ポケモン不思議のダンジョン〜約束の風〜









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第四章-家族のかたち、仲間のかたち
第二十八話-ナサハシティ
 


 気持ちのいい潮風が吹く海の上、一隻の船が順調に進んでいた。天候にも恵まれ、トラブルに見舞われることもなく航海を続ける船の正面には、もうすぐ顔を出そうとする朝日の気配を背に受けた街並みが見えてきていた。

「まもなく、目的地に到着します。お忘れ物などしませんように、お気をつけて下さい」

 そのアナウンスが、二日間の船旅が終了間近であることを告げると、前方からは綺麗な朝焼けが発生しだした。
 そして、既に用意を済ませた二人のポケモンが甲板へと姿を表す。

「眠い…」
「うん。…って、第一声がそれ?」
「うん。ごめん…」

 こうゆう場面では何か決意表明をしたりするものだと思うリンは、欠伸をしながらさらっと言ったディーザにツッコミを入れた。しかし、実際のところ朝焼けが始まるような時間帯でシャキッと出来る人の方が少ないのは確かで、まだ周りには二人以外の乗客も見られなかった。

「おっ? 早起きだな〜、お二人さん」

 そんな二人に声を掛けるのは、この船の船長である、ゴーリキーのオーマ。乗船中、あの港町-ナギノタウンで起きた事故の一件のこともあり、世話を焼いてくれていた。そのおかげか、随分仲も良くなっていた。

「船長さんも早いですね」
「そりゃあ当然さぁ。船長は乗客を見送らないといけないからな」

 寝ぼけ気味のディーザとは対象的にシャキッとしているリンが話すと、オーマがそう言って胸を張った。そして、色濃かった朝焼けは薄れ始めて、強い光が差し込むようになった。

 その後船は大きな船着場に到着し、大型船よりも少しトーンの高い汽笛を盛大に鳴らした。その音により、目を覚ました他の乗客達を含め、ディーザの眠気も吹っ飛んだ。そしてオーマは一言、大きな声を出した。

「さぁ着いたぞ、ナサハシティだ!」



………………………………………



 船が錨を降ろした後、二人は船長に挨拶をして他の乗客と共に船を降りた。そして、二人が着いたのはナサハシティ。地図で言うと南東に位置していて、過ごし易い気候環境が特徴の街。

「久しぶりだな〜、ここ」
「ということは、リンは来たことあるの?」

 リンが街を眺めながらそう言うと、ディーザはリンに質問する。二人はまだ海岸の近くにいた。

「あるよ。だってここから船に乗って、ディーザと出会った集会所の近くまで行ったんだもん」

 ディーザの質問に、リンは機嫌よく答えた。

「それで、この街から北に行くと、わたしの育った村があるの。そんなに遠くないから早く着けると思うよ」

 ディーザの質問に答えながら、地図を取り出して広げると、この辺りだよと場所を差して説明した。

「じゃあ早速・・・」
「引ったくりだー! 誰かそいつを止めろー!」

 ディーザが喋り出した瞬間、怒鳴る声が飛んできた。そしてその方向を見ると、膝をついて唖然としている人と、その隣で声を張る人、そしてこちらに向かって走ってくるオオタチの姿が視界に入った。

「泥棒か? よし、かえん…」
「ディーザ待って、それじゃ盗られた物も燃えちゃうよ。わたしがやってみる。"でんじは"!」


 "かえんほうしゃ"を吹こうとするディーザを止め、リンは"でんじは.をオオタチに向けて放った。

「何だ!?」

 と、驚いたオオタチにビリビリっと"でんじは"が命中する。すると足が縺れ、その勢いで盗まれた鞄がオオタチの元を離れ、それ同時に顔からスライディングした。

「やった!」
「おー、リンお見事」

 泥棒に命中させたリンが小さくガッツポーズをすると、ディーザは数回パチパチと手を叩いた。

「こいつ、逃げんなよ!」

 先程の怒号の主が距離を縮め始め、オオタチに走って詰め寄る。

「そんなに急がなくても、麻痺してるから大丈夫だよ」
「それじゃダメなんだよこいつは!」

 ディーザが声を掛けると、追ってきたグランブルはそう言い返してきた。

「その通りだ、この借りは絶対に返すからな!」

 オオタチに目を戻すと、すっと立ち上がりってその言葉を残し、カバンを拾い上げてさっきよりも速く走り去った。その後に立った土煙がグランブルを嘲笑うように被さった。

「ぐぅ、げほっ、げほっ…」
「あのー、大丈夫ですか?」
「大丈夫じゃないよ! 全く…。あのオオタチって種族には本能的な[にげあし]があるから取り押さえなければダメなんだ」

 土煙で咳き込むグランブルに、ディーザは謙って様子を伺った。すると、グランブルは一言大声で文句を言った後、オオタチについて説明をした。

「…えっと、それであいつはどうするんですか?」
「あいつは常習犯だ。どうするもなにも警察が追ってるんだ。俺達はやられないように気をつけるしかない」

 リンが質問すると、怒った顔を元に戻し、土煙をはたきながら答えた。といっても、元々が怒っているような顔なので、ディーザ達にはわからなかった。

「取り逃がしちゃってすみませんでした」
「いいよいいよ、別にあんたらのせいじゃないからな。それで、お前らは船着場の方から来たってことは旅人か? なんなら案内してやろっか?」

