第三十四話-脱想
ブルドがヨープを倒してから五分後。加勢しようとこちらに向かっていたハメイがようやく現地に到着した。
「もう、終わったのか?」
「少し遅かったな。さっき終わったよ、意外な形で」
ハメイにはフレットが答えた。そのフレットは、酷いダメージを負ってはいるものの、意識はしっかりしていた。
そして、近くにはボロボロのディーザが横になっていた。幸いなことに、怪我はどれも致命傷にはなっていなかったため、今は疲れて寝ている状態になっている。その横に、リンが看護するように座っていた。
そこから少し奥では、ヨープを縄で縛り、先刻の発言の真意をグラドとブルドが問い質していた。
「裏で手を回したと言っていたが、一体何をしていたんだ?」
ブルドが語気を強めて問う。
「いろいろと。主には選挙とかですかね」
特に悪びれる様子もなく、むしろ当然といった態度をとっていた。
その時のブルドの顔は、至って冷静なものだった。
「貧民街への嫌がらせもお前じゃないのか?」
今度は、そのヨープの態度に嫌悪を抱いているグラドが問うた。
「そうですね〜。彼らの立場を悪くするために市長の耳に在らぬ悪い噂を入れたり、金銭的な負担を掛けるために経理の状況を偽ったりしましたね。狙いどおり偽の採算を補うために税金は上がって、貧民は苦しんだでしょうね」
「この野郎…!」
態度と言い草に対する我慢の限界がきたグラドは、縛っている縄を掴んでヨープを掴み上げた。
「さっきから人の気を逆撫でるような態度でムカつくことばかりやりやがって、何か恨みでもあんのか!?」
「ありますよ、たっぷりと」
間髪を入れずにきた予想外の言葉に、いきり立っていたグラドはそのまま固まった。
「村の変わり者として、私は疎外されていた。これはその復讐だ」
「…どういうことだ?」
「私もあの貧民街で生まれ育った。しかし、私はあの街の現状で満足している輩が嫌いだった。上に行きたくはないのかと問うても今のままで幸せだと言う。次第に私は変り者のレッテルを貼られ、除け者にされ、必要に避けられた。
その時私は悟ったのだ。こいつらは現状に満足しているのではない。上を望むことによって苦しむことを怖れているだけなのだと。だから皆が私のことを避けたのだと気づいた。私は一人で上に行き、思い知らせてやろうと決意したのだ」
一通り言い切ったヨープの口調は、ブレることがなかった。
そして、グラドにはその話の中の言葉に思い当たる節があった。
「お前まさか、あの時のスリープか…?」
グラドが呟くように聞くと、ヨープは鼻で笑った。
「しかし、そんなことはもうどうでもいい。本当の目的はそこではないのだからな。私は崇高なる考えの下に動いている。我らが神の下にだ」
「神だと?」
「神はこの世界を変えなければならないと仰る方。私もその考えに賛同したまで。さぁ、私の話はここまで。牢にいれるなり島流しにするなり、好きにしなさい」
「待て、お前の言う神とは何だ? 裏で何をしている?」
突如引き合いに出された存在に、二人は妙な疑惑を持った。そしてそれを解き明かそうとブルドが問い質したが、それからのヨープは頑なに黙秘した。
「市長さん、お待たせいたしました」
「おぉ、来たか」
聴き取りをどうするか困っていたところに、ブルドがヨープを引き渡すために要請したジバコイルが到着した。
「こいつを逃がさないようにしておいてくれ。あとでまた聞くことがあるからな」
「わかりました」
指示を受けたジバコイルは、磁力の輪を作ってヨープを拘束して宙に持ち上げると、では、と言って連行していった。その時のヨープの顔は変わることなく眠っているようだった。
それを見届けたブルドとグラドがフレット達の元に戻ってくると、ブルドがフレットに向かって話を始めた。それは、今朝のニュースで報じられた内容だった。
「フレット、君には一つ聞いておかないといけないことがある。フォースのエネルギー変換装置はどこにある?」
「何の話だ? そんなものは知らない」
お互いに落ち着いた口調で質問し、答えた。
「そうか。こうなると、奴の今まで行動・言動を洗い直さないといけないな」
「そんなに簡単に俺を信じるのか?」
「今は、ヨープより君の方がまだ信じられるからな」
「なるほどな」
ブルドには、これまでに起きた問題にはヨープが関係しているのではないのか、という考えが現れていた。その関係で、もうブルドにはフレットを疑う気持ちはなかった。
「それにしても、ヨープの本当の目的って何だったんだろうね?」
リンが口を開いて問題提起をすると、物静かな間が空いた。それが、今が人気のない森林の夜であることを思い出させた。
