第二話-管理人
「とにかく中へ行くよ!」
少々怒り気味のデンリュウの強気な命令口調に流されるように、大きな建物の中へとそのヒトカゲは入っていった。そこには、さきほど見えた他のポケモン達もいて、デンリュウと同様に人間の言葉を使って会話をしていた。本来ならば、これを異常な現象として捉えて、騒ぐなり驚くなりするのだが、今は一切気にならなかった。何故なら、自分の身に起きた怪奇現象の方が、このヒトカゲにとって一番重大なことだからだ。
そして、その力の抜けた無抵抗のヒトカゲをデンリュウは構うことなく奥へと引きずり込み、一枚の扉の前で立ち止まり口を開いた。
「管理人さん、外に変なのがいました」
「(えっ、変なのって……俺のことか?)」
初対面のデンリュウにあんまりなことを言われたのが耳に入り、ヒトカゲの意識は遠い所から戻ってきた。そして、その納得のいかない発言に対して、透かさず反論した。
「ちょっと待ってよ。変なのって酷くない?」
「変なのだから"変なの"って言ったの。おかしいかしら?」
少し強めに言ってみたが、デンリュウに動じることなく返されてしまい、ヒトカゲは不本意な気分になった。
「(何だこいつは? さっきから煩いし、連れ込むし、なんか上から目線だし……)」
それに併せて、デンリュウが目も合わせずに言い放ったことに対して不満がふつふつと湧き、なんとか相手が言い返せないように文句を言えないか模索し始めた。
「変なのって、何かなー?」
そうこうしている間に、建物に入ってすぐの受付のような場所を、左に曲がった通路の奥から二番目の扉、目の前の板が動いた。
「さっき外に出たら、見覚えのないヒトカゲがいました。そこの窓際で寝てて、怪しかったので連れてきました」
と、デンリュウが淡々と言うと、手に持っていたヒトカゲをまるで捕虜のように、管理人だというヤドキングに突き出した。
「うん、後はやっておくよ。ありがとね」
管理人は特に表情も変えずに、ヒトカゲを引き取った。引き渡しが終わると、デンリュウは、お願いします、と言って離れていき、余りにも事務的な対応に思考が止まっているヒトカゲはそのまま部屋に入れられた。
それから数分経ち、ヒトカゲにお茶が出された。そのお茶を見たヒトカゲは、自身の喉が乾いていたことを思い出して一気に飲み干し、一息吐いた。そこでようやく、固まっていた思考が働きだしてきた。すると、今度は空腹であることも思い出したかのようにぐうっとお腹が鳴った。その気持ちが落ち着いたタイミングを見計らったかのように、ヤドキングが質問をした。
「君、どこから来たの? 名前は?」
「……(今度はヤドキングに話し掛けられるし、どうなってるんだ? 少しは考える時間を……)」
と、少しムッとした顔で黙っていると、
「わかったよ。もっと落ち着いた頃にまた来るから。話す気になったら話してねー」
と言って、またヤドキングは出ていった。
「わかったって、まさか考えてることを見透かされた!? でも、よく考えたら相手はエスパータイプだ。今起きていることを考えれば、不思議でもなんでもない、のかな……。よし、少し落ち着いて考えてみよう。まず、起きたら真夜中の森の中でーー」
ヒトカゲは、自分が連れ込まれたその職員室のような場所で頭の中の整理を始めた。
「とりあえず、俺は元々人間……のはずだ。でも、今はヒトカゲの姿だ。尻尾もあるし、自分の意思で動かせるから、これはもう認めるしかない……」
自分に尻尾があるなんてことは、なんとも不思議でムズムズする異様な感覚だった。自分の意思で動くとなると尚更だった。しかも、その先端には火まで点いてるおまけ付き。しかし、何故か熱くはなかった。
冷静になってみると、明かりのない夜の森でそれに辺りを確認出来たこと、何故それに対して何も疑問を持たなかったのか、俺ってバカなんじゃないかとも思ってしまう。それに、歩いている時に歩幅が狭いと感じたのも、人間からヒトカゲになれば当たり前のことだった。
「起こされた時は、ぼやけていてわけがわかんなくなってたけど、覚えてるのは名前と歳ぐらい……。自分の経験や人間関係とかの記憶が全くと言っていい程に思い出せない…」
その次に、自分の記憶がほとんどないことに気がついた。すると、大きな孤独感を覚え、それとなく少し悲しくなってきた。
「とりあえず、今わかることと、この状況を説明して聞けることがあれば聞こう」
不安感と違和感は拭えることはなかったが、ヒトカゲは前向きに思考を働かせようと務めた。
それからまもなくして、再び扉が開いて巻貝頭が部屋に入ってくる。表情などは、さっきと変わらない。
「そろそろ大丈夫かな〜?」
「まぁ、少しは…」
ヒトカゲはヤドキングの後ろ姿に浮かぶ巻貝の目を見て小声で答えた。
「そっかー。それで君は誰なのー?」
「(いきなりすぎる。戻ってきてすぐに本題なんて、ヤドキングのわりにせっかちだな……)」
と、そのいきなりな問いかけにヒトカゲが心の中で呟くと、ヤドキングは少し困った顔をした。
「そうかなー。皆には時々呑気な人だなーって言われるけれどー、せっかちかなー?」
「えっ!?」
ヒトカゲはヤドキングの言葉に思わず驚いた。しかし、頭の中で言葉を発すると悟られてしまうことを思い出してヒトカゲは冷静になった。気を取り直し、驚いた顔を元に戻してから言葉を返す。
「あなたは僕の考えを見抜いてるみたいですけど、一々それに返答するの止めてもらえませんか? 落ち着いて話せませんから」
お店の受付の人のような喋り方になる。誰でも、本当に真面目に話すとこうなるものだ。
「それもそうだね〜。じゃあ聞くから話してよ〜」
「(この人やっぱりせっかちなんじゃないのか?)」
それから、このヤドキングに自分が目覚めてからのことを話した。管理人は元々アホけた顔をしていたが、"人間がーー"という話になると、それ以上にポカーんとしてるように見えた。その顔を見る度、にやけてしまいそうになるのを堪えながら、ここまでの経緯を話した………