第十話-森の中で
優しい木漏れ日が斜めに注ぐ森の中、二人は並んで歩いていた。その二人の肩には、色違いのバックが下げられていた。
「それで、これからどこへ行くの?」
ディーザがリンに質問する。二人が出発してから少し時間が過ぎ、進む先にはまだ木々以外に見受けられていなかった。
「とりあえず、情報収集しないと始まらないから大きな町に行くの。レアンから一番近くで大きい場所を聞いてあるから、まずはそこに行きたいと思う」
リンはそう説明すると、中身の整理されたバックから、綺麗に四つ折りにされた地図を取り出した。
「これのどの辺り?」
「この森がこれで、これから行くのはここ」
リンが示した場所は、地図の西端から少し南東にある森を、南に抜けた先にある街だった。その地図には、四つの大きな大陸と、小さな島々が点々と描かれていた。
「そこには今日中に着けるの?」
「うーん、何もなければ日が暮れる頃にはギリギリ着けるかな?」
「じゃあなるべく早く歩かないとね」
「そうだね、出来れば野宿はしたくないし」
「そっ、そうだね。…俺の場合、絶対火事にならないところじゃないとどこでも変わらないけど…」
野宿と聞いて、ディーザは目線を少し外して呟いた。
「何か言った?」
「ううん、何でもない」
「そう?」
二人は再び、止めていた足を動かし始めた。
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同刻のある場所、
緑のポケモンが一匹…。
「たす…けて…」
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「リン、川があるよ、川」
あれからしばらく経ち、太陽は真上から少し傾き始めた頃、二人は穏やかな川を見つけた。先程まで続いていた緑の天井は、この川の上には敷かれていなかった。
「喉がからからだから、早く水汲みに行こ」
リンは機嫌悪いのか、愛想なく言った。
「何だよ、まだ怒ってんの? 元はと言えば水筒の準備を忘れたリンがいけないんじゃないか。"準備は出来てるから"とか言ってたのに」
「もういいでしょ! 川は見つかったんだし。大体、水筒ぐらいディーザが気を利かせてもよかっんだからね!」
「えっ、もしかして逆ギレ? いやー参ったな。この先が思いやられるよ」
鎮火しかけていた火事場に油を注ぐ形となり、小さな火は再び燃え始めてしまった。それに対し、その火元は嫌味を込めて返した。
「逆ギレじゃないし! それなら今から集会所に戻れば? あれはあたしの探し物だから、あなたは別にいなくても構わないんだけど?」
「元々そっちが誘ったんじゃないか! 大体今から戻ったら夜になるし、もう道わかんないし!」
「あーもういい!」
この火事、もとい喧嘩の発端はお昼の時のことだった。
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「そろそろお腹空かない?」
「同感。それに喉も乾いた」
「じゃあ少し休もっか」
二人は周りに比べて少し大きな木の下に座る。もちろんディーザは木とは反対側に尻尾を向けている。
「リンゴを切ったやつと、黄色と赤色のグミ。集会所を出る前に用意しておいたんだ」
リンが自分の肩掛けバックからお弁当箱だと思われる物を出す。そこでふと、ディーザは自分のバックを確認してみる。中身がいっぱいのリンのバックと対象的な自分のバックを見て、黙って蓋をした。
「集会所に売店なんてあったんだ。気づかなかった」
ディーザは教えてっと顔で言った。リンはその顔は確認せずに、準備しながら答えた。
「気づくわけないよ。だって買ったんじゃなくておばちゃんから貰ったんだもん」
そうなんだ、とディーザはリンの人付き合いの良さに感心した。
「あと水筒だよね? これこれ」
外すとコップになる蓋を開けて、水筒の中身を注ごうとする。
「・・・」
「出てないけど…」
ディーザの冷静なツッコミに戸惑うリン。
「あは…あはは…、入れ忘れたみたい」
「そうなの?
