招き猫探偵事務所 - 第一章
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第六話 落とし物にご用心

 −シュー、キュッキュッ−

 午後二時、電話番をしながらこれで20枚目のポスターを描き終える。事務所にプリンターがあれば一度原本を作れば何枚でも刷れるが贅沢は言えない。
 老夫婦の計らいで生活に必要な家財一式を取り揃えてもらったわけだが、仕事に必要そうな機材は新設する新しい事業所で使い回すことになってしまっていたらしく、結局事務所には薄型テレビと空調以外には目立った家電製品もないガランとした殺風景な部屋になってしまった。
 それでもポケモンバトル一回でこれだけの設備は破格の報酬なわけだが…

 「招き猫探偵事務所」は開業してから未だに仕事はゼロ。ジョウト屈指の人口と発展を誇る都会だというのに、皆悩みがないのだろうか。

 そしてここにも、悩みとは無縁そうな人間が一人。

『さあ、今回紹介する商品はこちら!どんな固い木の実も一瞬で粉微塵にしてしまう万能ミキサー[ドリルライナー・ダブルX]!これを使えば…』
「おぉ…おおっ!すごい!」

 テレビの通販番組を熱心に見て、販売人の売り文句に一々感嘆の声を漏らす我が上司。

『昔はすりこぎを使って砕いたもんだよぉ。それが今となってはこのとおり!ありがたや、ありがたや』
「うんうん、分かる。分かるぞおばあちゃん!」

 82歳の購入者の何が分かったのだろう。

『ご覧のとおり沢山のお客様からご好評いただいているこちらの商品!何と今回、万能包丁セット[野武士]に専用砥石とプレミアボール10個も付けちゃいます!!』
『ええぇ〜!』
「ええぇ〜!」

 テレビのサクラと一緒になって驚くユキオ君。彼の地元タンバはコガネシティのように発展しているわけではなく、自然との調和を大切にした町。悪くいえば田舎だ。
 だからこの街で売られているもの、テレビで放送されている全てが魅力的で新鮮なのだという。

 ふと、自分がバッジ集めの旅をしていた時のことを思い出す。
 新しい街、美しい自然、そしてポケモンたち。
 あの頃は何を見ても何をしても驚きと発見の連続で、次はどんなことが起こるだろう、どんな人やポケモンに出会えるだろうと毎日ワクワクしていた。
 きっとこの子もあの時の自分と一緒なのだ。
 旅はしていなくても新しいこと尽くめの毎日。
 その大切な毎日に自分も影響を与えているとしたらちょっぴり嬉しくなる。

 しかし、その感動の連続を通販番組で享受するのはどうだろう。
 最近では暇さえあれば見漁っている始末だ。

『でも、これだけの商品…きっとお高いんでしょう?』
『我々一同、上司に掛け合うこと何十何百!そして今回、やっとその努力が実を結びました!何とこちらの商品19800円でご奉仕させていただきます!!』
『すご〜い!!』
「すご〜い!!」
『た・だ・し!これだけの値段のため数量限定、番組終了後お電話いただいた先着10000名様限りのご提供なんですぅ!』
『そ、そんなぁ!!』
「あわわわっ」

 ユキオ君はテレビのプレゼンターやアシスタントと一緒に一喜一憂する。
 購買欲を煽る商売文句だというのにどうしてこう毎回新鮮に見れるのか不思議だ。

『これだけの商品!私共も身を切る思いでこのお値段にさせていただきました!もちろん絶対に後悔はさせません!ですが、どーーーしてもご満足いただけない場合は、30日以内であればどれだけお使いいただいてもご返品可能です。でもねぇテレビをご覧の皆さん…一度使えば、もう病み付きですよ?』
『今すぐお電話を!!』

「り、り…リンコくーーーん!!!」
「ダメですよ」

 期待に満ちた目で私のデスクに駆け寄る彼をばっさり切り捨てる。
 というかお昼ご飯食べたんだから、こっちでチラシ作り手伝ってほしい。

「何故だ!は、早くしないと!今なら何十何百という野武士のおばあちゃんがドリル上司でプレミアボールなんだぞ!?」

 もう言ってることが支離滅裂だ。

「落ち着いてください。ところで今見てたミキサー、何に使うんですか?」
「よくぞ聞いてくれた!あれで木の実を砕いてジュースを作る!」
「それから?」
「ふりかけも作れる!」
「それから?」
「野菜のみじん切りも出来る!」
「それから?」
「…えっと、色々できる!多分!」

