月蝕



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○○○なんかだいっきらい!【エイプリルフール番外2022】
10.トウヤの嘘【四月一日 ココウにて】
10.トウヤの嘘【四月一日 ココウにて】

「……で、エイプリルフールに乗じて告白したフリして脈アリか確かめようとしたけど怖くなってすぐ嘘ぴょんとか言って逃げてきた俺がクソダサで最低の男だって話」
「僕は尊敬するけどな。そんなに恥ずかしいことをしたら、普通はそこまで正しく自己評価できない」
「うるせえグレンに話したんだよお前には話してねぇーよ聞くなっ」
 それで、珍しく自分から俺たちに構われに来たと言うわけか。ハギさんの酒場に飛び込んできたタケヒロは、夕方から早速一杯やっている俺と店番のトウヤに事の顛末を話しながら、カウンターでソーダ水をブクブクしている。
「しかし、もう四月なのか。早いもんだな」
「グレンは三月だろうが四月だろうが言ってることは毎日同じだろ」
「がはは。そうだな、どうせ明日もスタジアムでバトル三昧だ」
 そうそう、嘘といえば。別の客に焼き飯を作っている最中のトウヤへ、俺は顔を向けた。
「ヘルガーの覚える『イカサマ』って技が気になってるんだが、ありゃ考えることが多くて難しいな。悪タイプの物理技では高威力の部類だって聞くから、ヘルガーを物理型にするときに組み込んでみようかと思ったんだが」
「『イカサマ』か。相手の物理攻撃力に依存してダメージ量が決まる、だったか。『威張る』で相手の物理攻撃を上げさせてから『イカサマ』する戦術はどこかで見たな」
「おお。俺のヘルガーがハリに『威張』って、ハリの攻撃力を上げさせてから、『イカサマ』でハリの上昇した攻撃力をそのままハリに返すってわけか。でも俺はそんな小賢しいのよりは、もっとこう、大番狂わせみたいなのがしたいんだが」
「一応言っておくが、ハリは悪タイプだから半減だぞ」
「知っとるわ。物の例えだろうが」
「あーもーお前ら、バトルの話しかできねえのかよ原始人かよ」
 原始人って例えは謎だな。トウヤが焼き飯を皿へ盛り付けて、もう一皿同じのをこさえて、「皿洗いをして帰るなら、まかないの先払いを食わせてやる」と言う。タケヒロが一瞬目を輝かせ、それから、ぐ、と欲望を飲み込む。
「食わないのか、じゃあヴェルに食べてもらうかな。ヴェル、おいで」
「食わないとは言ってねえだろ」
「嘘だよ。ほら、さっさと食って子供は帰れ」
 嘘下手かよ、と唇を尖らせ、でも目の前に差し出された焼き飯に目はらんらんと輝いている。この様子じゃ、騙し騙されの大人の恋愛なんて、まだまだ先が長そうだ。本気にしたらしい老ビーダルが、カウンター席の足元からぬるりと顔を見せてくる。つまみを食われちゃたまらない。
「『イカサマ』、早速明日試すぞ。付き合うだろトウヤ」
「明日は無理だ。ケチエンに行く」どうしてまた、そんなど田舎まで。問うまでもなく、彼は得意そうに続けた。「ウソッキーの大群が出たって聞いたから、ちょっと見に行てやろうと思って」
 『イカサマ』の話をするより声が弾んでいる。ウソッキーか。バトルポケモンとしても案外見所のある種だが、新入りは今は手一杯だな。
「ウソッキーの群れなんか見るよりバトルする方が楽しいだろうが」
「その大群ってのも嘘だったりして。ウソッキーだけに」
「おっ、坊主、意外と賢いな」
 焼き飯を頬に詰めたまま、タケヒロはジト目を向けてくる。
「グレンって嘘下手そうだよな」
「あ?」
「そうだよ。グレンは全部顔に出るんだ」白髪葱を乗っけた焼き飯を盆に乗せたトウヤが涼しい顔でカウンターを出ていく。「『威張る』を使ってきた瞬間に、あ、次は『イカサマ』を使う気だなってすぐにバレる顔をする」
「失敬な、俺だって嘘は得意だぞ……ほら……美女との恋の駆け引きとか」
「てか、嘘なんかついたことあんの?」
 ストローを噛みながら、勝ち誇ったようにニヤつく小僧。カウンター内へヴェルにひっつかれて戻ってきたトウヤが、冷蔵庫から魚肉ソーセージを取り出している。馬鹿にしたなァと俺は凄んだ。ちょっと酒のペースが早すぎたかもしれない。
「俺は十二年前から、トウヤに嘘をつき続けてる」
 へ? とタケヒロが目を瞬かせる。
 魚肉ソーセージをぺりぺり剥いて、トウヤは怯みもせずにこう返す。
「じゃあ、僕は十二年前から、グレンの嘘に気づいている」
 一瞬、心臓が止まったかと思った。
 トウヤはちょっとニヤリとして、「嘘嘘。ウソハチ、ウソッキー」なんて調子よく言いながら背を向けた。ヴェルの鼻先にソーセージをチラつかせつつ、居住スペースのある暖簾の奥へ引っ込んでいく。
 ストローを咥えたまま坊主が、俺を見る。どゆこと? 聞くな。こっちが聞きたいよ。「なんなんだ、アイツ」と呟いて、グレンはジョッキを飲み干した。


とらと ( 2022/03/31(木) 21:36 )