part5
レオとムサシの試合から三時間後
「レオ君、ムサシ大丈夫ですか?」
マロンはレオとムサシを揺さぶる。あの実況の全力の大声は疲弊しきった二匹を倒すのに充分だった様である。
「この様子じゃ絶対あと一時間かかるわね」
私はアッサリと切り捨てる事にした。次には私とマロンさんの試合があるし……。
「しかし、素晴らしい勝負でしたね、さぞかし厳しい修行をなされたのでしょうね。ムサシと引き分けなんて…」
マロンは丁寧な口調でレオを誉め、修行にの厳しさを推測していた。その表情には少しいつもの微笑みが無かった。
「次は私達の試合ですね」
私はマロンさんに話し掛けた。マロンさんは「えぇ」と言って頷く。その時の表情はとても真剣だった。
「いや〜、次なんだって?試合頑張れよ」
急にクローは私達に話しかける。あまりに呑気だから私達は緊張感が消え失せてしまった。それに次いでジャネールが「しっかりな」と一言だけかけてそれ以来黙った。
そして、私達は暫くクローと雑談をしていた。意外にもクローは世界を股に駆ける料理屋であることが分かった。私は「じゃあ、今度教えて下さいね」と言った。それにクローは「分かった」と答えた。
それからクローが去って行き、私は少し気になっていた事をマロンさんに聞こうと思った。
「そう言えば何でムサシさんを知ってるんですか?」
私はマロンさんにどういう事かの説明を求めた。聞いたところで得をするわけでは無いのだが……。
マロンさんはそれを聞いて少し微笑み口を開いた。
「ムサシはね、私の幼なじみなのよ。"東国"から逃げる為に一緒に脱出したの」
マロンさんは話し始めると悲しそうな表情をしており、私は聞いてはいけないことを聞いてしまった気がした。私は聞いてしまった事にすこぶる後悔した。
マロンさんは私のそんな心情を読み取ったのか無理な笑顔を作っていた。それは何とも悲しく何よりも酷であった。
「私達はある日突然、両親を目の前で奪われたの。お偉い様の汚職の証拠を掻き消す為にね………。でも、そんな私達の目の前にある暗殺者が現れたの。」
マロンさんは気丈に笑顔を振る舞っていた。やはり、見ていて悲しきものである。
「もう、やめ……」
私は「ませんか」とまで言おうとするが、途中で止めた。
マロンさんは真剣な表情で私に「聞いて」と訴えていた。その目つきに私は負け話を聞く事にした。
「その暗殺者は罪を償おうとしてた。そのはじめに私達を逃がしてくれたわ、なんでも私たちのような子分が居たらしくてその子分と私達を重ねてたらしいの」
それを話すマロンさんはどこかさっきとは違って晴々しかった。
「そうなんですか……。で、その暗殺者は?」
私はなんだか少し切ない気持ちになりながらもある暗殺者の事を尋ねる。マロンさんは「それはね……」と言って話そうと口を開いたが……。
『まもなく、第1リングで準決勝が始まります!マロン選手、アルビダ選手準備をしてください』
邪魔をしたのはレオ達をほぼ“ハイパーボイス”なみの大声で撃沈させた実況の声である。どうやら、今度はマイク付きの様で声を抑えていた。
「うるさ……」
「いよいよね」
私は耳を押さえながら顔をしかめる。マロンさんは慣れているのか冷静でいた。何故こんなに差が出るのであるか……。
私たちは走りながら第1リングのある方へ走った。見ると、第1リングはもの凄い観客の数でレオ達の試合のそれをゆうに超えていた。私はそれを見てとてつもなく緊張する。
でも、マロンさんは「大丈夫よ」と言ってつかつかとリングを上がっていく。私もそれに急いで付いていきリングの梯子を駆け上がった。
私はリングの上に立つと改めて観客の数に圧倒された。辺りを見わたすとまだしまわれいないリングが3つとレオとムサシさんの試合で完全崩壊したもはや原型の無い第5リングが見えた。
『さぁ、注目の試合が始まるぞぉー!!レオ選手とムサシ選手の試合みたいにリングを壊さないでおくれよ』
