第十八話-黒幕
「さっさと片付けてやる!」
ドクロッグ改め、カロートは"どくばり"をディーザに向けて吐いた。
「"ひのこ"!」
ディーザが"ひのこ"で応戦。"どくばり"を撃ち落としてそのままカロートに命中する。
「ぐぁ!」
「カロート! くそ、今度は俺っちの番だ、"こごえるかぜ"!」
ラッタ改め、ラーチが以前よりも強く冷たい風を吹き出してリンを襲う。
「うっ、寒い…」
「"ひのこ"!」
ディーザが"こごえるかぜ"に応戦し、それが相殺し合うと雪が溶ける音を交えた小爆発が起きた。
「俺を無視すんなよ!」
起き上がったカロートが爆発の煙を突き破ってディーザのふところに飛び込む。
「"ふいうち"!」
「くっ! うっ…」
ドシュ! という嫌な音を出して命中し、ディーザは腹を抑えて膝をついた。
「"チャージビーム"!」
ディーザに拳を加えたカロートに、横から電気を飛ばして援護する。
「くっ…!」
いち早く気づいたカロートは、電気に腕をかすめつつも躱した。
「やりやがったな…、これを食らえ!」
すると、大きな"どろばくだん"を作り二人に向かって投げつけてきた。
「ぐっ…!」
「きゃあ!」
特大サイズの"どろばくだん"は、同時に二人に命中した。
「あいつを先に倒さないと厳しいな…」
「うん…」
「もう一発だ!」
そんな言葉を交わしていると、空かさずもう一度カロートが"どろばくだん"を用意する。
「くそ! "ひのこ"!」
と、ディーザが"ひのこ"で応戦しようとするが、煙が少し出ただけで不発に終わった。
「しまった…!」
「終わりだ!!」
弾を作り終わったカロートが二人に向かって投げつける。
「ディーザ、頑張って!!」
「おっ、おう! スゥ…(うぉぉぉぉぉ!!)」
ディーザが深く大きく息を吸う。そして、一気に吐き出した。
「何だと!?」
ディーザの気合いと共に、物凄い音を立てながら口から放たれた炎が"どろばくだん"を覆い込んで爆発させた。
「ディーザ、今の…」
「"かえんほうしゃ"か! 厄介な技を!」
その様子を見ていたラーチは、ディーザの方向を見て恨めしそうに言った。
「そうか、今の感じでやればいいのか! よっしゃ、もう一回だ!」
ディーザはまた大きく空気を吸い込み、一気に吹き出す。
「かへんほうはー("かえんほうしゃー")!!」
放たれた激しい炎はカロートとラーチに向かって真っ直ぐに襲いかかる。
「「うぁぁぁ!」」
冷静さを欠いたカロートは"どろばくだん"を無茶苦茶に放ち、身の危険を予知したラーチは横っ飛びで躱すことを試みた。
「ぐあぁぁぁ!!」
ラーチを回避に成功したが、カロートは応戦虚しく"かえんほうしゃ"の餌食になった。
「こうなったら俺っちだけでもやってやる!」
ディーザの"かえんほうしゃ"から間一髪逃れたラーチは、リンに向かって"ひっさつまえば"で突っ込んできた。
「リン!」
「わたしだってやれる! "かわらわり"!」
前歯を光らせながら突進してくるラーチに向かって構える。
「うっ、ゴホォ…。うわっ、何だこれ!?」
ディーザが"かえんほうしゃ"の反動でむせると、口から少量の黒い煙が発生し、それがラーチを邪魔した。
「今だ…えい!!」
リンはラーチの頭上に飛び上がり、そこから思い切り手を振り下ろした。
「あぅ…!」
見事に命中し、ラーチは地面に落とされてそこに横たわった。
「こっ、これで勝ったのか…?」
ディーザが倒れたカロートもラーチを確認するが、どちらも起き上がる気配を見せない。
「うん、勝ったんだよ!」
「そうか〜」
疲労からか、ディーザがその場に尻もちをつく。
(あなた達…、ここで何をしているのですか?)
