顔知れず出会いと誓い
ここは水タイプのポケモンが住まう村であるウォーラルタウン。ここには少し有名なやんちゃな男の子がいました。
その男の子、根は優しいが少し悪戯が好きでよく大人に怒られるケロマツであった。せっかちで行動を先走ったりするので大人達は手を焼いていた。
その反面、同年代の子達とは仲良く遊び喧嘩こそすれども、すぐに仲直りのできる関係でした。そんな普通のやんちゃ少年でした。
「今日は皆用事あんのか……、仕方ねぇか。一人でも遊べる所はねぇかな……。このアドルフに良い場所無いかな〜」
アドルフ、そう名乗るケロマツは暇を持て余す。理由は彼が言った通り友達が揃いも揃って用事があるからと遊べないからだ。
悪戯するにもパターンが決まってきておりマンネリ化してきていた。それに今は悪戯なんてする気も起きなかった。
公園に行っても、誰とも遊べない。友達は忙しい。この2拍子ではアドルフは今日、おとなしく勉強でもするしかやることはない。
そう考えると気分が萎える。苦手というほど嫌いではないがどうもつまらないのだ。一日に少しぐらいは遊んでいたいのだ。
「そう言えば、面白そうなところあるな……。ヘヘッ」
だが、アドルフは何か思い浮かんだのか思い切り走りだす。その先はウォーラルタウンを抜けだす勢いで走り出す。
抜けた先には、オレンの実などの木の実がよく生えているダンジョンが存在する。そのダンジョンは草タイプが多く存在し、子供が行っていいような場所ではない。
だが、アドルフはこともあろうか友達と共に内緒でそのダンジョンに何回か潜り込んでいたのである。草タイプと出会おうが対処してきたのである。
この話は大人たちが聞いたら顔面蒼白にする者もいれば逆に顔を真っ赤にして怒る者もいる。
しかも、そのダンジョンは不思議のダンジョンという入るたびに地形ががらりと変わり、自我のないポケモンが襲ってくる危険地帯。探検隊や救助隊、大人ぐらいでしか入るのは許されていない。
「今日は俺一人で木の実取ってトンズラしちゃお!」
アドルフは悪戯な笑みを浮かべてダンジョンへ向かう。一人で、その一言がさすように今までは友達と一緒に探検していた。それが今回は一人だけで挑戦することを意味する。
アドルフはここ数回ダンジョンを突破して、自分ならできると考えていた。それは言うまでもなく過信である。危険な状態であり、これだけで大変なことを起こしかねない恐ろしいものである。
そして、アドルフはそのダンジョンの前に立つ。ウォーラルタウンとは大きく変わり、木々が生い茂る豊かな林であった。
木の実が生えやすい栄養豊富な土地である事が見て取れた。このダンジョンを突破すれば、別の町への近道となる。
アドルフ隣町まで行く気はなく、木の実をいくらか取るだけである。深追いはしないという考えはキチンとある。
しかし、それは浅はかであった―――。という風に思わされることとなる。
「無暗な戦いを避ければいいだろ。いざとなりゃあ……」
アドルフはそう言ってとある青い球体を取り出す。それは不思議玉と呼ばれるもので、ダンジョンの攻略を楽にさせられる便利な代物。効果は物によって違う。
アドルフが取り出したのは緊急脱出に使える”穴抜けの玉”というものである。この道具は今からはいるダンジョンでも度々落ちており、入手は容易であった。
「“穴抜けの玉”なら問題なく脱出できるだろ」
アドルフはそう言って一人でダンジョンへ突っ込んでいった。草木が生い茂る、木の実の密林へ惑いを見せずに走る。
緑豊かで周りの景色を楽しみながらも、木の実を着々と拾えていければいい。だが、不思議なダンジョンである以上何が起こるのかわかりはしない。
観光コースのように素晴らしい場所であっても、それはダンジョンを突破できる実力を有する者が言う台詞である。アドルフは突破したことあるとはいえ、一人は初である。