実況のぺラップはマイクで先程より大きく抑えた声で喋る。その内容は冗談のように見えてある意味本音かもしれない言葉であった。それに会場は笑いが生じる。マロンさんも苦笑していた。
だがなぜ、あの化け物試合と一緒になるのだろうか……。
「では、アルビダさん。行きますわよ」
「はい、そうですね」
だが、私達はすぐに切り替え戦闘態勢をとる。それと同時に会場は静まり返る。誰もが固唾を飲み込んでいた。その時の私には緊張の2文字は消え去っていた。あるのは集中の2文字――。
『それでは始めっ!』
実況はレオの時よりかわ控えめの声で試合開始のゴングを鳴らした。
それと同時に私とマロンさんは走り出した。マロンさんは尻尾に緑色のエネルギーを溜めながら、私は頬を電気でバチバチさせながら。
「“リーフブレード”っ!」
「“10万ボルト”!」
マロンさんは尻尾を私に振りおろし、それと同時に私は電撃を放つ。マロンさんはそれには動揺せず躊躇いもなく受けに行った。電撃を受け少し苦しそうだったがすぐに何んともなさそうな表情をして再び“リーフブレード”を作り、走り始めた。
「なっ!」
私はそれに驚き直ぐに横にステップする。種族柄此方が速いため何とか避けれたが今の奇襲は私に恐怖を与えた。“リーフブレード”は床に直撃し床には綺麗な切り跡があった。さすがにムサシさん程ではないが充分な威力だ。
「くっ!避けられましたか、次は決めるっ!」
マロンさんはそう言って尻尾に竜巻のようなものを形成し始めた。それには大量の葉っぱがついており私は何が来るのか咄嗟に分かった。“グラスミキサー”―――!
チャージは案外早くマロンはそれを私に放つ。あまりにも巨大である為私は避けきれない。これは広範囲にした分威力を殺しているのだろうか?
だが、今の私にはそんな事を考える余裕なんて未塵にもなかった。ただ、避けることのみ――。
私は如何したものかと考えるうちに技は迫ってきており我に返った。私はあまりにも間抜けに“グラスミキサー”を喰らってしまった。
★
「これで、勝負ありですかね」
マロンは決まったのを見ると勝利を確信したのか、冷静に呟いていた。ピカチュウは種族柄耐久が低い。一応、念には念をという事で“リーフブレード”を作っている。
マロンはキッとアルビダを見据える。今のところ起きる気配はない。マロンは少しやり過ぎたかと思いながらアルビダに背を向ける。
バチバチッ!!だが、電気の唸る音が会場に響き渡る。マロンは音がした方向を振り向くと勢いよく10万ボルトが飛んできた。あまりにも、不意打ちすぎるためかマロンは避けきれずに直撃する。
効果はいまひとつなので大ダメージではないが辛い――。
マロンはそう心の中で思っていた。
「不意打ちとは、なかなか……」
「まだ、勝負は終わってはいませんよ」
マロンは電撃で食らった傷を見ながらアルビダに話しかける。アルビダは笑顔で次の技の用意をしていた。
その技はエネルギーの球でアルビダの色は氷の様な色をしていた。
「“目覚めるパワー”」
アルビダは溜めていたエネルギーをマロンに放つ。マロンは放たれた“目覚めるパワー”がこおりタイプであると推測し避ける体制をとる。
ビリビリっ!
しかし、それは急に感じた痺れで不可能だった。どうやら、さっきの“10万ボルト”で運悪く麻痺していたようである。
まずい、マズイ、不味い。
マロンは焦りの色を顔に浮かべていた。どうしたらこの状況を乗り越えられるのか。今あれを食らったら間違いなく負けだ。
―力を貸しましょか?ご主人様。
だが、焦っていた心は不意に聞こえて謎の声で驚きに変わる。マロンはそれが誰かが言ったのではなく頭に響いているのだと瞬時に理解できた。
なぜなら、観客は熱気に包まれており大声の歓声を上げているためこんなにはっきりとは聞こえない。マロンはもしかしたらと思い心の中に話すようなイメージをした。
―あなたは誰?
