part9
「やっぱり来るよな……」
俺は今ルワールと特殊な空間で二人きりだ。特殊な空間――、"トリックルーム"は素早さが遅い方が速くなる空間。先制技なら問題ないが普通の行動が遅くなる。しかも、今は夜。ゴーストタイプは闇に擬態しやすい。波動で感知なら出来るが止まらなくてはいけない。つまり隙を生む。
「さぁ、処刑タイムだ」
ドゴッ!
ルワールが言い終わるのと同時に俺の腹にきつい一撃が当たる。全く見えなかった。今のは恐らくシャドーパンチ。影なので完全に擬態しているのだろう。見えない必中技とは……相殺すら出来ないじゃないか。
……だが、今のでルワールの場所は読めた。一気に接近して勝負を決めよう。そのためには速く移動する必要がある。この空間では難しいが、簡単な方法があった。
「電光石っ……っち!!」
俺は接近の手段である電光石火で思い切って接近しようと試みる、がルワールの影打ちにより牽制される。今はアイツの方が早い。つまり先制技の順番はルワールが先。
こうなると、俺が勝つためにはトリックルームが解けるのを待つしかない。だが、その先にだって問題はある。まだ実力が足りないというのか!?
「"空波動"!」
俺は勘で空波動を放つ。だがそれは空を切りむなしい音が聞こえるだけだった。今のルワールには当たるわけがないのだ。これはまずい、マズイ、不味い!
「所詮子供……」
「っ!!!しまっ……」
俺はいつの間にか背後に回ったルワールに気づきすぐにガードの態勢に入ろうとする。だが、時すでに遅し。
「がっ!」
ルワールのシャドーパンチが俺の背中に直撃する。完全に無防備な部位に直撃し俺の意識はもうろうとしだした。俺は意識がもうろうとしながら考えていた、今回の事を。
あいつ等は遅かれ早かれ夜に襲うつもりだったのだろう。ムサシとクレメンスが偶々外に居た為に簡単に実行できたんだろう。ルワールは夜になると本領を発揮する。これを使い一つでも多くの水晶を奪取するつもりだ。もちろん殺すつもりに違いない。
「貴様をいたぶってるとあの時を思い出すなぁ……。お前の父、シシマイを殺した時だ。あの時も夜だったしな」
ルワールは余裕そうに笑みを浮かべながら拳に炎をともす。止めを刺すつもりだ。
あの時の俺は無力だ。子供だから仕方ないなんて言うけど悔しいだけだ。だから俺は強くならなきゃいけないんだ、と思ったんだ。
……じゃぁ、今だって頑張らなきゃいけないんじゃないかなぁ。
そうだ勝つんだ。
勝って俺達は故郷へ……、
帰るんだ!!キィィィン!
突然水晶が輝きだし、ルワールは攻撃を止める。眩過ぎて目を瞑ってしまったのだ。この出来事を起こせるとしたら俺にはアイツ以外には考えられなかった。
―大丈夫かい?レオ君。
水晶に宿る魂、アユムしかいないのだ。良いタイミングで助けてくれたものだ。暗闇が突然真っ白になったら動きは止まるだろう。派手過ぎて味方まで巻き込んでいるのが最悪だけど……。
―さて、とうとう必要になったね。水晶の力が。
アユムはボロボロの俺を見て思ったのかそう発言した。水晶には特別な力が宿るのか?もしやさっきのムサシの力は本当にこいつが与えた?
―君は"シン"の水晶の主として覚醒する。
アユムが言い終えた途端に俺の体中から力が湧き上がる。今までの何倍もだ。今の俺はまさに覚醒しているのだろう。詳しくは分からない、ただ分かるのはこの力ならルワールを倒せる、何故かそんな事が分かってしまう。いける!
「……っ!
