激突!アドルフ対スティービー!
セリーヌ達が収穫祭の件で話し合ってから数時間後、アドルフは無事に依頼を終えて帰還した。前回と同様に吐き気を催し、トイレに駆け込む羽目になったが、この後は報酬を依頼者から直接受け取る時間がある。それまでには何とかしてこの容体をなんとかせねばと、アドルフは思っていた。
嘔吐した後に、酸っぱい口の中に水を含ませる。うがいして洗い流すことで口の中を整え、少しでも気分をよくするためだ。うがいをし終えた後は、依頼者が待っているロビーに向かった。
「このたびはご迷惑をおかけしました。あなたの助けがなければ、今頃どうなっていたか……」
「いえいえ、ご無事で何よりです。ダンジョンで受けた傷を癒すためにも今日はどうかゆっくりとお休みください」
アドルフに深々と頭を下げお礼を述べる依頼者に対し、彼なりの丁寧な対応ではあるが内心舞い上がっているアドルフの会話がロビーに響く。依頼者はどうやら、前にアドルフが倒したカブトプスに襲われ、大怪我負ったらしく今回の救助依頼に至ったという。事態の深刻さから依頼者のアドルフに対する感謝の気持ちは強く、素直な感謝がアドルフに突き刺さっていた。それがこそばゆく、同時に嬉しかった。依頼者はお礼を言った後、ゆっくりとギルドから去っていった。アドルフはそれを見送りながら収穫祭当日はどうなるかを考えていた。
この地域は聞くところによると木の実が豊富に採れるそうだ。ガイルが連れていった店も木の実ジュースのメニューが豊富だった。あの時は甘い果実であるモモンを使ったジュースだった。その時の味を思い出しながら、収穫祭の楽しみを膨らませていった。
「アドルフ、話がある。 マスターのところへ来い。」
楽しみに耽っていると、ジェニーから呼び出しをくらった。マスター即ちウォーベックから話があるのだと悟り、アドルフは駆け足で部屋へと向かう。この時期ならば、用件は大体収穫祭のことになると予想をつけ、どんな話が来るか楽しみにしていた。
「失礼します。」
「入れ。」
マスターの部屋の前に立ち、軽くノックする。それに気づいたウォーベックは入室を促す。軽いやり取りの後、ドアを開いてアドルフはメモを片手に入室した。
入った後、辺りを見渡して見ると思わぬお客様に気づき、アドルフは仰天する。まさかここで出会うことになるとは思ってもみなかった人物がいたのだ。同時に、なぜなのかと考える。
「よっ! 数日ぶりだな。スティービー・クーガンだ。この爺さんに呼ばれて来たんだ。」
「じ……、ウォーベックさんに? それはどういうことだ?」
思わぬ人物、スティービーは改めて名を名乗る。ウォーベックを指さしながら快活な顔でニカッとしていた。爺さん呼びに指さしと、ギルドマスターに対する態度としては中々いただけないが、ウォーベックも微笑んでおり良好な関係がうかがえた。
アドルフは爺さん呼びに釣られて、自分も言いそうになるがなんとか堪えて理由を問いただす。
「明日の収穫祭の為にのぉ。簡単に言えばお手伝いじゃ。」
「お手伝い? スティービーがですか?」
「らしいぜ」
ウォーベックが端的に説明をし、二人を見つめる。その目はさながら狙いすました狩人のようであった。何を狙ているかはアドルフには皆目見当がつかないが。
アドルフは素っ頓狂とした顔でウォーベックに聞き返しながら、スティービーを見る。スティービーはフフンと言いたそうな顔で頷く。なんだその顔は。
今回は外部からの手伝いを入れるというあまり起こらないであろう対応にアドルフは首をかしげるが、まさか先日出会ったスティービーにその話が回っていて驚きを禁じ得ない。だが、アドルフは仲間に誘い断られたポケモンと一緒に探検できるのはなんだかんだ言って楽しみになってきていた。
今日の仕事も終わり、残りは晩飯まではフリーなのだ。報告書といった書類は既に済ませており、もう今日は食べて寝るだけなのだ。故に時間は空いている。
時間が空いているならば、スティービーにこの後の予定があるかどうかを聞いた方がいい。理由は言うまでもなく収穫祭の鐘鳴らしの準備だ。ポケはそこそこ貯まっている。
「じゃあ、準備しようぜ。道具の買いこみしないとな」
「喜んで」
渡りに船とはこの事か。スティービーの方から買い物を誘ってきた。これに乗らない手はないので、アドルフは即答で了承する。向こうから来たならやりやすい上、今後が円滑に進みそうだ。
ウォーベックが二人の会話を聞いて、微笑みながら言って来いと呟く。それを聞いて二人は一目散にギルドから出て買い出しに向かう。オレンの実や癒しの種等を買い込んで万全を喫するために。
「商店はまだまだ閉店しないしさぁ、いっちょ腕試しといかねえか?」
「腕試し?」
カクレオン商店に向かう途中、スティービーはアドルフを呼び止める。まるで思いついたかのような唐突さだ。その時の表情はとても楽しそうで、無邪気で、この前の依頼を出したメラルバのポークの様な純粋子供そのものだ。
アドルフは思わぬ話を持ちかけられ驚くが、興味を抱かずにはいられなかった。初めてスティービーと出会った時は彼が道場で訓練している時だ。ダゲキの爺さんに稽古をつけてもらっていた光景を覗き見したあの時だが、見た瞬間に思ったことは二人は相当な強さだという事だ。
アドルフも新米探検家ながら、腕には自信がある。それでも、スティービーの様に師匠がいて鍛えられたわけでも、純粋に戦の腕を磨いてきたわけではない。腕っぷし以外にも多少の学問も嗜んできたし、本も読んできた。スティービーとはベクトルが違うのだ。
