第三十五話-けじめ
一方その頃。
集会所に向かっていたリンとハメイ、そのハメイに運ばれているディーザの三人は、無事に借りている部屋まで辿り着いていた。部屋に入ると、まずはハメイがディーザをベットに寝かせようとして、リンがそれを慌てて止めてテントを広げて説明した、という件があった。
そして、ディーザを横にした二人は、空いた小腹を満たすためにきのみを取り出して分けることになった。
「ハメイさん、だっけ? ディーザを運んでくれてありがとう」
「なんてことはない。念力で浮かせてきただけだからな」
「そうですか?」
リンは手に持ったきのみをハメイに手渡しながら次の質問をした。
「ハメイさん達は、何でわたし達のことを信用したの?」
「そうだな…。グラドはどうしてかわからないが、俺はこいつと話をして、信用してもいいと思った」
ハメイは言葉を選ぶように少し思考してから答えた。そのハメイがディーザを眺めながら話をするので、リンも自然にディーザに目を向けていた。
「ディーザ、大丈夫かな…」
「息は普通にしている。睡眠に入っているだけだ。恐らく朝まで起きないだろう」
ハメイは片膝を立てて座り、オレンのみを一口かじった。
「ところで、二つ程質問がある」
「何ですか?」
「何故俺達のことを手伝おうと思った?」
ハメイが質問をした時、リンも同じくその場に座り、オレンのみを食べようとしていた。リンは一口食べてから、その質問に答えた。
「ディーザはわからないけど、わたしはフレットが子供達の面倒を見てることを知ったから。わたしも同じようなもんだから、ほっとけなくなったってこと」
「同じと言うと、お前も俺達と似た事情があるということか?」
「わたしも本当の親はいない。家族はいるけどね」
「そうか」
「でも何でだろう…。他の誰にも言ったことないのに、あっさり話せちゃった」
「ディーザにも話したことはないのか?」
「特別な理由はないよ。単純に話すようなシチュエーションがなかっただけで、今がその場合だったから話した、それだけだと思う。もしそれが理由じゃなかったら、変な仲間意識のせいかも」
フレット達の環境にリンが近いものを感じたように、ハメイもそれに似たものを感じていた。それ故に、少し照れ臭い気持ちも同時に生じていた。
「もう一つの方を聞くとしよう。どうしてお前達は旅をしている?」
「目的ですか? わたしはアミュレットっていう宝石のようなものを捜して旅に出たの。今は一度故郷に帰るつもりだけど」
リンは勿体ぶることなく答えた。すると、ハメイは顔色こそ変えなかったが、それまでとは少し雰囲気を変えて話し出した。
「少し余計なことを言うかもかもしれないが、昼間ディーザにも同じ質問ような質問をした。その中でリンのことも聞いた。その答えは、一緒に旅をしている仲間だ、と言っていた」
「はい…」
「その次に旅の目的も聞いた。そうしたら、俺とリンとでは目的が少し違うかもしれないから、と言っていた」
ハメイは相変わらずの無表情でそう言った。すると、言葉も出さずにリンは固まり、胸の辺りを疑問という虫が渦巻いた。旅の目的が違うとは、一体何故なのか。リタイを倒してアミュレットを守ることが、二人の共通の目的だと自負していたリンにとって、それはこれを揺らがせるものだった。
「どうかしたか?」
「えっ、何でも、ないです…」
「心当たりがあるのか?」
リンは思考を巡らせたが、少し動揺しているためか心当たりなど一つも見つけられなかった。
「ちょっと、ないかも…」
リンがため息にも見える反応をすると、ハメイはオレンのみを食べ終えた。すると、そのままハメイは床に雑魚寝の体勢になった。それを見て、リンも仕方なく残りを口に入れ、口を濯いでベットに入った。
「やはりこの話は余計なことだったな。何か勘違いしているかもしれないから、これも言っておく」
そのタイミングを見計らったかの如く、一言ハメイが言った。
「ディーザはリンのことを、誰よりも信頼出来るやつだ、とも言っていた」
「そっ…」
「だから変な考えは起こさない方が、これからのためだと思う。それに、俺はこれを聞いてから、ディーザのことも、リンのことも自然と信用出来ると思った」
ハメイが一方的に話す間、二人が体勢を変えることはなく、沈黙のようなものが部屋をスッと通り抜けた。
「それにしても、あの感覚は不思議だったな…」