うらあぁぁぁ!」
俺は湧き上がる力を一気にルワールに向ける。俺の手には巨大な波動弾が出来ていた。ほぼ無意識にやってしまっていた。まだ制御が出来ていないのだろう。でも、充分だ。
そして、特大級のでかさの波動弾を俺は放った―。
☆ (アムネジアサイド)
「キリがねぇ……」
俺は今、大軍を相手に孤軍奮闘中だ。このような闘いは前にもあった気がした。でも思い出せない。何せ俺の昔の記憶はない。どういう奴だったのか、どういう過去があるのかなど分からない事だらけだ。ただ、俺が"アニキ"と言って慕った人が居る。それだけは覚えているのだ。その人に会えれば自分の記憶は取り戻せるだろう。
大分違う事で頭がいっぱいになったので、俺はひとまず深呼吸をする。動揺していたら隙が生まれる。そんなことは避けたい。
「一気に蹴散らすわよ! 炎の渦!」
テンコは俺が動揺しているように見えているのか、士気を高めようと炎の渦を放つ。まだ俺には相棒が居た。それも最高の。
大軍とはいえ、今は大分数が減っているのだ。ここでばてるのはもったいない。本気で蹴散らしていこう。
「秘義―、」
俺は一気に倒す為に刀に手を伸ばす。エネルギーを溜める。この剣は特殊でエネルギーを吸収できる。しかも、吸収したエネルギーで剣がパワーアップする。吸収した分だけ放つ斬撃は強くなる。
今はテンコにフォックスさんが時間を稼いでくれる。気兼ねなくエネルギーを溜めれる。
カチャ……。
「"無想一閃"」
俺は奥義を放ち一人のポケモンを切る。切られたポケモンからは血が流れゆっくりと倒れた。その次の瞬間他のポケモンも斬撃に襲われる。不意な攻撃に大群は避けれない。おまけに逃げようもない。
俺の周りのポケモンから血が流れ噴き出た血が俺にかかる。色違いの俺が血を浴び、青い部分が通常のザングースとなんら変わらなくなる。もしかしたら、これが俺の正体なのかもしれない。鬼、そんな言葉が似合うのかもしれない。
「相変わらず、危ないなぁ。この技」
「そうよ!おかげで私も切られそうだったのよ!!」
フォックスさん、テンコの順に大軍を片付け終えて声をかけられた。二人の言う通りこの技は危ない。一歩間違えれば仲間を巻き込み殺しかねない技だ。あいつ等と戦う時にはこんな心配はないであってほしい。
この技はカマイタチで俺の前方180度で100mの範囲のポケモンを全て切る技。エネルギーを吸収する剣でカマイタチのチャージを行い、俺の一撃に反応し放たれる技。勿論デメリットもある、それは……。
「ハァ、ハァ……もう無理だ」
異常にエネルギーを消費し立つのが辛くなる。これで次の闘いやレオ達に加勢する事は出来ない。強過ぎる技にはこのくらいがちょうどいい。デメリットが大きい為タイミングを見極めなくてはいけないが。
「実はね、今日は六皇がもう一人来ていてな」
!!今の声……。聞き覚えがある。俺とテンコがあって少ししたころコイツは襲ってきたのだ。それによりテンコの家族が……。
言うまでもなくテンコは怒りに震えていた。こっちにまでも伝わってきそうだった。無理もない。目の前で血ダルマにされたのだ。恐怖、怒り、殺意。これらの感情が俺にも湧き上がる。
しかし、今相手にするのはまずいかもしれない。俺は戦えず、テンコはアイツと戦うには実力が足りない。フォックスさんが居るのが幸いだ。
問題はテンコが怒りに感情を任せ無鉄砲極まりない行動をしてしまいそうなことだ。そうなると勝ち目はない。憎い相手だからこそ少しでも冷静さを保つのは大事だ。
「ふん、そう怖い顔をするなよ。スラッシュ、テンコ、それにフォックスだな」
アイツは俺達の表情を見て余裕そうに俺達の名前を言いながら近寄ってきた。アイツに会うのは数年ぶりなのに互いによく覚えているもんだ。でも、こっちは当たり前かもしれない。
奴の種族はサザンドラ。両手が顔になっており六本の黒い羽がある。
「アドルフ……、貴方を絶対に倒す!!」
テンコはそう言った後に無我夢中に飛び出した。このままだとテンコは確実に殺される!
「単純な……竜の波動!」
アドルフは我を忘れたテンコに容赦なしの攻撃を仕掛ける。渦巻いた波動がテンコを襲い、軽々しく吹き飛ばした。実力の差もあるが、冷静さを欠いたテンコの最悪のミスだった。
テンコは直撃した後もまだ残る波動に押され木にぶつかっていく。ぶつかった木は今にも折れそうで威力の高さを物語っていた。どう見ても最悪の一撃だった。
テンコは這う力すらなくなっている様で殆ど動かない。かすかに動いている為生きているようだが、見るからに危なかった。
「テンコーー!!」 俺はただ悲痛な叫びをあげることしかできなかった……。