01 ハクタイビル
ギンガハクタイビルの中は星空をイメージした壁紙が貼られ、独特の雰囲気を醸し出している。
「そういえばあんたってこのビル来るの初めてだっけ?」
不意にマーズが振り向いてサンに尋ねた。
サンは黙ってうなずいた。
その表情を見たマーズはふっと違和感を感じた。
「ちょっとこっち向いて」
マーズは立ち止まってサンの顔をぐいっと両手ではさみ、無理矢理目を合わさせた。
「どうかしたのか?」
サターンもサンの顔を見る。
「あんた、熱あるんじゃない?」
普段全く変化の無いサンの顔に赤みが差している。
雪の中を走ってきたからだろうか、先程からサンは寒気と倦怠感を感じていた。
「……熱?」
ずっと室内で生活をしてきた彼女は風邪ひとつひいたことがない、病気とは無縁の生活を送ってきていた。
「まあ早く寝な、明日は移動だからね」
サンは黙ってうなずくと、ジュピターの案内で部屋に向かった。
ベッドに横になっていたサンは、熱と奇妙な体のだるさになかなか寝付けずにいた。ただの疲れにしてはおかしいとは感じているが、風邪という概念が彼女の中にはなかった。
ドアの開けられる軽い音と共に、コップを持ったジュピターが部屋に入ってきた。
「起きてる?」
サンは重い上半身を起こしてジュピターの方を見た。
「なに?」
「これ飲みな」
そう言って、水の入ったコップと薬をサンに手渡した。
サンは薬をちらりと見て、躊躇うことなくそれを水と一緒に飲んだ。
そんなサンの様子を見て、ジュピターは一瞬あきれたような表情を見せたが、サンは気付かない。
「早く寝なさいよ」
ジュピターが出ていくと、ふわふわした眠気が彼女を襲い、次にサンが気付いた時には、とっくに陽が昇っていた。
次の日の朝、サンは軽く朝食を済ませ、一緒にいたジュピターが目を離している間に廊下に出て、ふらっと下の階に行ってしまった。
まだ熱は下がっていない上、喉も痛くなってきていたが、出発まですることもなかったのでビル内を見てみようと思っただけの行動だ。
当然、下の階にいたギンガ団のしたっぱに侵入者だと騒がれた。
「何でここにガキがいるんだよ!どうやって侵入した?」
サンはしたっぱに囲まれた。全員ポケモンを出して彼女との距離をじりじりと縮める。
サンがサーナイトとルカリオを出すと同時にしたっぱは一斉に襲い掛かった。
『ルカリオはボーンラッシュ、サーナイトはサイコキネシス』
喉が痛いので上手く声が出せないサンは意思でポケモンに指示を出した。
それだけで前線のポケモン達は倒される。
「あんときのガキ……」
一人のしたっぱがサンのことを思い出したようだ。もちろんサンは覚えていない。
「なにやってんの!」
マーズが怒鳴りながら階段から降りてきた。サンに向けて言っているようにも、したっぱに向けて言っているようにも聞こえる。
「マーズ様っ!いらっしゃったのですか?」
したっぱ達が驚いて数歩下がった。
「あんた、こっち来なさい!」
マーズに呼ばれてサンは歩いていく。したっぱ達は道を開けて彼女を通した。
「いくらあのガキが強くてもマーズ様には敵わないだろ」
「ジュピター様もいるし、無事にここを出れないさ」
「なんだよ……こいつ一人でここの機能がほぼ麻痺してやがるな」
そう言って降りてきたのはサターンだった。思わぬ幹部の登場にしたっぱ達が驚く。
「サターン様まで……」
したっぱ達が見つめる中、顔色ひとつ変えずサンはマーズとサターンを見た。
「なに?」
「いいから上行きな」
サンはゆったりとした動作で階段を上がっていった。マーズも続いて行く。
「あいつ一人で十分だ」
サターンはあえてしたっぱ達に聞こえるように呟く。
「あの子供は何ですか?」
したっぱの一人が恐る恐るサターンに尋ねた。
「俺が知るか、とっとと持ち場に戻れ」
「しっ、しかしサターン様……」
「マーズひとりで十分だ。俺も参戦する」
「わっ、わかりましたっ!」
サターンはしたっぱ達がそれぞれの持ち場に戻るのを確認すると、振り返ることなく上の階に上がっていった。