第九話-出発
「リンさ〜ん」
話が落ち着いた頃、その声の主は文字通りリンの元へ飛んできた。
「どうしたの、レアン?」
「リンさんにお客さんです。依頼主です、と言っていました」
「あっ、来たの? 今行くね」
それを聞いたリンは思い出したように言った。その横にいたディーザはキョトンとしている。
「ご飯の前にレアンとしてたお喋りだけど、ただ喋ってたわけじゃなくて、依頼主さんに[薬草を取ってきました。受け取りに集会所まで来て下さい。]ってメールを送ってもらってたの」
そうなんだと思ったが、それと同時にひとつ言いたいことが出来た。
「その作業って、ほんの何分かでしょ? やっぱりほとんど関係ないお喋りなんじゃないの?」
リンと、レディアン改めレアンの二人はギクッという顔になる。
「別に責めてるわけではないけど…。行かなくていいの?」
「そうだった!」
リンは席を立ち、急ぎ足で受付の方へ向かっていった。ディーザは、しょうがないな、とリンの分と合わせて食器等を返却してから、ゆっくり歩いて向かった。
ディーザが受付に着くと、入口の前でリンとレアンがあるポケモンと話しているのが見えた。
「薬草はこれであってますか?」
相手のポケモンに、リンが事務的に尋ねる。レアンはその横で様子を眺めている。
「これで間違いないです。しかもこんなに沢山…、ありがとうございます」
すると、軽く頭を下げた。そのポケモンはその場で振り返り、ウィーン、という機会音と共に出ていった。今のが例の依頼主みたいだな、とディーザは察した。その見送りを終えてリンが振り返ると、曲がり角に立っているディーザに気がついた。
「依頼主さんが凄く喜んでくれたよ。これもディーザが手伝ってくれたおかげだね」
「そんなことないよ…」
正直に言われると、こんなにも照れ臭くてむず痒いものなのか、とディーザは感じた。
「今日は疲れたね。わたしは部屋に戻って寝ることにするよ」
「うん、俺もそうするよ」
「じゃあ、おやすみ」
そう言って、昼間に二人がぶつかった階段の方へ歩いて行った。
ディーザも部屋へ行くためには、そこに行かなければいけないのだか、今行くとなんとなくついて行っているみたいな感じがするので、少し時間を開けてから、今度は歩いて三階へ向かった。
「俺の部屋は…三百八…三百九、ここか」
この部屋はこの階の一番奥の部屋だった。バックに入れておいた鍵を使って扉を開けると、そこは三畳半程の広さで、木で出来たベットと小さなテーブル、少し上に小窓があるだけの部屋だった。本当に寝泊まりだけを目的とした作りだった。
「疲れたからもう何もしないで寝よう」
と、ベットに腰掛けようとする。が、ディーザは目の前に来て立ち止まった。
「これに俺が横になったら、確実に火事になるよな…」
………………………………………
「ディーザおはよう。昨日はよく眠れた?」
「少しは眠れたけど、眠いし…身体も痛い…」
ディーザが階段を降りてくると、受付の向かいにあるベンチでリンが待っていた。よく眠れたのか、顔がスッキリとしている。それとは対象的に、ディーザの顔は少し萎れたようになっている。
「よく眠れなかったの?」
「いろいろあったんだよ…。気にしないで…」
昨夜のディーザは、ベットに横たわることが出来ないため、尻尾を前に持って座り、壁に寄りかかって寝ていた。しかし、もしも手の力が抜けて尻尾の位置がずれてしまったら、火が壁や床に引火してしまうのではないかと気になってしょうがなく、ほとんど寝れていなかった。その上、夜通し床に座っていたため、身体中が痛くなっていた。
「今日でここを出るんだけど、準備しないといけないよね。でも、ディーザって何か持ち物とかあったっけ?」
「昨日渡されたの以外ないよ」
ディーザは前屈で背中を伸ばしながら答えた。
「ねぇ、ディーザってどこから来たの?」
「えっ?」
唐突にそう聞かれたディーザは驚いた。しかし、その質問は不思議なことではない。持ち物も無い、旅の目的とかも無いディーザに疑問を持つのも、当然と言えば当然のことだった。
「リンが知らない所」
「もったいぶってるなー。まぁ別にいいけど」
素っ気なく答えると、リンが不満そうに言う。少し微妙な雰囲気に、ディーザは頬をかく。
「わたしの方は準備出来てるから、部屋の鍵だけ返してきなよ」
「わかった」
そうリンに促されて、受付のレアンに鍵を渡しに行った。その時、少しだけ会話を交わした。
「ではリンさん、ディーザさん。気をつけて行ってきて下さいね」
「うん、ありがとう」
「お世話になりました」
リンとディーザは、それぞれ挨拶をして集会所を出る。すると、葉の間から差す、気持ちのいい日差しが二人の周りを包んだ。
「ここの日差しは気持ちがいいな」
ディーザが柔らかく目を瞑り、太陽の方を向いて言った。
「本当に一緒に探してくれるの?」
そのディーザの方を向いて、リンは再度確認する意味で質問した。
「昨日そう言ったでしょ? 約束する。見つけるまでちゃんと付き合うよ」
それを聞いて、リンは一拍おいてから言った。
「今更だったね。これからよろしくね」
その時の森には、握手をした二人のこれからの旅を、優しく応援しているような、そんなそよ風が吹いていた………