第三話 怪しい依頼
「ううぅ…」
ポケモンセンターのラウンジで、テーブルに広げられた週刊誌と目の前の少年を交互に見て唸る。
『怪奇現象!夜の公園に昇る赤い火柱!!』
週刊誌の見出しにはデカデカとそう書かれており、中を読むと4ページに渉って特集が組まれていて、胡散臭そうな霊能者や専門家がそれぞれの見解を述べている。
「こんな大事になるなんて…」
「くよくよするなリンコ君。テレビのニュースでは、ただのぼや騒ぎとしか報道されなかったではないか。」
テーブルに突っ伏し落ち込む自分とは対照的に、彼は何食わぬ顔で新聞のクロスワードに夢中になっている。
「それに週刊誌はくだらない事実を大げさにして、読者の購買意欲を誘うように書いているんだ。ちなみに今のは探偵マイナン、第18話での主人公の台詞だ」
「仮にそうだとしても、私はそう簡単に切り替えられないんですよ」
この少年は心臓にモンジャラでも飼っているのではないか。
ユキオ君の勢いに押され、なし崩しに探偵業の手伝いをすることになった私は、早くも彼の非常識さに頭を痛めている。
バシャーモたちと和解した次の日には街中を連れ回され、掲示板という掲示板に依頼募集の書き込みをし、道行く人に片っ端から声をかける。
地道な努力は認めるが、いまいち効果がない。
それもそのはず、彼はニャースが拾ってきた道具や木の実をサービスするから自分に何か依頼をしろと持ちかける。
これでは新聞の勧誘と変わらない。
それにせっかくニャースが拾っていた金の玉を換金してあげたにもかかわらず、たった一日で大量のポケじゃらしと、食パンをセットするとピカチュウの焼き面が付くトースターに変わっていた。
コンセントもないのにどこで使うのよ。
確かに可愛かったけど...
今まで数多くのトレーナーを見てきたけど、彼ほどぶっ飛んだ少年を見るのは初めてだった。
「それにしてもリンコ君」
「どうしたの?」
「…」
「…何ですか、所長」
極めつけはこれだ。ユキオ君はどうも形から入りたいらしく、彼が思う秘書っぽい振る舞いを私に求めている。
年下相手に恥ずかしかったが、彼は本気で口をきかなくなってしまうので最近では慣れてしまった。
それでも時々こうしていたずらをするが、彼は絶対にそこは曲げようとしない。案外頑固な所があるらしい。
こんな感じでいつも調子を狂わされてしまうが、それでも今まで感じたことのない新鮮な感覚や自分でも気づかなかった視点を見つけられたことも事実で、私自身案外この状況を楽しんでいるのかもしれない。
そんなことを考えていると、機嫌を直した彼が口を開く。
「ふむ、今日の予定だがな。街の不動産に行ってみようと思う」
「不動産って、以前追い返されたんですよね?」
「あの時は私一人だったからな。しかし、今回は強い味方も揃っている!今度こそあの店員にうんと言わせるのだ!」
「…あの、もしかしてその強い味方って」
私が自分の顔を恐る恐る指を指すと、彼は満面の笑みで大きく頷いた。
この子は探偵よりも詐欺師に向いてると思う。
―――
「だから、お金も持ってない人に部屋は貸せないって言ってるじゃない!」
「だから言ってるだろう!今回はちゃんと大人も一緒に連れてきた。彼女と一緒なら文句ないだろう?」
「大人がいればいいっていうもんじゃないのよ?ほら、あなたからも弟さんに言ってあげて?」
もう三十分は同じ問答を繰り返している。
不動産側の意見は最もだ。自分一人がいた所で状況はあまり変わらない。
「いや、私は姉ではなくてですね…」
「そうだ!リンコ君は我が探偵事務所の敏腕秘書、外見だけで決めつけないでほしいな」
「まさかあなたも一緒になって遊んでいるの?」
「遊びじゃない!わたしは至って真剣だ!!」
何とか穏便に済ませて早くこの場を去りたいが、状況は益々悪化していく。
「あんまり騒ぐと警察呼びますよ!」
「おもしろい!呼べるものなら呼んでみろ!リンコ君、このいじわる不動産とグルになっている悪徳警官を元プロトレーナーの実力で返り討ちにしなさい!」
「な、なんですって!?」
「すみません!もう帰りますから!失礼しましたー!」
早口で謝りながら、彼の首根っこを掴み外へ出る。
「所長、あんな言い方じゃ怒るのも無理ありませんよ」
「だが悔しいじゃないか。この前は部屋を借りたきゃ大きな大人を連れてこいというからそうしたのに…」
納得できない様子でぶつぶつ呟く彼を店の外でなだめていると、当然後ろから声をかけられた。
