第二十九話-疑い
ディーザがフレットの小屋を離れた頃。そことはまた別のとある場所で、ある会話がなされていた。
「リタイ様、報告します。現在情報を収集している途中ですが、やはりあの山で間違いないようです」
そう重々しく話すのはリタイの手下のカロート。今はラーチと別行動をしているため単独でいる。
「そうか。だがその言い方からして、何か問題でもありそうだが、何かあるのか?」
そのカロートの会話の相手は背もたれのある椅子に腰掛けているリタイ。
「自分でなんとかしろ! とか言って怒らないで下さいよ? あそこは救助隊が多く駐在する地域なので、騒ぎになったら攻略が難しいかと思われます…」
「救助隊か。あのような偽善者ほど面倒なものはない。何か一工夫する必要があるな…。よし、下がっていいぞ…」
カロートが確認を取り、少しビクビクしながらそう伝えると、リタイは額を拳で抑えながら独り言のように言った。
「あの、体調でも悪いんですか?」
「俺の気が変わらない内に引っ込んだ方がいいぞ…」
「わっ、わかりました!」
ジワジワっと頭が痛むリタイに謙って気遣うカロート。それ気に障ったのか、語気を強めてカロートを萎縮させることで追い払った。
「いちいち余計なやつだ…ぐっ!」
そう一言呟いた時、抑えていた頭を締め付けるような痛みが走り、それに耐えるように息を荒くし始めた。
「ぐうぅ…! 一体、何なんだこれは…!?」
その痛みはしばらくリタイを締め付け続けた。しかし、少しするとその頭を締め付ける痛みが解消され、その代わりに脳の内側の方から何かが溢れるような感覚に襲われる。
(………救って…い…)
突如として訪れた異変は、その一言が聞こえたところで収まり、リタイは荒れた息使いをして膝をついた。
「はぁはぁ…、くっ、はぁ…(あの時からだ…、おかしくなったのは…)」
「リタイ様!? どうしたんですか!?」
呻き声を聞きつけたカロートがすぐさま戻ってくると、リタイに走って近づいていく。
「…何でもない。いいから戻れ」
「でも苦しんでいたんじゃ…」
「いいから戻れ!」
………………………………………
場所は戻ってナサハシティ。丘のような場所に位置しているこの街で坂の上にある集会所に向かうィーザの歩みはどこか疲れを伴っていてゆっくりだった。そして、集合場所に到着した頃には、集合時間をとっくに過ぎていた。
「遅くなっちゃったな〜…」
自動ドアと対面するとお馴染みの機械音が開く扉に合わせて鳴る。ディーザは他人に聞かれないようにするためか、無意識にそれに合わせて被るように言った。
この街の集会所の内装は、南側に位置する海からの潮風が入らないようにするためか、南は壁、北に窓というのが目立ち、規模はディーザが初めて訪れた集会所と同じぐらいのものだった。
「ディーザ遅い」
辺りを見ていたディーザに低音で話しかけてきたのはリン。そのトーンからして、少々ご立腹のようだった。
「リン、遅くなってごめん。結構待たせた?」
「待った」
申し訳なさそうに謝るディーザに対して、リンは視線を離してボソッと言った。
「けど、わたしも少し、ほんの少し遅れたから…」
ディーザをフォローするためか、それとも自分も少し遅れたことを言わないことが嫌だったのかはわからないが、リンは小さい声で付け加えた。
「そうなんだ。それで、もうお昼は食べた?」
遅刻の確認をとったディーザは話し方を元の調子に戻して、今度は昼食の有無の確認をとった。
「お腹が空いてたから先に食べちゃった」
「そっか、ならいいんだ。なんか俺はあんまりお腹が空いてなくて、食べなくてもいいかなとか思ってたから」
ディーザが遅れたとはいえ、先に済ませてしまったことを少し気にしていたリンがそう言うと、またそれをフォローするためか、または本当のことかはわからないが、ディーザは明るいトーンでそう話した。
「よし、じゃあ準備をしよっか」
一通り会話が終わると、ディーザがそう言ってリンを促し、準備をするためにその場から移動を始めた。
………………………………………
その日の夜、というよりもうすぐ日付が変わろうとする頃。リンはベットで、ディーザはテントの骨組み以外の下部分を広げてそれぞれ寝ていた。その二人が借りた部屋は、ベットが一つと小さな冷蔵庫が備えてあるワンルームで、明日の支度を整えてある二つのバックがテーブルの上に置かれていた。そして、部屋に一つだけある小窓には、大粒の水と時々落ちる光の道が映し出されていた。
そして夜が明けると、人々が次々と目を覚まして外を眺めた。予報通り、一晩中降り続けた大雨が上がり、まだ切れ目のない雲越しに届く光を水溜まりが反射してキラキラと光り、木々は朝露を垂らし神秘的なものを感じた。そんな顔を見せる街とは対象的に、風雨の影響で荒れた海は未だにその顔を緩めてはいなく、それは小型船はまだしも大型船も欠航を考えなければいけないものだった。
「皆さん、おはようございます。朝のニュースをお伝えします」
集会所の一階、食堂の所にある大画面から声がする。その場にいる者はそれに反応して、朝食を摂るのを一旦中断してそれに注目した。
