第七話-初戦闘
ダンジョンに入ってから数分。辺りは相変わらずディーザの尻尾によって半径二メートル程は明るいが、その先はほとんど見えないという状況だった。
「そういえば肝心なことを聞いてなかったけど、その依頼で何をするの?」
前を歩いていたディーザが、後ろを振り向いてリンに聞く。
「言ってなかったっけ? 依頼の内容はね、[息子が病気で苦しんでいます。"薄暗い森"というダンジョンにある薬草を摘んできて飲ませれば治るのですが、今は手が離せなくて困っています。代わりに誰か、薬草を摘んできてください]、って書いてあるの」
「ただ薬草を採ってきてくれって、随分大雑把な依頼だな。その薬草がどんなのか知ってるの?」
「写真が付いてるから大丈夫。葉っぱの上側は緑、裏は赤色で、木の根元とかによく生えているんだって」
「それをこの暗さで探せと? 結構面倒な依頼だな〜」
「あっでも、普段はこんなに暗くないはずなんだけど、来る日が悪かったのかな〜」
わざとらしく首を傾げたリンを見て、ひとつ答えが出た。
「リン、ここに来たことないんでしょ?」
「あはは…、はぁー…」
いかにも、バレたか…がっくし、という感じで肩を落とした。
「やっぱり…」
「でもさでもさ、"薄暗い森"っていうぐらいだから、普段はこんなに暗くはないんだよ、きっと」
リンが子供のように言い訳を言った。しかし、それも案外間違ってはいない。確かに、今の暗さは薄暗いと言うには暗すぎた。
「そうゆうことにしとくよ。とにかく早く探そう。昼過ぎでこの暗さだと、日が暮れる頃には完全に前が見えなくなるよ」
「うん…」
ディーザが追求したせいか、リンの元気がなくなってしまっていた。
「(あんまり言うと怒り出すかと思ってたのに、案外素直というか、何だか子供っぽく感じるな…)」
そう思いつつ、ディーザはそそくさと歩きだす。リンもそれに付いていくように歩きだした。
すると、歩いていた二人の上からバキッ! っという何かが折れるような音がした。その音と共に、二人の頭上から木の枝が何本か落ちてきた。
「何だ?」
ディーザは過敏に反応した。一方、リンは不安そうな表情で上を見つめる。
そのまま数秒の時が過ぎる…。
「……アリア!!!」
一瞬、誰かの名前かとも思ったが、それとほぼ同時に、暗闇で白く光る太い糸が、二人に向って無数に飛んできた。
「何だよこれ!」
「なんかこれネバネバする、気持ち悪い!」
飛んできた糸は、一瞬にしてディーザ達をグルグルに巻きにして縛っていた。
「これ、何かの糸だ。ということは、恐らく虫ポケモンに攻撃されたってことか」
その通り、とばかりに、上から十匹を超えるアリアドス達が落ちてきた。
「あんまりにも襲われないから気にしてなかったけど、きっとアリアドス達の縄張りに入っちゃたんだよ…」
元気なくリンが言ったが、すぐに、そうだ!、という顔になり、言葉を続けた。
「そうよディーザ、出番だよ! こうゆう時のために連れてきたんだから!」
「えっ? あ、そうか。よし!」
そう言ってアリアドスの方を向く。
「……どうすればいいの?」
その言葉にリンが座ったままずっこける。
「どうする? って、攻撃してよ! "かえんほうしゃ"とか"オーバーヒート"とか贅沢言わないから! "ひのこ"でいいから〜!」
必死にせがむリンの様子にディーザ困った表情を浮かべ、その次にリンの方を見て苦笑いした。
「"かえんほうしゃ"…、"ひのこ"…。よく考えたら俺、どれも出来ないよ…はは…」
「え〜!! あんたヒトカゲでしょ!? "ひのこ"も出来ないってどうゆうことよ!?」
リンの口調は、ディーザを集会所に連れ込んだ時のように戻っていた。
「あーー! わかったわかった! 出来ないんじゃなくて、やろうとしたことがないんだよ! 今日ヒトカゲになったんだから!」
声を声で振り払うように発した言葉により、今の今までイライラしていたリンの思考が止まり、頭の上に疑問符を浮かべることになった。
「今、"今日ヒトカゲになった"って言った?」
一瞬、空気が凍ったように止まる。その空気で、ディーザは言ってはいけないことを言ってしまった気がして、慌てて訂正を入れた。
「えっ、俺そんなこと言った? 技を出そうとしたことはないとは言ったけど…」
「そっ、そうだよね、何言ってるんだろうあたし…あはは」
二人とも軽く苦笑いする。すると、今のやり取りでリンの不安が紛れたようで、今度は冷静に言葉を発する。
「でも、やったことがないのは本当みたいだし、かと言ってこのままってわけにはいかないよね。ディーザ、足は自由でしょ? 足の爪であたしの糸を切って!」
「足!? 爪?」
ディーザは自分の足を見て呟く。
「(そういえば、ヒトカゲになってから自分の足までは見てなかったな…)」
人間の時では有り得ない三本の指に、鋭く兎がった爪。初めて意識的に動かしてみたが、問題なくその通りに動く。
「こんな時にボーとしないで早く切ってよ!」
リンの言葉にハッとした。
「ごめんごめん、今やってみるから」