 顔を見てリンが謝ると、今度は気さくにそう言った。ここで二人はグランブルが怒っていないことに気づき、少し強張っていた顔を緩めた。

「ありがとうございます。でもナサハシティに来るのは初めてではないので大丈夫です」
「そうか? なら仕方ないな。気をつけて行けよ?」
「はい、ありがとうございます」

 グランブルはリンの言葉を聞いて少し残念そうな顔をしたが、リンが愛想良く返事をすると、すぐに表情は元に戻った。

「あっそうだ」
「なっ…! なんですか…?」

 その場から立ち去ろうとしたグランブルが急にこちらに向き帰ると、二人は不意をつかれたように少し驚いた。

「夕方から一晩強い雨が降るみたいだから、街を出るなら明日の方がいいかもしれないぞ?」
「あっ…はい…」
「それだけだ。じゃあな」

 そうして今度こそ、グランブルはもう一度向きを変えて離れていったのを見て、二人が驚いて溜まった息を吐くと、周りで騒ぎを見ていた人々も、事態が落ち着いたのを察してか、各々が行動を再開した。そしてディーザはリンに確認を取り始めた。

「それで、今から街を出て夕方までに着けるのか?」
「一日では無理だから、やっぱり言われた通りに今日は準備をして、明日出発しよっか」

 リンはあまり考える時間を取らずにディーザの質問に答え、バックから何かを取り出そうと手を入れた。

「わかった。あっ、でも準備ってそんなに時間は掛からないよな?」
「あ〜そうだね。準備と言っても道具の整理とかだもんね」

 思い出したように質問をするディーザに、リンはバックから手を離してから答えた。

「なら、ちょっと自由行動にしない? まだ朝になってそんなに経ってないから結構時間も余るし」
「珍しいね、自由行動したいなんて」
「まぁ、ただの気まぐれだよ」
「でもいいかもね。そうしたら、お昼にこの街の集会所に集合して、ご飯を食べてから準備をするってことで」

 リンは話をしながらバックに再び手を入れてガイドブックのようなものを取り出すと、それをディーザに手渡した。

「それには集会所の場所も書いてあるし、この街のことを紹介している物だから大丈夫だよね?」
「大丈夫だよ。じゃあまた後で」
「うん、後で」

 そう約束をすると、リンには行く宛があるのか、すぐに歩き出していった。一方のディーザにも全く宛がないわけでもなく、南に位置する港から見て東に向かって歩き出した。



………………………………………



 それからしばらく経って、

「すみません、ここら辺でオオタチを見ませんでしたか?」

 街から少し外れた岩肌が目立つ場所で、ディーザはそう聞き込みをしていた。

「オオタチって、最近スリとかをやってるやつか? 何か盗られたのか?」
「違います、逆に捕りに行くんです。なんちゃって」

 我ながらしょーもないことを言ったのを自覚しているディーザは、頭を掻きながら笑って誤魔化した。

「どちらにしても、俺は見てないな。他を当たってくれ」

 若干の呆れが入った会話の相手はそこで話を切り上げて、その場から離れていった。

「さっすが何度も捕まらずに盗みをするだけのことはあるな。目撃者がいないこといないこと」

 リンと解散してから、ディーザはオオタチの逃げた方へ進みながら聞き込みをしていた。最初の方こそ目撃者は多数いたが、それもすぐに少なくなり、この辺りに来てからは一人も見つかっていなかった。そして、もうすぐリンとの集合のために戻り始めないといけない時間になろうとしていた。

「しょうがない、戻るか」

 壁伝いに歩いて行き止まりが見えてきた所でそう呟くと、あるものも小さく見えてきた。

「あれ、何かの小屋かな?」

 ディーザは岩壁の真下に見つけた小屋に近づき、窓から中を確認してみた。すると、そこには予想し得ない景色があった。

「ここって…」
「ん? 誰かいるのか!?」
「やばい、気づかれた!」

 中にいた人の内の一人が気配に気づき、後ろを振り返って窓越しにディーザを見つけた。目が合ったディーザが慌ててその場を離れようとする。

「待ってくれ!」

 気づいた人物は外へと飛び出してそうディーザに言った。それに反応してディーザは動かし出そうとした足を止めた。

「何をしに来た?」

 続けて目的を聞く。ディーザはそれに対する適当な答えが思いつかず、困った後に続けた。

「なぁ、オオタチ…。質問に質問で返すのはよくないと思うんだけど、どういうことか教えてくれないか?」
「……、中に入ってくれ」

 オオタチは間を空けてからそう言うと、小屋の中に戻っていき、ディーザもそれに付いて中に入った。

「その人だ〜れ?」

 中に入ると幼い声がディーザを迎え入れた。小屋の中にはまだ小さな子達がオモチャなどでわいわいと遊んでいて、散らかっていた。

「ん? この人は俺のお客さんだよ。皆はそのまま遊んでてな」
「「はーーい!」」
「じゃあ、奥の部屋に行ってくれ」

 オオタチが子供達に優しく言葉をかけると、素直に元気に返事をした。そして、ディーザはオオタチに促されてそのプレイルームの奥にある部屋に通された。その部屋には小さな椅子とテーブルが隅に置いてあり、あとは押入れがあるだけだった。

