第二十四話-解放される力
「ポケモンが本当にいればいいのにな」
「そうだね〜。絶対楽しいもんね」
「(何だ…? 誰が話してるんだ…?)」
そこは不思議な空間だった。前も後ろも、上も下もはっきりしない所に、ディーザの意識はあった。そこには、聞き覚えのあるような、ないような…。薄い意識の中、そんな声がしていた。
「それにしても、あいつ遅くないか?」
中学生ぐらいの男の子が言う。
「どうしたんだろ?」
同い年ぐらいであろう女の子が言った。どうやら誰かが来るのを待っているようだ。
それにしてもここはどこなのか。ディーザにとってはそれが一番気になることだった。
「(……のお友達は、あなた方でよろしいですか?)」
「(また知らない声だ…)」
最初の二人とはまた別の声がした。神々しい声で、年齢の検討がつかない。
「ねぇ、今何か聞こえなかった?」
「……も聞こえたのか? おい、誰だよ!」
男の子が辺りを見渡しながら怒鳴っている。しかし、二人以外に、周りにはそれらしい人物はいなかった。
「(説明は後で。お友達の……が大変です。どうか助けてはもらえないでしょうか?)」
それでも声は確かに聞こえていた。その声の様子は、助けを求めるには少し困っている感じが足りない気がした。
「……が? 場所はどこだよ?」
「(……と…う……で…)」
「(よく、聞こえなくなってきた…)」
元々はっきりとはしていなかったが、だんだんとその様子が確認出来なくなっていき、そのまま意識は薄れていった…
………………………………………
「"じゅうでん"からの、"ほうでん"!」
場所は[知識の地底湖]。アミュレットを護る者と獲る者の、激しい争奪戦が行われている。
「「ぐぁ!」」
リンの放ったコンボ攻撃が、カロートとラーチに命中する。技を受けた二人は痺れて動けないようだ。
「はぁはぁ…、ディーザ…どうなったの…?」
リンがディーザの方向に目を向ける。彼はまだ"くさむすび"のツルに縛られたままだった。
「ロズレイド…、離しなさいよ! "チャージビーム"」
しかし、リンからは何も出なかった。
「そんな…」
ディーザを助けようとロズレイドに攻撃を仕掛けようとしたが、バトルでエネルギーを使い果たしたリンから、電撃が出ることはなかった。
「…終わり…する」
「…んぐっ! がはぁ!」
ロズレイドが力を込め始めるとツルが縛る力が強くなる。今まで意識がなかったディーザは、限界を超えた痛みで目が覚めた。
「ディーザ!!」
力が入らずに膝を折ったリンが叫ぶ。
「……リ…ン」
「(あなたは、負けてはいけないのです)」
「え…え…?」
ディーザの意識に働きかける声がした。
「この声…、さっきも…聞えたような…」
突然、頭に直接聞こえてきた神々しい声は、ディーザにとって聞き覚えのあるものに感じられた。
「(あなたは負けてはダメなのです。力を解放しなさい)」
「何だよそれ…ぐあぁ!」
声に問いかけるディーザをツルがさらに強く縛る。
「うっ! あぁぁぁぁ!!…」
「………!」
「ディーザ、どうしたの?」
再び意識を失いかけた時、それまで小さくなっていたディーザの尻尾の炎が大きく燃え上がり、それはツルを焼き切った。
「………(スゥー)」
ツルから解放されたディーザは、無言でその場で立ち、息を大きく吸う。
「……!」
「え…?」
その時、ディーザの口からは、今まで聞いたことのない程の轟音と、見たことない程の激しい炎が共に発生した。
「…が…! あぁぁ!」
それは、ロズレイドに覆い尽くすようや命中した。
「熱い…! 熱い!!」
「あれじゃ死んじゃう!」
ロズレイドからは炎が上がっていた。火だるまになり始めていたロズレイドは酷く苦しんでいた。
「熱っ!」
リンは燃えるロズレイドの、まだ燃えていない部分を探して掴む。
「えい!」
そして、炎を消火するために地底湖に投げ入れた。着水すると、そこから水蒸気が上がった。それが収まると、僅かな水泡と、仰向けになったロズレイドが水面に浮き上がった。
「くそー、身体中ビリビリしてらぁ」
先ほど倒れたカロートが膝を支えに立ち上がった。
「ガァァ…!」
「何だ?」
カロートは呻き声がした方を向く。そこには尻尾から火柱を上げたディーザがいる。
