第二十一話-蟻地獄
一日の休みを挟み、三人は集会所の前で朝日を浴びていた。
「また会おうな!」
「勉強頑張ってね!」
ディーザとリンは町を発つため、フーカとお別れの挨拶をしていた。
「はい、ありがとうございます! お二人も気をつけて」
空には雲一つなく、暑過ぎない程度の気持ちのいい太陽の日が、澄んだ東の空から注いでいる。その中で、フーカの見送りに二人は手を振りながら出発した。
町を出てしばらくしてから、ディーザは歩きながらリンに聞いた。
「次の場所には、ここからどれくらいで着くんだっけ?」
「うーん。早くて、明日の夕暮れ前かな?」
この世界ではもう見慣れた砂地で、リンが地図を広げながら答えた。
「最初はここだったんだもんな。そう考えると結構移動してるよな」
ディーザが地図を見ながら感慨に耽る。
「そうだね。ディーザと出会ったのも、ついこの間に感じる」
リンも同じく感慨に耽った。
「それは俺もそうだよ。というより、本当についこの前だよな。それ以上に長く感じるけど」
「えっと、二週間ぐらい?」
「多分そのぐらい。そういえば、最初はリンにキレられたりしたな。でも、今はいい思い出」
地図に近づけていた顔を離して笑いながら言った。
「あの時は、自分でも一方的だったと思うから少し悪いと思ってる。けど、あれがなかったら今もなかったよね」
少し不満を抱いたリンだが、それもいい思い出、と地図をしまいながら言った。
「うん。出会ったのがリンでよかったよ」
「えっ…」
不意なディーザの言葉にリンが照れる。
「何で照れるんだよ、こっちまで恥ずかしくなるだろ…」
それは顔にも出てしまったようで、ディーザにもわかってしまったみたいだ。
「てっ、照れてなんかないよ!」
ディーザに言われ、リンは恥ずかしいのを隠そうとする。
「はいはい…」
ここまで来たらもうお決まりのパターンで、ディーザは少し面倒がってみせた。
「あっ、今軽くあしらったでしょ!?」
「してないよ、リンは照れてません」
面倒だから早く終わりにしよう。それしかディーザの頭にはなかった。
「もう…」
もう続けてもしょうがないと思ったリンは、それ以上続けなかった。からかわれた気分で嫌な気持ちと、それとは別の何か胸に引っかかるものを感じたリンだった。
………………………………………
その日の夕暮れ。
「今日はここら辺で野宿だな。テント張るから手伝ってよ」
辺りが暗くなってきたのと、一日歩き続けて疲れたということで、二人は偶然見つけた水辺の近くでテントを張ることになった。
「これでいいな。俺は火を起こすから、リンは水汲んでよ」
「うん….」
ディーザがテキパキと野宿の準備をする一方で、リンはかなり疲れていて動きが怠そうだった。そのリンが水を汲んで、ディーザが焚き火の材料探しに苦戦している時、声が聞こえた。
「テント…。誰か、いますか…」
「ん?」
いかにも体力が残り少なそうな声が聞こえてきた。その方向を見ると、木の棒を杖代わりにして、それをしんどそうに突きながら歩いてくるロゼリアがいた。
「大丈夫か!?」
「助かった…」
ディーザが声をかけたの同時に、そのポケモンはパタッと倒れてしまった。
「おっ、気がついた」
「あっ、あなた方は?」
少しして、水を飲ませたりして看病した甲斐あって、ロゼリアは目を覚ました。
「俺はディーザ。そっちはリン」
ディーザが自己紹介する。ローラは名前を聞いた時、少し顔が引きつったように見えた。
「うちは、ローラと言います」
ローラと名乗ったロゼリアは、丁寧な言葉使いだった。
「ローラさん、どうしてそんな状態で彷徨っていたんですか?」
リンが質問する。
「ナックラー達の蟻地獄に巻き込まれてしまって、抜け出せたのはいいのですがダメージを受けてしまい…」
その後、ローラの少し長い説明が終わり、[食材の町]で調達した食材を使って簡単に晩御飯を済ませた。そして、焚き火が消えかっかってきた頃、テントの中で三人は床に就いた。
その翌日。
「次の場所には、今日着けるんだよな?」
「うん、順調に行けばね」
片付けをしながら話をする。ディーザはテントの片付け、ローラは朝食(と言ってもきのみだけ)の準備、リンは水を水筒に汲んでいた。