 どうやら3つで用途がつきたらしい。私がわざとらしくハァっとため息をつくと、彼はビクリと肩を震わせた。

「ジュースなら所長のツッツンだって作れるじゃないですか。ふりかけだって沢山売ってるし、野菜のみじん切りが出来るのに包丁のセットおまけにされてもねぇ」
「うぐっ…しかしだな」

 それでも尚食い下がろうとするユキオ君。
 しかたがない、いつものように言わないと。

「事務所開くときにきめましたよね?私は秘書、あなたは所長と言ってもまだ子供。お金の管理は?」
「リンコ君に任せます」
「買い物は?」
「事務所と生活に必要なもの意外は当分切り詰めます」
「それはどうして?」
「い、依頼がないからです」
「それじゃあ、今回は?」
「…め…ます」
「ん?」
「あきらめて、我慢します」

 そういいながらがっくりと項垂れるユキオ君。今日はこれでも潔く引き下がった方だ。
 しかし、ここで甘い顔をしてはいけない。

「そういえば所長、今朝所長宛に小包が届いてましたよ?」

 彼はピクリと反応する。

「実は勝手に中を見ちゃったんですけど、中々いい物ですね?今度私にも一つ注文しておいて下さい」
「そうかそうか!リンコ君も気に入ったか!いやぁ、中々いい事務所だけど殺風景だからな。しかしリンコ君も自分の部屋にミラーボールを付けたいなんて案外変わっているな?」
「嘘です」
「…え?」
「小包なんて届いてませんよ?」

 キョトンとするがそのうち自分が騙されたことに気づいたらしく、ダラダラと汗をかき始める。

「やっぱりネットで変な物注文していたんですか!しかもミラーボールなんて!」
「酷いぞリンコ君!騙すなんて!」
「毎回変な物クーリングオフする私の身にもなって下さい!第一あんなものどうする気ですか!?」
「だから言ってるだろう!殺風景な事務所にクールでファンキーな風を吹かせようと…」
「要りませんよそんな要素!」
「そんなことはない!リンコ君も実物を見れば考えが変わるはずだ!それに七色に輝くアフロが3つ付いて25万は格安だろう!」
「にじゅっ!?」

 あまりの金額に言葉が詰まる。
 流石に今回ばかりはいつもより余計厳しくしないとこの子のためにならない。
 そう思って息を吸い込む。

 −ピンポーン−

 いち早く反応したのはユキオ君。

「来た!フフフ…言い争っているうちに本当に届くとはな。印鑑を押せばこっちのものだ!」
「だ、ダメですよ所長!」

 その場で手を伸ばし捕まえようとするが、デスクに座った状態ではリーチが短く逃げられてしまう。
 後を追って階段を駆け下りるとユキオ君がドアを開けかけている。
 それでも何とか追いつき、今度こそ判子片手に飛びかかる彼を空中で掴む。
 すると彼は私の腕の中でジタバタと暴れ始める。

「受け取り表を出せぇー!」
「25万もガラクタに払ってたまるかぁ!」

 もうただの取っ組み合いだ。

「あ、あのぉ」
「何をしている!さっさと判子をつかせろ!」
「ダメです!あなたも何してるんですか!私が押さえている間に早く逃げなさい!」
「いえ、私は依頼をしにきたのですが…えっと…ここは探偵事務所ですよね?」

 私たちのみっともないやり取りを見ながら申し訳なさそうに男性は言った。

−−−

「粗茶ですが、どうぞ」
「ど、どうも」

 せっかちなのか室内をキョロキョロと見渡していた男性は、どもりながらもお茶を受け取る。
 彼は何事もなかったかのように振る舞う私を見て面食らっているのだろう。
 私だってあんな醜態さっさと忘れてしまいたい。