「あいつ、どうしたんだ?」
「いてて…、カロートどうした?」
地面に前足をついて、身体を支えながらラーチも起き上がる。
「ガァァァー!」
「ラッ、ラーチ、逃げろ!」
「えっ、何で…」
「「あぁぁぁ!!」」
ディーザから爆音を起こして放たれた炎に巻き込まれる。
「しっ、信じらんねぇ!」
「俺っちの! 俺っちの尻尾が!」
カロートは右腕に火傷を負い、ラーチは細い尻尾だけが焦げた。
「リ、リタイ様! 俺らは帰りますから!」
「あんな奴の相手、出来ねーっす!」
二人はそう言い残し、まだ光っていた魔法陣に走って乗り込み、ワープしていった。
その後も、ディーザは無差別に炎を吐き続け、それはフロアを崩壊させる勢いだった。壁が崩れて、瓦礫が次々と積まれていった。
「とっ、止めないと!」
リンが重い身体を動かそうとする。
「何だか、おっそろしいことになってるな?」
「リタイ!? じゃあ、ユクシーは…」
無傷のリタイがリンの横を歩いて通り過ぎた。それを見たリンが後方を確認すると、ユクシーはボロボロに倒されていた。
「前のピンクよりは強かったが、大したことはないな」
リンに言っているのか、それともただの独り言なのか、手に持っている黄色のアミュレットを見てそう言った。
「アミュレットを、返しなさいよ!」
「うるせぇな〜。それで素直を返すなら盗らねぇっつんだよ、おっと!」
リタイがリンの方を向くことなくそう言うと、ディーザがリタイに炎を向けた。リタイは軽い身のこなしでバク転で躱す。炎は向かいの壁を削った。
「まぁ見てな黄色いの。あいつなら俺が止めてやるからよ」
「どういうつも…」
「"しんそく"!」
これが自己中心的と言うのだろうか。あいつを止めてやる、と言うと、言葉を発するリンを無視して目にも止まらない速さでディーザに突っ込っでいった。
「グァァ!」
それに対して、理性を失ったディーザが"かえんほうしゃ"以上の炎をリタイに向けて放つ。
「おっと!」
リタイに"しんそく"の出鼻に"かえんほうしゃ"が飛んできて命中する寸前、炎を軌道に対して横に避けたが、避けた先にあった地底湖に落ちた。
「ゴホッ! この野郎…、やってくれるじゃねぇか」
飛び込んだ際に少し水を飲んだリタイはゆっくり水から上がる。
「前みたいに手加減してやろうと思ったが、もう容赦しねぇぞ!!」
そう言うと、再び"しんそく"を使ってディーザに攻めた。
そこからはあっという間だった。何回かダメージを受けることはあったものの、リタイはディーザを攻撃し、ダメージを与え、倒し、そして押さえつけた。
「これで終わりだ」
もう呻き声すらも出ないディーザに、強く握った拳を勢い良く入れた。その際に、ドン! という音が鳴る。すると、次第に尻尾の炎が元のサイズまで小さくなった。
「…ひっでぇなこれ」
拳を解いて、落ち着いたリタイは、ディーザから離れてボロボロになったフロアを見渡し、ため息混じりにそう言った。
「まぁそんなの俺には関係ないからな。これで帰らせてもらうぜ?」
「リタイ…! 待ちなさいよ…!」
リタイはリンを無視し、抉られたような窪みを残すフロアを背に元来た所にある魔法陣に乗る。
「あーそうそう。また俺の邪魔するなら、今度こそ死ぬことになるからな」
光が発生する中、リンの方を向くことなくそう言い残し、リタイは去っていった。
「…あ、ディーザ!」
放心状態に近かったリンは、そこではっとして、倒れているディーザの所へ出来るだけ速く向かった。
そして場所は、ノレッジ洞窟地下八階。
「これで、二つ目」
フロアから光がなくなり、現れた声の主はリタイだ。
「口ではあんなこと言ったが、あいつは危険だ。とどめをさしておくべきだった。なのに、何故あの時…」
………………………………………
「これで終わりだ」
(グッ…)
「(何でだ? 力が入らない…)」
(ドゴッ!)
………………………………………
「敵を攻撃することに、俺が躊躇したっていうのか?」
握った右拳を見て、静かに自問自答する。
「(……さん、私達の……を……て下…い)」
「今のは、何だ?」
その時、リタイの頭の奥からは、聞き覚えのないはずの、神々しい声が聞えていた………