part1
「さ〜て!無理に動いたみたいだから最低でも5日間は入院ね。同じ患者ばっかり見るのはコリゴリよ」
そうやって、面白がっているのか呆れてるのかどちらか分からない事を言ったのはマロンだ。俺は今ベッドの上にいる。その隣でムサシがグースカと寝ている。俺は話を聞き終えて妙な違和感に対してため息をつく。
何故だ…、何故……
「拘束されてんだよ!お前はドSか!!俺は仮にも患者だろ!?」
俺はマロンにそう文句を飛ばす。ルワールがウィルとかいうフ―ディンと一緒に去って行ったあと、ルワールに安静にしなくてはいけないのに我を忘れて攻撃しまくったのがいけないのか俺は意識を失ったそうだ。その間に俺は鉄の拘束具が手足につけられ目を覚ましたら今に至る、というわけだ。
「レオ君は安静を守らないからね〜、凶荒手段よ。あと私は年上よちゃんと“さん”をつけなさい。お仕置きが居るわねこれは。フフフフフフフフ…………」
マロンは俺の文句に対して黒い笑みを浮かべながら鶴のムチの用意をした。駄目だ……コイツッ!!!イカレテやがる!しかし、強行の字は“恐慌”とかに置き換えてるのかな?
「レオ殿、不味いでござるよ」寝ていたと思われたムサシはどうやら聞いていたらしく、小声で俺に危険を知らせた。コイツ、絶対に昔やられたな……。その証拠なのか体がブルブルと小刻みに震えている。
「あら?ムサシ、あなたにも言っているのよ」
マロンのこの言葉を聞きムサシは一層体を震えさせて「止めてくれ……」と言っている。哀れ……と言いたいが俺だって体の震えがいつの間にか止まらないほどになっていた。よく見るとムサシもベッドに拘束されていた。
―そろそろ来るな……。
俺達は同時にそう思った直後、マロンの家にビシンッ!!と、とてつもない音が響いていた。
★(アルビダサイド)
「いや〜、如何すればいいのかな。」
私はいま非常に困っている。旅はレオ達が入院のために2週間は延期だ。
しかし、マロンさんにあんな趣味があったなんて……。寝ているレオとムサシさんを拘束して不気味な笑いを発していた。それも拘束が異様に周到で逃がす気はなさそうであった。普段は優しいけど、マロンさんを怒らせないようにしないと……。
だけど今はとんでもなく暇だ。暇で暇で仕方ない。何かする事がないかな……。
「暇そうにしているね、アルビダちゃん」
そこに私の心を読み取っているのかクローがいつもの笑みを浮かべながら私の前に現れた。別に表れたところで暇が解消されるわけでは……。
「あ」
私は暇を潰すのにいいアイディアを思いつき少し声を漏らす。クローは「どうしたんだい?」と聞いてきた。そういえば、私はクローに教わりたい事があった。
「ねぇ、料理教えてよ」
そう、実はクローは知る人ぞ知る料理人だ。この機会に教えて貰おう。これからの旅に役立ちそうだ。
「そうだね、僕達は少し君達と別行動をとることにしたから今の内にしないとね。僕らも2週間後にこの村を出ることにしたよ」
クローはそう言って軽く承諾した。しかし、別行動とは一体どういう事なんだろうか……。クロー達みたいに強いのが居たら心強いのに……。
「その話、私も乗せてもらえませんか?」
不意に高い声が聞こえてきた。その声主の正体はマロンだ。家にいたのでは……?
「あの2人は大丈夫だよ。体が丈夫だし、私のお仕置きを食らわせて睡眠薬を飲ませて眠らせているからもう暴れないよ」
マロンはそう言って若干黒い笑みを浮かべる。何故だろう、すごく寒気がする……。
「さて、今日のご飯から徹底的に教えるよ。ちゃんと覚えてね」
クローはそう言ってなんだか険しい表情になっていた。何故だか味にうるさい人のように見えて私は若干身震いしたが、問題ない。美味しいものをレオにも食べてほしいし……、頑張らなきゃ!!
この時、私は心の中で少しはしゃいだ気分になりワクワクしていた。
レオは喜んでくれるかな……?