「まずは今朝入ったニュースです。
昨晩、ナサハが誇る造船所において重要な部品が盗まれたとのことです。その部品というのは、最近発見された機械の動力源として、今までに類を見ないエネルギー量を持つ物質-フォースを、私達が利用出来る形に変換するものだそうです」
原稿を読み終わると、アナウンサーは脇にいる知識人に質問を投げ掛ける。その人は難しい言葉を並べて説明をしたが、何も知らない一般人には理解出来るはずもなく、手を止めていた人々はテレビから目を離して朝食を再開した。それは食堂の入口で聞いていたディーザ達も同じで、盗まれたものに関しては特に気にすることもなく、食券を買って料理と引き換える。
「あれを盗んだのって、昨日のオオタチだったりするのかな〜?」
「んっ!?」
リンが食事を口に運びながら特に深い意味もなく言うと、ディーザは飲み込もうとしたものをむせない程度に喉に詰まらせた。
「落ち着いて食べないとお腹に悪いよ?」
「リンには言われたくない」
ディーザが喉に引っかからせた原因を知らないリンがそう言うと、毎回そんなに食べておいて、と思ったディーザは、放っておいてくれ、という意味を込めて言った。
「わたしってそんなに早く食べてるの?」
「そういうことじゃないんだけど…。それで盗んだ犯人のことだよね? 確かに昨日のオオタチの可能性もあるよな。泥棒の常習犯なわけだし」
「というわけで、警察は現在よりも捜査範囲を広げて犯人逮捕に尽力するとのことです。
続いてのニュースは・・・」
ディーザの意見を聞いていたかのように、テレビ画面からはオオタチを容疑者としているという話が聞こえてきた。
「警察もそう思ってるんだ」
リンはまた特に深い意味もなくその感想を述べた。
「なぁ、リン。出発する前に少し時間が欲しいんだけど、いいかな?」
「いいけど、何しに行くの?」
急なディーザの提案に対して、リンからはある意味当然の質問が返ってきた。
「昨日別行動をした時のやり残し。一時間でいいから」
「一時間でとか言わなくていいよ。ゆっくり移動したらどの道野宿になるわけだから」
少し急ぐような態勢になっているディーザに少し疑問を抱きながらも、一方で大事な用事なんだと思ったリンはディーザのお願いを承諾した。
「ありがとう、ちょっと行ってくる。悪いけど食器も片付けておいて」
「いいよ、気をつけてね」
リンに食器を預けたディーザは、そこから走ってある場所を目指していった。視界からディーザが消えるのを確認したリンは、まだ残っている自分の朝食を再び食べ始める。
「ここで市長の会見が始まるようです。映像を会場に移します」
「はい、こちらはナサハ市長の会見会場です。まもなく始まるとのことです」
食堂の前方にある画面切り替わってそう聞こえたかと思うと、沢山のフラッシュが焚かれ始め、その矛先には渦中の人が現れていた。
「えー、市民の皆さんどうも。市長のブルドです」
アップで映し出されたグランブル-ブルド市長は恒例の挨拶をして軽く頭を下げた。
「この度起きた盗難事件は、この街の産業に影響を大きく及ぼします。つきましては、犯人の早期逮捕が必要です。この先は警察の方に説明をして頂きたいと思います」
「では、こちらをご覧下さい」
それまで市長を映していた画面が視聴者側からみて右へ移動すると、それらしき人物が立っていた。
「現在、この人物が容疑者として挙がっております。今この場をお借りして情報拡散をさせて頂くと同時に、手配をさせて頂きます」
「その人物については既に手配されているのではないのですか?」
「その通りですが、今回は懸賞金を掛けるということで、手配のし直しとなりました」
「と、いうことで、市民の皆様にもご協力を仰ぎたいと思っております。今回はお集まり頂きありがとうございました」
警察の説明が終わると市長の方に視点が戻り、そこで最後に挨拶をして締めた。その間、大量のフラッシュによって画面がとても眩しく見づらくなっていた。
………………………………………
数十分後、集会所を飛び出したディーザは目的の場所に息を切らしつつ辿り着いていた。
「はぁ、はぁ…、フレット、居るか?」
小屋の前にいるディーザの呼び掛けにしばらく返事はなかったが、明らかに誰かがいる物音がしていた。
「入るぞ?」
息が整ったディーザは、扉に手を掛けてゆっくりと引いてみると、鍵が掛かっていなかったため、ギシギシと音を立てて開いた。中を覗き込むと、明かりは点いていなかったがあの子供達がいた。
「あっ! 昨日のお兄さんだ!」
ディーザに気づいた集団は、一斉にその幼顔を向けて歓喜とも取れる無邪気な声を出した。
「皆、フレットは?」
「フレット、昨日から帰ってきてない」
「そう、いないの」
ディーザがフレットについて問いかけると、一瞬にして歓喜が嘘のように収まり、寂しそうな顔をして答えた。
「そうか…。あいつ、どこに行ったんだよ…」
子供達の反応の仕方もあって、フレットに対する苛立ちから少し怒るように言うと、予報では晴れるとされていた天気が、何かを暗示するように少しずつ傾き始めた………