「あんた、プロのトレーナーなのかい?」
振り向くと、高そうなスーツに身を包んだ男性が立っている。
帽子の下から見える髪の毛は真っ白で、鼻の下で綺麗に整えられた髭と下がった目尻が清潔感と優しそうな顔を作り出していた。
高齢のためか手には杖を持っているが、背筋は伸びていて実際の年齢よりも若い印象を受ける。
「失礼ですが、あなたは?」
「これは失礼、側を通っていたら中から声が聞こえてね。あんたたちがその気なら、ある物件を紹介してやってもいいがどうだい?」
外に漏れるほど大きな声で話していたことも恥ずかしいが、偶然通りかかった人間が都合良く物件を紹介するなどありえるだろうか。
どう考えても裏があるようにしか見えない。
「おお!おじいさんが紹介してくれるのか?捨てる神あらば拾う神ありとはまさにこのことだ。リンコ君、この人の厄介になろうではないか」
大人の私でも感心するほどの洞察力を見せるのに、どうして普段はこう危なっかしいのだろう。
今あったばかりの得体の知れない人間の話を信じるのは、探偵としてどうかと思う
不動産の従業員に助けを求めようとするが、自動ドアの向こうでさっさと帰れと言わんばかりの吊り上がった目を見ると期待はできそうもない。
結局近くのカフェに場所を移した。
席に着くと、老人は早速物件の資料と外観や内装が写った写真をテーブルに並べ始める。
「どうかね?」
「す、すごいぞリンコ君!こんな立派な建物がただ同然ではないか!」
彼は目を輝かせている。
見ると、3階建ての綺麗なビルで1階は部屋付きのガレージ、2階は広そうなオフィスと給湯室そして会議室。他にも会社を運営するための設備は整っているようだ。
更に3階は開放感のあるスキップフロアにカウンターバー付きのキッチン、りっぱなお風呂まで付いている。
彼は喜んでいるが、はっきり言っておかしい。
いつ崩れるか分からないような物件を紹介するならまだしも、すぐにも買い手が付きそうな良物件というのが怪しさを増す。
家賃も賃貸経営で設定するような金額じゃない。
改めて老人に問いただす。
「こんな優良物件、逆にお金があってもそうは見つかりません。それにいい話には何か裏がある…私たちに何をしてほしいんですか?」
すると老人の目が一瞬鋭くなり、それから目尻を下げて話し始めた。
「フォッフォッフォ。もちろん儂もただで、という訳には行かんのでな。この場所を貸すには腕のいいポケモントレーナーが必要なんじゃよ」
「野良ポケモンか不良のたまり場にでも?」
「それだったらわざわざプロになんぞ頼まんよ」
「元、ですけどね」
「肩書きなんぞどっちだっていい。それで、お前さんは本当に強いのかい?」
「リンコ君を疑うのか?彼女は強い、わたしが保証しよう!何せ一度死にかけたくらいで…」
「所長!人前でその話はやめてください!」
恥ずかしくなりながら、老人に向き直る。
「どうかね?」
「自信はあります。どうせなら今ここでお見せしましょうか?」
すると老人は、満足そうな顔をする。
「いや結構、資質は十分らしい。それでは本題に入ろう。君たちにはこの建物で起こる怪奇現象の調査と怪物退治を頼みたい」
「怪奇現象?怪物?」
「君たちは探偵なんじゃろ?それともこういった手合いは範囲外かね?」
「何を言うおじいさん!失せもの、探し人、浮気調査に殺人事件。どんな事件も即解決!それが招き猫探偵事務所だ!」
「それを聞いて安心した。では、正式に君たちに依頼しよう」
「任せてください!必ずや解決してみせましょう!」
老人の依頼はこうだ。
建物の中に凶暴な化け物が住み着いてしまい中に入ることができず、自分ではどうしようもない。
今まで腕に自信のあるトレーナーが挑んだが、皆返り討ちにあっている。
依頼の内容を聞き終わりカフェを出るころには、太陽が真上まで昇っていた。
「いいんですか所長?あんな安請け合いしちゃって。聞けば聞くほど怪しいですし、もしかすると新手の詐欺かもしれません。このまま警察に行って事情を話した方が…」
ユキオ君はうつむいて肩を震わせている。
今になってやっと話のうまさに気づいたのだろう。
なんだかんだ言って彼もまだ子供。流石に心配になり声をかけようとすると、いきなり顔を上げる。
「やった…やったぞリンコ君。初めての依頼だ!それも何だか事件の香りがするじゃないか!ムフフフフ…..」
前言撤回。彼はこの状況をすこぶる楽しんでいる。
