ぼくバチュル。
ぼくバチュル。
ぼくバチュル。くっつくのが大好きな、くっつきポケモン。
ぼくバチュル。趣味はお散歩。動くものにくっついて一緒にどこかへ行くのが、とっても大好きなんだ。
朝、シキジカさんの背中にくっついてお散歩をしていたぼくは、途中で別の動くものにくっついた。
森の中では見たことのない、赤や青や黄色が散りばめられたそれに、ぼくはくっついた。とっても大きい。一体、コレは何なんだろう。
「ちょっと! アナタ、何勝手に私のご主人のカバンにくっついているのよ!」
あれれ? 下から声が聞こえてきた。不思議に思って声が聞こえてきた方を見れば、そこには初めて見る動くものがいた。
全身をふわふわの毛でおおわれた、草の匂いをほんのりとただよわせるそれは、ぼくをキッと睨みあげてきた。
「ちょっと、聞いてるの? アナタがくっついているの、私のご主人のカバンなんだけど」
「カバン? カバンってなんだい? ていうか、キミはだあれ?」
言っている意味が、分からなかった。なので、首を小さく傾げると、ふわふわとした動くものが、「質問に質問って……、ま、いいわ」と、頭を抱えながらももう一度ぼくを見上げてきた。
「私は、もふもふ。エルフーンのもふもふ。カバンっていうのは、人間が使ういろんな物を入れる袋のことよ」
へぇえ。ふわふわと動くこの子の名前は、エルフーンって言うんだ。それで、カバンっていうのは、人間が使う袋のことで…………。
……って、え?
「えぇえ〜! ぼくって今、人間にくっついているの!?」
「い、今更!? 気付くの遅っ! ていうか、自覚ゼロだったの!?」
「だってだって、シキジカさんにくっついていたら、とってもカラフルで見たことなくて不思議なものを見つけたんだもん。くっつきたくもなっちゃうよ〜」
「……くっつきたくもなっちゃうものなの? それ」
エルフーンは、地面に落ちた枯れ葉みたいにジトッとした目でぼくを見たけど、ぼくはそんなのお構いなしに興奮しちゃってた。見慣れないものを見つければ、それだけでくっつきたくなる気持ちが刺激されちゃうんだ。それを抑えるなんて、ぼくには絶対に無理。
「うわあ、うわあうわあうわあ! これが人間なんだ〜! ぼく、人間にくっついたのはじめてなんだ!」
「えぇ、それは、もうさっきから分かっているわ……」
「すっごいすっごいすっごーい! 今日はどんな場所に行けるのかなぁ? ぼく、とっても楽しみだよ、エルフーン!」
「……気楽なポケモンねぇ、アナタって。野生のポケモンって、もうちょっと人間に警戒心があるようなイメージなんだけど」
ウキウキワクワクドキドキが止まらないぼくの隣で、エルフーンは相変わらず枯れ葉みたいな目と呆れたような表情でぼくを見上げている。でも、そんなことでぼくのウキウキでワクワクドキドキな気持ちは隠せない。
と、そこで、ぼくは「あれ?」と首を傾げた。
「エルフーンってさ、野生のポケモン?」
「違うわよ。私はトレーナーのポケモン。ついでに言うなら、アナタがくっついているカバンを背負っているのが、私のご主人」
私のとっても大切な、と最後に付け加えたエルフーンの顔は、さっきまでぼくを見ていたときの視線とは全く正反対の、朝露のようなうるっとした瞳とほんのりと温かな頬笑みだった。
むう、ちょっとジェラシー。
ぼく、別にエルフーンにジトッとした目で見られるようなこと、してないのになぁ。
きっと、そのときのぼくはさっきのエルフーンみたいに枯れ葉みたいな目で彼女を見ていたような気がする。でも、エルフーンはそんなこと気にも留めていないみたいで、「ところで」と、話を戻してきた。
「さっきから、私のことを『エルフーン』って言っているけれど、私の名前は『もふもふ』よ。呼ぶならそっちで呼んでちょうだい」
「え、名前? 名前はエルフーンでしょ? もふもふなんて名前のポケモン、ぼく、きいたことないよ」
エルフーンって名前のポケモンだって、本当は今日はじめて見たのだけれど。
すると、エルフーンはまたぼくを枯れ葉みたいな目で見返してきた。
「『もふもふ』は、ご主人が私につけてくれたニックネーム――ざっくり言えば、私だけの呼び名なの。だから、私はエルフーンだけど『もふもふ』なの。だから、そう呼んでちょうだい」
そうして、エルフーンはまた、あの朝露のようにうるっとした瞳でぼく――じゃなくて、ぼくの上にいる人間の顔(本当にそこにあるかは知らないけど)を見上げた。
へぇえ〜。自分だけの名前かぁ。なんだか良いなぁ。
「気持ちよさそうな名前だね」
「褒め言葉として受け取っておくわ。私も、とても気に入っているの」
うふふ。と微笑みながら、もふもふはクルリとその場で一回転をした。もふもふの綿はその名前の通り、まふもふとしていてとても気持ち良さそうだった。
