フカフカの雲
あるうららかな、春の日の午後のことです。
仲良しハネッコポポッコ兄弟が、丘の上に二匹ならんで日向ぼっこをしておりました。
二匹は何をするでもなく流れる雲を見上げておりましたが、ふいに兄ポポッコが口を開きました。
「ねえ弟、“俳句”とか“和歌”って知ってるかい?」
「なあに、それ?」
弟ハネッコは、丸っこい体をななめにかしげて、ふしぎそうな顔をします。
それを見た兄ポポッコは、じまんげに胸をはってこう答えます。
「人間が使う、特別なおはなしのやり方さ。
五・七・五とか、五・七・五・七・七のリズムに合わせて、おはなしを作るんだ。
すると、そのおはなしを聞いた人やポケモンたちは、おはなしの場面がくっきりと頭に浮かんで、感動も三割増しって寸法さ」
「わあ、すごいすごい!」
ハネッコはとっても感動して、ピョンピョンはねました。
ハネッコは、兄の話がどれくらいすごいのか、ちっとも分かっていませんでしたが、兄が自信たっぷりに話すので、なんだかすごいという気分になったのです。
弟ハネッコはいつもの三割増しぐらいたくさんはねて、それから空を見上げました。
今日はおだやかな春の日。
丸っこい綿雲が、いくつも空に浮かんでいます。
「ねえ、お兄ちゃん、思いついたよ、さっきの、特別なおはなし」
弟ハネッコは、目をキラキラかがやかせて、短い手をパタパタさせて、兄ポポッコに言いました。
「 あの雲は フカフカしてて おいしそう 」
兄ポポッコは、むずかしい顔をしました。
でも、元の顔がかんたんなので、あまりむずかしい顔になりません。
「ねえ、弟。それは、思ったことそのまんまじゃないかな」
「なんで? ぼく、三割増しになったよ。口に出してみたら、お腹がすいたのが三割増しだよ」
「それは君、ただのいやしんぼうじゃあないか」
兄が、いやしんぼう、なんて言うので、ハネッコは、ぷうとふくれました。
「本当だい。本当に気持ちが増えるんだったら。それに、ちゃんと五・七・五になってるんだから」
「でも、弟のはあまりにそのまんまだもの」
ハネッコは、さっきよりもっとふくれました。
なんで兄が、そのまんまがだめだと言うのか、さっぱり分からなかったのです。
ハネッコにとって、そのまんまがいけないのだったら、嘘を言うしかないのです。
だから、ぴょんと飛び上がって、春の風にちょんと乗ったハネッコは、こう言いました。
「 甘い雲 こっちにおいで 食べたいな 」
五・七・五を言いおわったハネッコは、風からおりて兄のところに戻りました。
兄がしぶい顔をして「甘い雲なんてないやい」と言おうとした、そのときでした。
ぼたっ、と音がして、兄弟の目の前に、何やら白いものが落っこちてきました。
地面に落ちているそれは、どう見たって、空に浮いている雲そっくりです。
兄弟は、おそるおそる、といった感じで、互いに顔を見つめ合っていました。
先に手を出したのは、弟でした。
兄が止めるより早く、弟ハネッコは白いのをひとかけちぎって、自分の口の中に放りこみました。
「甘い!」
弟はそう言って、うれしそうに、雲をちぎって食べます。
兄もおっかなびっくり、弟のまねをして、雲をひとくち食べました。
そうして落っこちてきた雲が甘くておいしいことに気づいた兄弟は、競うみたいにして、あっという間に白い雲を平らげてしまいました。
「やあ、おいしかった」
兄弟はそう言って、お天道様がニコニコしてあったかくなった草の上に寝っ転がります。
そうやって、さっきの雲がどのあたりにあった雲か探そうとしましたが、ちっとも分からない上に、二匹ともお腹がいっぱいで眠たくなってきました。
二匹はあおむけに寝っ転がったまま、とろんとしたまぶたを閉じます。
ハネッコは、むにゃむにゃと口を動かします。
「 どの雲が 甘い雲かな あの雲は フカフカしてて おふとんみたい …………」
眠っている兄弟のところに、一匹のミュウが、ふわふわ飛んできました。
ミュウは、兄弟の寝顔を見てクスクス笑うと、チルタリスに“へんしん”して、フカフカの雲みたいな翼で兄弟をだきかかえました。
そして、ハネッコポポッコ兄弟といっしょに、寝息をたてはじめました。