第二十七話-港町
ディーザの意識が戻ってから二日後。身体の痛みが引いたディーザは、リンと一緒に港にいた。自分達が次に乗る便を調べるためだ。ちなみに、ローラは市場で買い出し中。
「明日出発のやつか? なら昼のこの便だな。定期船が出てるよ」
「そうですか。ありがとうございます」
船着き場にいたゴーリキーに時刻を教えて貰い、リンがお礼を言う。そして、二人は集会所に戻るため、来た道を戻ることにした。
しばらく歩いて、ディーザが質問する。
「そういえば、船でどこに向かう予定なんだ?」
「わたし、一度家に戻りたいなって思ってるの。ディーザはどこか行きたい場所とか…って聞いてもわからないよね…?」
リンと出会う以前の記憶がないディーザに聞いたことを、リンは少し申し訳なさそうにして苦笑いした。
「行きたい場所あるよ。行きたいって言うか、行かないといけない場所があるでしょ?」
「そっ、それは…」
………………………………………
「あーそうそう。また俺の邪魔するなら、今度こそ死ぬことになるからな」
………………………………………
「リン? おーい!」
「えっ!? あっ、何?」
「いや、なんかぼーっとしてたから」
ディーザはリンの様子を気にしていた。
「そんなことないよ。予定はそうなんだけど、わたしの用事が先でもいい?」
「それは別に構わないけど」
「そう。なら決まり。ローラと合流しよ?」
リンがそう言った、その時…
(ズズズズズ!!!)
「「うわっ!」」
突然、下から突き上げるような大きな地震が港町を襲った。
「皆、海と建物から離れろ!」
「子供達を一人にするなよー!」
町の人の掛け声が飛び交う。
「この地震! 随分大きいなっ!」
「わたし達も安全な所にっ!」
(ズズズン!!! ガラガラ!!)
「あそこの建物が崩れたぞ!」
余震が来ると、市場の方向で物凄い倒壊音が響いてきた。どうやら、何かの建物が崩れたようだ。地震の揺れは大分収まってきている。
「あそこ、市場の辺りじゃない?」
「ディーザ、行ってみよ!」
「うん!」
地震も収まり、二人は市場へと小走りで向かった。
「おい、こっち手伝ってくれー!」
「こっちも頼むー!」
「今行くから待ってろ!」
半分の原型を残し、半分が崩れた建物では既に救助作業が行われていた。
「なんか、大変なことになってるな」
そんな現場にディーザ達は到着する。そこには、救助を行っている一般市民と、見ているだけの数人の野次馬がいた。
「救助隊はまだ来ないのか!?」
「さっき電話したのでもうすぐ来るはずです」
「そうか。ほら、お前も手伝え」
「はっ、はい!」
「俺達も手伝った方がいいよな? ってローラも来てたのか?」
指揮をとっていたゴーリキーに話しかけようと二人が近づくと、その隣にはローラがいた。
「ディーザさんにリンさん…。はい、うちも近くにいたので…」
「お前ら知り合いだっのか。まぁそんなことはどうでいい。この建物から逃げ遅れたのが何人かいるんだ。二人はそこの瓦礫とかを退けていって探してくれ」
「「わかった」」
ゴーリキーに頼まれ、ディーザとリンは指示された作業を始めた。
「お前は怪我した奴の治療を続けてくれ」
「はい!」
指示を受けると、ローラは"アロマセラピー"で傷ついた人々の治療を再開した。
その数分後、崩れた方から二人救出された時、
「お待たせしてすみません」
「やっと来たか。遅いぞ? 早速手伝ってくれ」
空からはカイリューと、それに乗ったニョロボンとサンドパンが降りてきた。三人の右腕には赤色の布が巻いてあった。
「なぁリン、あれが救出隊なのか?
三人って随分少人数だな」
「救助隊って、そんなもん…よ!」
リンは瓦礫を退かしながら答える。
「はい、もう大丈夫だよ」
「もうほとんど痛くないや。お姉さんありがとう!」
「どういたしまして」
一方ではローラが小さなモンメンの治療をしていた。
「お姉さんも救助隊なの?」
モンメンはローラを下から上目で見ながら質問する。
「違うよ。何で?」
「お姉さんはすぐに助けにきてくれたし、優しいし、怪我の手当ても出来るし」
モンメンは、えっとえっと、とオチを付けれずに少し困っている。
「褒めてくれてありがとう」
「あっ、うん」
ローラは優しくモンメンに言葉を掛けた。
「救助隊か…」
救助隊が加わったことで作業スピードが格段に早くなり、それからすぐに三人を救出した。
「おい、大丈夫か?」
ゴーリキーが最後に助けられたチョロネコに聞く。
「うん…。大丈夫」
「そうか、よかった…。これで五人。聞いた話だと中にいるのはあと一人だ。皆、もう少しだ。頑張れよ!」
ゴーリキーはそう言い、作業に戻ろうとした時、
「いた!」
リンは、ボロボロだが崩れていない方のエリアで、子供のチュリネを見つけ出した。
「よし、その子をこっちへ…、あっ、危ねぇ!!」
「え?」
「リン、上だ!」
ゴーリキーとディーザの言葉でリンが上を向くと、天井が崩れて出来たコンクリートの塊が落下してきていた。
「きゃぁ!」
リンは咄嗟にチュリネを抱えてその場にしゃがみ込んだ。
「やばいっ、間に合わねぇっ!」
ディーザとゴーリキーが助けに向かおうとするが、足場は物が散乱していて走って移動出来ない上、リンとの距離は塊の方が近く、そして速かった。
「逃げてくれーー!!」
「はっ、リンさん!!」
ディーザの叫びにも聞こえる声で事態に気づいたローラ。
