第十九話-海底トンネル
フィルノ水源で一泊した二人は、その次の日の昼頃、ある洞窟の前にいた。
「向こうに見える大陸に行くには、この洞窟を抜けるんだな?」
ディーザがリンに聞くと、そうだよ、と返ってきた。今いる場所は、海を挟んだ向こうに大陸を望める所。そして、洞窟は海の中へと続いている。
「じゃあ、行こう」
ディーザが先を歩く形で、二人は洞窟へ入っていった。
ディーザの尻尾で照らされている洞窟内には、ズバットやイシツブテ、パラス、そしてその進化系などが生息していた。ズバット達はリンが、パラス達はディーザが、イシツブテ達は二人で倒していく。ドリトレのおかげか、そこら辺のポケモンには苦戦はしなかった。
しばらくして、ふとある疑問がディーザに浮かんだ。
「そういえば、リンの尻尾は明かりを点けられるから、俺の尻尾だけに頼るより明るくなるんじゃない?」
「確かにそうだけど、いいの?」
「もちろん、いいよ」
「じゃあ、いくよ?」
と、合図をして力を込め始めると、一気に強い光が辺りを灯した。確かにとても明るいのだが、
「待ってリン! 明る過ぎ!」
「だから"いいの?"って聞いたのに」
ディーザが咄嗟に目を抑えて言うと、それに応えてリンはすぐに明かりを消した。
「あぁ、視界の真ん中が真っ暗だ…」
要するに、強過ぎる光によって目が眩んでいる状態だった。
そんなこんなで地下六階。
「あとどのくらいかな〜?」
洞窟の中にいるせいか、時間の感覚が鈍くなっているため、かなり長い時間が過ぎたように感じていた。
「陸どうしが実際にどれくらい離れてるかわからないから、検討がつかないよ」
リンは同意を示すように答えた。
「それにしても、相手の数が多いね。強さは大したことないけど、多いと大変だな。ほら、また来た」
ディーザが話を切り替えると、奥からゴローン二匹が襲いかかってくる。
「"メタルクロー"!」
「「ゴロロロ…」」
ディーザが"メタルクロー"でそれぞれ一発で仕留める。
「そろそろ爪が痛くなってきたよ」
そう言ってディーザは自分の爪に息を吹きかけていた。
「早く抜けられないかな…。あっ、階段!」
リンが階段を見つけた。しかし、今までは下に行く階段だったが、今度のは上に向かう階段だった。
「つまり、もうすぐ出口ってことなんじゃない?」
「そうかも。上がってみよう」
若干の期待をしながら二人が階段を登ると、そこは小部屋になっていた。
「奥にも階段があるな」
登ってきたディーザ達の反対側にはまた同じように上り階段があった。
(ケーケッケケケケ!)
「何だ!?」
階段に向かって歩こうとすると、何処からともなく不気味な声がした。
「俺の縄張りに入ってくるやつなんて久しぶりだな〜。ちょっと付き合えよ…」
正体のわからない声は、にやけているような話し方をする。
「誰だよ! どこにいるんだ!?」
ディーザの質問に対し、突然目の前から"シャドーボール"が飛んできた。
「うわっ!」
「"チャージビーム"!」
ディーザに目掛けて飛んできた黒い球体にリンが素早く反応して電気を放って相殺した。
「ケーケッケケケケ! このガーンの攻撃に対応出来るのか。楽しくなりそうだ!」
技の衝突によって小爆発が起こる。それによって出来た煙が収まると、階段付近にシュッとゲンガーが現れた。
「お前か、不意打ちしてきたのは。そっちがその気なら俺も攻撃してやる! "かえんほうはー(しゃー)"!」
少しキレ気味のディーザから、激しい炎がゲンガーを目掛けて放たれる。
「う…、あちぃ!!」
技を出すのが速かったため、ゲンガーは避けられず技が命中する。
「"でんじは"!」
「あひぃ! 痺れる…」
それに続いて、リンがゲンガーを痺れさせる。
「"かわらわり"で終わりよ!」
立て続けにリンがゲンガーにかわらわりを命中させた…はずが、そのまますり抜けてしまった。
「あれ!?」
「俺はゴーストタイプだ。かくとうタイプは効かないぜ」
すり抜けてしまったことに驚くリンの方を向くと、ゲンガーが目を妖しく光らせた。
「あ…」
「りっ、リン!? お前何したんだ!」
「ただの"さいみんじゅつ"だよ。ついでにこれも食らわしてやる!」
突然パタッと倒れてしまったリンを見て、ディーザは少し動揺したようだった。そして、ゲンガーはリンに手をかざし、黒い気を漂わせ始めた。
「"あくむ"!」
その声に反応して黒い気がリンを包み込む。
「うっ…あ…」
黒い靄が消えるとリンが苦しそうに顔を顰め始めた。
「くそぉ!」
ディーザがゲンガーに"かえんほうしゃ"を浴びせる。
「うわっち! その"かえんほうしゃ"は目障りだな!」
ゲンガーが拳を構える。
「"シャドーパンチ"!」
「ぐぬん…!」
文字通り影で出来た拳が、速く、音も無くディーザの顎を引っこ抜く。
「"うらみ"…!」
「やりやがったな…。舌噛んじゃったじゃねぇか。"かえんほうしゃ"!」
顎を摩りながらゲンガーに文句を浴びせ、続けて攻撃しようとしたが、ポシュッ、という空のピストンから出るような音がした。そのディーザの口から出てきたのは、黒い煙だけだった。
「あれ、おかしいな…」
「俺が"うらみ"を使ったからだよ。これで当分使えないぜ」
むず痒さが出てきた喉を不思議そうに掻くと、ゲンガーが勝ち誇ったように説明した。
「それなら"メタルクロー"だ!」
ディーザがゲンガーに近づき攻撃しようとするが、残像を残して消えた。
「くそ、また消えた!」
