第三十一話-話し合い
人々が活動を始めてしばらく経った朝と昼との丁度間の時間。ディーザとグラドは集会所へと辿り着いていた。その二人はその手前にある坂道を駆け上がってきたために、かなり息を切らしていた。というのも、先行するグラドの暴走が原因であり、何度も道を間違える度にディーザが呼び戻すという作業が必要で、それに加えて少々遠回りもしてしまったため、ディーザがグラドに振り回される形で走り回っていた。
「やっと…着いた…」
「何で…そんなに…焦っ…て…、という…より、遅くなったの…あんたのせいだろ…!」
発声と呼吸を交互にしないと酸素の補給が間に合わないので、絶え絶えと話して苦しそうなグラド。それと同じように、しんどそうにして苦言を呈するディーザ。その時の膝に手をついてぜいぜいとする二人の姿は、比較的静かな時間が流れる場所にはあまりにも不釣り合いなものだった。
「ふぅ…、よし入ろう」
息をしっかり整えたグラドがそう言って先に入っていくと、呼吸が整うのを待っていたディーザは何か残念なものを見るような目をしながらグラドに続いて入っていった。
すると、入口のすぐ目の前にある受付でピンクのポケモンと話しているリンの姿を見つけた。
「リン、何してるの?」
「あっ、ディーザおかえり」
まずはリンを探そうと思っていた手間が省けたディーザが声を掛けると、それに気づいたリンは会話を中断してこちらを向いて返事をした。
「今、何してたの?」
「受付のクリープさんとお喋りしてた」
「どうも。リンさん、お知り合いですか?」
「あぁ、うん。一緒に旅をしてるディーザって言うんです」
そう言うと、リンはナサハシティの集会所の受付を担当しているプクリン-クリープのことをディーザに紹介した。そして、紹介されたクリープも軽くディーザに挨拶をした。
「どうも。って、話って食べ終わってからずっとしてたの?」
「そうだよ?」
ディーザが留守にしてから三時間弱も経っていたのにも関わらず、井戸端会議でその時間を難なく過ごしたリンに、顔には出さないが唖然とした。リンはそんなディーザをよそに、手短にクリープに紹介をした。
「そうなんだ…。えっと、待たせておいて悪いんだけど、実はもう少し用事に時間が掛かりそうなんだ」
気を取り直したディーザは、後ろに立ち位置が回っていたグラドに注意を向けてそう伝えると、リンは頭に疑問符を浮かべた。
「あれって、市長さん?」
「えっ? 違うと思うけど」
ディーザにとって意味の分からない返答に少し首を傾げつつ、グラドを呼び寄せる。
「俺が市長? 馬鹿言わないでくれ。あいつが諸悪の根源なんだぞ? あの市長のせいでこんな状況になってるんだからな」
ディーザに質問されたグラドは怒鳴りはしなかったが、心外だ、と表情を歪ませて怒った。
「じゃあ誰なの?」
「それは後でちゃんと話すから。ニュースってまだやってるのか?」
状況を知らないリンが、グラドの様子を見て少し遠慮がちに聞くと、その説明は長くなるのでディーザは話を切り、本題に入った。
「番組ならとっくに終わってるに決まってるでしょ? 時間が経ってるんだし」
「…まぁ、確かにそうだけど」
ずっと話していても時間の感覚はちゃんとあったのだと、ディーザは心の中でツッコミながら少し驚いた。
「もしよかったらこれ使います?」
会話の内容を聞いてか、クリープは手持ちの小型パソコンのような物を引っ張り出した。
「何を調べるんですか?」
「なら、フレットというやつのことを調べてくれ。あいつは捕まったと聞いたが」
事務的な質問にグラドが複雑な顔をして答えると、クリープは慣れた手つきであっという間に今朝のニュースについての画面を表示させ、それをこちらに向けて見せてくれた。それに、まずはグラドが画面に顔を近づけて内容を確認する。続いてディーザとリンがグラドの傍から覗き見た。
「本当に捕まったみたいだな」
ディーザが呟くように言うと、表示された内容を確認した三人が画面から顔を離す。グラドは表情を変えたりせず、何も言わずにその場から離れて近くにあるベンチに座った。その足取りからは落胆したような感じが伺えた。
「あの方、どうしたんですか?」
「見ての通りです。理由は話せば長いのでちょっと…すみません」
ディーザはそう答えるとグラドの元へと移動する。
