第十四話-道場
レーガシティを出発した二人は広大な砂地を歩いていた。都会の中にも少しは緑があったというのに、今は見渡す限り荒地だった。強いて言えば、所々に生える小さな雑草ぐらい。そんな場所を、二人は並んで歩いていた。
「なぁリン。そういえば首飾りのことって何か分かったの?」
街を出てから一時間程、ディーザが思い出したように聞いた。
「分かったよ。首飾りは、正式にはアミュレットって言って、三つあるんだって。赤・青・黄の三色」
「(まるで信号機…何でもない…。)それで、どこにあるのかとかも、分かっちゃったりしてたりするの?」
落ち着いて丁寧に説明したリンに、ディーザがもう一度質問する。それを聞かれたリンは、一瞬だけ黙ったが、気を取り直して答えた。
「一箇所だけね」
ディーザはリンの言葉より、その前に一瞬黙ったことの方へ気になっていた。そして、殆ど直感的に思い当たったその理由は、口には出さずに飲み込んだ。
「そこってどこにあるの? やっぱり遠いんじゃない?」
次の質問には、テンポ良く答えが返ってきた。
「多分、ディーザが思ってる程は遠くないよ。海を渡ったりとかもないから」
リンはそっと地図を出す。レーガシティの東側を示して、ここが道場のある場所、と教えてくれた。そこから西へ指を辿らせて、ここにアミュレットがあるみたい、と説明した。
「道場に行くと、ここへ行くのには少し遠回りになるね。ごめん、付き合わせちゃって」
「そんなことないよ。元々この旅はわたしが始めた旅。付き合わせてるのは、むしろわたしの方だし」
二人の会話は、もういつもと同じようになっていた。
「だから気にしないで道場に行こうよ。だって強くなって助けてくれるんでしょ? ヒ、ト、カ、ゲ、さん」
うふふと笑みを浮かべ、意地悪に言うと、ディーザの顔がふやけて固まり、少し赤みを帯びた。
「確かに言ったけど、恥ずかしいから忘れてよ…」
「何で? あれ、わたしは嬉しかったのに」
「何でもいいから! この話はもう終わり! はい!」
「変なの、あはは!」
「変なのって言うな!」
弾む会話と弾ける笑い声は、まっさらな砂地いっぱいに響いた。
その笑いが収まると、二人の視界にはポツンと立つ、一件の建物が見えていた。
「あそこにあるのがそうなんじゃない?」
「あー確かに。多分あれだね」
と、確認したを二人はその建物に向かって歩き出した。しかし、思った程離れてはいなかったので、その数分後には目の前に着いていた。
「小さいと思ったら以外に大きいな」
「うん…。まぁ、最初に見た時は遠かったから」
規模が小さいと思っていた建物は、いざ目の前に来ると、今にものしかかってきそうな程に大きかった。入口にはそれに見合った門があり、その横には[道場]とだけ書いてある木の札が打ち付けてあった。
「よし…」
ディーザが息を飲んで門を押すと、木で出来た門は軋む音を出した。最初の一瞬は高音が、その後は身体に響く低音が響いた。
その何と無く醸し出される凄みを感じながら開いた門をくぐると、その先にあったのは至って普通の建物だった。それは、大きな門とは対象的で、普通サイズに小さかった。その佇まいを見た二人は、なーんだ、と拍子抜けした。
「入ってもいいのかな…」
辺りを見渡しながらディーザが呟く。
「さっ、さぁ…。でも、ノックぐらいはした方がいいと思う」
「だよな。よし…」
リンが小さめの声で返すと、ディーザはもう一度気を引き締めて、[道場破りお断り]と書かれた扉をコンコンとノックしたが、返事はなかった。
「あれ? もしかして留守?」
ディーザは、コンコン、コンコン、としつこくノックをしてみた。
「やっぱ留守な…あがっ!」
突如その扉が開いて、痛々しい音を立ててディーザが後方へと飛ばされた。
「煩いんだよコンコンコンコン。そんなにやんなくても…」
苦言を呈しながら出てきたポケモンは、ディーザを見つけて言葉が止まった。
「ねぇ、あの人大丈夫?」
「え、大丈夫…だとは思いますけど…」
大丈夫か、と聞かれたリンは、多分、と答えるが、当の本人は目を回していた。