「なんとかしないと! …そうだ!」
次の瞬間、ローラは落下してくる塊に向かって"はなふぶき"を放ち、命中すると塊は粉々に砕けた。
「たっ、助かった…」
それを見たディーザから緩んだ声が漏れた。そして、リンも砕けた音を聞いて上を確認する。
「はぁー…、助かった」
リンは息が詰まる思いでいたようで、止まっていた息を大きく吐いた。
………………………………………
「ローラ、ありがとう」
「そんなこと…」
「いや、お前がいなきゃ無事じゃ済まなかったはずだ」
「俺からもお礼を言うよ」
後始末が終わり、活躍したローラを皆で称えていた。
「…ありがとうございます」
照れながらもそう言いながら、謙虚な姿勢は崩さなかった。そんなローラに、救助隊のカイリューが話し掛けてきた。
「ローラさんだっけ?」
「はっ、はい」
ローラが後ろからの声に少しピクッとしてから振り向く。カイリューの脇にはニョロボンとサンドパンもいた。
「今日は治療や救出で大活躍だったね。そこでなんだけど、もしよかったら僕らと救助隊をやる気はないかな?」
「うちが、救助隊ですか…?」
爽やかな青年のようなカイリューがローラに話を持ちかけてきた。ローラは急なことで少々戸惑っているようだった。
「いいんじゃないか? ローラは(んぐ!)」
「ディーザは口を出さないの!」
ローラに何か言おうとしたディーザの口をリンが塞ぎ、小さな声で強めに口止めした。
「僕は感じたんだ。君は救助隊に向いているって。理由は三つ。一つは治療・看護、怪我をした人に優しく出来ること。二つ目は咄嗟の判断力。三つ目は誰かを助けることに一生懸命になれること」
カイリューはスラスラと見たもの感じたものをローラに伝える。嘘偽りの念が微塵も感じられない、真っ直ぐな目で物語っていた。
「実は、うちも救助隊って、いいかな〜…、なんて…」
ローラが控えめに小さく呟くように言う。視線はやや下を見ていた。
「なら是非、一緒にやろうよ?」
「ゴンが言うんだ、間違いないぜ?」
カイリューに次いで、ニョロボンが付け加えた。ローラは視線をカイリュー達に合わせる。
「ボン、照れること言うなよ、恥ずかしいから」
「いいじゃないか別に。変なこと言ってるわけじゃないし、本当のことだろ?」
「スラッシュまで…」
ニョロボンのボン、サンドパンのスラッシュ、カイリューのゴンが仲睦まじく話す姿を、ローラはじっと見ていた。
「うち、やってみよう…かな?」
ローラは控えめに、しかし、前と違って呟くようにでなく、言葉をはっきりとして言った。
「そうか、よかった。じゃあこれからよろしく、っとその前に、これを」
ゴンは救助隊バックから赤い色の布を出して、ゆっくりとローラに差し出した。それをローラが受け取ると、腕に巻くんだ、と自分の物を見せた。
「こう、ですか?」
「うん、似合ってるよ。これで、これからは僕ら[レンジャーズ]の仲間だ!」
そう言うと、ゴンが笑顔で右手を差し出した。ローラも自分の右手を出す。すると、辺りからはディーザとリンを含めた数人からの拍手が始まった。
「「よろしくな」」
ボンとスラッシュはゴンとローラが握手した手の上に手を乗せて言った。
「よろしく、お願いします!」
声はそれほど大きくはなかったが、[レンジャーズ]をしっかり見て、はっきりと答えた。
その周りには拍手の波ができ、それは少しの間続いた。
………………………………………
その翌日。
真上に近づいた太陽の下、三人は港にいた。理由はもちろん、船の出港時間が近づいていたからだ。
「ここでお別れだね」
「はい。ここまでありがとうございました」
リンがお別れの挨拶をすると、赤色の布を右腕に巻いたローラはお礼を言った。
「そろそろ出るぞ、お二人さん!」
ディーザとリンに呼び掛けるのはあのゴーリキー。さっき知ったことなのだが、彼は二人が乗る船の船長だそうだ。便を聞かれて自分の船を勧めるところ、余程自信があるのか、またはただの商売上手なのか、いろいろと思うことがある。
「じゃあ、そろそろ」
ディーザがそう言って話に区切りを付け、お互いに激励をした。その後、二人は船の入口に向かってそのまま乗り込んだ。どうやら二人が最後だったようで、まもなく船の汽笛の音が港に響いた。船が大型船ではなかったせいか、汽笛の音はイメージ程低音ではなかった。
二人が甲板に出て港の方を見ると、ローラの姿が見えた。リンが手を振ってみたが、振り返してこなかった。既に小さくなっていたため、気づかなかったのだろう。すると、少しだけ残念な気持ちが残った。
「リンの故郷って、どんな所なんだ?」
そんなリンに、ディーザは故郷についての質問した。
「とってもいい場所だよ。自然があって、特に水が美味しいんだ。だからお料理もとっても美味しくなるんだ」
リンは自分の故郷のいい所を自慢げに話す。
「そんなに美味いなら、早く食べてみたいなー」
「それなら、わたしの家でお腹いっぱいに食べさせてあげるよ。約束するね」
リンは、任せておいて、とばかりにディーザに約束した。
「なら今から断食しておこうかな?」
「またまた〜」
冗談か本気か、それはディーザにしかわからないが、リンがおちょくるように言うと笑顔が溢れた。
気持ちの良い潮風が沖から吹いてきた。
太陽の位置は既に真上に到達し、船の脇を飛ぶキャモメ達は、元気に鳴いていた………