第十六話-ドリトレ
泥棒騒動があった翌朝、ディーザ達はムーナの部屋のさらに奥にある部屋に通されていた。
「それじゃあ始めるよ」
そう言うと、ムーナは大きく息を吸い込んだ後、頭にある穴からピンクの煙を出して、それを部屋の中に充満させ始めた。
「なんかわからないけど、凄いな」
その様子を見たディーザが一言呟いた。煙が充満するのにはほとんど時間は掛からず、視界が桃色一色になった。
「こんなに煙だらけなのに苦しくないし、むせたりもしないや。不思議だな」
「本当に。でも、これでバトルの擬似体験出来るってことの方がわたしは不思議に感じる」
「それに関しては同感」
二人が会話していると、だんだんピンク色の煙が薄くなり、視界が元に戻った。
「あれ? 煙なくなっちゃったけど、これでいいの?」
ディーザが辺りを見回すと、部屋の様子は入ってきた時とは変わらない。唯一違うのは、一緒に部屋の中にいたリンとムーナが見当たらないこと。
その時、切り裂くような音がディーザに向かってきた。
「うわっ! 危ねぇ…」
突然、脇から緑色のツルがディーザを目掛けて飛んできた。そして、ディーザは咄嗟にそれ避け、ツルが飛んできた方向を見る。そこには、既に戦闘体制になっているマダツボミがいた。
「何でマダツボミがいるんだ? …あっ、そういうことか。なら、コイツとバトルすればいいんだな」
意気込みと共に息を溜めると、ディーザはマダツボミに向かって"ひのこ"を繰り出した。しかし、それは簡単に避けられ、逆にマダツボミはクネクネした動きをしながら"ようかいえき"を吐き出した。ディーザがそれを避けると、そのまま背後の壁に当たった。その箇所はみるみる内に溶けだし、それは炭酸水のような音を出していた。
「マジかよ…、壁溶けてるよ…」
ディーザが溶ける壁を見ている間に、マダツボミは"はっぱカッター"を繰り出す。その多数の内の数枚の葉がディーザに命中し、複数の切り傷を負わせた。
「ぐっ…まるで本物だ。こっちも本気でいくぞ!」
ディーザはマダツボミに向かってダッシュする。それに応戦するように二本の"つるのムチ"を連続して当てようとしてくるが、ディーザはそれを上手く避けてふところへと入った。
「"ひのこ"!」
至近距離からの"ひのこ"が命中。マダツボミはその威力で後方に飛ばされて気絶すると、光の粉になって消えた。
「おっし! …でも消えるのを見るとなんか複雑だな」
小さくガッツポーズをしたディーザだが、すぐにそれを止めた。すると、また後方から水が近づいてくる音がした。
「何だ?」
音をする方を向くと、勢い良く飛んできた水流がディーザに命中し、後方へ飛ばされた。
「いってぇーし、冷てーよいきなり。ていうか尻尾の火が消えたらどうすんだよまったく!」
気を取り直して改めて水流がきた方向を見ると、恐らく今の水の持ち主であろうニョロモがそこにいた。すると、再び無言で"みずでっぽう"を発射した。
「次から次へと出てくるわけか。よっしゃー!」
………………………………………
一方そのころ、リンもバトルの真っ最中だった。
「"チャージビーム"!」
電気の光線がシェルダーに命中し、ビリビリと痺れさせた。
「ディーザはどっか行っちゃうし、敵は次々出てくるし、もう!」
もう! という言葉に合わせて、次に出現したのはイシツブテ。リンは再び"チャージビーム"を放ち、そのまま見事に命中はしたが、それを物ともせずにイシツブテは"ころがる"で突っ込んできた。
「何で!? 当たったのに!?」
その一瞬に冷静さを欠いたリンが攻撃を避けようとした際、自分の足を縺れさせてしまい、その場に手をついた。すると案の定、"ころがる"はドカッ! という音を出しつつリンを捉えた。
「いっ、た〜い…」
左腕に攻撃を受けた箇所を右手で抑えていると、イシツブテは勢いを増しながら折り返し向かってくる。