★ (モリサイド)
「さて、如何したものか……」
俺は昨日あった事について考えにふけていた。まさか、ウィルが“Samsara”にいるとは……。思いもよらなかった。どうして、フリーになることを望んでいたあいつが誰かの下に着きその技を奮っているのか俺には分からない。しかも、ムサシの大切な人を殺したのがあいつならば、もしかしたらマロンの大切な誰かをあいつに殺されているのかもしれない。まだ決まった訳ではないが、もしそうなら今頃知っているだろう。あとで様子を見てどうなのか判断してみよう。“Samsara”の六皇は全員水晶の主に取って敵なのか調査してみる必要もあるかもしれない。まだ、全員を見つけていないから分からない事だが今のところ一番可能性が高い。残り4人、うち一つの“黄の水晶”は奴らに奪われている。しかし、あれは3番目の水晶、と言う事はそれが飛ばされて他の水晶は主を見つけているはず
昨日見た、レオのあの行動……。安静すべきの体であるのを知っていながら反射的にルワールを攻撃している。負の感情をむき出しにしながら……。
見るも恐ろしき鬼神の顔を“7つの水晶”の主達には皆、心の裏に潜めているのだろうか?だとしたらムサシ達もそうであろう。あんな感情を出させているのは本人達だろうか。それとも水晶なのか。
俺はあんなのを見たくはない。今のところ分かっている"Samsara"の六皇は水晶の主の宿敵の者だ。あんな悲しき心は時折、破滅の道を辿る事がある。
もし、そうなってしまう事が在れば、その時は……、
「今度こそ六皇を殺さなくてはいけないかもな……」
俺はそんな事にならないよう祈る。もう、刃で誰かを切るのはゴメンだ。
★ (アルビダサイド)
「へぇ〜、こんな隠し味があるんだ」
「メモしないと……」
上から順に私、マロンさんが言う。マロンさんは何とも言えない真面目さでメモの量が半端じゃない。材料の数、作り方、先程みたいに隠し味なら分かるのだが、クローの盛り付けのこだわり、材料の成分表まで書き出した。
後者は医者としての分析の為なのかもしれないが、前者は他人の好みだ。でも、それだけ真面目だということである。因みにクローの盛り付けのこだわりはとにかく左右対称であることだ。あんまり細かい事を気にする性格には見えないのだから意外だ。
「さて、盛り付けも終わったし運ぶか」
クローはまだ少しだけ作った料理が残っている2つの鍋を見てアルビダ達に言った。
クローは緊張した場以外では本当に表情が明るい。暗い表情が出来ないんじゃないかと思わせられるくらいだ。
私がそんな事を考えてる間に2人はもう料理を運び出していた。今日作ったのはレオが好きなシチューだ。
私の料理はどうかな?
★ (レオサイド)
「腹減った」
「拙者もで御座る」
俺とムサシはマロン…いや、マロンさんのお仕置きをくらって後に何かを互いに飲まされてから、意識がない。飲まされたのは睡眠薬だろうか?
だが、ここでとても良い匂いがしてきた。なんだか、アルビダの作るシチューみたいだ。前に父さんが死んで悲しくなっていた俺を励ましに来たアルビダが作ってくれたのがシチューだった。あの時のシチューは悲しみに呑まれそうな俺を暖かい何かで励ましてくれた。とても、嬉しかった。アルビダが俺の為に頑張ってくれていた。自分だって父親が行方不明になって悲しがっている筈なのに、それを「まだ死んだとは分かっていないよ」の一言で済ませていた。端から見ればどうして心配しないんだ、と周りから問われそうだが勿論心配している筈だ。でも、前を向こうと頑張っていた。その当時の俺はこのアルビダを見て自分も頑張ろうと思えた。
そんな、思い出がシチューにはある。勿論好きな食べ物になった。
しかし、この匂いは凄く高級感を際立たせていた。あいつにそこまで出来たっけ?
「は〜い!シチューが出来たよ」
そこにマロンさんがシチューを盛り付けた皿を一つ持っていた。それはムサシの病院のベッドによく付いている台の上に置かれる。
「有り難いでござる。無職の拙者には勿体ないくらいで御座る」
ムサシはマロンさんに感謝の言葉をかける。マロンさんはそれを聞いて嬉しかったのか自然と笑顔になっていた。しかし、ムサシは無職なのか。
ハッハハッ!