「どうしたんだろう?」
「さぁ…? リンさんは何か知らないんですか?」
「わたしもさっぱり」
ディーザがグラドを励ますような素ぶりをしているのを見ながら、二人は会話を再開させた。
………………………………………
今朝の会見後、市長室にある大きな存在感を漂わせる椅子に腰掛けたブルドの姿があった。
「市長、奴はまだ口を割りませんでした」
「そうか。まぁそこまで急ぐ必要もないだろうから、ゆっくりやっていこう」
「わかりました」
ブルドと話をしていたポケモンはそこで報告を終え、静かに市長室を後にする。それを確認すると、ブルドは自分の引き出しから何かを取り出した。
「しかし、どうして貧民どもは毎回秩序を乱すのかわからない。大人しくしていれば何もしないのに…」
タバコのような物に火をつけ、その反対側を口に咥えて少し蒸すと、溜まったものをゆっくりと吐き出す。
「あいつも、大人しく私の言うことを聞いていれば追い出しなんかしなかった…」
そう煙を吹きながら小さく呟くと、ブルドは物思いに耽るように静かに目を閉じた。
すると、暗い景色から二人の人物が薄っすらと浮かび上がった。一人は静かに責めるように、もう一人はそれを気に掛ける様子もなくそこにいた。
「貴方、また変なことを始めようとしているみたいね?」
「煩い。これで私達はもっと豊かな生活を送れるんだ。一体何が問題なんだ?」
疑いを掛ける女の人は様子こそ平然としているが、中ではふつふつと何が煮えていた。それに対して、疑いを掛けられた彼は、手に持った紙を眺めながら適当に受け答えをしていた。
「問題だらけよ。これ以上税金を上げたら貧しい人達の生活が成り立たなくなってしまうわ。どうして助けないばかりか追い詰めるようなことをするの? 貴方、彼らに何かあるの?」
「仮に何かあったとしても、お前には関係ない。それに事実、街の発展のために必要な経費であることに偽りはない」
「…、わたしは知ってますよ。所得の低い者に対して関わらないように根回しをしているのを。これもそれの一環なんでしょう? 何があるのか知りませんが、これ以上やるなら、こっちも考えがあります」
言い合いの最中、彼女の何か意を決したようなその態度に、何が来るのかわからない彼は身構えてから、なんだ?、と聞いてみた。
「告発します。そうすればあなたは街の反感を買って市長を辞めるしかなくなるはず」
その言葉を聞いて、彼は今まで難なく躱していた弓矢が身を掠めたことによって少し動揺した。顔には出ていないが、内側では確かにざわめきが起こった。
「…好きにしなさい」
手応えとは裏腹に不本意な答えが返ってくると、一瞬身体に力が入った彼女は口では何も言わずにその場から離れた。
それを確認すると、ブルドは力が入って少し重くなった瞼を引っ張り上げた。
「市長である私に口出しをすることなど、相手が誰だろうと腹立たしい限りだ」
椅子を回転させて外を見ると、そこには雲がもくもくと増え始めていた。そんなどんよりとした景色を反映するように、ブルドの表情も心なしか暗くなった。
「今…、どこで何をしている…」
そのまま少し固まった後、椅子を飛ばしながら、何かを振り払うように勢いよく立ち上がった。
「私は…、間違ってなどいない…!」
その声はすぐ外の廊下にも聞こえていそうなものだったが、それに何かしらの反応が返ってくることはなかった。
………………………………………
集会所のベンチに座るグラドの周りの空気は重かった。たった今フレットのニュースが本当であることを知ったことにより、ある事態を危惧していたからだ。同じ立場にないディーザは、今の状況から連想してその理由に繋がることはなかった。
「グラドさん、大丈夫ですか…?」
「あぁ…」
グラドはその目の前で自分に声を掛けるディーザになんとか返事をした。
「(本当だっただろう?)」
「ハメイか…?」
「っ、なんですか?」
そんなグラドの頭に、今朝と同じ単調な声が響く。それに反応して、ピクッとなりながらまたあの言葉を口ずさんだので、ディーザはまた何か怪しい感じを受けた。そして、そのディーザの変なものを見る視線に感づいたグラドは、次から言葉を口に出さずに会話を始めた。
「(…そうだな。どこで待ち合わせをしようか?)」
「(今、集会所にいるんだろう?