「どうしよう、"チャージビーム"が効かないんじゃ…」
そうやって思考を凝らす間にも、イシツブテはさらに勢いを増して転がってくる。
「もうこうなったらヤケクソだー!」
と、リンはイシツブテに向かって思い切り手を振り下ろした。それがイシツブテと衝突すると、ガキッ! という痛々しい音がした。
「いっっっったぁぁぁぁぁい!!」
リンが大声を上げて、フーフーと手に息を吹きかけて痛みを取ろうとする。
「あれ? イシツブテは…」
痛みが落ち着いて冷静になると、イシツブテが気絶しているのに気がついた。
「うっそ! 今ので!?」
………………………………………
「そろそろ終わりにするよ〜」
夕方になって、ムーナが部屋に溜めていた夢の煙を吸い込み、ドリトレを終了させた。
「「疲れた〜」」
膝に手をついて息を切らすリンと、その場に座って息を切らすディーザ。ムーナが完全に煙を吸い込み終わると、二人はお互いを目視することが出来た。
「あっ、リン…」
「あっ、ディーザ…」
二人の声が重なった。
「「そっちは無傷なんだね…」」
「「えっ、本当に?」」
妙に息の合っている二人は自分達の身体を確認する。
「結構技とか受けたのに傷がないや…」
「わたしも」
二人の言う通り、"はっぱカッター"の切り傷や変な石をチョップして痛めた手がなんともなくなっていた。
「そりゃードリトレだもん。擬似体験だって言ったでしょ〜」
ムーナはドヤ顔でそう言った。
「凄いや! 明日もこれやってよ!」
「うん、いいよ!」
褒められて気を良くしたのか、ディーザの頼みをムーナは快く承諾した。
「なぁ、リン! 俺さぁ、"かえんほうしゃ"が出来るようになったんだ!」
「えっ、本当に?」
「見てろよ〜…それ!」
ディーザは口から炎を吹き始めた。
「(クスクス…)」
「何で笑うんだよ!」
「だって〜」
「勢いが弱いよね」
リンが答えを言う前にムーナが先に答え、その後に付け加えた。
「それじゃせいぜい"ガスバーナー"だね」
「ガッ、ガスバーナー?」
………………………………………
(食らえ! "ガスバーナー"!!)
………………………………………
「すげぇダサいし、泣きたくなってくる…」
「えっ?」
「何でもない…」
技を出す自分を想像したディーザは小声で呟き、少ししょげた。
「じゃあご飯にしようか〜」
ムーナは陽気に言って食堂に向かい、二人はそれについて歩いていき、ディーザは少しため息をついた。
………………………………………
ディーザとリンがドリトレを始めてから七日が経ったその日、ムーナが提案してきた。
「二人とも結構強くなったんじゃないかな〜? そろそろ強い相手とやってみる?」
ディーザとリンが目を合わせて、お互いの意思を確認する。
「それ、やってみるよ」
代表してディーザが答えた。
「わかった! それじゃあ始めるよ!」
そうして、いつもの部屋に夢の煙を充満させ、色が薄れ始めると前方から、ズシンズシン、と近づいてくる足音のようなものが聞こえてきた。
「うっ…わ…」
「あぁ…」
「グォォォォォ!!」
煙が晴れて、目の前の迫力に声を漏らす二人の視界に見えてきたのは、よろいポケモンのバンギラスだった。
「って、今まで進化してないやつしか相手にしてないのにレベルアップしすぎだろ!」
ディーザが後ろを向いてムーナに訴えるが、当然そこにムーナの姿はない。
「ディーザ、来るよ!」
リンが後ろを向くディーザに伝えると、それを合図にしたかのように、バンギラスは鋭い爪で攻撃をしかけてきた。
「うわっ! ぶねぇ…」
「危なくないこれ? 爪跡くっきりだよ…」
二人がその攻撃を躱すと、バンギラスの"きりさく"は床を深く抉った。
「こっちも攻撃するよ! "メタルクロー!」
ディーザは爪を硬くしてバンギラスに突っ込み、"メタルクロー"を命中させた。
「グォ…ギィ…」
「効いただろ! 効果抜群だ!」
