修羅場
「……で、鐘を壊しちゃった訳か」
「「ごめんなさい」」
鐘を鳴らし、無事に収穫祭を始められたのはいいが肝心の鐘を壊してしまったのである。当然、帰ってからは気まずい雰囲気が二匹を襲う。
まさかあの一回だけで壊れるなんて思ってもみなかった。チーム結成の祝砲代わりがとんだ厄災を招くものである
「あの鐘古かったからなあ……、仕方ないか。鐘のことは気にせずウチの屋台を手伝え」
「あ、ありがとうございます!」
「やったぜ!じゃあ祭りを楽しもうか!」
「「おい」」
ジェニーは頭を唸らせながら、仕方なしと軽く許した。アドルフは寛大な処置に大いに喜び、スティービーは浮かれ気分だ。ついつい手伝いをサボろうと口にしてしまうが2匹が白い目で見ているがスティービーは気にしない。
「ところで、屋台は今どうなってるんです?ウチのギルドは木の実のグリルですよね?今からだと集客ぐらいですかね?始まってるんですし」
「確かガイルというマグマラシが主役張ってたな」
「そうだ。あと、スティービーはウチに入る気なら先輩ぐらいつけような」
「あだっ!」
アドルフがこれから入る作業の確認を始める。といっても具体的な作業はハッキリとしない。スティービーは作業をしている先輩の名前を口にし怠そうにしている。意外とサボり魔の気が見え隠れしていた。
ジェニーはアドルフの話に肯定し、その後にスティービーを小突く。さりげなく2匹が目に追えない速度によるお仕置きである。レベル差が垣間見える瞬間である。
「ほれ、わかったら早速動く!タイムイズマネーっ!!」
ジェニーは粗方を言い終えたつもりなのか、手を叩き仕事に向かうよう催促する。その瞳にはポケのマークが浮かび上がりそうなほど金に執着した目だ。副ギルド長としても今回の祭りは成功させたいが故の顔なのか。
実際にはアドルフ達が壊した鐘の弁償代がかさむからなのは彼らは知らない。
「じゃあ、行こうぜ。お前にとっては初仕事だぜ」
「まさかまだギルドに入ってもないのに初仕事が営業回りになるなんて……」
アドルフは次に指定された仕事完遂を目指し、走り出す。冗談交じりに初仕事とスティービーをからかうが、当の彼自身は思わぬデビューに参るのであった。
そして、2匹はガイル達がやっている屋台へたどり着きその光景に愕然とする。
「あっ!アドルフ君にスティービー君じゃないか!早く手伝って!」
「そうよ!こっちは死に物狂いでポケ稼ぎよ!資本主義に染まれ染まれ!」
ガイルとローナが並んでアドルフ達を呼ぶ。木の実の汁まみれの顔で。ハッキリ言って汚い。ローナに至っては言動が汚い。
そのせいなのか客足は悪いの一言に尽きる。誰が好きこのんで汚い屋台の飯を食いたいと思うだろうか。毎年こうなのだとしたらハッキリ言って屋台など二度とやらない方がいいと進言するレベルだ。
「せ、先輩……。いくらなんでも顔ぐらい拭きましょうよ。それじゃあ初見さんバイバイです」
「アハハ、ふざけてる場合じゃないもんね。暇なもんだからつい」
「自覚はあったのか」
アドルフは苦笑いしながら先輩達に顔の汚れを指摘する。ジェニーから任された以上、半端なことは許されない。
しかし、ガイルは顔を拭いてから少しも困る素振りはない。あまつさえ、ふざけていることに自覚があった模様である。これにはスティービーもツッコミを入れてしまう。
「よし!坊ちゃんどもは宣伝に行け!このプラカードを持って町中を歩き回ってこい!!ふんどりゃぁ!」
「はい!わかりました!!え〜と、なになに……ぶっ!!……これを持って町中ですか?」
ローナは男どものやり取りが一段落したのを見計らって何やらデカデカと宣伝文句が書かれたプラカードを地面に突き刺す。今ので砂が舞い、商品に入ったらどうするつもりだったのかと問いただしたくなる。
アドルフは先輩の指示に答えようと元気よく返事し、例のプラカードに目を通す。その内容を見てあからさまに吹いていた。返事の良さなど一瞬で吹っ飛ぶほどだ。
笑ってしまったのはプラカードに描かれているあるポケモンである。デフォルメで口を大きく開けた間抜け面はクスリと来るものがある。おまけに目の焦点が合ってない。
「なんか文句ある?」
「あります。いっぱいあります。宣伝文句の『安い!美味い!木の実グリル!今なら50ポケ!!赤字だよ〜ひぇ〜ん』って言うのはわかるんです。ひぇ〜んって言ってるこのポケモンは誰です?」
「誰って長老よ」
「あんた自分のところのマスターのことどう思ってんだ!?」
「自称永遠のボーイだね」