アドルフは走っていき、後ろの木々が自分の退路を塞いでいくのを理解する。ダンジョンが自分を逃がすまいと閉じ込めたその瞬間にダンジョンに入り切った。
もうあとには戻れない、それは理解していても緊張感は皆無。アドルフはウキウキでダンジョンを突き進む。
アドルフは小さめのポーチを持ち込んでおり、ある程度は木の実を入れられるようにしていた。一人分程度集まれば退散するつもりでいる。
「お、オレンの実〜。体力をガッツリ回復できるしいいね。あっちはクラボの実」
アドルフはダンジョンを気楽に進んでいく。木の実を着々と拾い集めていく。その姿はさながら農家のようである。畑もなく木の実が散在しているだけであるが。
ポーチの中は順調に木の実で埋まっていく。順調すぎて怖くなるくらいに上手くいっていた。
「敵ともあまり遭遇しないし、ちょっとつまんねぇな。木の実は順調だけど……」
ここに来てアドルフはダンジョンに入る前の様な退屈を覚える。本来の目的である木の実集めは好調でもう脱出してもいいが、スリルが足りない。ダンジョンに来て敵と言う敵も少ない。
ここで少し悩む。残って少しだけ戦ってみるか、もう脱出して木の実を食べるか。この2択の内、どちらを取るかである。
アドルフは立ち止まり思案する。どっちの方が楽しいのか、この点を重点に考える。安全をかなぐり捨ててしまっていた。
「……、よしっ!ちょっと強い奴に挑もうかな」
考えた結果、出した答えは前者の戦いを選ぶ。彼の中で好奇心が合理性を上回り、先走る。
少しだけとはいえ、不確定要素にスリルを求め挑戦する。果たしてそれは勇敢か、無謀か。
アドルフは戦うと決めると走り出し、周りを見渡す。大抵の野生ならば勝てる自信はある。相手が草タイプであってもだ。
もっと強いのと戦ってみたい、その一心で探しているとあるポケモンの寝息が聞こえてきた。その方向に目を向けると、堂々として眠りこけるポケモンの姿があった。
赤い大きな花、否、ラフレシアを咲かせ周りを寄せ付けないほどの威圧感を感じた。このダンジョンで最も強いといわれる“ラフレシア”がそこにはいたのだ。
相手は眠っている、これは良いハンデだ―――。
アドルフは完全に天狗鼻でラフレシアを見つめる。圧倒的に不利、本来なら挑む相手ではないのは分かっている。
しかし、何と言うことだろうか。痛い目を合わずに済んできたのが幸いだったのが、ここでは不幸と同等である。
アドルフは大きく息を吸い、エネルギーを溜める。相手は寝ており、他の敵は寄ってきていない。これが正にアドルフの感情に余裕というものを促進させる。
「“泡”!」
水タイプが使う基本的な技の一つである“泡”を放つ。タイプが同じで威力もそこそこ上がる。だが、寝ている相手に向けての不意打ちへは最適解とは言えない。
何故ならば……。
「……、ファ〜ア」
ラフレシアは泡に当たろうが呑気に起き上がり、起き上がる。軽くつつかれた、そんな反応をアドルフに見せつける。
その反応に少年は固まる。考えればわかることでありながら、好奇心に捕まってしまった結果である。
「選択を間違えた……」
どこからか。技を放つ時か、戦うと決めた時なのか。答えはそのどちらでもない。
答えは最初から。ダンジョンに一人で勝手に入ったことである。初めから危ない橋に渡り、自身に僅かでも驕っていた最初からである。
「……、ムゥ〜。キーッ!」
ラフレシアはアドルフの姿を見て彼が自分の眠りを妨げた犯人であると断定する。問答無用に頭のラフレシアを勢いよく振る。それと同時に、黄色い粉が広範囲に分散する。
主に草タイプ特有の粉による状態異常の技。色によってその効果は異なる。今回は黄色い粉である。その色の粉をアドルフは僅かに吸ってしまう。