マロンは心の中で話してきた声に問いかける。どう考えても怪しい。力を貸すとはどういうことか、正体は何なのか。気になる事が多く迫ってくる“目覚めるパワー”が遅く見えた。
―大丈夫です。私はご主人様が持つ“紫の水晶”の精です。唐突ですみませんが、これからよろしくお願いしますね!
謎の声はそう言って聞こえなくなった。それと同時に紫色の光が何処からともなくマロンに当たった。
そして力を貰った形でマロンに力が湧いてきた。
「そういうことね、“グラスミキサー”」
マロンは謎の声が聞こえなくなってからはチャージが速くなり直ぐに目覚めるパワーを相殺できるほどの威力で放てた。アルビダは勿論驚いており会場の観客においては「どういう…ことだ……!?」と言い放つのもいた。
「まさか……、水晶の主に?」アルビダは誰にも聞こえないくらいの声で呟く。そうこうしている内にマロンは全速力で突っ込んできていた。
「しまっ……」
「た」というまでの時間はアルビダには与えられはしなかった。アルビダは次に来る痛みに備えて目をつむる。会場もここで熱気のボルテージが最大限までに上がりこのバトルはクライマックスを迎えていることは誰が見ても明らかであった。
対するマロンは今度こそ勝ち誇ったとでも言いたそうな表情でアルビダに尻尾を思い切り振る。その尻尾はアルビダに直撃し、アルビダをリングから吹き飛ばした。
“リースブレード”をもろに食らったアルビダは観客席に落っこちてしまった。このままでは無事では済まない。マロンも「しまった!」と焦っていた。
会場の皆の目線は一気にアルビダに向けられる。アルビダは終わったと思い完全に諦めていた。
だが、いつまでたっても襲ってくる痛みは来ない。どういうことかと思い目を開けたらそこにはアルビダをお姫様だっこで受け止めたレオが居た。
同時に歓声がわき上がる。それでアルビダは急に恥ずかしくなり顔尾を赤らめる。
『この試合は、マロン選手の勝ち!!』
だが、実況はあくまで仕事をと言わんばかりに声を発する。そんな声も観客には届いていない。
「あらあら、注目を持っていかれましたね……」
マロンは面白いとでも言いたそうな表情で呟く。マロンはこの光景を見てあの2匹は出来てるなと思った。
「あぶね〜、あともう少しダイエットしろよ……」
しかし、レオはアルビダを助けてそうそうそんな事を言ってしまった。
この言葉でアルビダの顔が一層赤くなり頬がバチバチと音を鳴らしていた。それを見てレオは一気に青ざめる。
「う・る・さ〜い!!!!」
アルビダの叫びとともに一気に巨大な電撃が至近距離でレオを襲う。観客達はどうやら悟っていたようで被害はない。マロンもクスクスと笑っていた。
そして、それは遅れて登場した“奴”にも被害が及んだ。
「レオ殿、速いでござ……るるるるるるるるっ!!!」
遅れて登場した能天気第2号―ムサシは出て来てそうそうアルビダからのとばっちりを食らう。これにはさすがにマロンも青ざめた。
因みに観客ではそれに大爆笑しておる者、心配そうな目で見る者といった2つで分かれていたという……。
「あらあら、今日は同じ患者が多いこと……」
マロンが呆れたように呟く。その目の前には黒こげになったレオとムサシが倒れていた。アルビダは電撃を今ので使い過ぎたのかふらふらと足がおぼつかなかった。
マロンは「またやることが増えた」と呟き大きなため息をこぼす。
マロンはこの村の医者であり、村一番の医者であった。そんな、村一番の医者の家には患者が3匹増えることになった。内2匹の内1匹は3回、もう1匹は2回となかなか悲惨である。
どうしたらこんな事になるのかマロンには分からない。再びため息ついた後に辺りを見わたすと腹を抱えて大爆笑するクロー、ジャネールの姿が目に映った。
笑っていられるなんていいな……。
マロンは深く困った表情で3回目のため息をつく。恐らく、治療するのは自分だろう。マロンからすればはた迷惑極まりないのみである。だが医者である以上そうは言ってられないのでしぶしぶと、担架を用意し村の住人を数名集めて自宅に運ぶことにした。
こうして、レオは今日は3回意識を失う羽目となったのであった―――。