それからぼくともふもふは、少しだけお話をした。もふもふは結構前からこの人間と旅をしているらしく、今は強いポケモンとたくさんバトルをしているらしい。
「そんなにバトルをしているの!? 強いんだね、もふもふは!」
「そんなことないわ。負けることもたくさんあるの。もうすぐ大きな大会――えっと、バトルをたくさんするお祭りみたいなものがあるから、頑張っていかないと!」
もふもふは、とってもキレイだった。お話をしているときの目もそうだったけど、立ち居振る舞いっていうか、とにかくそこに立っているだけでとてもキレイに見えた。
やがて、もふもふとそのご主人である人間、そしてそれにくっついてきたぼくは、大きな町にたどり着いた。
ぼくは、適当なところで今までくっついていたものから飛び降りた。
「あら。どこかへ行くの?」
「うん。お散歩。ばいばい、もふもふ」
「えぇ。さようなら」
ぼくは、もふもふと別れた。
◆
もふもふと別れたぼくは、ごはんにすることにした。
「ごはん〜。ごはん〜。今日のごはんはどこで食べようかなぁ」
よじよじと壁を登ったり動く何かにくっついたりしながら、ぼくは今日の朝ごはんを考えていた。人間の住む町とでは、少しだけごはんが見つけにくい。でも、“おやつ”はいっぱいあるから、ぼくは町が大好きだった。
「あ、あった!」
たくさんの人間が遊んだり休んだりしている場所で、ぼくはオレンの実を見つけた。オレンの実。ぼくの大好物だ。木に実っていたオレンの実を“むしくい”で下に落として、ぼくはオレンの実にかぶりついた。
「えへへっ。いっただっきまーす!」
ぼくより少し小さいオレンの実は、食べきるにはちょっと大きすぎたみたい。ぼくは半分と少し食べたところで、お腹がいっぱいになってしまった。
「ふ〜。ごちそうさま!」
食べ残したオレンの実はそのままにして、ぼくは移動を始めた。ごはんも食べたし、今度は“おやつ”を探さなくちゃ。ぼくの“おやつ”は木の生えたところじゃなくて、人間が作った“びるでぃんぐ”という縦長のほら穴の中にあるんだ。
ぼくの“おやつ”。それは“電気”なのだ。
◆
「げぷっ。今日もいっぱい“おやつ”を食べれたな〜♪」
夜になって、ぼくは“びるでぃんぐ”の中で大きく欠伸をした。今日は、タブンネさんが忙しなく動く“びるでぃんぐ”で電気をいっぱいもらって、ぼくの身体はそれまでとは比べ物にならないくらいにとても大きく膨らんでいた。
「動きにくいや。今日はここで寝ちゃおうかな」
変にすべすべしたほら穴の隅で、ぼくはうとうとし始めた。ほら穴の中はとても明るかったけど、ぼくの眠りを邪魔するほどではなかった。
逆に、突然光が消えて、ぼくは目が覚めてしまった。
「あ、あれ? 一体どうしたの?」
いつもならずっと明るいほら穴が真っ暗になったので、ぼくは驚いてしまった。キョロキョロと辺りを見回していると、ほら穴の向こうからタブンネさんがやって来た。何故か、タブンネさんはとても慌てている。
「タブンネさん、一体どうしてこのほら穴はとっても暗いの?」
ぼくが呑気にそう尋ねると、タブンネさんは両手をバタつかせながら一気にまくし立てるように喋った。
「どうしたもこうしたも、停電をしてしまったんだ! あぁどうしよう! 電気がないとポケモンたちが治療できないのに!」
タブンネさんはそう言うと、ぼくの隣にあった変なもの――さっき、ぼくが“おやつ”を食べたところだ――に飛びついた。でも、またすぐに大きな悲鳴を上げた。
「ど、どうしたの、タブンネさん?」
「た、大変だ! 非常電源が動かない!!」
ヒジョーデンゲン? なんだろう、それ?
タブンネさんの言葉が分からずぼくが首を傾げていると、今度はずっと遠くの方から男の子の声が聞こえてきた。
「ジョーイさん! ぼくのもふもふが大変なんだ、助けて!」
…………え?
ぼくは、びっくりしてしまった。もふもふ。それには聞き覚えがある。
朝、町に来る途中で出会った、とてもきれいなエルフーン。とても強いらしいエルフーン。
もふもふの名前を聞いてぼくが呆けている間に、今度は女の人の声が聞こえてきた。
「まぁ、酷い熱! 一体どうしたの?」
「ぼ、ぼくが怖いお兄さんにぶつかっちゃって、そしたらお兄さんがダストダスを出してきて、ぼくに向かって“アシッドボム”を打ってきて……。もふもふは、ぼくを、ぼくをかばって……!!」
ダストダス。知っている。街でたまに見かける毒タイプのポケモン。
彼らの技を受けたら、モモンの実をすぐに食べるようにって、ママが教えてくれた。あれには毒が含まれているから。それを消すにはモモンの実がとても良いんだって。
――もふもふは、毒に?