「今、何か言った?」
「えっ? 何も言ってないけど…」
その時聞こえた声と共に、ディーザとリンの後方から光が流れてきた。
「うっ、眩しい…」
光が止んで、二人が後ろを見るとそこには…、
「わたしはエムリット。この遺跡の護り人。あなた方はここへ何のご用でしょう?」
神々しさを漂わせたピンクのポケモンが姿を現していた。
「エムリット…?」
「はい、そうです」
「わたしたちはアミュレットを探してここまで来ました!」
リンが威勢良く、先程のエムリットの問いに答えた。
「アミュレットを渡すことは出来ません。お帰り下さい」
「何でだよ! ここまで来て何もせずにお帰り下さいって!」
「わたしが護り人である理由が解れば、理解できるはずです」
「ここから持ち出すことが、いけないことってこと…?」
「理解出来たようですね。ならば今すぐここを立ち去りなさい。さもなければあなた方から[感情]を消さなければなりません」
「かっ…[感情]を消すって…」
衝撃的な言葉に耳を疑いながら、ディーザは汗を垂らして呟くように言った。
まもなく、エムリットが口を開いた。
「[感情]、すなわち[心]は素晴らしいものです。しかし、行き過ぎた[感情や心]は破滅を呼びかねない。そう、それは大きな欲望です。ここ、[感情の地底湖]へ辿り着く大半の者は、破滅を呼ぶ邪な感情や心の持ち主であることが多い」
「だから、それを消すために…?」
リンが言葉を発すると、一瞬だけ間が空いた。
「けれど、あなた方からはそういうものを感じません。よって猶予を設けます。直ちにお帰り下さい」
ディーザの顔は不自然に引き吊った。
「アミュレットを求めることがいけないことだと?」
「話が長いですね…」
食い下がるディーザを見て、エムリットが徐に手を上にかざす。
「ディーザ、戻ろ…?」
「えっ、でも…」
リンはディーザを真っ直ぐ見つめ、目で考えを伝えた。
「分かった」
「エムリットさん、お騒がせしました」
「お気をつけて」
挨拶を済ませ、二人は出口の方へ振り向く。
その時、オレンジ色の閃光が二人の間を抜け、大きな衝突音が響いた。
「くうっ…!」
それは、一瞬の出来事だった。オレンジ色の弾が突然闇から現れ、二人の間を抜けてエムリットに命中したのだ。
「何だ!?」
「そいつに促されて素直に帰るとは…。随分とお子ちゃまなんだな…」
闇から聞こえてきた声がだんだんと近づいてくる。
「お前、誰だ!?」
それに応じるように、声の主はゆっくりと闇から姿を現した。
「俺の名はリタイレム。皆は俺をリタイと呼ぶがな」
リタイと名乗ったルカリオは普通の雰囲気ではなかった。身体が〜とか、色が〜とか、そんな目先のものではない。滲み出るオーラが普通ではなかった。
「何を…くっ…、するのですか……!?」
二人の後方でエムリットが苦しそうにしている。
「"何を?"って、お前の後ろにあるやつを貰いに来たに決まってるだろ?」
リタイが指を差す先には、湖の中心にさっきまではなかった首飾りらしきものが祀られてた祭壇が出現していた。
「さっきまでなかった物がいつの間に!?」
「それはなりません…! これは…」
「説明されるまでもなく、既に承知してるよ。お前にダメージを与えないとあれが出現しないことも知ってる。だから攻撃させてもらった」
エムリットを遮って、リタイが嘲るように言った。
「ちなみに、そいつがなくなると世界のバランスが崩れてしまうんだろ?」
「知っているなら何故…!?」
「わかってるくせに…。願いを叶えるためだよ。他にあるか?」
ディーザ達が疑問を抱いてリタイを見た。
「願いを叶えるって…?」
リタイが、はぁ?、という顔をする。
「そんなことも知らないでここに来たのかよ、笑もんだぜ。いいぜ、教えてやるよ。三つのアミュレットを集め、運命の塔に登り、神に願いを伝えれば何でも叶うって伝説があんだよ」
「そうか。それでエムリットはさっき、ここに来るやつには邪な心を持ったやつが多く来るって言ったのか」
「お話はここまでだ。それじゃあ、頂いて行くぜ?」
話が一区切りついた所で、リタイが歩みを再開する。
「おい、待てよ! 俺達が相手になってやる!」
ディーザが大声をあげる。
「何だお前、ヒーローのつもりか?」
リタイがさっきまでとは違うテンションで返してきた。ディーザはその雰囲気に凄みを感じた。
