汗を掻いて一歩下がる。見たものは出来れば遭遇したくない敵だったのだ。
「ラフレシア……、こいつには簡単に勝てないな」
見つけたのは前にアドルフに痛い目にあわせたポケモン、ラフレシアだ。相変わらずぐうぐう寝ており、ダンジョンでの序列は相変わらずのようであった。
痺れ粉からのメガドレインは卒倒物である。その進化前であるクサイハナもアドルフからすれば大きい差ではないが。
アドルフは銀の針を構えて、フォームよく投げる。先手必勝と言わんばかりに投げられた銀の針はまっすぐクサイハナに飛んでいく。クサイハナも気づいておらずキョロキョロとダンジョン内を進んでいた。
「〜っ!!?」
そして、銀の針はブスリとクサイハナに当たる。突然の痛みでクサイハナは仰天する。それが一瞬の動きを止めることなり、アドルフには何一つ気づくことは無かった。
アドルフは"あわ"をクサイハナの顔面にぶつける。目潰しが目的であり、効果いまひとつであろうと使える戦術である。
「これで倒れてなっ!」
アドルフはそう言って高速でクサイハナに接近する。その速度は普通に走る速度よりも早い"電光石火"であった。その速度によって体当たりより威力の強いものとなり、クサイハナにぶつかる。
先程から訳も分からぬまま攻撃を立て続けに食らい続けたクサイハナは吹き飛ばされて、たまらず尻餅をつく。戦う気力が削がれたのか、そのまま動かず気絶する。アドルフの完璧な奇襲成功である。
クサイハナが倒れた先を見ると、林の出口が見えてきてここでダンジョンは終わりだと告げられる。まだまだ遠いが出口は真っ直ぐと見えたのでアドルフは嬉しそうにそこに向かって走り出す。
だが、このままこのダンジョンはアドルフを簡単に抜けださせはしなかった。クサイハナとラフレシアがいた部屋の真ん中あたりに来た時にそれは起こる。
突然、真上から黄色い粉が降り注ぐ。それに見覚えのあったアドルフは咄嗟に粉の少ない右側へと避ける。先には粉が舞い散っており、薄い右側にしか行けなかった。
アドルフが避けるのを見て、残念そうに見る者がいた。それは先程までぐっすりと寝ていたこのダンジョン一番のポケモン、ラフレシアである。運悪く目が覚めてしまったようである。
アドルフは先に進むのではなく右側に避けたためか、背後は壁際となっていた。逃げ場を狭められており、ラフレシアの賢さが伺えた。アドルフの前には当然ラフレシアがいた。
「冗談よしてくれ……」
アドルフはやれやれと言いたげにこの状況に苦悩する。出口が見えるところにまで進んできて、この様である。自分がドジを踏んだわけでなくとも運がついてないなんて笑えない話である。
正しくアドルフが言った様に、冗談のような展開である。先程のクサイハナの進化先であり、別格のポケモンだ。しかも、不意打ちはもう効きそうにないと来ている。
「戦うしかないじゃないか!」
叫ぶように言って、銀の針を数本ラフレシアに投げる。半分やけくそ気味に投げられた銀の針は、やけくそでありながら正確にラフレシアを狙っていた。
ラフレシアはその名の通り、頭の上にでっかいラフレシアを咲かせ鈍重そうに見えても躱していく。距離があった為かラフレシアは数本の銀の針を全部とは言わないが避けていた。当たっても掠った程度で大したダメージは与えられずにいた。
ラフレシアは反撃にまた黄色い粉を頭のラフレシアから噴射する。アドルフは背後を壁にしたせいか、逃げ場を失い粉を吸ってしまう。咄嗟にバックに手を伸ばして"二つの道具"を取り出す。
アドルフはこれに覚えがあり、段々と痺れてきた。"痺れ粉"という技の名前通りの効能がアドルフの動きを制限していく。少なくとも技は封じられることとなる。