「フォース。あれに関係があるのではないかと私は思っている」
ヨープについて思考していたブルドが答えた。
「元々フォースを見つけてきたのは、秘書になってからしばらく経った頃のヨープだ。まぁ、目的がわからない以上、今は考えてもしょうがないことだが…」
そこで声を薄めて、ブルドが何か考え事を始めようとした。
そこで、グラドは自分の脳裏にふと浮かんだことを口にした。
「市長、ちょっといいか? フレットの親父さんって、今どうしてる?」
今までならば、今更聞く必要のない質問だった。しかし、グラドには一つ引っかかることがあった。
ブルドは、何故今更、という顔をしていたが、きちんと答えた。
「フラットならまだフォースの採掘場で働いている」
その答えに、グラド以外の全員が耳を疑った。
グラドはそのまま続ける。
「市長、俺達のところに、フラットさんが亡くなったっていう電報がきていたこと、知ってるか?」
「何だと? 死んでもないのにそんな連絡はするはずが…。これもヨープか…」
ブルド、グラド、フレット、ハメイの四人は、ここまでヨープ一人にいいようにされていたことに気づき、悔しさに似たものが湧いてきていた。
その中で、フレットだけにはまた違った感情があった。
「本来このことは外の者に言ってはいけない決まりだが、刑期の長い受刑者は採掘場などの人手が多く必要な場所で働かせることになっている。つい最近はフォースの需要が出てきたこともあって、そこに行かせた」
「つまり、フラットさんもそこにいるって言うのか?」
「あぁ、いるとも」
このグラドとブルドのやり取りで、フラットの存在が確認出来た。すると、フレットがふと我に返ったかのようにピクッと身体を震わした。そして、息も吸わずに立ち上がって声を荒げた。
「何言ってるんだ! お前らから親父は死んだって電報を送りつけてきたじゃないか!」
その場の空気は、感情の高ぶったフレットの心中を各々が察し、各々が気を使ってしまったことでより冷たいものになった。
その空気感の中でも、ブルドはフォローする意味を込めて話した。
「それはヨープが勝手にやったことだろう。貧民街の英雄みたいな存在がいなくなったとなれば、また静まり返ると踏んでいたのだろう」
「じゃあ…、じゃあ俺は…」
フレットは頭を垂れて、座り込んだ。
「会うかい?」
その様子を見たブルドは、初めて優しい声色でそう言った。
「そういう、問題じゃない…」
フレットは顔を上げることなく、消え入るように言った。
次にグラドが声を掛けた。
「フレット、合わせてもらえよ」
俯いたフレットは、そのまま答えた。
「少し時間をくれるか?」
「もちろんだ。ただし、君には窃盗の罪があることに変わりはない。回数もそれなりにある。だから完全に見逃すことは出来ない。つまり、長くは待てない」
「事情が事情だ。このまま逃げたりなんかしないさ」
「それを聞いて安心した」
ブルドがそう答えると、フレットは一人であの小屋がある方へと歩き始めた。それを追うように、ブルドは一つ付け加えた。
「刑についてだが、その原因には私の失態もある。完全になかったことには出来ないが、フラットと合わせて何とかしてみよう」
その言葉はきっと聞こえていただろうが、フレットは返事をすることなく、立ち去っていった。
「俺達も休もう」
「そうだな」
それを見届け、グラドが全員に向けて言うと、ハメイが答えた。
「うん。誰かディーザを運ぶの手伝ってくれない?」
「俺がやろう」
リンは同じく同意をしてから、ディーザのことを頼むと、ハメイが買って出た。
「じゃあハメイに任せるな。俺は小屋の方に行ってくる。子供達が気になるからな」
結果、リンとハメイはディーザを連れて集会所、グラドは小屋に戻ることになった。
三人がそれぞれの場所に向かおうとした時、ブルドが口を開いた。
「明日、市庁舎まで来てほしい。話はそこでしよう。フレットにも伝えておいてほしい」
「わかった」
ブルドの待ち合わせに、グラドが応じた。そして今度こそ、この場にいた皆が解散し、分かれていった。
………………………………………
十数分後。
子供達のいる小屋から少し離れた場所にある、森の中の小さな池に、フレットは顔を覗かせながら座っていた。
「フレット、話がある」
フレットは水面に映る自分の顔を見てボソッと呟いた。すると、意識の奥に隠れていたもう一人が浮き出てきた。
「(話って、さっきのことだよね?)」
「やっぱり聞いてたか」
応答があることを確認すると、フレットは静かに目を閉じて、自分の意識も内側に集中させた。
白い雲の中にいるような景色。対峙するのは二匹のオオタチ。二人がお互いを確認すると、自然に会話が始まった。