だが、一緒に行動する上に戦いも多くなる今回の冒険の為にもお互いの腕を確かめ合うのは悪くない話だ。そう思うと、アドルフは拳を握りして闘争心をたぎらせてしまう。
「やる気満々だな。ここはポケモンが全然通らねえし、ここで始めるか?」
アドルフが自然と闘争心を剥き出しにしているのを感じたのか、軽くステップを踏み眼つきが鋭くなる。訓練の時に見せたような真剣さがそこには見られた。
スティービーが準備を始めた段階で、アドルフに緊張が走り、かばんを邪魔にならないであろう場所に投げ込む。スティービーが望むのが道具なしのタイマンだと感じ取ったようである。
「始めようぜ……、俺の実力を見せてやらあ」
アドルフもスイッチが入り構える。戦闘態勢を整え、いつでも始められるシチュエーションになっていった。態勢は少し前かがみに右手は大きく開いていつでも遠距離技を打てるようにするものだった。
対するスティービーは軽やかなステップを踏み、両の拳を胸の前あたりで構えていた。左手の方が若干前に、右足が若干後ろのボクサースタイルに似た構えだ。
買い物に向かうはずが腕試しと言う名の試合をする子の光景は不可解だが、この2匹にとって今後を左右する重要な瞬間であった。私闘を通じ、得るものが2匹にとってとても大きなことだからだ。
戦いの火蓋は先に構えたスティービーから仕掛けることによって降ろされた。スティービーが構えるのを見て待ちきれなくなり、足が出てしまったのだ。アドルフは怯まず、スティービーを見つめる。
「近づかせるかよ! “水の波動”」
先に技を放ったのはアドルフだった。スティービーが明らかに接近戦を仕掛けてきたのを見て、予定通り遠距離技で攻め立てる戦法を仕掛けたのだ。それも単発で放つのではなく、打てるようになったら即座に打ち込み、スティービーから見れば水球が間隔をあけて襲ってきているようになっていた。
スティービーはダッシュの勢いをなるべく落とさないようにしつつもしっかりとフットワークを活かしながら連続の水球を避けていく。ジグザグに動いているが、着実にアドルフの元へとたどり着きそうな勢いであった。
「やぁっ! “発頸”」
「うわっと! あぶなっ!」
密着しそうなほど近づいたスティービーは反撃に掌底を繰り出す。勢いよく踏み込み腰から拳へと体重移動が為され、見た目よりも危険な威力を纏った拳だった。
ある程度近づいた段階でアドルフは攻撃をやめ、スティービーの動きを観察していた。そのため、背中後ろにそらして回避する。先程までアドルフの上半身があったところはスティービーの掌底が空を切る。
掌底を避けた後は素早く身体を元の位置に戻し、その勢いでスティービーに頭突きをかます。頭突きを食らって勢いよく攻撃していた奴は片足を浮かせてよろけ、態勢を思いっきり崩す。それは明らかな攻め時だった。
「“電光石火”」
遠距離技による戦法で接近戦を避けていたアドルフは、スピードを上げて突撃をかます。更にぶつかって、態勢を立て直す暇を与えず攻め切る算段だ。
それを理解したのかスティービーも浮いた足を思い切り地面に叩きつけ、踏ん張りを聞かそうと奮闘する。接近戦で負けるわけにはいくまいと彼なりのプライドが激しく燃え上がっているのである。
「でんこうせっ……グハッ!」
「おせぇ! この勝負貰った! “水の波動”ぉ!」
スティービーも同じ技で切り返そうとするが、先に仕掛けたアドルフには勝てず、高速の体当たりを諸に食らってしまう。この試合で初のクリーンヒットはアドルフがつかみ取った。
このまま有利に進めようと、アドルフは体当たりを決めた後バックステップし追撃の域劇を力いっぱい放った。この一撃で決めるつもりの追撃だった。それぐらい熱のこもった攻撃だった。
対するはよろけから立ち直るも、よけきれないと判断すると、両手を×字にして顔を覆うようにクロスガードしていた。受けきることで、力いっぱい放たれた一撃の後の隙を逃すまいと狙いをすましたのである。
そして、水球はアドルフに直撃しその衝撃でアドルフは後ろに押される。勢いよく水球がぶつかる衝撃だけでなく、顔にぶつかることでスティービーは目に水が入らぬよう目を閉じざるを得なかった。反射的に行われるその行為は致し方ないものだ。
しかし、スティービーは技を受けた後勢いよく踏み込み、アドルフ元へ一直線に飛び込んだ。目をつむったまま、迷うことなくアドルフの元へと“電光石火”で接近していた。
「やばっ!」
アドルフはスティービーが恐ろしい勢いで踏み込むのを見て回避しようと足に力を込める。横にステップしてこの突貫をかわそうとした。
スティービーが迫り切る前に左へステップでき、ひとまず回避できたと安堵する。スティービーは未だに目をつむったまま、手で拭うよりも攻撃して決め切ることに手を使うことにしていたようである。
「無駄だっ! お前の波動は俺に居場所を教えてくれているぞ!」
スティービーはなんと飛び込む途中で強引に踏み込んで突撃の角度を変えたのだ。それも正確にアドルフがいる先に見事に変えていたのである。
彼の種族はリオル。未発達ながらも波動を感じ取り自身の危機を感じ取る能力を持つポケモンである。彼は普段から波動の扱いも鍛えており、ルカリオほどではないにしろ波動による探知を可能としていた。今回の様に目がつぶれていても近くの敵を把握することなど造作もないのである。
「“起死回生”っ!」
そして、連続攻撃による蓄積されたダメージを一撃でお返しする一手をアドルフにお見舞いしてやったのだ。