「これからお二人は、どこへ行かれるのですか?」
作業が終わったローラが質問した。
「ある洞窟を探してるの。大体の場所しかわからないから、着いてから探すことになるんだけどね」
いつもの調子でリンが説明する。
「わたしも付いていってよろしいですか?」
「えっ?」
次のローラの一言には、ディーザが反応した。
「助けてもらったお礼に、探すお手伝いをしたいです」
ディーザがそれとなく断ろうとすると、
「いいよ!」
「えっ、即答!?」
リンはローラの提案をあっさりOKした。ディーザはリンの即答に驚いていた。
「ありがとうございます。では、朝ご飯にしましょう」
「うん。ディーザも食べよ?」
リンとローラは準備したきのみを食べ始めるが、ディーザは話の置いてけぼりを食らっていた。
それから数時間後。
「何にもなくて暇だな〜」
ディーザが歩きながら独り言のように言った。
「何か起こるよりいいでしょ?」
リンが少し後方を歩いているディーザに言う。
「でも暇でしょ?」
「そりゃ〜まぁ…」
事実、景色は相変わらず砂地で、特に町や村があるわけでもなかった。
話す話題がないのか、ローラはここ何分かは口を開いていなかった。
「まさかとは思うけど、迷ってないよな?」
不意にディーザが問いかける。
「ふっ、不安になるようなこと言わないでよ! 昨日と同じ方角に進んでるから、間違えてるとかないよ!」
リンは後ろを振り返って、焦ったような表情で言った。
「聞いたのは間違えたとかじゃなくて、迷ったかってことなんだけど…。景色が変わらないから方向がわからなくなってもおかしくないけどね」
それに対して、リンは何も言わなかった。
「あそこに何かありませんか?」
今まで喋っていなかったローラが突然口を開いた。
「えっ、何もないと思うけど」
ディーザがローラの視線の先を見る。
「いえありますよ! 確かに何か見えました!」
そう言うと、いきなりローラは駆け出した。
「ちょっとまって!」
それをリンが追いかける。
「掛かった…」
(ズゴォォォ!!)
「えっ、何!?」
音に驚いたリンはその場に立ち止まった。鳴り終わると、後から追いかけて来たディーザも追いついた。
「リン、どうかしたの?」
「今、地響きみたいな音が…」
リンが状況を伝える。
「そういえばローラは?」
「あれ、本当だ…」
今まで視界に捉えていたはずのローラの姿が辺りに見当たらない。
(ズズズ…ズゴォォォ!!)
(ザァーーー!!)
「うわぁっ! 足元が!」
辺りを見回した時、陥没するように足元が崩れ始めた。最初は何が起こったのかわからなかったが、ディーザはすぐにこの現象の正体に気がついた。
「これ、蟻地獄か」
「えっ、嘘! それって凄くまずいんじゃない!? 脱出しないと!」
しかし、その陥没のスピードは早く、既に自力での脱出が不可能なまでに身体が砂に埋まっていた。
「どうする? このままだとゲームオーバーでストーリーが終わっちゃうよ?」
「ディーザは何でそんなに落ち着いてるの!? 冗談言ってないで早く抜け出さないと!」
リンは必死にもがいている。しかし、それは裏目に出て、さらに沈む早さを早めていた。
「蟻地獄って底なし沼と同じで、もがくと逆に脱け出せなくなるんだよ」
ディーザがうんちくを言っているが、それに関係無くリンはもがくことを止めていた。というより、疲労感と絶望感のせいで動いていない感じだった。
「余裕なんですね…」
肩の辺りまで埋まってしまったディーザ達の頭上から、聞いたことのある声がした。
「お前っ、ローラ!」
その声の主は、蟻地獄の上からディーザ達を眺めているローラだった。
「ローラよかった! ここから助けて!」
リンもローラに気づき、助けを求める。
「残念ね。それは出来ない」
ローラは冷たく返す。
「えっ…」
「っ!? どうしてだ!」
理由を聞くディーザに対して、ローラが言葉を返すことはなかった。
「ふっぶっ! ざけんなーー!!」
さらに身体が沈み、砂が口に入る中、ディーザの怒号だけが虚しく響く。そして、ローラの視界には、もうディーザ達の姿を見ることは出来なくなった………