ただ黙って聞いているだけしかできなかった。また、女の人の声が聞こえてくる。
「それが……。今、停電のせいで治療はできないの……。非常電源も動かなくて、復旧を待つにもまだ時間がかかるみたいで……」
「そんな……」
男の子の声は酷く淋しい声だった。そこへ、更にぼくの耳に別の声が聞こえてくる。
「……ごしゅ、じん……」
それは、もふもふの声だった。
でも、朝聞いたときと、今聞いた声は全く違って聞こえた。朝はあんなに元気な声だったのに、今はとっても掠れていて、すぐに消えてしまいそうな声だった。
ぼくは、この声を知っている。毒にやられて、弱っている声だ。
ぼくはそこで、女の人の声が言っていた言葉を思い出した。
『非常電源も動かなくて』
ヒジョーデンゲン。それは、タブンネさんも言っていた言葉だ。
ぼくは、タブンネさんを振り向いた。
「タブンネさん、ヒジョーデンゲンって何で動くの?」
「え、で、電気だけど、でも今は……」
電気! 何でそれを早く言ってくれないの!
ぼくはタブンネさんがいじっている変なものに走り寄った。
「電気なら、ぼく出せるよ! これに出せばいいの?」
「えぇ? だ、出すって言われても、私が知っているのは動かし方だけで、電気の溜め方は……」
あぁもう、じれったいなぁ! ぼくはもふもふを助けたいんだ!!
「とにかく出すから! タブンネさんはどいて!!」
「え、えぇー!?」
叫ぶタブンネさんを無視して、ぼくは自分の中にあるありったけの電気を変なものに向かって放出した。
電気を出し終わると、ぼくの体力は一気に空っぽになってしまった。じわりじわりと目の前が真っ暗になっていく。
「わ、ば、バチュルくん!? バチュルくんったらぁ!」
タブンネさんがぼくを呼んでいたけれど、ぼくの目の前は、それに答える前に真っ暗になってしまっていた。
◆
ふわふわしている。
すごくふわっとしていて温かいものがお腹の下にあった。
「……ふああ」
ゆっくり目を覚ますと、目の前が真っ白だった。おかしいなぁ。ぼくは確か、大きくて変にすべすべしたほら穴の中にいて、それで……。
「あ、目が覚めたのね、バチュル」
目の前が真っ暗になる前の事を思い出そうとしていたとき、綺麗な声が聞こえてきた。
ぼくは、この声を知っている。
「もふもふ! あぁ、良かった。大丈夫だったんだね!」
声のした方に体を向けると、そこにはもふもふが立っていた。もふもふはぼくを両手に乗せると、綺麗な笑顔をぼくに見せてくれた。
「えぇ。アナタが電気を非常電源に分けてくれたおかげよ。タブンネさんから聞いたけど、結構無茶するのね」
もふもふはちょっぴり呆れたみたいに小さくため息をついたけれど、でも、綺麗に笑ってくれた。
その笑顔を見ただけで、ぼくの心はとってもぽかぽか温かくなった。
「えへへ。でも、もふもふが助かって、本当に良かったよ」
「ふふ。本当にありがとう、バチュル」
もふもふが、ぼくの頭を優しく撫でてくれる。くすぐったいような不思議な感じにぼくがほっぺを紅くしたとき、ちょっと遠くの方からもふもふを呼ぶ男の子の声が聞こえてきた。
その声に、もふもふが後ろを振り向く。
「いけない。ご主人が呼んでる」
「また、どこかへ行ってしまうの?」
もふもふの表情から、もふもふとのお別れが近いことが分かって、ぼくの心は急に冷たくしぼんでしまった。
変だ。さっきまではとっても温かかったのに。
すると、もふもふはぼくを振り向いて、大丈夫。と言ってくれた。
「またきっと、必ず会えるわ。だって、私たちはもうお友達だもの」
「とも、だち」
もふもふの言葉を繰り返すようにぼくが呟くと、もふもふはにっこりと微笑んでくれた。
その笑顔は、朝露のようにうるっとした、あの綺麗な微笑みだった。
「そう。友達。……また、必ず会いましょう、バチュル」
その言葉を最後に、もふもふはぼくの目の前からいなくなった。ばいばい。という言葉を添えて、いなくなってしまった。
ぼくの心は相変わらずしぼんだままだったけれど、でもほんのりとした温かさが戻っていた。
少し経って、タブンネさんが持ってきてくれた“でんち”なる小さな棒切れから電気を貰ったぼくは、タブンネさんが忙しなく動き続ける“びるでぃんぐ”を出て行った。
ぼくはバチュル。
くっつくのが大好きなくっつきポケモン。
さて、今日はどんなものにくっつこうかな。