「それで、本当はどういう理由で来たんだ?」

 その場に腰を降ろしたオオタチは、わざわざディーザに視線をやることなくそう言った。

「興味があっただけ。別に泥棒を捕まえて褒めてもらおうとかじゃない」

 低いトーンでされた質問に、ディーザは偽りでないのを示すように真面目に答えた。

「なら教えてやるよ。減るもんでもないからな」

 オオタチはディーザのいるドア側に顔だけ向けてそう言うと、深めに息を吐いた。それならばと、ディーザはオオタチと向き合うように床に座った。もちろん尻尾の火には気をつけながら。

「まずは自己紹介しないとな。俺はディーザ。いろいろあって旅をしてる」
「俺は、フレットだ…」

 なるべく友好的にしたいディーザは丁寧に自己紹介をしたが、フレットは無愛想に名前だけを言った。

「訪ねてきておいてあれなんだけど、友達との集合があるから時間が少ないんだ。それでいきなり本題だけど、あの子達とかこの小屋とか…」
「御託はいらない。お前に当てる時間がないのはこっちも同じだ。それに余計な事を話す気もない」

 ディーザに少しイラっときたのか、フレットは喧嘩腰でつっかかるように切り返した。すると、少し空気が固まったようになる。しかしは、気にすることなく話を始めた。

「何だと思った…?」
「検討がつかないから聞いてる」

 そこで間が空く。

「そうか…。まずあいつらのことだけど、あれは皆、孤児だ。ここは俺の親父が建てた、言ってみれば保育所だ」

 窓のないドア越しにプレイルームを見ながら淡々と言った。

「何でこんな場所にって聞きたいんだろ? あの街には貧困差がある。表だった差別はないが、意識することもなくこいつらを色眼鏡で見ている。そんなこいつらをひっそりと面倒を見るために、この場所に作ったんだ。全く、悪意のない悪意は改善のしようがない。厄介な話だ」

 ディーザの質問を先読みし、その説明をする。しかし、それまでの淡々として無感情な話し方とは変わって、感情の入ったものになり、最後は愚痴のように言い放った。

「それと盗みをすることと、何の関係があるんだよ」
「…、本音はそれか」

 フレットは子供達のいる方を向いたままそう言った。それを見て、強めに聞き出そうとしたディーザは何かいけないことをしたように思え、フレットのその姿がとても悲しそうに見えた。

「帰ってくれ。鬱陶しい…」

 フレットが立ち上がって部屋から出ていこうとした時に、呟くように漏れ出た言葉は、もう話すことはない、そう言っているようにも思えた。

「なんか、悪かったな…」

 フレットが扉を閉めた後、ディーザは一人になった部屋の中で謝った。
 気を取り直したディーザは、少し気構えてプレイルームへと戻る。しかし、そこにいると思っていたフレットは不在だったため、すぐに構えたものが解けた。

「あっ、フレットのお客さんだ!」

 部屋から出てきたディーザを見つけた子が声を上げると、それに吊られるように他の子供達も各々に声を上げた。その全てが共鳴する形になり、かなりの騒音となった。

「煩い! ちょっと静かに!」

 その破壊力に我慢出来ないディーザが相手に勝とも劣らない声量で訴えると、一気に静かになった。そして、ディーザが辺りを見てみると、キョトンとした顔や、ムッとした顔、少し泣きそうな顔をする子がいることに気がついた。

「お兄さんもうるさい…」
「え…、ごめん…」
「………ぷっ」
「「ぶはははっ!」」

 ツッコミに対するリアクションが、というよりその後のシラけた空気がこそばゆかったのか、一人が吹きだすと一斉に子供達は笑いだした。その幼げな様子を、ディーザはほっこりと眺めた。そして、少し経って笑いが収まった頃合いを見て、ディーザは質問をした。

「皆、フレットはどこに行ったのかわかるか?」
「フレット、お出掛けした」
「でも場所はわかんない」

 幼いなりの真面目な表情をして、ディーザの質問に答えた。

「そっか〜…、しょうがない。皆、俺はもう行かないといけないから、フレットによろしくな」
「よろしく?」

 小さな集団の一部は、この場合のよろしくという言葉の意味がまだわからないのか、不思議そうに首を傾げていた。

「あー、また会おうなってことだよ」
「そうなんだーわかったー」

 その無邪気な笑顔を確認したディーザは、岩場の奥地にある賑やかな小屋をあとにして、街の中心の方角へ歩きだした………



■筆者メッセージ
本編が進むのはじつに4ヶ月ぶりと随分時間が空きました。久しぶりに書いてみるとなかなか次が浮かばなかったりしましたが、初めて6000字を越えてちょっと嬉しかったりします(笑)


投稿日、2014.4.17
アース ( 2014/04/17(木) 00:16 )