05 キッサキジム
次の日の朝、俺はキッサキジムに向かった。
サンと別れてから俺はキッサキシティののホテルに一泊していたので、サンがどこで泊まっていたのかは知らない。
でもキッサキジムに朝一で挑戦することは知っている。
どうしても昨日のサンとのバトルが忘れられない。
タイプの相性はこちらが圧倒的に勝っていたはずなのに、俺のゴウカザルとヘラクロスはあっさり負けた。
ジムリーダーとの次の対戦の戦略を練るという目的もあるが、サンの試合を見たいというのもある。
サンとジムリーダーがどんなバトルをするのか、ジムリーダーがサンとどこまで渡り合えるのかが見たい。
タイプ相性の悪いポケモンとのバトルでもあれだけ強かった。タイプ相性のいいポケモンでのバトルだったらどうなるのか。ジムリーダーくらい、サンからすれば相当弱く感じるんだろうな。
『本気だった?』
あのバトルの後、サンの言った言葉を思い出した。
もちろん俺は本気だった。
ということはサンは本気でなかったのか。
ジムリーダー相手でサンが本気になることはないと思うが、もし見れるなら、そういうつもりだ。
俺がジムの上の観客席に行くと、そこには先客がいた。
かなり早くに来たからだれもいないと思っていたから驚いた。
ジムのロビーにもほとんど誰もいなかったから。
三十か四十くらいのベージュのトレンチコートを羽織った男が、腕を組んで寝ている。
しかも一番前の一番見やすい席を確保していた。
「おっさん、なんでこんなとこで寝てんだよ。寝るならホテルとかで寝ろよ」
俺は思わず言ってしまった。余計なお世話なのかもしれないが、いびきとか迷惑だ。
「ん?……おっさん?」
おっさんは目をこすって起きた。
「もう少ししたらジム戦が始まるだろ。寝るならどっか寝れるとこで寝てきてくれよ」
「おっさん……私のことか?」
なぜかおっさんという言葉の方に反応している。だって見たまんまだろ。おっさんなのは。
「ジム戦見にきたんだろ?なんで寝てんだ?」
「昨夜ほとんど寝ていないんだ。まだ試合は始まらないと思って寝ていた」
「眠いなら他で寝ればいいだろ?わざわざ朝一の試合を見る必要もないし」
「朝一のジム戦に知り合いが出るんだ」
俺は適当に相づちを返しておっさんから二席離れた席に座った。
「そういう君こそ、なぜこんな朝早くジムに?戦略を練るとか、そういう理由なら朝一である必要はないだろう?」
「知り合いのジム戦を見に来たんだ」
ふと、このおっさんもサンのバトルを見にやってきたのではないかという考えが浮かんだ。
「おっさんは誰の試合を見に来たんだ?」
「……姪のジム戦だよ。にしても君、初対面の人間相手におっさんはないんじゃないか」
まだ気にしてたのか。じゃあなんてよべば良かったんだ。お兄さんとかは無理があるだろ。
「おっさんなんだからおっさんでいいじゃねーか。それで姪っ子さんの試合のことだけど、その姪っ子さんってサンって名前?」
「ああ、そうだ。君はあの子を知ってるのか?」
おっさんは素っ気なく言った。
「エイチ湖の近くで会った。雪に埋もれてたとこを助けてもらったんだよ」
「……そうか」
「でもよ、サン家族みたいな存在はいないって言ってたぜ」
俺はサンとの会話を思い出していた。確かにサンはあの時家族はいないと言ってた。
「久々に会うし、サンも私がここにいることを知らないからな」
そう言ったおっさんは。複雑な表情でバトルスペースの方を向いてしまった。
その後すぐにサンの試合は始まった。
その頃には朝早いのに観客席はほとんどいっぱいになっている。
サクサクとジムトレーナーを倒していくサンを見ていて気付いたことがあった。
時々、まるでサンとポケモンが完全に一体となっているような動きをすることがある。
本当にわずかな動きの差なので、気付いている人はいなさそうだし、気付いてもすぐ忘れそうなほどだ。
これはバトルの様子を端から見ないとわからないだろう。
オヤジからバトルに関しては結構厳しく教えられたからバトルの観察眼には自信がある。
あっという間に試合は進み、もうジムリーダーとのバトルになっていた。
サンのポケモンはウインディ、スズナのポケモンはオニゴーリだった。俺の時とは手持ちが変わっている。
そのオニゴーリはれいとうビームをウインディに向かって放つも、ウインディのかえんほうしゃの威力に押されて倒されてしまった。
本当に一瞬の勝負だった。スズナも半ば呆然としている。
気を取り直したスズナはユキメノコを出した。
「シャドーボール!」
「しんそく」
ゴーストタイプにノーマルタイプの技は当たらない。サンは何を言っているんだ?
その答えはすぐわかった。
しんそくでシャドーボールを避けたウインディはそのままユキメノコに近付いてかみくだくの技を使ったのだ。
そしてあっさりと試合後終盤になり、スズナはユキノオーを繰り出していた。
サンのウインディは全くダメージを受けていない上、タイプ相性はスズナからすると最悪だろう。
「かえんほうしゃ」
スズナがユキノオーを繰り出すと、サンの口が動いた。
「かえんほうしゃ」
ユキノオーも負けじと攻撃を繰り出すも、タイプ相性も悪いウインディのかえんほうしゃにかき消され、ほとんど威力の落ちていないかえんほうしゃをまともに食らったユキノオーは倒れた。
昨日俺があれだけ苦戦を強いられた相手を、サンはこうもあっさり倒してしまった。
サンは呆然とするスズナからジムバッチを受けとると少し挨拶を交わしただけで、もう後ろを振り返ることなくジムを出ていった。