ならその裏の茂みでいいだろう)」
「(わかった。待ってる)」
それから短い時間に行われた交信を終えると、グラドは下げていた顔を上げてディーザを見た。その表情はグランブルにとってのデフォルトに戻っていて、それがディーザには何と無く恐ろしく見えた。
「なぁ、これから少し付き合ってくれるか?」
「えっ、何にですか?」
当然と言える反応をしたディーザを見て、我を思い出したかのようにハッとして、その先を話すことを少し躊躇したようにも見えたグラドだが、ほとんどまもなく続けた。
「…とにかく、話を聞いてから判断して欲しい」
「わかりました…」
得体の知れないものに対する抵抗感がないといえば嘘になるが、まずは話を聞くだけならとディーザが承諾すると、詳しい話は外でするから、とグラドが言うので、ディーザはリンに断りを入れてから例の待ち合わせ場所へ移動していった。その様子を、リンは不思議そうに見ていた。
それから程なくして、昼過ぎの木々の中で二人は待機していた。
「ん、来たな…」
グラドが誰かと待ち合わせたという集会所の裏にある茂みの中でそう呟くと、その隣で同じくその人物が来るのを待っていたディーザは辺りをキョロキョロと見渡した。裏と言っても集会所からはそれなりに離れているので、遠くにちょこんと立地する集会所が見える程度で周りはほとんどは木々だった。貧民街もそうだったが、街から一歩出るだけで自然が出迎えてくれるような場所なのだとディーザは再認識していた。
「(待たせた)」
「目の前にいる相手にわざわざテレパシー使ってどうするんだよ」
ディーザにとって、グラドが突然何かに対して発声する光景は本来なら異様なものだが、待機している間にテレパシーのことは説明されていたのでもう怪しい光景ではなかった。
「(それもそうだな。)ではやめよう」
「出来れば最初からそうしてくれ。ディーザ、こいつがテレパシーの相手だ」
合掌しながら歩いてきたチャーレム-ハメイは、ディーザが知る限り初めて言葉を発した。そして、その二人の会話の様子から、ハメイとグラドの関係は親しいものであることは見て取れた。
そして、ディーザはグラドの紹介に合わせて軽く挨拶をしたが、ハメイは特にそれに対して反応は示さず、早速本題へと入っていった。
「フレットのことだが…」
「あいつと話せたのか?」
「もちろん出来た。あとは作戦でも練って伝えて実行するだけだ」
「あの、ちょっと」
先程の続きであろう会話をする二人に、ディーザは自分を忘れるなとばかりに割って入った。
「これから何をするんですか?」
「もちろん、フレットを助けるんだ」
グラドのその言葉を聞いて、少しの間思考が止まった。ディーザが状況を整理していると、ハメイはそれを気にすることなく話を続けた。
「早速だが、今フレットは特別監視牢にいる。特別と言っても場所は普通の刑務所と同じだ」
ハメイの口からいきなり物々しいフレーズが出てくる。表情はほぼ[無]なので、それが余計に恐ろしく感じさせる。
「問題はどうやって助けるかだな」
グラドが頷いて腕を組むと、ハメイも瞑想をするように目を瞑って考え出した。その間、何もしないわけにはいかないと思ったディーザも、浮かぶはずもない案を練り始めたが、その集中力はあっという間に途切れてしまった。
「その場所ってどこにあるんですか?」
リンに貰ったパンフレットをバックから取り出したディーザは、唸っているグラドを突ついて質問をした。
「話を聞いてなかったのか? 場所を知ってるのはハメイだぞ?」
「聞いてましたけど、なんか邪魔しちゃいけない雰囲気が漂ってるから…」