この子のよくない癖をまた知ってしまったかもしれない。
「それで、どうするんですか?」
「まずは聞き込みをしよう!」
「え?話ならさっきおじいさんから…」
「確かにおじいさんから話は聞いた。しかし、結局あの場所に何がいるかは分からずじまいではないか」
あっ、と思わず口に手を当てる。
確かにそうだ。肝心なことに彼は何一つ答えてない。
ただ浮かれていたようでいろいろ考えていたようだ。やはりこの子は侮れない。
「十中八九ポケモンの仕業だが、何の情報もなしに乗り込んでは危険だ。リンコ君を信じていない訳ではないが、このまま行っても良い結果にはならないだろう」
「そうですね。私なんかじゃ所長のお荷物になってしまいますもんね?」
「ち、違うぞリンコ君!そういうことではなくてわたしが言いたいのは…あれ?なんで笑ってるんだ?」
感心はしたが、ちょっぴり悔しいので仕返しをする。
「さ、所長。まずは近隣住民でも当たってみますか!」
「う、うむ。ではそうしよう!しかしリンコ君、できればそういう指示はわたしがしたいのだが…」
「知りませーん」
―――
それから数時間後。
「それでは、我々が集めた情報を整理するとしよう」
その1・近隣住民への聞き込み
日中でもカーテンが閉め切られていて人の気配はない。
しかし、夜に明かりが灯っているのを見た人がいる。
トレーナーが時々入っていくが、すぐに逃げ帰ってくる。
近所では幽霊の呪いという噂もある。
その2・以前以来を受けたトレーナー・A氏
部屋がいきなり襲いかかってきた。
部屋の中には高速で動き回る陰と三つ目の化け物がいて、この世の者とは思えない叫び声を聞いた。
ポケモンたちが手も足も出なかった。
「まとめるとこんな感じか」
「やはりポケモンの仕業と見て間違いないでしょうね」
「そうだな。目撃情報以外はどれも幽霊だのポルターガイストだの根拠のない非科学的な妄想ばかりだったし、部屋が襲ってきたというのも変な話だ」
「そ、そうですよね。ホントあーいった類の話は噂好きの主婦が想像を膨らませてどんどん尾ひれがつくから困ったもんですね!」
「そのとーり!どんな不思議なことにも必ずトリックがあるのだ!」
別に怖いわけではない。ただ、明るいときに調査した方が効率的だというだけだ。非科学的な現象にビビっているわけではない。
仮にも私は元プロトレーナー、怖い者などあるものか。
それに彼の言う通り、どんな不思議な現象にも必ず種があるはず。
「それで所長」
「何だねリンコ君?」
「…どうして夜に来なきゃいけないんですか?」
「情報収集に夜までかかったからな」
辺りはすっかり暗くなっていた。
目の前には写真で確認した建物がある。
「明日の朝一番に調査しませんか?幸いあの人も期日は決めていませんでしたし、今夜はかなり冷え込むらしいですよ?」
「いや、何としても今夜解決する!人々の悩みはわたしの悩み。ならば一日でも早くその不安を取り除くべきだ!そして早く事務所が欲しい!」
やっぱり彼に正直に話そう。
本当は怖い、メチャクチャ怖い。
小さい頃にホラー映画を見て以降、私は幽霊の類が苦手だ。
ムウマに出会う前はゴーストタイプも苦手だった。
旅をしていた時だって、太陽の光の届かないような森は全力で駆け抜け、暗くなる前に意地でもポケモンセンターを目指したくらいだ。
どうしても野宿するときには必ずポケモンを側においた。
建物を見ているだけで脚がすくむのに、隣に立っている少年はワクワクが押さえきれないようだ。
この子には苦手なものがないのだろうか。
「こんなミステリーたっぷりの依頼は他にないぞ!…どうしたリンコ君?もしかして怖いのか?」
「ち、違います!どうして私が根も葉もない噂に怖がらないと行けないんですか!」
「そうか、それを聞いて安心した」
その言葉を聞いて自分の顔から血の気が引くのが分かった。
私は今、神様がくれた最後のチャンスを踏みにじってしまった。こんな依頼断ればよかったと後悔してももう遅い。
彼はもう行く気満々だ。こちらの気も知らないで、懐中電灯を取り出し明るさを確かめている。
「いざ、謎の幽霊物件へ!」
「私のバカぁ…」
―――
ネェ、マタキタヨ…
コンドハフタリ、デモヨワソウ…
ケヒヒ…ビビッテルビビッテル
コンヤハナニヲシテヤロウカ?
トニカク、ゴシュジンサマニホウコクダ…
ーーー
ビルの窓から覗く無数の影と瞳。
コガネシティの夜は長い。