あー、飲めると思ってたから余計喉が乾いた」
ディーザが残念がると、リンには嫌味に聞こえたようで、
「そんな風に言わなくてもいいでしょ!?」
「何で怒るの!? 普通に言っただけじゃん!」
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時は戻って現在。
二人は黙って水筒に水を汲んでいた。川は日光が反射してキラキラしていていた。しかし、その水面には似合わない二つのしかめっ面が写っていた。
「何だ、あれ?」
水を汲み終わったディーザが川上に視線を向けると、腰につけるタイプのポーチが流れてくるのを見つけた。リンはそれを無視している。
「誰かの落し物かなー?」
手の届く所に流れてきたポーチを拾い揚げ、わざとリンに聞こえるのように言った。流石に少し気になったリンがディーザを方をチラッと見た。しかし、リンの視界にはディーザ以外の生き物の姿が入ってきていた。
「ディーザ、あれ見てあれ!」
「えっ?」
ディーザも目を向けると、川上から物ではない何かが流れてきているのが確認出来た。
「あれはやばいよ! 引っ張り揚げよう!」
「う、うん!」
二人は一斉に川の中に入ろうとする。
「ディーザ待って! あんたは尻尾が濡れるからダメ! あたしが川に入るから、そこで引き揚げるの手伝って!」
「あっそっか。危ない危ない…」
リンが川に入ると、身体は腰辺りまで水に浸かった。そして、その何かを引き揚げるために岸に寄せた。ディーザはそれに手を伸ばして掴んだ。
「よし、掴めた!」
ディーザはそれを引っ張り、リンは押し上げる。そして、二人の頑張りによってその何かの全体が陸に揚がった。
「大丈夫!? ねぇ!」
すぐに川から上がったリンがその生き物の身体を揺する。
「うっ、ぶっ! ゴホォ、ゴホォ!」
「うん、気がついたから大丈夫だね」
詰まっていた水を吐き出し、そのポケモンは目をゆっくり開けた。
「大丈夫? あなた、川上から流れてきたのよ」
「…助けてくれて、あり、がとうございます」
リンの言葉を聞いて、初めて二人の存在を確認した。そこで何と無く状況を察した緑色のポケモン、チコリータは二人にお礼を言った。それを見たディーザが率直な質問する。
「どうして流されてきたの?」
「えっと、ちょっといろいろあって…」
「何か言いにくいこと?」
チコリータはそれを聞いて、顔を赤くした。
「実は、わたしはすっごく寝相が悪くて…。それで、今日昼寝をしていたら…」
「川に落ちたわけだ」
ディーザが横から口を挟むと、チコリータが小さな声で言った。
「はい…、その通りです…」
どうやら見事にディーザがオチを当ててしまったようである。
「とにかく、ご心配おかけしました」
「そんなことないよ。無事でよかったよ」
落ち込み気味のチコリータを、リンがフォローした。
「お腹空いてる? リンゴがあるけど食べない?」
「えっ、申し訳ないですし、お腹も大丈夫ですし…」
と、言ったところで、チコリータのお腹がぐ〜っと鳴った。それはまるで、お腹が嘘つくなと言っているようにも聞こえた。
「あっ…」
「遠慮しなくていいよ、食べよ!」
「はい、じゃあお言葉に甘えさせて頂きます」
そして、リンはバックからお弁当箱を取り出し、二人は遅めの昼ごはんを食べ始めた。ディーザはその会話に入れず、ただ二人のやり取りを傍観していた。
「俺も食べていい?」
「文句を言う人にはあげません」
リンがきっぱりと言った。
「まだ怒ってんの〜? 勘弁してよ」
「ダメなものはダメ」
リンはふんっとして言った。
「仲がいいんですね」
「「そんなことない!」」
「そうですか? 息ぴったりですけど」
そのやり取りを見ていたチコリータはそう言った。それに対し、リンとディーザは同時にチコリータを見て、声を合わせて否定した。それを見ると、チコリータがクスクス笑って軽く茶化した。その時、二人は顔から火が出る思いをした。
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「で、あなたはどこかに行く途中なの?」
空になったお弁当を片付けながらリンが質問する。あの後、ディーザも赤色グミだけは食べさせてもらえた。
「この森を抜けたの先にある、レーガシティまで行くつもりです」
「ん? 聞いたことあるな〜」
ディーザが腕を組み、首を傾げて自分の頭の中を探る。
「もうディーザ、聞いたことあるなって、レーガシティは私たちも行こうとしてる所だよ」
「あーそうだそうだ」
ディーザは左手のひらに軽く握った右拳を、軽くポンっとやった。
「ねぇ、そうしたらレーガシティまで一緒に行かない?」
リンの提案にチコリータは笑顔で答える。
「是非お願いします」
「じゃあ決まりだね! そういえば、自己紹介がまだだったね? わたしはリン。そっちがディーザ」
「わたしはリーフです」
「よろしくねリーフ。ディーザもリーフと一緒に行くの、別にいいでしょ?」
「いいけど、もうすぐ日が暮れ始めますよ」
軽く自己紹介をしたところでディーザが言う。リンが空を見ると、オレンジになりつつある太陽が地平線に向かっていた。
「本当だ! 早く行こ!」
「はい!」
「おい、置いて行くなよ!」
まるで学園ドラマのように、リンとリーフはディーザを置いて走りだした。ディーザはそのゆっくり小さくなっていく二人の後ろを追いかけて走っていった………