「まぁ、とりあえず中に入ってよ。その人も一緒に。もちろん運ぶのは手伝うよ」
そのピンクのポケモン、ムンナはディーザを指差さしながらそう言うと、"サイコキネシス"を使って中へと運び、本人も戻っていった。リンは汗マークを浮かべながら、それに付いて入っていった。
建物の中は大広間になっていて、六つの扉があった。
そして、二人は入口の扉の二つ左の部屋にある客間に案内され、椅子に座るように促された。運ばれてきたディーザも、気絶したまま椅子に座らされた。
「それで、お越しになったご用件は?」
リンは、座ってすぐに本題を聞かれて少し驚いた。
「ここで修行というか特訓というか、そういうのが出来るって聞いて来たんですけど…」
「あぁそれですか。何だよ、入隊希望者じゃないのか…」
ムンナは浮遊しながらため息をついた。
「希望者ってなんのことですか? それと、あなたは誰なんですか?」
それを聞いたムンナは、眉間に少しシワを寄せて言った。
「相手の名前を聞く時は、まず自分が名乗るのが普通じゃない?」
「そっ、そうですね…。わたしはリンと言います。で、こっちで寝ているのはディーザって言います」
少し態度の大きい相手に、リンは戸惑いながら自己紹介をした。
すると、ムンナは寄ったシワを解いて、顔を柔らかい表情に崩した。
「僕はムンナのアーム」
ムンナはあどけなく名乗った。その子供っぽい様子を見て、リンの警戒は解かれた。
「よろしく、アーム。ここは道場なんだよね? あなたが経営者とかなの?」
「道場? あぁ、入口のとこにあるやつね。ここ居抜き物件だからそのままなんだよね。それに看板外すの面倒だし」
自己紹介を終えてリンが質問すると、アームは単調に答えた。その姿に少し呆れながらも、リンはもう一つ質問をする。
「じゃあ、ここはただの家?」
「うーん…。それは兄ちゃんに会って聞いてみてよ。僕は余計なことをよく喋っちゃうから」
アームは少し考えたような素振りを見せてから答えると、客間の外に出るように促す。
「…うーん、額がズキズキする」
「あっ、ディーザやっと起きた」
ディーザが頭を抑えながら目を覚ました。キョロキョロしてから、ここはどこ?、と質問する彼にリンは、これから分かるところ、と説明した。
そして、アームに案内される二人は、入口とは反対側にあるそれっぽい雰囲気の扉を開けて中へと入る。
「兄ちゃん、お客さん連れてきたよー…って、寝てないで起きてよ」
「んあー、眠いのに起こさないでよ〜」
アームが兄ちゃんと呼んだムシャーナを揺すると、ムシャーナは目を擦りながらボソッと文句を言った。
「お客さんって、あの人達?」
「そう」
「用事は?」
「これから聞く」
「何したらいいの?」
「まだ何にも」
「何だー、じゃあ聞き終わったらまた起こしてよ…むにゃむにゃ…」
「そうじゃないでしょ! 話を聞くのは兄ちゃん!」
「んもう、わかったよ〜、冗談だからそんなに怒らないでよ〜」
「本気で寝る気だったのは分かってるんだぞ!」
「あのー、そろそろいいでしょうか?」
アームとムシャーナによる、いつまでも続きそうな会話にリンが水を掛けた。
「ほら兄ちゃん、この人達の話を聞いて。僕は外にいるから」
そうムシャーナに言うと、アームは部屋の外に出ていった。
「アームがうるさくてごめんね。それじゃあお話をどうぞ」
「お話どうぞって…」
ボーッとしたムシャーナの言葉に、呆れ顏のディーザが呟いた。
「あの、わたしたちはここで修行が出来ると聞いて来たんですけど、どうすればいいのでしょうか?」
リンはアームの時と同じように質問した。
「修行? あーはいはい、ドリームトレーニングね。あれはここの人にしかやらないことにしてるんだよ」
「ここにいる人って?」
「ドリームトレーニングって?」
リンとディーザが同時に質問をした。。そのタイミングが重なったことに二人が少しびっくりした。
「どっちに答えればいいの?」
ムシャーナが聞くと、リンはディーザに目で静止を促して自分で切り出した。
「"ここの人"の方お願いします」
「うん、わかったよ」
そうして、ゆったりとしたムシャーナは、ゆったりと質問に答え始めた………