第十二話-古い文献
「おまたせしました。こちらがアミュレットのことが書かれている書物になります」
場所は再びレーガシティ図書館・四階。ディーザが走り始めた頃。リンは館長、もといゴーゼルから三冊の厚めの本を受け取っていた。
「わざわざありがとうごさいます」
恐らく倉庫だと思われる場所から、手間を惜しまず探してきてくれたゴーゼルに、リンは丁寧にお礼を言った。
「では、読み終わりましたら言って下さいね。私はそこのカウンターの奥にいますので。ではごゆっくり」
ゴーゼルはそう言って戻っていった。リンは空いている場所を探し、窓側の席に座った。
ちなみに、貸してもらった本は[三つのアミュレット上・中・下巻]という何ともシンプルな題名だった。何でも解読が必要なぐらい古い本らしく、渡されたこの本は現代版に翻訳されたものだそう。題名はというと、原物が掠れ過ぎていて解読出来ず、勝手に付けたそうだ。これはゴーゼルの受け売りである。
リンはセオリー通り、上巻から読み始めた。そこにはアミュレットの説明やそれにまつわる遺跡・文明のことなど、いろいろ書いてあった。
「これ…」
あるページを開いた時、リンの手が止まった。目に見えていたのは、三つのアミュレットが祀られているとされる遺跡の場所が書かれていた。
「そうか、ここ行けば…」
その時、突然バリン! というガラスの割れる音が響いた。次いでブチッという意図的に切られたような音を出して照明の電気が消えた。しかし、今は昼間だということもあって、照明が消えても然程支障はなかったが、このフロアにいたポケモン達はざわざわとしていた。
「これで大丈夫だろう。あれを探すぞ」
「昨日は暗過ぎて何も見えなかったが、これなら見えるな(クスクス)」
「笑うな、バレるだろ」
「わーったわーった」
電気の消えた館内に、会話をしている小さな声が聞こえる。
「あの、何をしてるんですか?」
「うわ! 何だよ?」
小声で会話をする二人に問い掛けたのはリンだった。
「お前には関係な…」
二人の内の一人が言葉を詰まらせる。その男の視線の先には、リンが見ていた本がある。
「おい! あれだ!」
「えっ? おう、あれか!」
その二人は無防備の本へ向かい手をつけた。
「えっ、何してんの!?」
「うるせぇ! 退いてろ!」
「きゃあ!」
リンが止めに入ろうとするが、一人がリンを突き飛ばした。
「おい! さっさと撤退だ!」
「おう!」
二人組は割れたガラスの穴を通って素早く出ていった。
一方その頃、ディーザは図書館の裏にいた。
「くそー。中に入りたいけどグラエナは通してくれないし、裏口を探してみたけどそれもないや」
「おい! さっさと撤退だ!」
「おう!」
ディーザが愚痴を零すと、上から二つの声が聞こえてきた。
「何だ?」
ディーザが視線を上に向ける。すると、何と上から二人のポケモン、ドクロッグとラッタが落ちてきていた。
「わわわわわ! こっちくんなー!」
ディーザは落ちてくる二人組の落下点から逃げるように離れ、落ちてきた二人は爆発音のような物凄い音を立てて地面に落ちた。
「痛たたた…。何で、何も準備してないんだよ…」
「そんなこと言ったって…」
「あのー、大丈夫ですか?」
痛めた箇所を摩りながら揉める二人にディーザが近づき安否を確認した。すると、二人の内の一方、ドクロッグがディーザを見つけて声を発した。
「やべ、見つかった! 逃げるぞ!」
ドクロッグはもう片方、ラッタを叩き起こし、その場から一目散に離れようとする。
「ちょっと待てよ、何で逃げるんだよ!?」
逃げようとする二人の後を、ディーザが追いかけようとする。
「煩い! 黙ってろ!」
そう言うと、ドクロッグはディーザに向けて"どくばり"を吐いてきた。
「なっ、何でだよ!」
ディーザは向かってくる紫の針の群れを咄嗟に避ける。
「"どろばくだん"!」
「うっ、ぐっ!」
"どくばり"の命中の有無の確認もなく、ドクロッグが立て続けの攻撃を加えた。それはドシャ! という音を立ててディーザの腹にもろに命中した。
「くそ、腹がいてーよ。そっちがそうゆうつもりなら、"ひのこ"(うっ…)!」
「次は俺っちがやる、"こごえるかぜ"!」
ディーザの反撃。大きく開けた口から"ひのこ"が放たれるが、お腹のダメージのせいで踏ん張れず、思った程の威力が出ていない。それに対し、ラッタは口から文字通り凍えそうな風を吹いた。それは"ひのこ"とぶつかると小爆発を起こし、周りを白い煙で覆った。
「今のうちだ! 逃げるぞ!」
「まっ、待てよ!」
煙の向こうに薄っすら映る二つの影に向かい、ディーザはフラフラしながらも飛びかかる。
「よし捕まえたぞ!」
そして煙が晴れると、影が形になって見えた。
「何だこれ!?」
そこにいたのは奴らではなく、"みがわり"だった。辺りを見回すが姿が見当たらないことから、まんまと逃走を許してしまったようだ。
「くそ、逃げられたのか…」
「何の騒ぎだ!」
騒ぎに気づいたグラエナ達が表から回ってくる。そして、さっきの爆発で抉れて出来た穴を見ると、ディーザを囲む陣形をとった。
「おまえはさっきの! さては裏からでも入ろうとしたな!」
「ちょっと待て! 誤解だ!」
「問答無用!」
「ちょっと待って下さ〜い!」
グラエナがディーザに攻撃を仕掛けようとしたその時、またもや上から何かが降りてくる。しかし、今度のはゆっくりと降りてきた。
「かっ、館長さん!?」
警備員が揃えてそう口にする。そう、降りてきたのはゴーゼルだ。
「この人は泥棒を捕まえようとしていただけです。悪いことも何もしていません」
そうゴーゼルが説得すると、グラエナ達はすぐに理解した。
「そうか。疑って悪かった。それにしても何で裏にいたんだ?」
「えっ? 何でって…、ここ日陰で涼しいからだよ。はは…」
苦し紛れの言い訳に愛想笑いをしたディーザは息を飲んだ。
「そうか。まぁ今日は暑いもんな」
「そうそう、あはは(ごまかせた〜)」
バレることを覚悟していたディーザはホッとした。
その後、場所は図書館内部一階。捜査のために多くの警察が来ていた。この数が、今回起きたことの重大さを物語っていた。ディーザ達は捜査が入っている館内を出て、隣にある別館の入口付近にいた。
「リン落ち込むなよ。二対一だから仕方ないって」
「そんなことないよ…」
リンは落ち込んでいた。大切に保管されていた本を、自分のせいでまんまと盗まれたからだ。怪我をした箇所を包帯で巻いたディーザは、リンから状況を聞いていたゴーゼルから事情を聞き、慰めていた。
「盗まれたのはしょうがないことです。昨夜は何も盗まれていなかったとはいえ、警備の補強が甘かった私の責任です」
ゴーゼルがそうフォローをしてくれたが、下を向いたリンからの返事はなかった。それを見たゴーゼルは、ディーザに助言をした。
「今日はもう休まれた方がいいでしょう。このすぐ近く、歩いて二・三分の所に私共の図書館の社宅があります。確か空き部屋があったはずなので、どうかそこで泊まっていって下さい」
「…はい、ありがとうごさいます」
ゴーゼルの提案を聞いたディーザは、リンの背中を摩りながらその場にしっかりと立たせる。そして、ゆっくり歩いてその社宅に向かった………