月蝕



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○○○なんかだいっきらい!【エイプリルフール番外2022】
12.×××の嘘【×年前 ×××××××××にて】
12.×××の嘘【×年前 ×××××××××にて】

 君の世界は、すべてが嘘でできている。

「せんせい、あの、おしえてほしいのですけれど……」
 君は、胸に抱えた絵本を見せる。君の暮らしている部屋には、壁一面に、色とりどりの児童書がずらりと揃えられている。
「おはなしのせかいは、すべてうそだったのですか?」
 紙の上に広がるインクの森。満ち引きする文字の海。狭い図鑑に無限を押し込められた星空。月替わりのカレンダーでだけ移ろいゆく空模様。
 老いぼれは困ったように眉を下げ、穏やかな声で問いかける。
「すべて嘘だとしたら、あなたは残念だと思いますか?」
 君は口を閉じる。考える。それから、静かに首を横へ振る。今君が出したその答えも、無意識のうちに押しつけられた、嘘の答えに過ぎない。
 真四角の世界で、君は読み書きを習い、算数を習い、本を通して世界を学ぶ。与えられる情報はどれも都合よく整えられていて、その目はいつまでも無垢で、その手も汚れ知らずで、けれど。
「……あの、せんせい」
「どうしました?」
 君が通してもらったことのない扉の向こうに戻ろうとした老いぼれを、呼び止めて、君はもう一度その本を見せる。
「このおはなしにも、あっちのおはなしにもかいてあったのですが、おとうさんとおかあさんというのも、うそですか? わたしのおとうさんとおかあさんは、どこにもいらっしゃらないのですか?」
 老いぼれは、皺の増えた顔を優しげに緩めて、腰を下ろす。
 君の丸い頭を、枯れかけたような手のひらが撫でる。
「君のお父さんとお母さんは、いつでも君を見守っていらっしゃいますよ」
 真実そうに慈しんで、老いぼれは微笑みを浮かべる、けれど。
 ……老いぼれが扉の向こうに立ち去っていく音に、君は十二分に聞き耳を立てる。ずっと向こうのほうで別の扉が閉まる音が聞こえてくると、君はぱっと振り向いて、こちらへ駆け寄ってくる。
「ふしぎだなあ。まどもえんとつもないのに、おとうさんとおかあさん、どこからみまもっているのだろう」
 そして、俺を抱き上げて、満面の笑顔を見せてくる。
「ねえ、モモちゃん。きょうも、そとのせかいのおはなしをして」

 ーー君は、君の世界がすべて嘘だと、とっくに気付きはじめている。


とらと ( 2022/03/31(木) 21:43 )