今度は、なにやらうるさい笑い声が聞こえ始めた。笑い声か聞こえた方をよく見るとクロー、ジャネール、モリがシチューを食べながら雑談に花を咲かせているようだった。その姿は普段は有り得ないこの平和な一時を有り難く噛み締めているように見えた。大声で笑っているのはジャネールだけなのだが…。
「レ〜オ!シチューだよ♪」
そして、俺が聞き慣れている声が聞こえてきた。勿論アルビダである。
「久し振りだな、お前の作るシチューは。あのとき以来だな」
俺はそう言ってあの時を思い出す。
「あっ!覚えていてくれたんだ!」
アルビダは俺が言ったあの時を覚えている事が嬉しかったのかここ最近では一番の笑顔を見せた。しかし、間近で見ると凄く高級感がある。どうやって作ったんだ。
「クローが教えてくれたんだよ!摘まみ食いしてみたらものすっごい美味しんだよ」
「クローがっ!?」
俺はアルビダの言った事が一瞬信じられず思わず飛び出しそうだった。しかし、拘束具のおかげでそれは出来ない。
「マロン、拘束具を外して欲しいでござる」
俺が飛びあがれないのを見てムサシが思いだしたかのようにマロンに拘束具からの解放を求める。あまり手首を締めすぎずに尚且つ抜け出せないという不思議と巧妙なこの鉄の塊は食事くらいは外して欲しいという俺の意見を代弁してくれた。
が、しかし……
「外さないわよ」
マロンは笑顔のままで発言する。この時俺達はこの返事を信じたくはなかった。
さらに極めつけは……、
「私達が食べさせるから心配ないよ」
今度はアルビダが笑顔で言う。此方はあまり黒くは見えないがまだ分かりはしない。
これを聞いて俺はなんだか恥ずかしくなってきた。ムサシもそう思っているのか表情がひきつっている。
しかし、ムサシはすぐに諦めて口を開く。早く食べさせてくれ、と言っているようである。
マロンはそれを見て何とも嬉しそうにスプーンでシチューを掬いムサシの口に運んだ。ムサシはシチューをなかなか飲み込まなかった。
どうしたのだろうか?
俺は少し疑問に思っていたがすぐに答えは出てきた。
「ハフハフ、あふいでごじゃる(熱いでござる)。」
ムサシはシチューを加えたまま何かを言っていた。もしかしてチョロネコ舌なんだろうか?それを見てマロンは「あっ、忘れてた」と呟く。忘れてやるなよ……。
「じゃぁ、今度は息でちゃんと冷ましてからね」
あくまでも拘束具は外さないのか!
この様子だとアルビダともこうなるであろう。抵抗しても仕方がないし諦めよう。
俺は口を開く。こちらも準備OKというサインである。アルビダはそれを見てスプーンでシチューを掬い少し息をかけて冷ました。
「はい、ア〜ン」
アルビダはそう言って俺の口にシチューを運んだ。俺はそれを食べるとシチューの味を確かめるように咀嚼する。そして、味わい終えたらさっさと飲み込んだ。
「おいしい!」
俺は飲み込んだ後につい味に感動し心の中で本当にアルビダが作ったのか疑ってしまっていた。この事を口に出すと制裁が下されるので黙っておく。
俺がおいしいといったのがよほど嬉しかったのかすぐにスプーンの上にシチューを乗せ少しは冷えてちょうど良くなったシチューを俺の口にまた運ぶ。
「はい、もう一回ア〜ン」
アルビダはテンション高めにそう言った。
俺は抵抗せずに食べる。それからも次々と食べていき、30分後にはなくなっていた。
俺は食べ終わって気付いたがクロー達がニヤニヤしながら俺達を覗いていた。隣のムサシはいつの間にかお代わりしておりそれに気づいていない。俺は少しイラッと来たがもうどうしようもないので気付いていない振りをする。
あっと、言わなきゃいけない事があったな。
「アルビダ」
俺はアルビダに声をかける。アルビダは何だろうと思っているのか少し不思議に思っているような表情だった。
「ありがとう」
俺はそれを精一杯に伝えようといつもより少しでかい声で言った。それが聞こえてアルビダはハッとなった表情になる。
「どういたしまして」
そして、何気ない返事が返ってくる。
これからはこんな余裕がなくなるかもしれない。俺はふと思った。“Samsara”との戦いは過激さを増すだろう。でも、負けるわけにはいかないだって……、
この沢山の笑顔があるのだから――。
「レオ、口の周りシチューで真っ白だよ」
WHAT!?