君の長さは地下百キロ
ダグトリオ。それはポケモン界の神秘。
ボールに入れるとポケットに入っちゃう不思議な不思議ないきものの中でも群を抜いて不思議な不思議ないきもの。ポケモン界の不思議プリンス、キング・オブ・不思議。
「プリンスとキングどっちですか」
植木鉢に入れたダグトリオをためつすがめつそんな話をしていたら、話し相手の後輩ちゃんにつっこまれた。後輩ちゃんは聞き上手のいい子だが、いささかツッコミの細かすぎるきらいがある。
「だいたいこの子たち♀じゃないですか」
「まあそれは言葉の綾として置いといてくれたまえ」
私はコホン、と咳払いをする。後輩ちゃんのツッコミタイムを終わらせ、こっちの話を聞いてくれという合図。よくできた後輩ちゃんはコーヒーを持ってきた。
「まず、ダグトリオの不思議その一。下半身だ」
「永遠の謎ですね」
後輩ちゃんは合いの手を入れ、コーヒーをすする。私はコーヒーをすするのもそこそこに議論をおっ始める。
「ダグトリオの下半身がどうなっているか。今まで数多の科学者たちが挑み、敗れ去ってきた。ダグトリオの穴を掘る! その為の体の機構はどうなっているのか? シャベルのような腕が付いているのか、それとも鋭い爪で土をえぐるのか?」
「ディグダとダグトリオは“きりさく”覚えますね」
「そうだ。だが彼らの爪を見たものは誰もいない」
私はここでひと息入れて、コーヒーにフレッシュを入れる。
「ハイスピードカメラで映しても、爪らしきもの影も形も見えない。テッカニンも真っ青のスピードだ」
「そりゃすごいですね」
「よっぽど見られたくないのか」
「風船でも持たせたらどうですか」
「やった。だが失敗した。あいつらめ、地面ごと貼っつけて飛んでいきやがった」
後輩ちゃんが角砂糖をコーヒーに入れる。
「さらに不思議その二」
「はい」
「奴らは地下百キロまで掘り進む」
ここで私はファイルケースからおもむろにポケモン図鑑の内容のコピーを取り出す。そのプリントを見た後輩ちゃんはふむふむと頷き、紙ペラを私の方に押し返した。
「でも、ポケモン図鑑の内容なんて信用できませんよ。伝説のポケモンのページなんて聞き伝えを書いてるだけですし」
「しかしね君、ダグトリオは地下百キロを掘り進んでいるのではないか、という観測結果がいくつか報告されているのだよ」
「計測ミスじゃないですか」
取り付く島のない後輩ちゃんに、手の平を上げてこちらの意見の傾聴を求める。はいはい、と若干不満そうに言いながらも、後輩ちゃんは聞く姿勢に戻ってくれた。
「とにかくダグトリオは地下百キロを掘り進むと仮定しよう。その場合、温度が問題になるはずだ」
「温度と圧力ですね」
「頼むから温度だけにしてくれ。私には分からんから。
さて、地下へ掘り進むと、だいたい百メートル深くなるにつれ三度上昇するのだそうだ。ということは地下百キロまで掘り進むと」
「三千度」
「でもダグトリオの特性って“耐熱”じゃないんだよ」
「マグカルゴの体温が一万度ですからね。そのぐらい耐えられないとだめなんですよ」
「君はそういう時だけポケモン図鑑の記述を持ち出すのかね」
後輩ちゃんは笑いつつコーヒーに角砂糖を追加する。私は話を続けた。
「とにかく、三千度に耐えながら穴を掘るダグトリオが、“火炎放射”なり“熱湯”なりでコロリとやられてしまうのが解せん」
「“熱湯”は水タイプの技ですけどね」
「地下百キロに適応できるこいつらが地上に出てくる理由も不明だし、地下百キロを好んで掘り進む理由も謎だ」
「それには同意しますが」
「そこでだ。私はある仮説を立てた」
私はティースプーンでカップの淵をチャリンと叩く。
「ダグトリオは地下百キロを掘り進んでいるのではない。ダグトリオの体が地下百キロまで伸びているのだよ」
は? という侮蔑の声が聞こえた。後輩ちゃんは机の上のダグトリオに憐憫の眼差しを向ける。
「どうしよう。あんたのご主人いよいよおかしくなってきたよ」
「君の顔にその台詞がキッチリ書いてあるから、いちいち言わんでよろしい。
ダグトリオの体高七十センチは地上に出ている分で、下半身が地下に百キロ伸びているとすれば、彼らが地下深くを掘り進みながら地上生活にも適応していることの理由付けになる。それに、風船を持った時に地面ごと浮くことも、ハイスピードカメラに映らないよう相手を切り裂くことだってできるはずだ!」
「先輩」
興に乗ってきて、拳を振り上げコーヒーカップを振り回す私に、後輩ちゃんが水を差した。
「なんだ」
精一杯の仏頂面をしてみせる。
後輩ちゃんはダグトリオを指差した。
「こいつら、植木鉢に入ってますが」
ポケットモンスター、それは不思議な不思議ないきもの。
「地下百キロってマントルですけどね」
その中でもダグトリオは群を抜いて、不思議な不思議ないきものである。