「「うわっ」」
プラカードに描かれているポケモンもといウォーベックのことを好き勝手言うやり取りが気づけば繰り広げられていた。まだまだ新米のアドルフにはついていけないが、先輩達は楽しそうに笑っている。
褒められたものではないがギルドの雰囲気を垣間見た瞬間である。定員にも行ってない少数メンバーではあるがとても距離感の近い関係性なのが窺える。単になめられているとも言えるけども。
「仕方ない……、これで町中を歩くか……」
「正気かアドルフ!?」
アドルフはため息をつきながらプラカードを持つ。その一連の動作はとても重い。嫌々なのが丸わかりだ。先輩からの指令なので下手に逆らうわけにも行かない。文句は通用しそうにないのだ。諦めるほかない。
対してスティービーはまだ反対の意思を示す。彼自身は一応まだ正式加入はしていない。ただ同行しただけである。しかし、アドルフとチーム“プロテイン”を結成すると誓った以上今だけ逃げ出すのも気が引ける。こちらも逃げられなかった。
「……チーム名はまだ決めてないからな」
「ナ、ナンノコトカナー。シ、シラナイナー」
「お?やっぱりチーム組むんだ。思ったよりあっさり行くんだね」
「ウチのギルドでチーム組むやつはいなかったわね〜。アドルフ、あんたのお父さんが誰かと組んでいたらしいけど、因果かしらね」
アドルフはスティービーがセンスのないチーム名を浮かべているのを悟り、釘を刺すように言葉を放つ。視線は冷ややかで冷酷そのものだった。スティービーはギクリとしたのかどうも口調がおかしかった。
先輩達はチームを組む意思があるのを見て先ほどとは一変して優しそうな笑みを浮かべる。純粋に探検隊の仲間が育っていく様を楽しんでいた。
「さーて、チーム結成するみたいだし……お客さんを呼んできたら飯を奢っちゃうよ〜!! 僕の財布はやばいからとなりのローナさんがね」
「あ? おい、そこの糞鼠。表出ろや……。撲殺してやんよ!!」
ガイルはそんな2匹の門出を祝おうと飯を奢ろうと提案する。直後にローナへニヤニヤしながら押しつけようとするあたり完全に茶化すネタにしか使われていない。
ローナは堪忍袋の緒が切れたのか、とても女性が見せていい表情ではなくなっていた。口調も不良じみてまるで知性が感じられない。
そして、言葉通り2匹は店番を抜け出して技を繰り出す。ガイルはジャンプしてから回転、炎を纏い体当たりしていた。対するローナは自慢の大きな耳をぶんぶん振り回し野獣のような眼光で睨み付けていた。
「……さっさと宣伝してくるか」
「だな。おっあのポケモンは確か……。早速お客さんが見えたな」
喧嘩が始まった頃には2匹はそしらぬ顔をしてその場を後にする。もうなんだかどうでもいいやと考えてしまっていた。
アドルフの方は近くに知っているポケモンを見かけて我先にと駆けつける。1匹でも多く声をかけて客足を稼ぐほかない。数打てば当たるのだ。
「こんばんわ。新しくウォーベックギルドに入ったアドルフです! 収穫祭で木の実グリルを販売してます。安くておいしいですよ〜。本職の方に見てもらいたいな〜なんて」
アドルフは先ほどまでの冷めた感じは遠くに投げ捨てたのか営業スマイルのような笑顔で相手に近づき声をかける。スティービーは若干引き気味で見ていた。
そして、相手のポケモンは声をかけられてぷいと振り向くとアドルフに見覚えがあるのか優しそうな笑みを浮かべる。そのポケモンはピンクの体色にモコモコな毛を纏っていた。モコモコな通り、モココである。
「あ、ガイルさんと一緒にいたケロマツ君ね。やっぱり新入りだったのね〜。今年もグリルを売ってるみたいね。いただいちゃおうかしら。案内してもらおうか……し…………」
「ど、どうなさいましたか?」
「げっ!?お前よりにもよってそいつに声をかけたのか!? エレカの姉さんから離れるんだ!! 逃げるぞ!!」
陽気に会話を交わすのもつかの間である。話している内にガイルとローナの様子が目に入り状況が一変する。喧嘩を終えて近くに転がって談笑する2匹を見たのである。
スティービーは事情を知っているのか、モココの名前であるエレカを口にしアドルフを強引に引きずり始める。その様子は完全におびえたそれである。
「アノオンナ……、ワタシノガイルサンカラ……」
エレカは身体中から放電させながらローナを見つめていた。視線がやばい!絶対にやばい。
「ハナレナサイ〜〜〜!!!!」
結局、ギルドは売り上げを何一つ出せなかった。予算を無駄にしてしまい、経営難になったのは言うまでもない。