このままではいつかの様になぶり殺しにされてしまうのがオチであるが、今回のアドルフはキチンと対策を取って来ていた。それが先程取り出した道具である。痺れた手を必死に動かし、それを"2つとも"口に放り込む。
ラフレシアは既に前と同じく、"メガドレイン"の為に触手を出していた。痺れた相手の体力をこの技で吸い取って自分はしぶとく居座り続ける。これがこのダンジョンでラフレシアが最強と呼ばれる所以であった。
アドルフはその一つを触手が近づく前に飲み込む。その間に触手は目前にまで迫っており、縛りつこうとしていた。アドルフが飲み込んだ物の効能がそれに比例するかのように効き始める。時間の勝負であった。
そんな西部劇のガンマンが繰り広げる早打ちの様な、刹那の瞬間は当事者にとっては永く感じて、一刻一刻が見離せないものとなる。その早打ち勝負を制したのは……。
「うおらぁ!」
アドルフであった―――。
触手を潜り抜けてアドルフはダンジョンの木に飛び掛かり枝につかまる。枝がアドルフに捕まれたことで曲がっていき、限界まで曲がる直前にアドルフは木の幹を蹴った。
蹴った力で"電光石火"を発動させて、ラフレシアと一気に距離を詰める。ラフレシアは触手を伸ばしていたため、反応が鈍くアドルフから見れば的のようであった。
流れに身を任せてラフレシアへと突撃する。体重差が圧倒的でも、気が緩み切った相手への速度を上げた体当たりはバランスを崩す分には申し分なかった。
先程のクサイハナと同じく、尻餅をついたラフレシアは頭の重さ故か、すぐには立ち上がれなかった。立ち上がるのにかかる時間は5秒と少し長い。
そんな隙を与えまいと、アドルフは歯で挟んでいた物を噛んで飲み込む。先程の麻痺を回復させたのは"クラボの実"である。それともう一つ、さっき口に放り投げたものがある。それが今噛んだ物である。
それを噛んだアドルフは身の重心を少し後ろに向ける。その後に弾性力を持ったバネのように勢いよく前に重心をかけて口を開ける。その口の中からは圧縮された高エネルギーが放たれる。熱を帯びて危険なものだと悟るのに光ほど時間はいらなかった。
爆発するような高エネルギーはラフレシアに当たり、爆散する。間近で放ったため、アドルフも少し後ろに吹き飛び着地する。一方のラフレシアは緩んだすきをつかれて酷い有様だった。
煙が晴れていき、ラフレシアが倒れているかを確認するために目を細める。期待通り、ラフレシアはだらりとクサイハナと同じく気絶していた。少しばかり焦げ臭く、クサイハナよりも酷かった。
「よし、倒れたか……。"爆裂の種"は強力だな、やっぱ」
アドルフはラフレシアが倒れたのを見て安心しきった表情になる。そして、使ったアイテムの名前をこぼし、周りを見渡す。これ以上の新手は御免であった。特に追加のラフレシアはまずいことこの上ない。
先程、アドルフが言った"爆裂の種"は、飲み込んで体内で実を圧縮された高エネルギーの塊に変えて吐き出すアイテムである。欠点は口の中が異様に乾き、酷いときは熱くなることである。一応投げて爆破も可能だが、それをするのは他の道具でも自分の技でもできるのだ。
段々、新手が迫ってきているのに気づくとアドルフは走り出す。このまま逃げ切り、このダンジョンからずらかるつもりでいた。消費も少なく戦いを続けられるが、相性を考えるとこのまま逃げ切りたいのであった。
全速力で駆けていき、出口との距離をグングン詰めていった。段々と大きくなっていく出口を見てアドルフは少しばかり高揚していた。
前には出来なかったがラフレシアを倒し、尚且つ一人で突破できた。アドルフにとってそれは小さく大きい進歩であった。
そして、彼の者は林を抜けて町が見える丘へと出る。目的地が見えてきたところで歩みはゆっくりとなり、感慨深く見渡す。そして、こう呟くのであった―――。
「待ってろよ……、"ウォーベックギルド"!」