雨降りイーブイ
雨がざあざあ降っておりました。
町の道の端っこで、子供のイーブイが二匹、暗いばかりの空を見上げておりました。
イーブイたちの目の前には、水の石が一つ、ぽつんと置かれております。
「雨、やまないね」
「やまないね」
イーブイたちが言いました。茶色の短な毛並みが、しっとりと雨に濡れて肌にぺたりと張り付きます。誰かの雨靴が、滴を跳ね上げながら目の前を過ぎてゆきます。
「ちょっと冷えるね」
「そうだね」
イーブイたちは身を寄せ合いました。大人しい降りの雨とはいえど、しっかりと冷たくて、まだちびのイーブイたちの体力を奪ってゆきます。このままでは風邪引きになってしまって、雨がやんでも、水の匂いの残る町を走り回って遊べないでしょう。風邪引きなんて考えるのもつまらなくて、イーブイたちは揃って目の前の水の石を見ました。
「ねえ」
「なんだい?」
石畳のへこんだところを、雨水がちょろちょろと流れてゆきます。
「ぼくらのどちらか、あれで進化すれば、雨が平気になると思わない?」
「思うね」
イーブイたちは、石の透き通った水色をじっと見つめました。
「それで進化しなかった方に、体で傘してやればいいと思わない?」
「それはいい考えだ」
イーブイたちは、互いに顔を見合わせました。
「というわけで君、進化しておくれよ」
「いやだい。君が進化しなよ」
交渉は決裂です。イーブイたちは雨に濡れたのも忘れて、言い争いを始めました。
「なんだって“嫌だ”なんて言うんだい。いい考えだと君も言ったじゃないか」
「どんな考えだって、嫌なものは嫌だい。それに、ぼくはブラッキーになりたいんだ」
「ぼくだってエーフィになりたいのさ」
イーブイたちは額をぶつけっこして睨み合います。本当は、イーブイたちは何に進化したって、それ程のこだわりはなかったのですが、張り合いだすと、どちらも後に引けなかったのです。
「ブラッキーだなんて、昼間は寝てばっかりでつまらん。シャワーズにしなよ」
「ふん、梅雨が明ければ夏じゃないか。だったらせめて、お日さまの光をたくさん食べられるリーフィアにするよ」
「それなら、水遊びできるシャワーズだっていいじゃないか。ぼくは君と違って先見の明があるから、冬遊びできるグレイシアにするよ」
「さっきエーフィと言っていたのはどうなったんだい」
イーブイたちはますます躍起になって、額をぐりぐり、押し付けます。水の石はぽつんと転がって、お日さまの光を弾いておりました。
「おや」
「おや」
「いつの間にか、雨がやんでるじゃないか」
「本当だ。遊びに行こう」
イーブイたちは水の石を置いて、お日さまの下へ飛び出してゆきました。
また別の日のことです。
やはり雨がざあざあ降っておりまして、いつかのイーブイが二匹、道の端っこで身を寄せ合っておりました。
「やまないね」
「やまないね」
イーブイたちの目の前には、水の石が二つ、転がっております。
「雨、長引きそうだね」
「うん。このままだと、風邪をひいてしまいそうだ」
イーブイたちはどちらともなく前足を伸ばすと、それぞれ自分の近くにあった水の石に触れました。一瞬ぱあっと光を散らしたかと思いますと、ちびのイーブイたちは姿を消して、その代わりに、一回りも二回りも大きいシャワーズが二匹、雨を浴びておりました。
シャワーズたちは、互いに顔を見合わせます。
「なんだい、ブラッキーになりたいのじゃなかったかい?」
「君こそ、エーフィになりたいと言っていたのではなかったかい?」
二匹は目をぱちくりさせまして、そうして、雨雲が吹き飛びそうなほど、思いっきり笑いました。きっとどちらも、先に片っ方だけ進化してしまうのが、不安だったり、寂しかったり、しただけなのです。
シャワーズたちはひとしきり笑いますと、互いが互いの目を見て、言いました。
「でも、これは良いね。これからも一緒に遊べるじゃないか」
「本当だ。夏になったら泳いで競争しよう。冬になったら凍りそうになりながら、一緒に雪遊びをしようじゃないか」
「そうしよう。でもその前に、雨の中を思う存分、走り回ってみないかい?」
「そうしよう!」
二匹は笑いながら、互いの額をぶつけっこしました。そうして、二匹一緒に、雨の町へ駆け出したのです。梅雨はまだジメジメ続きますが、シャワーズたちの心は、一足先に真夏の晴れ色に輝いておりました。