「俺に敵うとでも思ってるなら止めておいた方が身のためだ」
「うるさい!」
ディーザは大きく息を吸い込み、そして"かえんほうしゃ"を放つ。
「やめとけって言ってやったのに…」
するとリタイの姿は、"かえんほうしゃ"が命中する寸前の一瞬に消えた。
「ん…! ぐふっ…!」
「えっ…、ディーザ…?」
その一瞬だった。ディーザの腹にはたった今姿を消したはずのリタイの拳が決まっていた。そしてその拳を離すと、ディーザはそのまま倒れた。
「うっ…嘘…」
「あーあ、ちょっとやり過ぎたな。まっ、いいや。俺には関係ないことだ。それじゃ、今度こそ貰っていくぜ」
リタイは湖の中心へと向かう道を通り、そこにあった赤いアミュレットを祭壇から取り外し、それを眺め終わるとこちらに振り返った。
「お前らいつまで寝てんだ、起きろ!」
「うっ、うう…」
「火傷がいてぇ…」
その声に反応したのか、今の今まで横になっていたカロートとラーチが起き上がる。
「「りっ、リタイ様!?」」
「お前らが取ってくるって言うから任せたのに遅えからよぉ。わざわざ俺が来てやったんだよ。有難く思えよ?」
「「はっ、はいぃ!」」
「あいつら、仲間だったの?」
ディーザを抱えたリンが呟く。リタイはそのディーザを見た。
「あばよ…」
そう言い残し、一瞬にしてその場から消えた。
「俺らも戻るぞ」
「おう」
カロートとラーチはリタイが消えたのを見て、さっさと撤退していった。
「あぁ…大変なことに…なってしまった…」
エムリットがそう弱々しく呟やいた。
………………………………………
(やめとけって言ってやったのに…(ドスッ)…!)
「うっ…あぁぁ!!」
「ディーザ、大丈夫!?」
「えっ? あぁ、お腹がちょっと痛いけど、大丈夫」
「良かった…」
ディーザが気がつくと、場所はフィルノ水源の入口近くになっていた。
「俺達…、どうしたの?」
「リタイってやつにしてやられたの。ここにはエムリットが送ってくれた」
「そのエムリットは?」
「傷を癒してから、仲間と連絡を取るって言ってた」
「そうか…」
しばらく、滝の音だけの時間が出来る。
「歯が、立たなかったな…」
「えっ?」
「まだ足りないんだよ、強さが」
ディーザの顔が曇る。
「ドリトレで修行して、"かえんほうしゃ"も出来たのに、結果的には何にも出来なかった…!」
ディーザは雑草の生えた土の地面を殴った。リンは、そんなディーザに掛ける言葉を探していた。
「もっと強くならないとダメなんだ…」
その言葉の後、リンは言葉を探すのを止めて、直感的に湧いてくるものをそのまま出した。
「急がなくていいんじゃない?」
「えっ?」
「わたしね、すっごくあいつに腹が立ってるの。だから、あいつを止めに行きたいと思ってる」
「それって…」
「そう、追いかけるの。アミュレットを探してるってことは、それがある場所に行けば会えるってことでしょ? だから行くの。世界のバランスなんて大き過ぎる話でよくわからないけど、壊しちゃいけないものだってことは分かるから」
「リン…」
「でも、あいつにまた会うまでには時間がある。だから、強くなる必要はあっても急ぐ必要はないよ。次に対決する時までに強くなってればいいんだよ」
「うん…そうだな」
リンに励まされ、ディーザはその場に立ち上がった。
「とにかくは、次の場所を目指そう!」
「うん…!」
「よし、そうと決まったら早速出発だ!」
「出発って、場所わかってるの?」
「…わかんない」
リンは、しょうがないな〜、という顔をして少し笑顔になった。
「やっぱり、というか当然なんだけどね。でも大丈夫。場所はエムリットに聞いてあるから。アミュレットを取り返すのを手伝いたいって言ったら教えてくれたから」
気の抜けてしまったディーザだが、気を取り直す。
「それってどこ?」
リンは地図を広げる。
「ここから少し北東に行くと海底トンネルがあるの。そこを通って隣の大陸に行って、更に東に行くと洞窟があるの」
「つまり、そこなんだね?」
それに対してリンは頷いた。
「じゃあまずは、海底トンネルへってことだ」
「そういうこと。でも、今日はとりあえずここで野宿していこうね」
辺りを見渡すと、だんだんとオレンジ色の光が遠くへと去っていく様子が確認出来た。
「そうだな。じゃあテントを張っろか?」
「うん」
そうして、二人は草の上にテントを準備し、疲れた身体をそこで休めた………