ポケモン不思議のダンジョン〜約束の風〜









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第三章-動き出す敵
第二十五話-地底湖の水
 


 場所はノレッジ洞窟の最深部、[知識の地底湖]。その場所は、たった今まで繰り広げられた戦いによって激しく傷つき、壊れていた。

「ディーザ、しっかりして!」

 リンが仰向けで倒れているディーザを揺する。しかし、リタイに徹底的に痛めつけられたディーザに反応はなかった。

「うちが、治療します」
「ロズレイド!?」

 いつ気がついたのだろうか。水から上がってきた全身煤だらけのロズレイドがリンに話しかけた。

「何であんたが、ディーザの治療を…」
「うちはローラです。二人を騙してしまい、すみませんでした…」
「ローラ…?」
「"アロマセラピー"」

 ローラと名乗ったロズレイドは、赤と青の花から癒し効果のある成分を出し、ディーザに吹きかける。

「これで、しばらくすれば回復すると思います」

 さっきまでとは様子が全く違うローラは、リンにそう伝えた。そんなローラに対し、リンは怒ることは出来なかった。

「あと、ユクシーも回復してあげないと…」

 ディーザの治療を終え、ユクシーが倒れている方へ向かう。そして、その横に膝をついて、治療をするためユクシーに対しても同じく"アロマセラピー"を使った。

「あなた、何で私達を…というより、リタイ達と一緒に…」

 顔から苦しさが消えたディーザをそっとして置き、ユクシーの様子を確認しにきたリンは、治療をするローラに質問をした。

「砂漠で襲われているところを、あの方に助けられました」
「あのリタイが?」
「その後、報酬をやるからリンさんとディーザさんを牢獄行きの蟻地獄に嵌めるように言われて、うちはお二人に近づきました」

 ローラは今までの経緯をリンに説明する。リンは、何故そんな要求を受けて実行したのか気になった。そして、そのことをローラに聞いた。

「お二人が世界を壊そうとしていると吹き込まれて…。今思えば、どうしてそんなことを信じたのか、自分に疑問を持ちます…」

 ローラは小さい声でそう答えた。その後、今の状態に至るまでを語った。

「二人を罠に嵌めたうちは、目隠しをされてあの方の所へ戻されて、報酬としてひかりのいしを貰いました。それを受け取って、進化したところまでは覚えてるのですが、気がついたら水の中で…」

 ローラが一通り話終わると、ユクシーに動きがあった。ゆっくりと、頭を抑えながら起き上がった。

「ありがとうございます。もう大丈夫です」

 手当てを受けていたユクシーが少しだけ宙に浮いてお礼を言った。リンが、大丈夫なのか、と聞くと、大丈夫です、と答えた。それを聞いたリンは安堵の声を漏らした。
 安心したリンは話を戻し、ローラに話しかける。

「それで、ローラは進化した時から記憶がないって言っていたけど、さっきまでディーザと戦ってたんだよ?」
「そうなんですか…」

 と、ローラからはあまり驚いたりする様子は見受けられなかった。それに対し、治療を受けている時に意識があったようで、話を断片的に聞いていたユクシーが加わった。

「ローラさんでしたね? あなたはしばらくの間の記憶がなく、気がついたら水の中だった。合っていますか?」

 その質問に、ローラは小さく頷いた。

「ここの水には、記憶や閃きを引き出す作用があります。正気に戻ったのは、その作用のおかげかもしれません。逆に言えば、記憶がないというのは、操られていたというのが自然かもしれません」

 ユクシーは淡々と仮説を説明した。ローラはユクシーを見ながら静かに聞いていた。

「もしそうなら、ローラは利用されたってことね」

 リンは自分が思ったことを言った。それに対して、ローラは言葉が出てこなかった。すると、リンは一つ気になることが出来た。

「ちょっと待って、ユクシーさん。あの水にそんな効能があるなら、ディーザの記憶も戻せるんじゃないの?」

 リンは冷静な口調でユクシーに聞く。それにユクシーも冷静な口調で答える。

「その可能性はあります。先ほど断ったのは、私にそのような力はないからです。私に許されているのは、この場所のことに関する、相手の記憶を消すことだけです」

 ユクシーは質問への答えと、自分の能力について、纏めてリンに教えた。

「じゃあ、あの水を使ってもいいのね?」

 その答えをユクシーは少し考えた後、戦ってくれたお礼も兼ねて使ってもいい、と言ってくれた。その時、水は掛けたりするよりも、飲んだ方が効果があることも付け加えた。
 それを聞いたリンは、水筒に水を汲み、コップに注ぐと、まだ意識のないディーザに飲ませようとした。
 しかし、そこでリンの手が止まった。