「馬鹿め! 俺のスピードについて来れないやつが物理技を当てようなんて無理なんだよ!」
「やばい、目視出来ない…!」
時々残像を現しながら素早い動きで翻弄するゲンガーに対し、攻略法を見出せないディーザは本格的に焦り始めていた。
「ぐひゃあぁ!!」
そんな時、突然ゲンガーがビリビリとして動きが止まった。よく見ると、どこからともなく飛んできた電気を浴びていた。
「何でこいつが攻撃をしてくるんだ…!?」
その電気が飛んできた方向を辿っていくと、そこにはリンがいた。しかし、当の本人は寝たままだった。一見この異様な構図に、ディーザは気に留めることなく、怯んでいるゲンガーに的を絞った。
「リンか! よっしゃ、チャンスだ! "メタルクロー"!」
「うっ…! ちょっとまt…」
「たねぇよ!」
「がはぁあ…!」
ディーザはチャンスと踏んで"メタルクロー"で攻撃仕掛け、それが見事に命中した。それは、ゲンガーの急所に入った。
「今の、かなり力が入ったような気がする…」
ディーザは手を見つめて呟いた。
「くそ…、"メタルクロー"で攻撃が上がっていたのか…」
「まっ、まだやんのか!?」
倒れたはずのゲンガーが立ち上がり、手応えがあったディーザは少し驚きながら反撃に備える。
「……いや、もうやめだ」
「はぁ?」
予想外のことを言ったゲンガーに対して、ディーザは気が抜けてしまった。
「楽しかったよ。こいつも起こしてやらないとな」
そう言うと、ゲンガーがリンに右手をかざして強めの光を放った。
「…うっ、うーん、眩しい…」
顔を左に向けたうつ伏せで眠っていたリンは眩しそうにして目を覚ました。
「悪かったな。いきなりバトルを仕掛けて。遊びのつもりがつい熱が入っちまった」
ゲンガーが笑いながら後頭部をかく。
「いやー、"メタルクロー"の追加効果で攻撃が上がってたなんて予想外だったわ!」
「何だよそれ…」
続けて技の感想を言うゲンガーの様子に、ディーザはツッコミを入れる気も起きなかった。
「わたしが眠っている間に何があったの? それで、この空気は何?」
………………………………………
それからしばらくして、三人は海底トンネルを抜けた所にいた。
「じゃあな、気をつけて」
「おう!」
手を振るガーンに、ディーザは返事をする。様子から察するに、どうやら意気投合したようだ。
「ねぇ、ディーザ。結局のところ、わたしが寝てる間にどうしたの?」
洞窟を抜けるまでの間、ほとんど話に入れていなかったリンが質問する。
「だから、あいつは遊び相手を待ってて、俺達が来たからバトルを仕掛けましたってこと。それにしても、リンが"ねごと"が使えるなんてなぁ」
何回も言わせるなと言わんばかりにディーザが説明した後、あの時の電撃に驚いたことをリンに伝える。
「そんなこと言われても、わたしはわからないし…」
「まぁ気にすんなよ」
リンが少し不満そうにしているのをよそに、そこで会話を切り上げた。
「そういえば、あそこに町があるよ」
ディーザが指を差す。辺りはオレンジ色になっていた。
「じゃあ、今日はあそこで宿泊だね」
そうして、二人は洞窟の出口から少し離れた場所に位置する町に向かった。入口に着くと、[食材の町]と書かれた看板が立てられていた。
「食材の町だってよ。ということは、何か美味しいものでもあるんじゃないか?」
「お店とか探してみる?」
「探そう!」
宿舎を探すついでに飲食店を見て回る。食材の町というだけあって、多くのお店が軒を連ね、店先に飾られているディスプレイがお腹を空かせる。
「こことかいいんじゃない?」
「どれどれ…、あっ!?」
ディーザが店を指定すると、リンがそこの料理のディスプレイを見た。そこで突然、値札を見た途端に何かに気づいたような声を出した。
「えっ、リンどうしたの?」
「そういえば、お店で食べれる程のお金がないや…」
ディーザは驚いた言葉さえ出てこなかった。
「ということで、宿舎にも泊まれないのでどこかで野宿です」
開き直ったリンがディーザを視界を逸らして言った。
「(その言い方、学校の先生かよ…。)まぁ、テントがあるからいいよ別に…」
二人はテントを張れそうな場所を探すことにした。しかし、町中を歩くとチラシを配られ、どうぞどうぞ、と店の中へ誘おうとする。それが余計に二人のお腹を空かせた。
そして、暖簾が疎らになってきたところで、見覚えのある建物を見つけた。
「あれ、この建物は見たことあるよね…?」
「ここ…、集会所?」
入口の所に二人が行くと、[集会所・食材の町支店]と脇に書かれていた。
「集会所だ!」
運良く集会所を見つけた二人はかなり喜んだ。何故、集会所が見つかると運がいいかというと、それはどこの宿舎よりも格安で泊まれる上に、安くご飯を食べられるから。お金のないディーザ達には天の恵みということになる。
二人が集会所の自動ドアの前に立つと、ウィーンという機械音が迎え入れた。
「早速部屋を借りに行かないとな!」
手続きをするため二人は受付に向かう。
「あれ、リンさん?」
黄色いポケモンに声を掛けられた。もちろん、この黄色いポケモンとはリンのことではない。
「あっ、フーカ君!」
リンにはそれが誰かすぐに分かったようだが、ディーザは、誰だ?、と心の中で呟く。
「やっぱりリンさんだ! お久しぶりです!」
「どうしたの、こんな所で!?」
リンと話しかけてきたピカチュウは、久しぶりの会話を弾ませた………