「確かにな…。ハメイ、場所を教えて欲しいんだってさ」
すると、ハメイは瞑想の状態から右手だけを動かして、地図上の場所を指差した。どうやらそこが、目的の場所のようだった。
「この川が通ってる所か?」
「思いついた…」
グラドがそう言うと、ハメイは急に目を開いて言葉を発した。グラドは慣れているようだったが、もうディーザは驚くしかなかった。
「その川のマークは点線になっている。つまり伏流だ」
変わらず無表情なハメイはそう説明したが、二人が疑問符を浮かべるのでハメイは力説し始めた。
「要するに地下を流れる川のことだ。別名水無川とも言う。そもそもここだって、標高は低いが山なんだ。この川の河口を塞き止めてやればどんどん水が溜まって、それが地盤をふやけさせれば自ずとあそこは崩れる」
ハメイは悪い顔をした。
「単純にお前のエスパー技で間欠泉でも起こして床をぶち抜いた方が早くないか?」
グラドがツッコむと、今のまでハイテンションだったハメイはあからさまに拗ねた。再び目を瞑ったかと思うと、次は本当の"めいそう"に入ってしまった。ディーザがフォローに入ろうとすると、グラドは放っておくように静止を促した。
「とりあえず、案は出来たわけだ。若干手荒だけどな」
「本当にそれで行くんですか?」
「他に何か思いついたのか?」
「いえ…」
「じゃあしょうがないだろ」
ディーザは、自分がまだこの作戦に参加するかどうか決めていないことを忘れて、すっかり共犯者となろうとしていた。
「皆でコソコソ、何してるの?」
「えっ、リン!?」
突然の背後からの来訪者にディーザは驚いた。辺りは静かなので、その声は森の奥深くまで響いていった。
「何と言われると、その…」
「まぁいいよ。話はちょっと聞いてし」
どう説明しようか打開策を練ろうとしていたディーザを見て、リンは無理に聞き出さなかった。一方のグラドは、今の話を聞かれていたと解って焦りを見せていた。
「どこから聞いてた?」
「どこからだったかな〜?」
「っ…」
一所懸命に冷静を装って質問をしたグラドだったが、その性格上、敢え無くリンに撃退された。それを見兼ねてか、または諦めたのかわからないが、ディーザは自分の知っている経緯をリンに話すことにし、五分程使って丁寧に説明した。
「なるほどね」
リンはディーザのその拙い説明でもある程度の流れは掴んだようだ。
「でも、盗みはダメだよね」
それはもっともな意見だった。そんなことはディーザも分かってはいた。またグラドも、そんなことは遠の昔に分かっていた。それだけに、その意見でグラドは憤慨したが、それを爆発させないように我慢していた。
「それにしても貧民街に孤児院かぁ…。この町にそんなのがあったなんてまだあんまり信じられない」
リンは一拍置いて続けた。
「孤児院で待ってる子供達のためにも、フレットは助けないとね」
「「えっ?」」
不意に賛同を得た二人から同時に声が漏れた。
「でも勘違いはしないでね。わたしが助けたいのは盗人のフレットじゃなくて、親代わりのフレットだからね」
リンが自分の言葉にそう付け加えた後、グラドが口を開いた。
「どっちでも構わないさ。手伝ってくれるやつは多い方がいいからな。よし、善は急げだ。作戦決行は今晩でいいな?」
「早いに越したことはないと思うけど…。というより、これからやろうとしていることは善行とは言えない気が…」
「細かいことは気にするな」
ディーザが突っつくと、しばらく黙っていたハメイが口だけを動かして言った。その際、三人の背筋が凍ったのは言うまでもない………