03 昔の話
マニューラ達がいなくなったので、私達は皿にあけた具だくさんのスープを飲んだ。
寒いせいでいくらか冷めてしまっていたが、味に変わりはない。
スープを食べ終えたサンは、穴の奥にウインディを出してその胴体に身体を預けていた。
私のキュウコンもサンの方に近付いていってその膝に軽く頭を乗せている。
サンはしばらくぼんやりと吹雪く外の様子を見ていたが、その目はしだいに閉じていき、今はもうすやすやと寝息を立てて寝ている。
その年相応の寝顔はとても安らかだった。
この寝顔だけを見れば、誰がこの子をギンガ団最強のトレーナーだと思うだろうか。
この子のことは私もよくわからない。私がギンガ団に入った時にはすでにボスの横にいた。
ボスがどんな思いでサンを育てたのかもわからないし、サンがどのような思いでいるのかもわからない。
私はすやすやと寝息を立てているサンを眺めながら、ギンガ団に入った頃のことを思い出していた。
三年前、私は毎日パソコンと向き合ってプログラムを作成したり、アルバイトをして過ごしてきた。
パソコンは趣味で始めた。やることもやりたいこともなかった当時の私は、手元にあったパソコンで簡単なプログラムを作ってみた。
誰にでも作れそうな簡単なものだ。
そこから段々難しいプログラムを作成していき、複雑なゲームを作れるくらいプログラミングの腕が上がった。
私が作ったゲームは有名ではないものの、そこそこの支持を集めることができた。
そして私は他人のパソコンに侵入するハッキングに手を出した。
自分のパソコンの技術がどれくらいのものなのか試したいというとても単純な理由だった。
初めは近所の家のパソコンに侵入した。
何かをいじることもせず、ただ侵入しただけだった。
足跡を一切消し去って何事もなく抜け出した時は、なんとも言えない満足感があった。
その後、私は次々に様々なパソコンに侵入した。
小さな起業のパソコンから始めて、名の知れた大企業のパソコンにも侵入していき、そのたびに小さな満足感を覚えた。
ある日、またどこかのデータベースに侵入しようとパソコンを開き、いつものように侵入に成功した時のことだった。
足跡を消し去る直前に私は誰かに接触された。
見付かったのだ、と思ってその時は思わずパソコンを閉じた。だが、いったい誰が気付いたのだろう。興味が湧いた私は相手のパソコンにメッセージを残して一旦はそこを去った。
その日のうちにメッセージが私のパソコンに届いていた。自作のプロテクトが突破されていて、さらに足跡も残されていなかった。
私はそのメッセージに添付されていたメールアドレスに自作のプログラムを乗せて評価を聞いた。私のプロテクトを突破できるような人間なら欠点を指摘してくれるはずだと思って。
数日のうちに返信が届いていた。
欠点の場所とそれ以外は完璧であるといった内容のメールだった。
そのメールの最後に会社で働かないか、と書かれていたのには驚いた。
その当時はまだ小さい企業だった宇宙エネルギー開発会社だったが、提示されていた給与はかなりの高額で、働きによっては幹部候補生にしてくれるというのには惹かれた。
なによりプログラミングを評価されたのだから、そういうことをするだけで給与がもらえるのだ。レストランのアルバイトよりずっといい。
私はその申し出を受けた。
一週間後、私は面接のためにトバリシティに向かった。
面接はあっさりと終了し、その日のうちに就職が決まった。
言われたプログラムを作成する仕事、私は大喜びでその仕事に従事した。
そしてある日、社長であるアカギにギンガ団に幹部として入団しないかと持ちかけられた。
最初は迷った。ギンガ団については知っていた。新たなエネルギーを生み出すことを掲げている、あまりいい噂を聞かない組織といういんしょうだった。
仕事内容は今と変わらず、給与は大幅に上がっていることで、私はギンガ団への入団を決意した。
私は社員寮を引き払い、ギンガ団の幹部寮に移った。
そこで初めてサンと出会った。
アカギの後ろをマーズと歩いていたのだ。
後でマーズに聞いたら、マーズはサンのお守りとしてアカギに拾われたらしい。
とにかく、その時は表情のなく、可愛げもない娘だと思った。
ただ、バトルだけが強かった。
私もポケモンを渡されサンに挑んだが、あっさりと倒された。
バトルなんてほとんどしたことのなかった私は、幹部としてある程度強くあれと言われていたので負けるのを承知でプログラミングの仕事が終わったら日に何度もサンに挑んで、負けた。
あまりに勝てないから、止めたくなったときもあったが、マーズもそれが同じであったようで私とマーズでよく新しい作戦とかを立てたりしてお互いなんとかサンのポケモンを一体倒せるまでにはなった。
サンと何度も戦ったおかげか、したっぱの団員程度、なんの苦労もなく倒せるほどになっていた。あそこまで他者を弱いと感じたのはいつ以来だろうか。
だが、バトル以外でサンは特に何かしているわけでもなかった。
トレーニングをして、それが終われば神話を読む、その繰り返しの毎日を送るサンは、はっきり言って不気味だった。
変わらない表情、滅多に開かない口、人間味に欠けていた。
そんなサンが初めて表情を見せたのは二年前、サンを呼びに部屋に入ると、サンがなんとなく物悲しそうな表情で窓の外を眺めていたのだ。
私が入ってきたことに気づいてすぐに表情はもとの無表情に戻ったが、あのなんとも言えない表情はいまだに目に焼き付いて離れない。
なぜそんな表情をしていたのかは聞くことができず、今もわからない。
その時から私はサンに自分でもわからないが積極的に話しかけるようになった。
初めは声をかけても生返事で、ひどいときは無視された。
それでも何度も話しかけるうちにぽつぽつと会話が増えていった。
私は安らかに眠っているサンを見た。
相変わらず表情も口数も少ないが、一緒にいるうちに大切な存在になっていた。
私はサンの長い黒髪に手を伸ばした。
それはさらさらと手から落ちていき、もとの場所に収まる。
あの時、この子の緋色の目が何を映していたのかはわからない。
いつか本人が話してくれるまで待ってみようと思う。