月蝕



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○○○なんかだいっきらい!【エイプリルフール番外2022】
9.ミソラの嘘【四月一日 ココウにて】
9.ミソラの嘘【四月一日 ココウにて】

「アズサさん。実はチリーンって、草タイプなんですよ」
 吊り照明から更に吊り下がっているチリーンが、尻尾の形をマルにした。『正解!』とでも言っているみたいだ。口から出まかせが歴史を覆した瞬間かと思ってミソラはちょっとドキッとした。目の前で頬杖をついているアズサは、なにやらニヤリと悪い顔をした。
「『エナジーボール』覚えるもんね。『草結び』って技も覚えるし」
「!」
「そもそもポケモンのタイプって呼ばれてるものって結構流動的なもので、使った技や受けた技で色々なタイプに変化するポケモンもいるし、他のポケモンのタイプを変化させる技もある、中には三種類四種類の複合タイプを持つポケモンも……」
「本当ですか!?」
「最後のは嘘」
「騙された!」
 ミソラは恥ずかしくて顔を覆った。それから、すぐに手を退けてアズサを見た。
「エイプリルフール、って知ってます? わざわざ嘘をつくなんて、一体なにが楽しいんでしょう」
「好きな子をからかうのって楽しいじゃない」アズサは軽やかに言う。良い思い出でもあるのだろうか。「いろんな表情を見れるのも楽しいわ。騙されたときのびっくりした顔、嘘だってバラしたときの怒り顔、ちょっとホッとしたような顔」
「私、さっきお師匠様に『髪が白いですね』って嘘ついたんですけど、ちっとも楽しくなかったです」
「嘘をつくにもセンスがいるからなあ」
 センスか。そうか、僕にはセンスがないらしい。ミソラは背もたれに寄りかかって、はあと天井を見た。チリーンのスズにすら騙されかけたし、嘘をつかれるセンスならあるかも。
「どんな嘘だったら楽しいか、考えてつかないといけないんですね」
「嘘にも色々と種類があるしね。ちょっとからかうくらいのかわいい嘘はオッケー、でも人を傷つける嘘はよくない。他にも、自分を守るための嘘だとか、逆に、相手を傷つけないための優しい嘘だとか」
「優しい嘘……」
 ミソラのまんまるな蒼穹が、すいと足元に降ろされる。そこで尻尾をふりながら、ミソラのお菓子のおこぼれにあずかるのを良い子に待っているニドリーナ。
「リナ、あのね。リナの」
 優しい嘘。頭の中に自然と浮かんできたことを、そのまま口にしようとしてみる。
「本当のお父さんとお母さんは……」
 けれど、途中で言葉に詰まった。
 リナは片方だけ残っている耳をパタパタさせながら、何にも理解していない顔で、キョトンとミソラを見上げている。
「……ごめんね、やっぱり今のなし。僕、嘘つきの才能ないみたい」
「無理やりつかなくってもいいんじゃない」
 向かいに腰掛けているアズサが、楽しそうにティーカップを持ち上げた。あの、優しい嘘って、とミソラは身を乗り出して問う。
「……それって、つかれた方は嬉しいんでしょうか?」
 アズサが何を答える前に。
「ーーねーちゃん!」
 ばあん! とアズサ宅のドアが勢いよく開かれて。
「俺、ねーちゃんのこと、大好きだから!」
 火がついたみたいに顔を真っ赤っかにしたタケヒロが、十軒先まで響き渡りそうな大声で、そう叫んだ。
 アズサも。ミソラも、閉口する。大好きだから! い好きだから! きだから! ら! ら! 静寂の中にこだまが響いたような気がした。どれほど緊張していたのか、汗びっしょりのタケヒロは二度三度、四度、五度、肩で息を繰り返して、アズサがポカンとしてなにも言わないのを見るや、
「……ーーう、うっそー! うっそぴょーん! エイプリルフールでしたー! やーい騙されてやんのー!」
 手足をジタバタさせながらそうわめき散らかして、じゃっ! と片手を上げて、さわやかに去っていった。
 みゃー、とリナがやかましいとばかり声を上げる。扉の脇から顔を見せたポッポたちは、若干申し訳なさそうに頭を下げて、主人を追って飛び去っていった。
「……今のは、どんな嘘ですか?」
 後学のために聞いてみる。くすっ、とアズサが小花のように噴き出した。
「そうね。うーん、バレバレの嘘」


とらと ( 2022/03/31(木) 21:34 )