リンの方に足を伸ばし、次につま先を伸ばすが、きつく縛られているせいでそれにも限度があった。
「切っ、れないな…」
使い慣れない短い足と三本指、そして届いたり届かなかったりする距離で苦戦する。その間にもアリアドスは二人に近づき、正面の三匹が"ヘドロばくだん"を準備している。このままだとまずい。その思考が二人に過る。
「あっ、そうだ!」
何か思いついたのか、ディーザは自分の尻尾をリンを縛っている糸に近づける。足よりも長い尻尾は、余裕を持ってリンの元へ到達する。
「えっ!? 何をするの!?」
「爪で切れないから、燃やすことにした! 熱いけど我慢してね」
まもなくして、尻尾の火は糸に燃え移った。それと同時に、火の熱で熱そうにするリン。そして、燃えて脆くなった糸の状態を見て、リンはその糸を力いっぱい引きちぎった。
「大丈夫か!?」
「大丈夫じゃない! 火傷するじゃん!」
ディーザが聞くと、すぐに怒った。そして少しブツブツ言いながら、自分に付いた土埃をはたく。
「それだけ元気なら大丈夫だな。よかった…」
リンは埃をはたく視線のまま、ディーザの気遣いに顔を少しだけ赤らめる。
「もう、よかったじゃないし…。でもとりあえず、相手は草タイプじゃなくて虫タイプ。あたしの攻撃でも何とかなるはず!」
そう言うと、リンは電気を溜め始めた。それを見て、アリアドス達が溜めていた"ヘドロばくだん"を一斉に繰り出した。それは擬音語では言い表しにくい、様々な音を発しながらこちらに飛んできた。
「(リン! 危ない!!)」
と、ディーザが叫ぼうとすると、その声の代わりに喉の奥から熱いものが出てきた。
その正体は、間違いなく"ひのこ"だった。
ディーザの口から放たれた"ひのこ"は、"ヘドロばくだん"を相殺した。そして、ちょうど電気が充分に溜まり・・・
「"チャージビーム"!」
リンは電気の光線を放った。前にいたアリアドス二体に見事命中。それは急所に当たり、ほとんどひんし状態となった。それを見た他のアリアドス達はそれに驚いたのか、その場から逃げ帰っていった。
「やった、助かった!」
「今の"ひのこ"は、俺が出したのか?」
飛び跳ねて喜ぶリン。それをよそに、ディーザは自分に起きた現象に驚いていた。
「技を出せないなんて嘘じゃん! 出来るじゃん"ひのこ"」
ぼーっとしていたディーザは、その無邪気とも言えるリンの声に反応する。
「いや、嘘じゃ・・・。
うん、実は技に自信がなくて…」
「そんなこと気にしないのに。でも凄い威力だったと思うけどな〜」
リンはディーザの"ひのこ"に驚いていた。しかし、一番驚いていたのは他ならぬディーザ自身だった。
「俺が火を吹くなんて夢にも思わなかった。今やっとヒトカゲになったってことを自覚した気がする…」
「えっ、何?」
ディーザは慌てて、何でもないと軽く首を振る。
「あっ、その傷…」
「えっ? あ〜、誰かさんの尻尾のせいで出来た火傷だね」
「本当にごめん! 俺が不器用なせいで…」
「別に大した怪我でもないし、気にしてないからよいよ」
晴れた表情で言うリンに、申し訳なさそうにするディーザ。
「…あっ、あそこにあるやつって…」
「えっ?」
リンがディーザが見ている方向を向くと、それらしき物が視界に入った。リンはそれに近づき、確認をするために屈んだ。
「木の根元に生えている緑の葉っぱで裏は赤色…。やった! きっとこれだ!」
リンがディーザの方に振り向き、満面の笑みを見せた。
「あっ、うん…。よかったね、見つかって」
リンがいきなり笑顔で振り向くのでディーザはそれに少し驚く。それに照れも混じり、その時の自分がどんな顔をしていたかは、本人にもわからなかった。
「隣りの木にもある! 摘んでいこうっと」
喜ぶリンに、ディーザは一言だけ発した。
「あのさ…」
「な〜に?」
「言いにくいんだけど、俺の糸を切るの手伝ってからにしない?」
その時、遠くからはヨルノズクらしき声がホーホーと響いてきた…。
………………………………………
「これぐらいあれば足りるよね。よし、戻ろっか!」
リンはディーザと出会ってから一番の上機嫌だった。
「俺は疲れた。いろいろあり過ぎて疲れた」
「あたしも疲れたよ〜。結構歩いたしね」
「うん…(そうじゃないんだよな〜。歩き疲れたのもあるけど、ヒトカゲになって初日の今日だけでイベントだらけだったことに疲れを感じるんだよ)」
「あっ、明るくなってきた!」
明かりを見つけてリンは小走りになる。待ってくれよ、とばかりにディーザも走る。
「「出口だー!」」
二人は声を揃えた。時間がかかったせいでもう夕方だ。二人が林道を抜けた途端、幻想的な景色が広がった。集会所で見た時の光がオレンジに変わっていた。
「綺麗…」
リンが小さな声で言う。ディーザはその顔を下から見上げると、少し胸の辺りが痒くなった。
「もっ、もうちょっとで集会所のはずだし、さっさと行こ」
「せっかくの景色なのに〜。まぁいいけど」
リンは少し残念そうだったが、そうして二人は、集会所へ向けて再び歩き出した………