爪がバンギラスを捉えるとギィーという高めの音が出た。ダメージを与えたのを見たディーザが小さな笑みを零したが、次の瞬間…、
「ガハァ!」
バンギラスがディーザを床にドン! と叩きつけ、きついダメージを与えた。
「ディーザ!? わたしも攻撃しなきゃ、"チャージビーム"!」
「ガァァ…!」
電気の光線が命中すると、バンギラスは後ろによろめく。その様子から、ダメージは確実に入っているように見える。
「ディーザ大丈夫!?」
「大丈夫だけど…、幾ら擬似体験でもやり過ぎたよな…」
「ガァァ…」
バンギラスが体制を立て直す。そして、力を溜め始めたかと思うと、ディーザ達の近くに散らばっていた石という石が宙に浮き始めた。
「グァァ!」
という掛け声に反応し、浮いた石はディーザ達に襲いかかってきた。そう、"ストーンエッジ"だ。
「ぐっ! うっ…、がっ…」
「いたたっ、痛い!」
攻撃が一通り命中すると、石は地面へと力無く地に落ちた。効果抜群の技を受けたディーザは悶絶していたが、リンの受けたダメージはディーザ程ではなかった。
「…ディーザ!」
「うっ、うう…」
ディーザに呼びかけるリンに猶予を与えず、バンギラスが物凄い勢いで突進してくる。"はかいこうせん"が物理技でなくなってケンタロスが悲しんでたご時世に登場した"ギガインパクト"だ。
「グガァァァ!」
「"具がぁぁぁ!"って何よ! 鍋でもやるつもり!?」
リンは自分に向かってくるバンギラスに向かって斜め上にジャンプした。
「"かわらわり"!」
「グァァ…ガ…」
バキッ!、という音を立ててリンの"かわらわり"はバンギラスに命中すると、そのまま地面にドン! と落ちた。遅れて地面に着地したリンは自分の手を抑えていた。
「……いっ…
いっっっっったぁぁぁぁぁぁい!!!」
………………………………………
しばらくして、ドリトレを終えた二人はドッコラーの部屋で休んでいた。
「リンに助けられちゃったな…」
「本当だよ〜もう…。あー疲れたっ」
「お二人とも〜、オレンの実のジュースです。飲んでください」
ドッコラーが部屋に入ってきて、会話をする二人にコップを手渡す。
「それにしてもムーナの言葉には呆れるよな。"楽しかったでしょ〜"って、どう間違っても楽しくはないだろ」
「うん…」
「…あっ、そういえば"かわらわり"が出来るようになったんだね」
会話が切れかかった時に、ディーザが思い出したように言った。
「それなら、ディーザも"メタルクロー"を覚えてるじゃん」
「うん、まぁね。岩タイプに出会すとどうしてもきついから。硬いものを引っ掻いて練習してうちに出来たんだ」
「わたしはイシツブテを叩いた時に、この感じを掴んで出来るようになったの」
「あとは俺の"ガス…"じゃなくて"かえんほうしゃ"だな」
「こればっかりは練習だね」
と、反省会を進めながら二人はジュースを口に運ぶ。
「仲良いんですね」
「「ぶっ!」」
その様子を見て、不意にドッコラーが言うと、二人はジュースを数滴こぼした。
「何で!?」
「何でって、そう思ったから…」
それを聞いた二人の顔は、少し赤くなった。
………………………………………
その翌朝、朝ごはんを終えた二人と、ムーナとアーム、そしてドッコラーが門の場所にいた。
「お世話になりました」
「こちらこそ」
リンがお礼を言うと、アームが対応した。
「どうぞ気をつけて行って下さいね。もしよかったらまた来て下さい」
「あぁ。元気でな」
ドッコラーに挨拶されると、ディーザが明るく別れを言ったところで、二人は門を出た。
「それじゃあ、アミュレットを探しに行こう!」
「えっ、アミューズメント?」
「違う、アミュレット!」
「アウトレット?」
「ディーザ、ふざけてる…?」
「冗談冗談! アミュレットだよね?」
「もう…」
「よし、行こっか」
そんなおふざけも程々に、二人は一週間ぶりの砂地へと出ていった………