その言葉は、信用出来た理由が自分でもよくわからない。そう言っているようにも感じさせた。ハメイは一つ欠伸をすると、それから何か話すようなことはなく寝てしまった。一方のリンは、自分の中に出来た蟠りが少し晴れたが、その後は何も考えることもなく、天井をジッと見ることしか出来なかった。
そして、その夜が明けようかとする時刻。
「う、ん…あぁ」
そんな声の正体は、眉間にシワを寄せているディーザの寝言だった。
「はぁっ!」
床に敷かれただけのテントの上で勢いよく身体を起こして目を覚ました。その額には数滴の汗が滲んでいた。
昨夜、外で気を失っていたディーザは、所在の確認をするために周りを見回した。すると、ベットの上にリンを見つけることができ、間取りと合わせてここが集会所であることを理解した。
「ディーザ起きたの?」
ディーザの発した声で目が覚めたのか、リンがベットから身体を起こしてディーザの方を見ていた。
「リン、おはよう」
「うん、おはよう」
寝起きというのもあったが、それとはまた別の要因も重なったこともあり、そのやり取りは二人共にどことなくぎこちなかった。
「ディーザ、ちょっと聞いていい?」
「何?」
互いにそのぎこちなさを感じ取り間が空いたが、程なくしてリンが話を切り出した。
「わたし達の旅の目的って何?」
ディーザはその藪から棒な質問の意図が読めず、すぐには反応出来なかった。リンには、それの様子が答えることを躊躇っているように見えていた。
「わたしは最初、アミュレットを探すことが目的で旅を始めた。でもその途中でいろいろあって、今はリタイを止めることがわたしのやるべきことだと思ってる」
「…何だ、心配する必要なんてなかったんだ」
リンの話を聞いたディーザは、少し苦笑いをしていた。すると、次はディーザが話し始める。
「俺は、自分の記憶の手掛かりが欲しくて旅を始めた。本音を言うと、リンの目的は"ついで"のつもりだった。でも、気がついたらリンを手伝う、一緒に旅をすることが目的になってた。だけど今度は、リタイを止めることになった」
ディーザは隠し事をすることなく答えた。今目指すべきこと、目的が互いに同じであったことに、リンは安堵の気持ちを持った。
「それにしても、[知識の地底湖]で戦った後から何と無く様子が変だったから何かあったのかと思ったよ」
「そう、なの?」
リンは自分の様子について言われたことに対して、痛くもない腹を探られるような感じがした。
すると、リンの中に一つの仮定が出現し、それはディーザの言葉と勝手に結びついた。
「もしかして、ディーザとわたしの目的は違うかもしれないっていうのは、わたしがリタイと戦いたくないんじゃないかって思ってたから?」
リンは、今の二人の目的はリタイを止めることで合致していながら、ハメイに言われた通りの言葉をディーザが言っているとなると、自分に対してディーザが何らかの遠慮があるとしか思えなかった。もしそうでなければ、ディーザが嘘をついていることになる。しかし、それだけはリンの脳裏に過ぎりもしなかった。
「…、うん」
問いに対して、ディーザが不本意ながらも頷いた。それを見て、リンは一拍おいてから言った。
「確かにリタイと戦うことは少し怖いよ。でも、だからって見なかったことにも出来ないから」
それはリンの決意表明であると同時に、別の意味も含んでいることを感じたディーザは、自分の中のモヤモヤを振り払った。
「よし! ここでもう一回ちゃんと目標を決めよう。お互いにブレないために」
「わたしはもちろん、リタイを止めること。ディーザは?」
ディーザが大きな声でそう言うと、まるでそれを待っていたかのように、リンはすぐに返した。
すると、ディーザは少し笑って言った。
「奇遇だね〜。俺も同じだよ」
「奇遇って、元から知ってるくせに」
ディーザのおとぼけに、リンは思わず笑みが零れた。それは、二人のいる部屋の窓から差し込む光がだんだんと増していく頃だった。
そして、完全に朝日が顔を出し、街に活気が出てくる頃。フレットとグラドの二人。そして、リンとディーザ、後に戻ってきたハメイの三人は、それぞれ市庁舎まで歩いて向かっていた。今日の天気は、気持ちのいい晴れと言うには少し雲が多い。しかし、曇りとも言い難い。そんな空模様だった。
そして、その道程の途中で待ち合わせ場所としていた所にはディーザ達が先に着き、少し遅れてグラド達が到着した。
「おはよう」
「あぁ」
「ふぁーあ…」
「何だそれは…」