「……やっぱり、ディーザに聞いてからにする…」

 そう言って、リンは注いだ水を水筒の中に戻して蓋をした。

「そうですか。これからどうしますか?」
「もちろんあいつを…」

 リンが言いかけた時、脳裏にある言葉が過った。

………………………………………

「あーそうそう。また俺の邪魔するなら、今度こそ死ぬことになるからな」

………………………………………

「どうかしましたか?」

 言葉を言いかけて、口が止まってしまったリンに、ユクシーが聞いた。
「…いえ、何でもないです。目的は、まだ何も」
「そうですか」

 それを聞いたユクシーは、何かを納得したように言った。その言葉の後、少しの間沈黙が出来ると、重めの空気が漂った

「とりあえず、外に出ませんか?」

 沈黙を破り、ローラが控えめに提案する。

「入口までなら送ることが出来ますよ。どうしますか?」

 ローラの提案に対し、ユクシーは送ってあげるられることを伝える。

「お願いします」
「わかりました。では…」

 リンが通常のトーンでユクシーに頼むと、ユクシーが意識を集中し始める。その間に、リンとローラはディーザの所に戻り、ユクシーの元へ運ぶ。

「では、飛ばします。戦ってくれて、ありがとうございました。今後のことは、私達の方で相談します。気にせず、回復に専念して下さい」

 そう言うと、三人に手をかざして力を込めた。すると、周りを紫の帯が囲む。帯が段々と太くなり、筒状になった時、三人は一瞬にして消えてテレポートした。



………………………………………



「(ここです)」
「ここですって言ったってな〜…」
「何、この渦巻き?」

「(また…これか…)」

 ディーザは、またこの不思議な空間でやり取りを聞いていた。

「(この渦の向こうは、この世界とはまた別の世界です。この先に、……さんは向かいました)」
「何だよそれ。もしかして俺達のこと騙してないか?」
「(そんなことはありません!)」

 神々しい声が反論する。

「…すみません。取り乱してしまいました」
「お、おう…。別にいいけど…」
「行ってみようよ、面白そうだし」
「(行ってくれるのですか?)」
「この先に、……がいるんだな?」
「(はい。彼を助けに、そして、私達の世界を救いに…)」
「「行くよ!」」

 男の子と女の子は決意を示した。

「そうと決まったら早速行こうぜ!」
「わたしも!」
「(あっ、すみません! 一つ言い忘れていたことが!)」
「「えっ、何!?」」

 男の子と女の子は、その言葉を残して不思議な渦の中へと消えていった。

「(こんな会話、俺もしたことあったような…)」

 不思議な感覚を覚えたディーザの意識は薄れていった…



………………………………………



「ディーザ、今日も起きないね…」

 ディーザはベットで寝ている横で、リンは背もたれのない椅子に座って看病していた。

「息も脈もしっかりあります。大丈夫ですよ」

 そう励ますのはローラだ。この日、既に争奪戦のあった日から三日が経っていた。場所は[集会所-砂地の港支店]。ユクシーは入り口までと言ったが、力を込めてこの集会所の近くまで飛ばしてくれていた。

「でもうちのせいで、ディーザさんがこんなになって…」
「気にしなくていいよ」

 ローラが申し訳なさそうに言うと、リンはそう返した。

「わたし、タオル変えてくる…」

 時間を空けずにそう言って、ディーザの額に乗った濡れタオルを手に取って部屋を出た。

(ガチャ…バタン…)

 扉を開けて誰もいない廊下に出る。静かに閉めたはずが少し勢いがついていたようで、その音が周りに響いた。リン自身がそれに少しびっくりしたが、軽く息を吐いてその脇の壁に背中を付ける。

「……ディーザの記憶が戻ったら、どうなっちゃうのかな…」

 何かの形にも見える壁の染みを見ながら呟く。今の心情を表すように、顔は思いつめるような表情になる。

(ガチャ!)

 急ぎの用事を暗示するように、勢いよく部屋の扉が急に開く。横にいたリンは突然のことで驚いた。

「リンさん! あっリンさん、ここで何を?」
「あっ、うん…。何でもないよ。ローラこそどうしたの?」

 リンは目の下を手で拭くと、何もなかったかのように振る舞い、どうしたのかローラに聞いた。

「ディーザさんが起きましたよ!」
「本当に!?」

 朗報を聞いたリンは急いでディーザが寝ているベットへ向かった。そこには、上体を起こしたディーザがいた。

「ディーザ、大丈夫!?」
「あ、リン。うん、大丈夫だよ。ちょっと頭とか痛いけどね」
「そっか〜。よかった…」

 普段通りのディーザの様子を確認して、リンからは安堵の声が洩れた。

「ところでさ、このベット燃えないの?」
((ズゴッ!))

 考えもしなかった一言に、リンとローラはずっこけた。

「今はそんなのどうでもいいでしょ?」

 リンがそうディーザに言うと、これは大事なことだと返してきたので、リンは呆れた感じで説明した。

「ここのベットは絶炎素材で出来てるから、ヒトカゲが寝ても大丈夫って係りの人が言ってた」

 そう聞いて、ディーザは、なるほど、と感嘆の声を洩らす。

「ディーザさん…」

 遅れて入ってきたローラが、呟くようにディーザを呼ぶ。ディーザはそれに応える。

「何?」
「うちは、ローラです。あの…、ごめんなさい!」

 まず、自分がローラであることをディーザに告げ、頭を下げて謝まった。

「いいよ。正気じゃなかったのはわかってたし」

 謝るローラに対してディーザから責めるような言葉は返ってこなかった。

「ですけど、罠に嵌めたのは、うちの意思でした…」

 ローラは俯きながら伝えた。

「罠って何? ただ俺達に洞窟の場所を教えてくれたんだろ?」
「そんなこと…」
「俺はそう思ってる」

 ディーザはローラを責めるどころか、とぼけて見せた。その後、ローラは辛うじて聞こえるかという小さな声で、ありがとう、とお礼を言い、部屋を出ていった。

「ディーザ、優しいんだね…」

 リンはディーザを見て呟くように言った。

「よせよ、照れるから…」

 ディーザはリンから視線を外して右頬を掻く。

「ねぇ、ディーザ…」

 リンは息を飲んでディーザを呼ぶ。

「何?」

 ディーザは話が切り替わったのを察して視線をリンに戻す。

「記憶…、思い出したい…?」

 その時、空白の時間を作り出したその言葉は、リンの喉からやっと絞り出されたものだった………



■筆者メッセージ
投稿日、2013.12.16
アース ( 2014/03/30(日) 14:49 )