アドルフの身体は、徐々に動きが鈍くなる。この状態異常は麻痺である。基本電気タイプがよく使う状態異常でもあるが、麻痺は電気だけではない。
草タイプはテクニカルにじわじわと相手を追い詰める戦法を得意とするものは多いのだ。草技を食らって大ダメージを受けるより、時には恐ろしい。
「う、動け……」
無駄であった。どうしようもなく、相手の思う壺。これは一種の自業自得である。
「がああぁぁぁぁぁッ!」
ラフレシアは吠え、ラフレシアから根を放出する。アドルフに荒々しく纏わりついてがっしりと固定する。逃げる力を奪うように力強く。
アドルフは麻痺して、もがくことも儘ならない。そして、段々力が抜けていくのを感じる。それも急速で確実に。
その正体は草タイプの技である“メガドレイン”というものだ。”吸い取る”という技の上位互換、メガと付きその先のギガも存在する。
それも今の状況では大差を生まない。この一撃が致命傷となる。アドルフの体力は、泡でつけられた物なんかの数倍を超えて搾り取られる。
「あ……、ギ、がぁ……」
呂律が回らない。一気に意識が遠のく。それをスローモーションでアドルフは体感する。このままでは死に直結する。
絶望的である。自分を呪うには遅すぎた。そのまま、意識は静寂の彼方へ放り込まれる。
その次には、吸われていく感覚がなくなり暖かさを感じる。先程の冷酷な締め付けではなく、優しくて温もりが確かにあった。
「……い……ぶ……?お……、……ろ!」
静寂の彼方で、微かに聞こえる男の声がアドルフの耳に届く。敵意はなく、安心を抱けて意識を底へと落とす。
「……い……ぶ……?お……、……ろ!」
そして、再び同じ言葉が耳に入る。アドルフはゆっくりと目を開けた。そこには木材の屋根に、湿り気のある涼しい部屋だった。
心地いい、まず感じたのはそれだった。しかし、それもすぐに終わることとなる。
「あんた、またダンジョンに行ったわね……。ホント、誰に似たのかしらね」
目に映るのは、ゲッコウガというケロマツの進化形のポケモン。そのポケモンはアドルフに呆れ、ボソリと何かを呟く。
口調からして女性であるこのゲッコウガは、アドルフの母である。心配と怒りと喜びの混じった顔で彼を見つめる。
「あんたね、いきなり現れた“知り合いの探検家”に救助してもらえなきゃ死んでいたわよ。自分が何をしたのか分かっているわね?」
母は意識が回復するのを見るなり、声を荒げこそしないが顔は笑っていなかった。怒っているのは目に見えていた。
アドルフはダンジョンの時の様な上機嫌ではなく、シュンと落ち込む。
今回は運がよくても次また同じようなことを起こしたら命が本当に散るかもしれない。それをしっかりと体験してしまった。
そして、母の言葉を恐る恐る待つことにした。
「あのねぇ、好奇心を持つのはいいけど少しは自制を効かせなさい。お前は私の自慢の息子よ、次は同じ失敗はしないように。私はご飯を作るわ」
だが、母は注意を軽く言うだけでさっさと台所へ向かった。少しぐらい声を荒げてもおかしくないにも拘らず。
アドルフは呆然として母を見つめる。夕飯を鼻歌交じりに作り始めており、手際よく行う。
「怒らないの……?」
アドルフは思わず聞きたくなる。その姿はやんちゃな少年ではなく、母に対して純粋な気持ちで尋ねる。
とんでもない事を引き起こし、大怪我してしまったのだ。自業自得、その言葉が何よりも相応しいのに責め立てることもなければ詰問もしない。
「貴方は、さっき言った通り私の自慢の息子。そして、探検隊だったお父さんによく似ているわ。私が怒りたいことはその傷が教えてくれるわよ。……よし、出来たわ〜」
母はそう言って、料理を完成させる。それを聞いてアドルフは目が点となり、自分の傷を見る。
ズキズキとまだ痛み、苦しかった。母がその傷を負った理由は分かっているなら言わない、そう息子に言いたかったのかもと考える。