リンが二人に挨拶をすると、グラドは相槌を打つように返事をした。フレットは締まりのない欠伸で返し、それをハメイがツッコむ。何とも和やかな風景がそこに現れた。
「さすが仲良し三人組だな」
「うるさい、気色悪い。ディーザは身体の方はいいのか?」
「あぁ、治りは早い方なんだ」
グラドにそう聞かれ、ディーザは身体を捻じって体調がいいことをアピールした。それを見て、この場の全員が大事に至らなかったことにホッとさせられていた。
「それにしてもフレットが欠伸なんてイメージにないな」
「うん、そうだと思う」
ディーザがフレットの様子を見て言うと、そんな返しがきた。それをグラドが横で堪えながら笑っていた。
「何だよ、何で笑ってるんだよ?」
「笑っては…、いや、笑って悪い。簡単に言えば、フレットは昨日までのフレットじゃなくなったってことだ」
「どういうこと?」
「僕がちゃんと自立出来たってことだよ。さぁ、早く行こうよ」
「自立…。ハメイは何か知ってるのか?」
「さぁ、な」
ディーザとリンは首を傾げるしかなく、三人は敢えて明言はしなかった。
そして、二人がそれを理解するのには、もうしばらく時間が経ってからだった。
そこから市庁舎に着いたのは、それから十数分後。五人が自動ドアを通り抜け中に入ると、ブルドが出迎えてくれた。
「よく来てくれたな」
「当たり前だろ」
そんなブルドに対し、グラドの態度はやや喧嘩腰だった。その雰囲気に、周りは蟠りのようなものを感じた。
「とりあえず、私の部屋に行こう。話はそれからだ」
そう促され、五人は先を行くブルドに付いて建物の中を進んでいった。
ブルドの部屋、すなわち市長室には、観葉植物や風景画のような絵の入った額縁、位を象徴するような机など、まさにお偉いさんの部屋という模様だった。そんな部屋に入ると、ディーザとリン、フレットから感嘆の声が漏れた。
そして、五人は応接用のソファに座らされ、ブルド自身は席が足らないので正方形の小さい椅子を取り出して座った。
「単刀直入に聞く。フレット、君はどうしたい?」
「僕は、父さんには会いに行きません。今の僕を見ても、父さんは喜ばないだろうから」
「そうか」
「それと、これまでの罪の刑罰は受けます。免罪はいりません。僕が今までと決別するには、それを受け止めて、その上で進むべきだと思うんです」
フレットは対角線にいるブルドに向かってはっきりと答えた。
「しかしそれでは、私はどのようにこの償いをしたらいい?」
「これからもちゃんと市長の仕事をしてくれたら、それでいいです」
「そうではない。いや、それもあるが、今言っているのは君達親子に対するものだ」
「そうなんですか? うーん…」
そう言われると、フレットは一度視線を外して考え込んだ。
しかし、言葉を先に発したのはブルドの方だった。
「そうだ。これからフラットを呼び戻し、二人に継続的な社会奉仕を課す形をとる。それならどうだ?」
ブルドの提案は、採掘場での労働から社会奉仕に切り替え、それによって親子の時間を作らせる、という思案だった。それに対し、フレットは少し考えてから答えた。
「わかりました」
「そうか。なら、そういうことで話を進めさせてもらうとしよう」
フレットがこの提案を呑んだことにより、この話には折り合いが付いた。
しかし、まだ話すべきことは残っていた。
「市長さん、ヨープと何とかっていうのはどうなりました?」
「何とか? あぁ、装置のことか。あれはまだ見つかっていない。そっちはゆっくりとやることするが、問題はヨープだ。奴はあれ以降口を一切割らずに黙秘を続けている。だが、奴の書類はこちらにあったおかげで、これまで何をしていたかは大体わかった」
ヨープの行動の話に、部屋にいた全員が固唾を飲んで視線をブルドに集めた。
「まず、この街でやってきたことをだが、昨夜の話を含め、貧民街を陥れるのはような行動は本当に奴なりの仕返し、見返しに他ならなかったことは確かだと思われる」
「でもそれって、逆恨みじゃないの?」
「俺達がそう取っても取らなくても、正しくはないかもな。俺達からしたら逆恨みに見えても、ヨープからすれば正当な仕返しだ」
「まぁ、確かに」
昨晩、ヨープが御用になった時は気絶していたディーザが誰に聞くわけでもなくそう言うと、グラドが口を開くなりそう答えた。
「それで、他にも何かあったんだろ?」
「そうだったな。どうやらヨープは何者かのためにフォースを集めていたようだ。採掘されて運ばれてきたフォースをどのように抜き取るかという手順を練ったであろう書類もあった」