「気にすることないよ。僕の父さんは、父さんしかいないから」
その言葉を聞くと、鼻から大きく息は吐いた。
「お前は少し勘違いしてる。俺が気にしているのは、お前がまた不安に潰されることだ。親父が死んだと聞いてからお前の中に渦巻いていたのは、親父がいなかったら何も出来ないという考えからくる不安感にだった」
フレットはジッとを自分の中にいる自分を見ていた。
「…そうだよ。でも、不安というよりは怖かった。小屋のことを僕がやらないといけなくって、ちゃんと出来るかわからなかったからね」
「でも、それからもう三年も経っちまった。本当は落ち着くまでの期間のつもりだったのに、いつの間にか俺が外にいる時間が長くなっちまった。もっと早く切り出せばよかった。
フレット、お前と俺は決別しないといけない」
フレット、そしてフレットの中にいるフラットの二人は、お互いをしっかりと見ていた。しかし、フレットは口を真一文字にするだけで返事はしなかった。
フラットはそのまま続けた。
「今日、皆に助けてもらったよな。お前には仲間がいるんだ。ただ同じ小屋の中にいただけの他人じゃない。一緒に育った友達だ。何かあったら助け合う、そういう人がいるんだから、一人で抱え込む必要なんてなかったんだ」
「でも…」
「お前は、生きているとわかった親父に会うことに不安を感じてるんだよな。あのままの親父じゃないかもしれない。変わり果てているかもしれない。でも、親父が生きている以上、俺はいちゃいけない。だから俺は消えるつもりだ。仲間の存在に気づけたお前なら、俺はいなくても大丈夫だろ?」
「あれは父さんの仲間だよ。僕のじゃない。皆が助けにきたのも、僕じゃなくて父さんだ」
フレットは結んだ口を噛み、緩めたかと思うと大きな声を上げた。
「何でだよ…! 何でまた…。口実を付けてまた突然いなくなる気なの!?」
フレットの中にあのイメージが流れると、フラットにも同じように流れる。二人共に、顔が少し歪んだ。
「元々俺はいなかったじゃないか。なんてことない。元に戻るだけだ」
「父さんは、ここにいるじゃないか…。他に、他のどこにもいるはずないじゃないか…」
「お前にとって、俺は本人と変わらない親父なのかもしれないけれど、そうじゃない。この世にお前の親父は一人しかいない。それに俺はお前の一部なんだ。皆もそれを知ってる上で仲間でいてくれた。だから、お前にとってもあいつらは友達のはずだ」
お互いに思うことが同じであるために、お互いに言いたいことが解っているがために、自分自身に現実を突きつけることが何より二人は辛かった。しかし、より心臓の強い意識の結晶であるフラットは姿勢を崩さず、フレットを諭し続けた。
「もう、殻を脱げ。外に出るんだ」
フラットは一筋の汗を垂らしながら言った。一方で、フレットは息を飲んで言葉を絞り出した。
「僕には分かる。父さんは、消えたくないんじゃないの?」
その言葉に、フラットも息を飲んでしまったが、決して考えは覆らなかった。
「俺は、お前が自分を守るために作り出した外側だ。悪いが、いつまでもお前が内側に閉じこもるぐらいなら、俺は消えてやる」
フラットは、フレットを突き放した。すると、フレットの口角が嬉しそうに上がった。
「君がそれだけ言うってことは、僕は、このまま今のこの状況でいたらダメだってことに、気づいたってことなんだろうね」
フラットは黙って頷く。
「やっと決別出来る。最後まで君に頼っちゃったけどね」
フレットは初めて笑った。それをフラットは、懐かしむように見ていた。
「分かったなら、早く自分の足で立て」
「うん」
フレットは一度目を閉じると、重い腰を自分の足で持ち上げるイメージをした。すると、二人を取り巻いていた雲が少しずつ晴れていった。イメージの中で立ち上がったフレットが目を開くと、雲ではない白いキャンパスのような空間を目の当たりにした。そこには、もう一人のフレットはもういなかった。
まもなく、だんだんと周りの白さが薄れていき、元の池の景色に戻った。そして、フレットは池を覗き込み、そこに映り込んだ自分の顔を見た。
「フレット、ここにいたのか」
「グラド…」
フレットに声を掛けたのは、小屋の様子を確認するためにこちらの方向に来ていたグラドだった。
「どうしたの?」
「いやその、小屋の様子を、と言ってこっちまで来たんだが、実を言うとお前が心配だった」
「そっか」
グラドの説明が呆気なく納得されてしまい、池の周りがシーンとしてしまい、違和感が支配した。それをグラドは見逃さなかった。
「お前、もしかして…」
グラドは詰まりながら言葉を漏らす。それにフレットは笑顔で答えた。
「もう大丈夫。ありがとう」………