第三話-伝説
「……ってわけなんです」
「・・・」
「……あと何回説明すれば解かります?」
そう、話し始めてからかなりの時間が経っていた。すでに五回も同じ内容の話をしたが、返ってきた反応は、"・・・ポカーん"という反応のみ。
「(何だよポカーんって。相手の考えを見抜けるぐらいだから、少しは知的なポケモンだと思ったのに、そこら辺のヤドンと変わらないじゃないですか。その頭の巻貝は飾りですか?)」
この状況にイライラとしているヒトカゲは、そう心の中でブツブツと文句を言った。
「失礼します」
思いつく限りの文句を言い尽くしたのとほぼ同じタイミングで、巻貝の後ろにある扉がゆっくりと開いた。すると、テントウムシによく似たポケモンがこの空間に入ってきた。
「余りに長いので様子を見に来たんですけど……、なんか暑くないですか? この部屋……」
そのポケモンは、自分の手で顔を仰ぎながら聞いた。扉が開くのと同時に、外の涼しい空気が流れてきたのを考えると、確かに外よりはこの部屋の温度が高いことは容易に理解できる。しかし、炎タイプにはそれほどの室温ではないようだった。
「えっ? そんなことはないと思うけど……。それよりこの人、こんな調子でずっとポカーんとしてるんですけど、どうにかしてくださいよ」
ヒトカゲに言われ、そのポケモンはそっとヤドキングの顔を覗き込んだ。そして、何かを理解したような顔をした。
「すみません……」
何故か申し訳なさそうに謝り、ヤドキングの肩を叩きながら一言。
「寝ちゃダメですよ。起きて下さい」
「え、寝ちゃダメって、ずっと寝てたの!? いつから!? というより、俺はしばらく寝てる人に話してたの?」
相手が寝ているのに気づかず、会話ごっこをしていた自分の姿を想像すると、無性に恥ずかしくなった。身体が火照るように熱く、オレンジ色の顔が赤くなるのが自分でもわかった。
「……あっ」
腑抜けた声を漏らしたヤドキングは、口を開けたまま一度瞬きをした。
「あっ、起きました」
「えっ? あっ、その、どうも……」
恥ずかしさで頭がいっぱいで、ヒトカゲは反応が挙動不審な動きになった。
「ごめんなんだなー。良い感じにポカポカしてきて眠くなっちゃったー」
天然とも思えるヤドキングを見て、二人はため息をついた。そして、気を取り直したヒトカゲが質問した。
「それで、どこまで聞いてました?」
その質問から、ヤドキングは少し間を空けた。そして、起こしてくれたポケモンに言葉を掛ける。
「後で行くから、ちょっと外で待っていてね」
するとそのポケモンは、わかりました、と返事をして部屋を出ていった。そして、部屋から離れていったのを音で確認すると、ヤドキングは改めて話を始めた。
「……昔ね、ポケモンになった人間がいたという伝説があってね。しかも一人ではなく、複数いたそうなんだよ」
「……あっ」
その語りはいきなり始まった。表情自体は変えないが、キリッとした真剣な雰囲気を感じる。唐突であったこともあるが、その内容にヒトカゲは動揺を隠せない様子だった。
「その話、詳しく聞かせて下さい!」
ヒトカゲは机に強く手をついて身を乗り出した。すると、さすがのヤドキングも少し驚いたのか、それとも困ったのか、ヤドキングの周りはあのアホけた雰囲気に戻った。
「うん、話すけどまずは座ろうかー」
「あっ、はい……」
そう言われて、ヒトカゲは無意識に乗り出していた身体を引っ込め、静かに椅子に座わり直した。
「じゃあ話すよ。ゴホン……」
ヒトカゲが一つ息を吐いたのを確認して、ヤドキングは喉を整える。それに次いで、ヒトカゲは息を飲んだ。
「この伝説に出てくる人間は、この世界を救うために、自らポケモンになってこの世界に来たらしいんだ」
「自分からですか?」
「そう。 その時代、巨大な隕石が近づいてきていて、その影響でいろんな自然災害が起きていたらしいよ。地震や、それによる地形の変化とか。それで、その原因である隕石が直撃すれば、もちろん世界の滅亡は避けられない。そこで、この世界の精霊がその人間に助けを求めた。そして、それに応じた人間がポケモンとなって、この世界にやってきた。そこで出逢ったポケモン、パートナーと共に、隕石の直撃を退けて世界を救ったと伝えられているんだ」
ヤドキングが一区切りつけると、ヒトカゲは黙って話の整理をしていた。
「次は……と話したいところだけど、沢山あるから全部を話すと長くなるね。とりあえずここまでにしようか」
ヒトカゲはヤドキングの問いに反応しなかった。その様子は、うーんうーん、と考えているのか狼狽えているのかわからない状態だった。
そして、このやりづらい間が少し通り過ぎたころ、不意にヤドキングが話し始める。
「それで、何が言いたいのかというと、もし君の話が本当なら、この伝説と同じみたいなもんなんじゃないかなーと思うのよ。ここに出てくる人間の多くは、最初の頃は記憶をなくしていたらしいよー」
記憶というヒトカゲにとってのキーワードだけが耳を掠めた。と同時に、下を向いていた目線をヤドキングに合わせた。
「それって、もしその伝説が本当だとすると、俺も世界を救うとか、そんな感じのことをするためにここに来たってこと……? いや、ちょっと待ってよ。普通に考えてそんなの出来ないよ」
「まだそうと決まったわけでないし、今は至って平和だよー。それに、今は世界の危機的な状況でもないし、今からそんなこと考えてもしょうがないと思うけどなー」
「そっ、そうですよね」
ヒトカゲの言葉は、最後の方は誰に向かってのものなのかは分からないものだった。ただ、彼の頭の中が混乱しているのは見るからに確かで、心中お見通しのヤドキングはフォローを入れた。そのフォローに対し、ヒトカゲはかいていない冷や汗を拭って自分を落ち着かせようとした。
「とりあえず、この先やる事はまだわからなそうだし、今日は空き部屋に泊まってゆっくり考えなよー」
急なヤドキングの提案に、えっ、そんな、悪いですよ、と言いたいところだが、行く所や寝る場所の宛てがないヒトカゲは仕方なく、
「……じゃあ、お言葉に甘えて……」
と、答えた。
その後、もう少し話しをしてからこの部屋を出た。教えられた部屋番号の鍵を借りるため、もと来た道を戻って最初の受付の場所へと向かう。
「ところで、結局ヤドキングは俺のポケモンになってからの生い立ちの話はどこまで聞いてたんだろう……」………