「うぉっほん、自己紹介が遅れましたね。わたしは招き猫探偵事務所の所長、ユキオです。そして」
「秘書のリンコです」
「…え?君が所長?」
「何か問題でも?」
「い、いや。随分若いからね。おじさん驚いたんだよ」

 ユキオ君が所長だと知り男性が態度を変える。男性は更に忙しなくし始め、時間を気にしたそぶりを見せる。ここに脚を運んだ人はいつもこうだ。
 今までも依頼人が来ないわけじゃなかった。電話で依頼をしてきても本人を目の前にすると何か理由をつけて帰り、後日また電話で断られる。そんなことの繰り返しだった。
 私だって本人を知らなければ同じ対応をするだろう。トレーナー免許があれば世間で大人として扱われる一方、この業界に限らず社会全体が子供社会人に対して風当たりがまだまだ冷たい。

「それで、依頼内容はなんですか?」
「それなんだけどねぇ…おじさん急用思い出しちゃって、これから大事な人と会わなきゃいけないんだ。ごめんね?」

 直接依頼をしてくる人間もこのとおり。私を見た時は安心し、彼と話して帰っていくのがお約束になっていた。
 しかし、こんなことがずっと続くのはよくない。何よりおかしな噂を広められて相談にすら来なくなってはミラーボールどころの話ではない。明日食べるご飯の心配をしなくてはいけなくなる。今回ばかりは少し強引に引き止めよう。

「あの、せっかくですからお話だけでも」
「いやいや、いいんだ。考えてみればそんなに対した相談じゃなかったしね!」

 それを聞いて少しムッとする。だったら何でこんなところに来たのだ。

「あなた、最初は依頼だって…」
「リンコ君、あまり引き止めない方がいい。この人が本当に急いでいるならかえって迷惑だろう?」
「でも!」

 ミラーボールにはあんなに拘っていたくせに、これでは私が駄々をこねているみたいではないか。

「お引き止めしてすみません。それよりも落とし物が見つかるといいですね?」
『え?』

 思わず男性と声が重なってしまった。

「…なぜ、私が落とし物を捜していると?」

 急に男性が真剣な声になる。

「事務所に入ってからずっとそわそわして時計を気にした様子。期限か何かが迫ってると思ってね」
「でも、それだけじゃ私が何か落としたなんて…」
「あなた、薬指に何もはめていないところを見ると結婚もしてないのでは?付き合っている彼女の浮気が気になるなら、時間よりもここに入る前に人目を気にするはずだ。十中八九、浮気調査や人探しではないでしょう」

 ユキオ君はそこまで言うと膝の上にニャーコを呼んで、ソファで毛繕いを始めた。

「リンコ君、お客様をお見送りしてきなさい」

 やっぱりこの子は侮れない。
 でもせっかくだ、私も少し仕返しをさせて貰おう。

「分かりました。それではこちらへどうぞ…お忘れ物はございませんか?」
「ま、待ってくれ!」
「どうかなさいました?」
「正直に話す。だから改めて依頼をさせてくれないか?」

 するとユキオ君はニッコリ笑って頷いた。

「お話を伺いましょう。リンコ君、今度はお茶と一緒にお菓子も出そう」
「はい。それにしても所長」
「なんだ?」
「ちょっと話しただけでそこまで分かるなんて、少し見直しましたよ?」

 男性に聞こえないように小声でそう言うと、彼は自慢げに胸を張る。

「フフン!何せ探偵マイナン2ndシーズン第8話−命を落とした恋人−の依頼人そっくりだったからな。ムフフフ、それにオープニングのやり取りまでほぼ完璧に再現できた」
「は?」
「きっとあの時の犯人のように、恋人が持っていた自分との関係性を裏付ける証拠を探偵の力を使って探し出そうというのだろう」
「あの…」
「最後は真犯人を嗅ぎ付けた主人公を依頼人が葬り去ろうとするが、その時はリンコ君!君のバシャーモであの男を消し炭にしてくれたまえ!」
「…」

 少しでも見直した自分が馬鹿だった。

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ハイライト ( 2018/03/11(日) 18:38 )