「何者かというと、ヨープが言っていた"神"のことか?」
「恐らくそうだろう。しかし、何をもって"神"と称するのかわからない以上、詮索することも仮定することも出来ない。だが、心配は無用だ。何かあれば私が対処する。相手の正体もこちらで調べよう」
「…わかった」
こうして、ブルドがヨープについての一切を引き受けることになったところで全員での話し合いはひとまず終わった。
ブルド以外が退室しようとした際、グラドだけが呼び止められ、四人が先に外で待っていることになった。
「まだ何か用があるのか?」
「まぁそう言うな。もう一回座ってくれ」
ブルドに呼び止められ二人きりになると、グラドはより無愛想にな態度を取った。しかし、それは自分の中の何かを保つためにしているようにも見えた。
促された通りにグラドが座ると、ブルドは静かに話を始めた。
「今日は腕輪はしてこなかったのか?」
「あぁ」
「そうか…。今朝は何を食べた?」
「モモンだ」
「きのみか。美味かったか?」
「あぁ」
「友達はいる…、いるな」
ブルドは質問をしながら、明らかなぎこちなさから苦笑してしまった。その表情はとても穏やかなものだった。
「おい」
「何だ?」
「用件だけ話せよ。外に皆を待たせてる」
グラドはそんなことはお構いなしに、イラつきを覗かせながら続きを催促した。すると、ブルドの顔から笑みが消えてしまい、逆に厳しいものになった。
「お前の母親は今どうしている?」
完全に色を正したブルドが聞く。
「母さんなら、三年前に病気で死んだよ」
グラドも真剣な表情で答えた。その際、ブルドも顔色は変えなかった。
何も返答がないのを確認してから、グラドは再び口を動かした。
「六年前に過労で身体を悪くした母さんは、薬を飲んで安静にするしかなかったが、薬を買う余裕もなかった」
「どうやって三年も保ったんだ?」
「フラットさんに助けてもらってた…」
グラドが消え入る声でそう言うと、ブルドは固まり、ぐうの音も出なかった。
「ちょうど、フラットが捕らえられた辺りだな」
ブルドは一通りの流れを断片的に理解した様子でいた。その後に、グラドは敢えて何も付け加えようとはしなかった。
「今から言うことは独り言だ。聞き流してくれ」
そのブルドの言葉に、グラドは微動だにしようとしなかった。そして、ブルドは語るように話始めた。
「私には妻がいたのだが、私に愛想を尽かして十六年前に出ていってしまったんだ。最初はすぐに戻ってくるだろうとばかり思って探さなかったが、三日経っても帰ってくる雰囲気がなかった。
私はその日から警察と一緒に探してはみたが、一ヶ月以上見つからなかった。警察には、この街から出ていってしまったのでないのか、などと言われ打ち切られた。
すると、妻から預かった手紙だと、ヨープが私の元に持ってきたのだ。そこには、街を出ていくという趣旨の内容が書かれていた。私はそれで探すのを諦めてしまった。
今思えば、血迷ったことをしたと思っているよ。ヨープにとって、操り易い私が辞めるのは面倒なことで、それをさせないための工作だったわけだ。
それがこんな近くにいたなんて、悔み切れんよ」
ブルドはグラドに背を向けて声を籠らせた。奥底に溜まっていたものが暴れだそうとする何かを大人しくされるため、深く息を吐いた。
それが済むと、今度はグラドの独り言が始まった。
「俺が貧民街で産まれたのは、ちょうど十五年前だったな。女手一つで裕福ではなかったが、それなりに生活も出来ていたし、仲間もいて不自由なんてなかった。
あの腕輪を初めて見たのは母さんが死ぬ間際だ。大切なものだけど、どうしても苦しいようだったら幾らかで売れるはずだから好きにしなさい、と渡された大切なものだ。幸い売らければならないような状況は来なくてよかった」
グラドは"大切なもの"という言葉を意識して強調した。もちろん、その意図はブルドに漏れることなく伝わった。それ故に、また鼻から息を吐いた。
「だから、今好きにさせてもらうことにした」
「どうゆうことだ?」
ブルドは慌てて振り返ると、グラドは落ち着いた面持ちで懐に手を忍ばせている様子が目に映った。するとあの腕輪を取り出し、隣の空いている席に置いて立ち上がった。
「じゃあな…」
グラドが歩いて部屋を出ていくのを、ブルドはただ見送ることしか出来なかった。最後、微かに聞こえた"親父"という余韻に揺られながら、そっと腕輪に目をやった………