「さて、貴方が採った木の実全部で作ったシチューよ。召し上がれ〜、ラッキーね」
「ん?俺の全部……?……ラッキー?」
だが、母の言葉を聞いてアドルフは疑問を持つ。最後の言葉を聞いて、思い当たる節が段々と浮かんできた。
その言葉は、ダンジョンで無くならなくてラッキーという意味ともとれる。しかし、アドルフの母はそういう事よりも思い当たることがあった。
「……、全部って言わなかった?」
「そうよ? どうしたの?」
アドルフは確認するように尋ねる。彼自身には分かりきっているが、念のために聞いてみたのである。
母はあっさりと暫定し、さも当然のように聞き返す。シチューを二つの皿、大小極端な物によそう。
「貴方には罰として木の実は無しね。全部私がいただくわ」
「おまっ! 食い意地張ってるんじゃねぇ! 体重増えんぞ!」
母は呑気にシチューをよそい、罰と称して小さい皿に僅かなシチューを。自分には大きな皿で特盛のシチューを注ぐ。
本当に木の実は抜かれてしまい、母の皿に集う。まろやかなシチューの中に集まる果実はアドルフの元へは何一つ口を通されなかった。
「いやぁ〜、息子が採ってきてくれた木の実は美味いわぁ!」
結果として、アドルフはおなかが満腹にならず、目の前で木の実は平らげられた。それもゆっくりと焦らすように、である。
しっかりと、軽く罰は残していた母にしかめ面をする。おなかが鳴る音が聞こえて、母はクスクスと笑う。
しかし、それよりもアドルフは思うところがあった。
「……なぁ、助けてくれた“知人”も亡くなった父さんも探検家だよな?」
突然、母に先程のように試すように尋ねる。それを聞いた母は神妙な面持ちで自分の息子を見つめる。
何を言いたいのか、それをハッキリと察することが出来た。
「今日さ、俺が馬鹿な真似をしてこんな大怪我しちまったけどさ……。それでも、この好奇心は止まらない。馬鹿で大馬鹿かもしれないけど、こんな目にあっても俺はダンジョンで冒険したい。未知を見てみたい。……だから、父さんと同じ、いや、それ以上の探検隊になりたいと思っているんだ……。ダメ……かな?」
恐る恐るアドルフは母に自分の考えを述べる。普通なら怒られるような発言であるかもしれない。それをハッキリと母に告げる。
母はそれを黙って聞いており、時折頷きながら真剣な表情でいた。これだけでは母がどう思うかという感触は掴めない。
母はすべて聞き終わった後にしばらく黙って考え始める。その表情に葛藤が見られ、ダメなのかとアドルフは考える。
「……、本当にそう願うの?」
「うん」
しばらく考えた末に、母はアドルフに確認する。本当に真意で言っているのか、それだけを母は知りたくなっていた。
アドルフは即答して、頷く。母にしっかりと伝わるように言い切ったのである。
「なら、止めないわ。でも、あと5年は待ちなさい」
母は条件付きながらもそれに了承の意を示す。反論は特にない。条件を付けただけで特に厳しいことを何一つ言わなかった。
「い、いいの!? あ、ありがとう!! ……いってぇ!」
アドルフはそれを聞いて、顔を嬉しそうにする。ちょっと興奮したのか、傷に障り痛みが走る。
それでも、これを喜ばずにはいられなかった。
「嬉しいのはわかるけど、今日はもう寝なさい。傷が開くわ。……おやすみなさい」
「うん!!」
母は喜ぶ、アドルフを静止して寝るように伝える。母が言う頃にはとっくに11時を過ぎていたのだ。
アドルフは無邪気な子供さながら嬉しそうに返答して、ウキウキしながらも布団に入っていった。あれで寝れるのやら、やれやれと母は笑う。
「父さんと同じじゃなく、それ以上の探検隊になるか……」
母はアドルフに聞こえない声で呟き、消灯する。自分ももう寝るとしよう、そう思い寝床に行って眠りにつく。
アドルフはこの日から、探検隊を目指す少年へ着々と変わったのである。